19・元恋人は性悪女だった
俺たち《ディアボリック・コア》は破竹の勢いであった。
北部国境線沿いの陥落、そしてかつての相棒ナイトシェードの奪還。帝国にもそろそろ焦りが見え始めてくる頃だ。
そしてナイトシェードを捕らえていた貴族、グレフォード公爵から帝国は新しい究極魔法を開発していることを知る。
さらによく聞いていると、魔法都市アルカナスでその新魔法は開発されているらしい。
そのことを受け、俺たちは《ディアボリック・コア》のアジト、奈落の洞窟の会議室にて、今後について話し合っていた。
「魔法都市アルカナスは、帝国の主要五都市のうちの一つ。大きな戦いになるわね」
そう口にするのはクロエ。
俺の専属メイドであり、魔族である彼女には今まで何度も助けられてきた。
「そうだな。今まで、あまり派手に動いてはナイトシェードに危険が及ぶ可能性があった。だが、これからは手加減する必要はない。存分に暴れてくれ」
俺が言うと、クロエは真剣な顔をして頷いた。
一方のナイトシェードは……。
『うむ、楽しみじゃな。アルカナスといったら、帝国でも最大の魔法都市なのじゃろう?」
と問いかけた。
俺の目の前にテーブルに乗っているのは、黒色のハムスターである。
ハムスターは両手でひまわりの種を持ち、もしゃもしゃと食べながら話していた。
「うむ。俺も宮廷魔導士時代は、何度か訪れたことがあるぞ。そうじゃなくても、アルカナスにはあの女がいるんだからな」
俺はハムスターにそう答える。
何故、ハムスターが普通に喋っているのか……。
その答えは──実はこのハムスター、ナイトシェードが憑依しているのだ。
「分かってることだけど……なんだか慣れないわね。見た目は完全にハムスターなんだから」
「ですが、魔力は間違いなくダークフェアリーのものです。そのアンバラスさが、僕の興味をくすぐっちゃいます」
クロエと知恵の征服者ベルフェゴールも、そう口にした。
ダークフェアリーにとって、この世界の空気は毒だ。
闇の力の代償に、普段の生活には大きな縛りが設けられている。
そこでナイトシェードは、なにもない時はこうして小動物の体を借りている。
こうすることによって、体への負担をなるべく減らそうというのが狙いである。
とはいえ、それも今だけの話。
二年間ほど、あんな培養液の中で眠らされたこともあって、ナイトシェードの体調は万全ではない。
外気に触れ体が慣れてくれば、ダークフェアリーの体での活動時間も伸びていくだろう。
『チャーミングじゃろ?』
「ええ。そんなことが出来るのは、さすがだわ。でも戦う時には役に立ちそうにないわね」
『じゃな。しかし──こんなことも出来るのじゃぞ』
とハムスター(ナイトシェード)は言って、ひょいっとした身のこなしで、俺の胸ポケットに入り込んだ。
『こうしていれば、ハワードの温もりを直に感じ取ることが出来る。至福の時間じゃ〜……』
ゴゴゴ……。
クロエ……というか、会議室にいる魔物の嫉妬の眼差しがナイトシェードに向けられる。
「う、羨ましい……! わたしもハワードの胸ポケットの中に入りたいわ」
「ナイトシェード! 小動物の体に乗り移ることは、どうすれば出来るようになるんですか! 僕に教えてください!」
《ディアボリック・コア》のメンバーたちの意見が殺到するが、ナイトシェードがどこ吹く風といった感じで、胸ポケットの中で丸まっていた。
「まあまあ、教えてもらってすぐに出来るようになる問題でもない。その話は置いておいて、本題に戻るぞ」
「あら、ごめんなさい」
そう言うクロエの表情が真剣味を帯びて、問いの言葉を続けて紡ぐ。
「アルカナスには、あの女がいるのよね。あなたの因縁の相手」
「ああ。俺の元恋人でもある……ラヴィーナだ」
俺が彼女の名を告げると、先ほどのナイトシェードの一件が前座だったかのように、会議室に殺気が充満した。
ラヴィーナ。
彼女は公爵令嬢でありながら、優秀な魔導士でもあった。
ゆえに同じ魔導士として俺もラヴィーナと関わりが深かったのだが……深夜に宮廷で仕事をしていると、彼女がやってきて声をかけてきた。
『すごいですわ! あなた以上の天才魔導士はこの世にいません。わたくしもあなたの夢を叶えるためのお手伝いを、させていただけませんか?』
ラヴィーナは絶世の美少女だ。
今まで数々の男に求婚されながら、全て断ってきたという。
そんな彼女が声をかけてくれたのだ。当時の俺も舞い上がったものだ。
……まあ今となっては彼女の本性を見抜けなかった自分の間抜けさに、辟易とするばかりであるが。
俺とラヴィーナは共に魔法を研究し、仲を育んでいった。
そしてとうとう、俺はラヴィーナと恋人関係になることが出来た。
あの時は人生の絶頂期だったと思う。
その先に続く絶望も知らずに……。
彼女と恋人関係になってから、徐々に違和感を抱き始めた。
俺はそれまで、数々の新魔法や理論を確立してきた。いくつもの論文を出し、そのいくつかは帝国に革命をもたらしたと思う。
無論、ラヴィーナも俺の研究を手伝ってくれていた。ゆえに共著としてラヴィーナの名前を記していた。
……しかし共著ではなく、今まで俺が作ってきた論文のほとんどはラヴィーナ一人のものにされていた。
地位や名誉に興味がなかった俺は、そういった手続きを彼女に任せてしまっていた。そのせいで発覚するのが遅れてしまったのだ。
徐々に名を上げていくラヴィーナに、ろくに論文も出せなくなった──と見なされた俺。
差は歴然である。
まあ帝王だけは、なにか勘づいていた節があるんだがな。
しかしそれでも、帝王はラヴィーナの方を高く評価していた。同罪だ。
ある日、俺はラヴィーナを問い詰めた。
どうして二人でやったことを、君一人の手柄にする? しかも最近では、君はほとんど研究も手伝ってくれないじゃないか。俺が三日寝ずに研究をしている傍、君が夜の街に遊びにいったことも知っている。それでも……俺の恋人だからと信じて、なにも言ってこなかったんだ。
するとラヴィーナは醜悪な笑みを浮かべて、こう告げた。
『はあ? なにを言ってるのかしら。あなたでは華がないから、わたくしの手柄にしてあげているだけじゃない。わたくしの名前を使う方が、たくさんの人々に研究が受け入れられますわ。それにわたくしはあなたのことを好きじゃない。あなたが開発した新魔法や理論に興味があっただけですわ!」
そこで俺はようやく気付いた。
ラヴィーナは俺のことを好きじゃなかった。
最初から俺の手柄を横取りしようと接近しただけに過ぎないのだろう。
確かに、彼女の本性に気付けなかった俺も悪い。
だが……いくらなんでも、こんな仕打ちはないんじゃないか。
今までの手柄、そして愛していたはずの恋人の裏切りによって、俺は絶望し一時期スランプにもなってしまった。
無論、恋人関係も解消。
それからは彼女と話したこともない。
だが、今でも魔法都市アルカナスの領主をしていることは知っていた。
胸糞悪くなるだけなので、あまり思い出したくすらないんだがな。
「ハワードを騙していたなんて……ラヴィーナはとんだ女狐ね」
『信じがたい阿呆なのじゃ。儂の大切なハワードにそんなことをするなど……万死に値する!』
俺とラヴィーナの確執を知っているクロエとナイトシェードも、自分のことのように怒ってくれた。
そしてそれは皆も同様である。
「確かにラヴィーナとは色々あった。彼女が優れた魔法使いであることも事実だ。魔法都市アルカナスを陥落させるのも、北部国境線沿いの時のように簡単にいかないだろう。ヤツらは俺たちに対して、全力を注いでくるはずだ」
たとえば、魔法都市アルカナスには八つの結界が張られている。この結界を突破しなければ、アルカナスに侵入することすら叶わない。
さらに魔法大砲の存在もある。一発で周囲を灰にする恐るべき兵器だ。
まあ……その二つとも元々は俺が開発したものなのだがな。
この二つも、全てラヴィーナの手柄にされてしまっていた。
「しかしそれごときでは《ディアボリック・コア》は止められない。みんなでヤツらを叩きのめそう」
俺が言うと、会議室にいる者たちは一様に頷いた。




