18・帝国としての誇りがズタボロになっていく話
帝王陛下はお怒りのようです
「あの豚男! まんまとやられおって!」
帝国、玉座の間。
帝王は騎士から『ナイトシェードを奪い返された』と報告を受け、怒号を飛ばしていた。
「今のところ、我が軍は《ディアボリック・コア》に敗北続きではないか! これ以上の屈辱はない!」
北部国境線沿いの一件だけではない。
あれから《ディアボリック・コア》を名乗る魔物の軍団は、帝国の至る所で暴れている。
まだ要所として大事ではないところが多いことが救いではあるがが……《ディアボリック・コア》に連戦連敗している現状に、帝王の心中は穏やかではない。
それに続いて、グレフォード公爵が敗北した報せが届いたのだ。
グレフォード公爵の邸宅の地下には、ダークフェアリーのナイトシェードが捕えられていた。
もしもの時のために、六聖刃の六刃を派遣したというのに、《ディアボリック・コア》に殺されてしまったという。
完全敗北であった。
帝王の行動はさらに苛烈さを極め、「どのような手段を用いても、《ディアボリック・コア》を滅ぼせ」と部下たちに命令している。
しかし。
「ヤツらは飄々と各所を滅ぼしていっている。こちらの防備が行き届いていないところを、狙い撃ちしているかのように……だ。たかが魔物の軍団が、どうして帝国の事情を知っているのだ!?」
もしかしたら、内部の者が裏切った……?
そう考えないと辻褄が合わないことが多い。
そうなると一人、頭に思い浮かんでくる人物がいる。
「やはり、ハワードか」
元宮廷魔導士であり、第五皇子ギデオンのパーティーに加入させていた男である。
ギデオンは愚かにも、ハワードをパーティーから追い出していた。
認めたくないが、ハワードは超一流の魔導士である。ゆえに帝王もハワードから大切なものを奪い、帝国に縛り付けていた。
「ハワードが帝国に復讐を考えても、おかしくはない……しかしハワードは人間だ。それなのに魔物の信頼を取り付けて、《ディアボリック・コア》を作り上げることなど出来るのか……?」
それにハワードはギデオンのパーティーメンバーとして、各地を旅していた。
魔物たちを仲間に加える暇など、なかったはずである。
「なんにせよ、ギデオンはバカなことをやった」
現在、ギデオンは謹慎処分を下しているが……彼が担っている重要な役割を考えると、あまり遊ばせている場合でもない。
「グレフォード公爵自体も行方不明。逃げた可能性もあるが……おそらく、《ディアボリック・コア》に連れ去られたのだろう。ヤツは色々なことを知りすぎている」
そしてグレフォード公爵が尋問で口を割らない可能性は……極めて低いと考えられる。尋問されれば、さっさと洗いざらいぶちまけ、保身に走るだろう。グレフォード公爵はそういう男だ。
となると、次に《ディアボリック・コア》が狙う場所は……。
「ただいま参りましたわ、陛下」
思考を巡らせていると、玉座の間に一人の少女が現れた。
「おお、ラヴィーナ。来たか」
「はい。遅くなって、すみません。無能な部下が馬車の手配に手間取りましたの。もちろん、その無能はクビにしましたのでお気になさらずですわ」
「よいよい」
ラヴィーナを見て、帝王の機嫌は少し上向きになる。
彼女は公爵令嬢である。
彼女は貴族でありながら、有能な魔導士だ。今まで、様々な恩恵を帝国にもたらしてきた。
ゆえに帝王は彼女のことを気に入っていた。
そしてラヴィーナは、ある役割を担っている。
「聞いていると思うが、グレフォード公爵のところに預けているダークフェアリーが奪われた。《ディアボリック・コア》は、グレフォード公爵からあの情報も吸い出しているだろう」
「魔法都市アルカナスで密かに開発している究極魔法のことですわね? 領主として、由々しき事態ですわ〜」
とラヴィーナは頬に手を当てる。
そういったさりげない動作も、彼女がするとあざとくなりすぎず、艶かしい女優のようであった。
「そうだ。きっと《ディアボリック・コア》は、魔法都市アルカナスを危険視するだろう。究極魔法が完成する前に、アルカナスを陥落させにくるつもりだ」
魔法都市アルカナスは、帝国……いや、世界でも有数の魔法が発展している都市である。
目の前の公爵令嬢、超一流の魔導士でありながらも、魔法都市アルカナスの領主という一面もあるのだ。
「心配ありませんわ、陛下」
ラヴィーナは優雅な笑みを浮かべて、こう続ける。
「ご存じだとは思いますが、アルカナスには八つの強力な結界が張られています。一つが壊れても、それが再生しているうちに他の七つの結界が他者からの攻撃を防ぐ。まずはこの結界を突破しなければ、虫一匹たりともアルカナスには入れません」
「そうだったな。その結界も元々、そなたは開発したものだった」
「その通りですわ。そして……万が一突破されたとしても、アルカナスには魔法大砲が常備されています。一発でドラゴンすら葬ることが出来る魔法兵器です。もちろん、これもわたくしが開発したものですわ。
さらにわたくしの館では、六聖刃の一刃が護衛として配置されております。彼、わたくしに惚れていますの。わたくしの命令なら、なんでも聞きますわ」
「素晴らしい! さすがはラヴィーナ。そなたに任せておれば、魔法都市アルカナスは安泰だろう」
「お褒めに預かり、光栄ですわ」
帝王の賞賛の言葉に、ラヴィーナはスカートを軽く摘み上げて一礼する。
「しかし……一つ懸念がある。《ディアボリック・コア》のトップは……」
「ハワードかもしれない……とのことでしたね? その件も大丈夫ですわ」
ラヴィーナは人差し指で髪を弄りながら。
「だって、彼はわたくしの元恋人ですもの。彼の考えていることは、手に取るように分かります」
「うむ、頼りにしておるぞ。そういえば、そなたは昔ハワードを利用し、手玉に取っていたのだったな」
「あら、人聞きの悪い。わたくしはあの男の未熟な研究を発展させ、世に出していただけですわ。もっとも、そのことに気付かれたのは陛下だけでしたが」
「ふっ、悪い女だ。だが、そなたが優秀な魔導士であることには変わりない。そして儂はそなたの、そういうところが気に入っておる」
ニヤリと帝王は口角を吊り上げ、こう続ける。
ラヴィーナから頼もしい言葉を聞けて、帝王の怒りと焦りも徐々におさまっていく。
(そうだ……儂はなにを心配していたのだ)
魔法都市アルカナスの結界を、今まで誰も突破することが出来なかった。
他国から攻撃を受けても、街中の光景は平和そのもので、予定通りに祭りが行われたとも聞く。
そしてこちらは一方的に魔法大砲で攻撃を仕掛けることも出来る。隙がない。
「ふふふ、楽しみですわ。新しい究極魔法もほとんど完成しています。もしハワードが来たなら、究極魔法をぶっ放してさしあげます!」
◆ ◆
「……という具合に、ヤツらは考えているだろう」
俺は帝王とラヴィーナが話し合っている光景を想像しながら、皆にこう告げる。
「しかしヤツらの思い通りにはならない。魔法都市アルカナスを崩壊させ、ついでにヤツらの開発している究極魔法も頂こう」