2・無敵の軍団を作り上げていました
仲間になった吸血鬼エドヴァルトと話していると、今までの嫌な記憶が甦ってくる。
俺が帝国の人間を恨むようになった理由だ。
俺は幼い頃から、魔法の研究に明け暮れていた。
魔法について研究していると、余計なことを考えなくて済んだ。
楽しくて、つい徹夜してしまったことは何度もある。
そのおかげで、俺は若くして様々なことを成し遂げた。魔法理論の確立、新魔法の開発……例を挙げるときりがない。
いつしか俺は宮廷魔導士となってさらなる高みを目指し、帝王陛下がいる帝都へと向かっていいた。
しかしそれでも、俺のすることは変わりない。俺はさらに魔法の研究にのめり込んでいった。
そして俺は魔法を研究し尽くしてしまい、次に興味が出たのは魔物や魔族の分野であった。
魔物や魔族は人と敵対し、害をなす存在である。
人々は日夜、それらに頭を悩ませていたが……俺は考えたのだ。
魔物や魔族にも事情があるのではないか?
そう考え、研究を続けていくと、彼らも人間と同じような存在だということが分かった。
彼らからしたら、人間こそが敵。
自分の大切なものを奪われそうになるから、人と戦う。
無論、人間も同じ立場だ。
だからどちらが『悪』という単純な話ではなかったが、そのことは肝に銘じておくべきだと思った。
そしてこの頃から俺に対する風当たりが厳しくなる。
若くして出世を重ねた俺を嫉妬していたのだろうか。
もしくは、魔物の研究に手を染める俺を不気味がったかもしれない。
次第に帝国のトップ──帝王の主導によって、俺は冷遇されることになった。
それからは多くの絶望が、俺を待ち受けていた。
恋人だと思っていた女性の裏切り。
相棒だと思っていた魔物と離れ離れにさせられた。
騎士団長の手によって、故郷の村を焼かれた。
その他にも、やられたことは数知れない。
筆舌しがたい苦痛であった。
俺はいつしか帝国の人間を恨むようになり、必ずヤツらに復讐を遂げることを胸に誓った。
だが、すぐに実行に移すわけにはいかない。
いくら俺が魔法のスペシャリストであっても、帝国もたった一人の男によって堕ちるほど弱くない。
そしてある人からの勧めもあって、仲間を作る必要性も感じていた。
そんな俺に転機が訪れる。
帝王に、魔物の討伐パーティーに加入するよう命じられたのだ。
そのリーダーとなったのが、第五皇子ギデオン。
正直、皇子のお守りなどしたくなかったが……俺にとって、これは好都合であった。
俺には仲間が必要だった。しかし人間はもう信頼出来ない。
しかし……魔物なら?
魔物の中にも、人間に深い憎しみを抱いている者がいる。
俺はギデオンのお守り役……失敬。サポート役として世界中を旅しながら、有力な魔物たちをスカウトしていった。
その方法としてはこうだ。
基本的に俺は魔物と戦わない。
本気を出したら、俺は大概の魔物に勝てる。
しかしわざわざ有望な新人候補に傷を付けるなど、さすがにバカな真似だ。
ゆえにわざと逃げ回り、その魔物だけに分かるように俺の力を示した。
ギデオンならともかく、強い魔物ならきっと俺の強さを分かってくれるように信じて……。
時には魔法で偽の死体を作り出して、ギデオンたちの目を欺き続けた。
それは今回だけではない。
今まで何十回、何百回……何千回も同じことを繰り返してきた。
そんな俺を第五皇子ギデオンは「逃げ回っているだけの臆病者」と罵倒した。
まあそう見えるように仕組んでいたわけだが、ギデオンがちょっとは賢かったら、俺の本当の企みにも気付けただろう。自業自得だ。
計画通り、あっちから俺をパーティーから追放してくれた。
仲間も十分集まったことだし、そろそろ始めよう。
甘美な復讐を──。
◆ ◆
「着いたぞ」
俺は転移門を開き、吸血鬼のエドヴァルトと共に違う場所に移動した。
「転移魔法を使うとは、さすがハワード様です。転移魔法は失われた魔法だと聞いていましたが、ハワード様にとったら朝飯前なのですね」
「なに。そんなに大したことはない。現に転移魔法は魔力を大きく消費してしまうため、滅多に使うことが出来ない。まあ今日はお前──エトヴァルトがいたから、一度くらいは見てもらおうと思って使用したがな」
と俺は肩をすくめる。
「それにしてもここは……?」
エドヴァルトは辺りを見渡す。
俺たちが転移したのは、とある洞窟。
周囲は魔力が充満しており、普通の人間や魔物なら立っているだけでも困難だ。
そんな場所に俺はともかく、エドヴァルトも平然とした顔をして立っている。やはり俺の目に狂いはなかった。
「ああ、ここは『奈落の洞窟』だ。名前くらいは聞いたことがあるだろ?」
「なっ……!? 奈落の洞窟ですと!? SSS級の魔物が多く棲息すると言われる洞窟。ここに入れば、二度と戻ってこれないという。私ですら、近付こうとしない場所なのに……どうしてここに?」
「ここが俺たちのアジトだからな」
奈落の洞窟は超危険級ダンジョン。
滅多に人なんて入り込んでこない。
ゆえに人目を忍んで、勢力を拡大し続ける俺たちにとって、ここは好都合だった。
「戻ったのね、ハワード」
エドヴァルトと言葉を交わしていると。
どこからともなく、一人の少女が姿を現した。
「ああ、遅くなってすまなかったな。クロエ」
俺は彼女……クロエの名前を呼んだ。
紫色の髪をショートカットにしている女の子だ。
可憐な容姿は、世の男性どもの視線を虜にするだろう。
そして彼女の一番の特徴。
それは黒色が基調のメイド服を着ていることだ。
一見、可愛らしいただのメイドにも見えるが、ここにいるということは彼女も人間ではなくて……。
「この魔力……ま、まさか魔族!?」
震えた声でエドヴァルトが言って、反射的に身構える。
魔族。
魔物よりも強く、高度な知能を持っていると言われる存在だ。
エドヴァルトが驚くのも無理はない。
「そうだ。しかし警戒する必要はないぞ。彼女も俺たちの仲間なんだからな」
「ま、魔族ですら味方に引き入れているのですか!? 魔族といえば、誰にも媚びないと呼ばれる存在。しかもあなたは人間なのに……ハワード様の底知れなさは、私の想像を超えています!」
「あなた、ハワードのすごさが分かるって、なかなか将来有望じゃない。でも……」
エトヴァルトが取り乱す一方、クロエは淡々とした声でこう告げる。
「新人のあなたがハワード様の素晴らしさを完全に理解出来るわけないでしょ。ハワード様の専属メイドであるわたしですら、まだ彼の底は分からないのだから」
「おいおい、クロエ。いきなり敵意丸出しで突っかかるな。お前は新人が加わったら、いつもそうだな」
「もちろんよ。わたしにとって、あなたは神。あなたを守るためなら、わたしは憎まれ役だろうが、なんにでもなるわ」
「そ、そうか」
クロエ……良いヤツなんだが、ちょっと俺以外の者に対する当たりが強いんだよな。
まあ、悪気がないことは分かっているし、こういうハッキリと物言いできるところも彼女の良いところなんだが。
それに可愛い。可愛さは全てを解決する。
だが、彼女の長所は可愛いことだけじゃない。
対照的なクロエとエドヴァルトを眺めながら、俺は二人を凝視する。
エドヴァルト:レベル57 → レベル71
クロエ:レベル126
二人の頭の数字が浮かんでいる。
これらは二人の強さを数値化したものだ。無論、数値だけで優劣が決まるわけではないが……強さの基準の一つとして、かなり信頼度が高い。俺だけが見えるものだ。
あのギデオンのレベルは、せいぜい20程度。
吸血鬼エトヴァルトの足元にも及ばない。
エトヴァルトのレベルが上がっているのは、俺が彼に忠誠魔法をかけたからだ。
これは相手が俺に忠誠を誓うことが、魔法の発動条件となる。
忠誠魔法は身体・魔力共に大きく向上する効果がある。
俺は仲間にした魔物や魔族たちに、忠誠魔法をかけて強化していた。
ちなみに自分のレベルを見ようとすると……。
ハワード:レベル???
このようになっていて分からない。
自分のレベルが分からないのは不便だ。いずれ分かるようになればいいんだが……。
「まあ挨拶はそこそこにして……クロエに報告しないといけないことがある。ようやくギデオンのパーティーから追放された」
「ハワードの計画通りね。いえ……ちょっと早かったかしら?」
「まあ、ギデオンのバカさ加減は俺の想像を超えていた。ゆえに予定よりは少し早かったが……問題ない」
そう言って、俺は収納魔法から一枚の紙を取り出し広げる。
「仲間も十分揃った。ここからは、いよいよ帝国へ反撃を開始したいと思う」
「ようやくこの時がきたわね」
ぎゅっとクロエが拳を握りしめる。
彼女も帝国の人間に対しては、並々ならぬ憎悪を抱いている。この時を待ち侘びていた者の一人だ。
「まずは帝国北部の国境線沿い、第二期騎士団長テオが駐在している基地を攻撃したいと思う。それが反撃の狼煙の合図だ」
俺は昔、騎士団の主導によって故郷の村を焼かれた。
ゆえに騎士団長のテオも、それに大きく関わっていた。
一番先に復讐を果たそうと考えていた人物だ。
「さあ……行こう。エドヴァルトもいきなり働いてもらうことになるぞ」
「なんなりとお申し付けくださいませ」
「頼りにしてるぞ。あっ、そうだ。今まで、俺たちの組織に名前を付けてこなかったが、ここからはそれじゃあ不便だ。そうだな……」
俺は少し考え、こう口にした。
「俺たちは《ディアボリック・コア》。帝国へ審判の鉄槌を落とす悪のヒーローだ」




