20・ご自慢の結界が破壊された(ラヴィーナ視点)
《ラヴィーナ視点》
「ラヴィーナ様! 大変です! 魔物の大群が街の前まで押し寄せています! このままでは……」
「少し落ち着いては、どうですか? お茶も不味くなります」
魔法都市アルカナス。
ラヴィーナの自室に、騎士の男が慌てて入ってきた。
しかし報告を聞いても、ラヴィーナは優雅に紅茶を一啜りするだけで、眉一つ動かさない。
「周囲の魔物が活性化しているという報告は受けていません。それなのに魔物の大群……間違いなく、《ディアボリック・コア》の者たちでしょう」
「《ディアボリック・コア》!? あの北部国境線沿いを陥落させたと言われている! こうしてはいられません。すぐに出陣を」
「だから落ち着きなさいと言っているでしょう? あなた、騒がしすぎますのよ。クビにしますわよ?」
ラヴィーナが鋭い目つきを見ると、騎士の男は肩をびくつかせて口を閉じてしまった。
彼は最近、魔法都市に配属されてきた騎士だ。
まだこの街の事情を知らないのも当然だろう。
(とうとう来ましたわね……《ディアボリック・コア》。本当にハワードなのかしら?)
ラヴィーナは窓から外の風景を眺める。
眼下では、いつもと変わらない街の光景が広がっていた。
魔物の大群がすぐそこにまで迫っているのに、市民たちの表情は変わらない。
風船を片手に走っている子どもの姿も、長閑で可愛らしかった。
(それもみなさま、魔法都市の結界を信じているから)
魔法都市の周囲に張られた八つの結界。
上級魔法が直撃しても、びくともしない。
万が一、結界の一つが破壊されても時間が経てば再生する。その間は他の七つの結界が持ち堪える。
アルカナスが誇る鉄壁の守りである。
(ふふふ、わたくしたちの結界は無敵ですわ。そういえば、あれも元々はハワードが考えだしたものでしたね)
バカな男だった。
魔法の研究に没頭するばかりで、地位と名誉を欲しない。
ラヴィーナからするとハワードの考えは、殊勝さを超えて、最早不気味の一言であった。
力ある者は、褒美を受け取る必要がある。
それなのに褒美を欲さず、研究ばかりに目を向けるハワードの考えは、到底理解出来なかった。
(まあそういう鈍さがあったからこそ、わたくしも簡単にあの男の成果を自分のものにすることが出来たのですがね)
ニヤリと口角を吊り上げるラヴィーナ。
形だけとはいえ、ハワードと恋人関係になるのは不快で仕方がなかった。彼に魔法の才能がなければ、見向きもしなかったタイプだろう。
(あの男に魔法の才能があるのは認めます。だけど……わたくしには到底及びませんわ)
実際、自分だってちゃんと研究に時間を費やせば、ハワードの領域にすぐ至ることが出来たのだ。
そうしなかったのは「もっと他にすることがあったから」に過ぎない。
魔法とはあくまで、自分が成り上がるための手段。
努力しなくても出世出来る手段があるなら、そっちを選ぶのは人として当然の行いである。
ラヴィーナはそんなことを考えつつ、新人の騎士にこう言葉をかける。
「さあ、あなたも紅茶でも飲んで一息吐いたらいかがですか? どうせ、なにも起こりませんよ。《ディアボリック・コア》ごときに八つの結界を突破出来るはずが……」
パリィィィィイイイイイイン!
「え……?」
硝子が砕けたような乾いた音。
そしてそれは一度だけではなかった。
パリンパリンパリンパリンパリンパリンパリン!
同じ音が七つ重なる。
『き、緊急事態、緊急事態!』
ラヴィーナが混乱していると、部屋にある通信用の魔石から部下の声が聞こえてくる。
『八つの結界が全て破壊されました! ほぼ同時です。そのせいで結界が再生するまでの時間を稼げません!』
「な、なんですって!?」
これにはさすがのラヴィーナも椅子から立ち上がる。
結界が破壊された!?
しかもほぼ同時に八つ!?
そんなこと、誰が出来るというのか。八つの結界を破壊するなんて、ラヴィーナ自身も出来ないだろう。
状況を把握出来ないまま、続けて街中に声が響き渡る。
それはラヴィーナの耳にも届いた。
──我らは《ディアボリック・コア》
──帝国に叛逆するものである。
ラヴィーナはすかさず、窓に張り付く。両目に魔力を込め、視力を向上させた。
街の上空には一人の男が浮いていた。
黒いローブを身につけて、はっきりとは顔は分からないが……あの男の骨格に似ている気がした。
──我らは今日、この都市を陥落させる。
──我らを恐れよ。逃げ惑え。我らに慈悲はない。
「あ、あの男……! 好き勝手に言いやがって!」
ラヴィーナは近くのテーブルに拳を落とす。
ドンッ! と大きな音が立ち、新人の騎士は「ひっ!」と短い悲鳴を上げた。
「あ、あの男は何者なのですか!? それにどうして魔法都市の結界が……」
「ハワードですわ! そうとしか考えられません!」
繰り返して説明しよう。
魔法都市の結界は元々、ハワードの考えたものだ。
(ならば結界を熟知しているハワードなら、破壊する術も知っていた……?)
それでもハワードごときに無敵の結界が壊せるものとは思えないが、彼にしか知らない秘密の方法みたいなものがあったのだろう。
そうとしか考えられない。
「すぐにあの男を殺しなさい! わざわざカッコつけて顔を出したのが、運の尽きでしたわね! あなたもこんなところにいないで、さっさと騎士団と合流っ! もしあの男を取り逃したら……どうなるか分かりますわよね?」
「は、はいっ!」
新人の騎士は逃げるように部屋から去っていく。
部屋で一人になったところで、ラヴィーナは深呼吸をする。
(落ち着きを取り戻しなさいラヴィーナ。なにも慌てることはありませんわ。万が一結界が壊された時のために、魔法兵器を用意していたのですから)
冷静になったラヴィーナは、通信用の魔石で騎士団長と連絡を取る。
「魔法大砲を使いなさい。全弾ぶっ放して、上空にいる男を殺しなさい」
『し、しかし! ラヴィーナ様、魔法大砲は一発撃つだけに、市民百人分の一年の給金が必要になってきます。それを全弾なんて言ったら、予算が……』
「なにを悠長なことを言っているのですか! 今はそんなことを言っている場合ではありません。それに予算など、わたくしが陛下にお願いしたら、湯水のように湧いてきます! 今はあの男を殺すことだけを考えなさい!」
『しょ、承知しました!』
騎士団長が慌ただしく動き回る音を聞きながら、ラヴィーナは再び椅子に座る。
(ふふふ。わたくしとしたことが、なにを慌てていたのでしょうか? これくらいのこと、予想出来ていたというのに……)
考えてみればバカらしい。
ラヴィーナは紅茶のティーカップを持つ。そして今度は余裕げな表情で窓の外を眺めた。
あの男──おそらくハワードだろう──彼は魔法大砲の照準が全て自分に向けられているというのに、その場から動かない。おそらく自分の力を誇示したいのだろう。
『魔法大砲、発射準備完了! 全弾……発射!』
通信用の魔石から、騎士団長の声。
次の瞬間。
街の四方八方に配置していた魔法大砲から、七色の波動が発射される。
大量の魔力を消費することによって、一瞬気圧が下がる。
魔法大砲は、空に浮いている男に……全弾命中! 男が墜落していく様も見えた。
「やりましたわ!」
とラヴィーナは指を鳴らす。
本当は塵も残さず葬るつもりだったが……おそらく、彼は自分の周りに結界を張っていたのだろう。
しかしそれでは魔法大砲を完全に防ぐことが出来ず、無惨な姿となってしまった。
「すぐさま身柄を確保しなさい」
男の落下地点。
その辺りで待機している部下の騎士に、ラヴィーナは通信用の魔石越しに指示を出す。
(とはいえ、ただの死体となっているでしょうが)
やはりハワードはバカな男だった。
もう少し上手く立ち回っていれば、死ぬことはなかったというのに……。
だが、しばらくして魔石から聞こえてきた騎士の報告に、ラヴィーナは驚愕するのであった。
『……異常事態! 魔法大砲の直撃により落ちてきたのは、行方不明になっていた第二騎士団長テオです! 繰り返します。我々が攻撃していたのは、テオ騎士団長──』
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