間話・全ては敬愛する主のために
箸休め的な回となります。次から本編の三章が始まります。
本日、あと一度更新します
私の名前はエドヴァルト。
最近、《ディアボリック・コア》に加入した吸血鬼です。
これでも私は自分の強さを誇りに感じていました。現に今まで、私の命を狙う数々の冒険者たちを血祭りに上げてきました。
しかし《ディアボリック・コア》に入って、私の矮小な自信は木端微塵に砕け散ることになりました。
「エドヴァルト。仕事には慣れたかしら?」
そう声をかけてくれたのは、メイド服姿のクロエ。
可愛らしい女性の見た目ですが、ただのメイドではありません。ハワード様の専属メイドであり、戦っても私なんかより強い魔族です。
「はい、おかげさまで。みなさん、よくしてくれますし」
「そう……ハワードに迷惑かけちゃダメよ? 慣れない書類仕事っていうのは分かるけど」
淡々と表情を変えず、クロエは言葉で釘を刺します。
「ええ、もちろんです。私もハワード様のお役に立ちたいですからね。それに……もしかしたら、私は戦うよりこっちの方が向いているかもしれません」
と私は肩をすくめます。
《ディアボリック・コア》の『固有名』持ちの魔物にて、私はかなり弱い部類。
戦っても、大してお役には立てないでしょう。無駄死にしてしまう可能性の方が高い。
それはハワード様も分かっていたのか。
慈悲深い彼は「慣れるまでは雑用をやってくれるか?」と、私に命令を下しました。
最初は少しショックでしたが……書類仕事をやっていくうちに、ハワード様の真の狙いに気が付きます。
こうして書類を眺めていったら、《ディアボリック・コア》の内情も分かってきます。
《ディアボリック・コア》の機密情報もたくさん書かれています。信頼出来る者でなければ、こうした仕事は任されないでしょう。
それなのに……! ハワード様は新人の私を信じてくれている!
徐々に私は《ディアボリック・コア》に馴染んでいきました。
ハワード様のお考えに、私は日々感服するばかりです。
「まあ……ちょっとは頑張ってると思うわ。文句の一つも言わずに書類仕事をやってる。きっと、あなたの姿はハワードも見てると思うわ」
「私を褒めてくれるなんて、珍しいですね? どうかしましたか?」
「ハワードが褒めてくれたから」
そう言って、クロエは後ろに振り返ります。
ああ……なるほど。
メイド服には度肝を抜かれましたが、そもそも私はクロエの細かいところまでちゃんと見ていない。
しかしさすがに、彼女がいつもと違って髪を後ろで一括りにしていることが分かりました。確か人間の間では『ポニーテール』と呼ばれる髪型でしたかね?
「似合いますね」
「無理やり褒められているみたいで、全く嬉しくないわ。ハワードはわたしを一眼見た瞬間、髪型を変えたのに気付いたんだからね」
そっけなく言って、クロエは歩き去ってしまいました。
うむ……私も修行が足りません。
日々忙しくしているのに、あんな細かいところまで目が付くとは……私の中で、さらにハワード様への尊敬の念が強まりました。
おっと、いけない。書類仕事に戻りますか。
書類仕事を続けている私の前を、様々な種族の仲間たちが通り過ぎていきます。
「もっと人間の本はないのでしょうか。活字が不足していて、禁断症状が出ちゃいそうです」
とふらふらと本を探し回っているのは、知恵の征服者ベルフェゴールさん。
アルカナマンサーと呼ばれる種族で、その頭脳の明晰さはハワード様に匹敵するかもしれません。
そんな彼女は重度の活字中毒。
私からしたら、どうして人間が書いた本なんて好んで読むのか分かりませんが……天才の考えていることを理解しようと考えるなんて、時間の無駄かもしれません。
「やっほー! 吸血鬼くん! 今日も雑用、頑張ってるね!」
ベルフェゴールさんが去った後、元気よく私の肩を叩いたのは幻影の獣姫リリスさん。
《ディアボリック・コア》のムードメーカー。
癖が強い《ディアボリック・コア》の仲間たちの中においては、人格者。私も彼女から元気をもらっています。
「ああー……だるい。人間の悲鳴が聞きたい……」
ダウナーな雰囲気を纏って歩いているのは、暗黒竜のアザゼルさん。
今は魔力の消費を抑えるために、人間の体になっていますが……その名の通り、最強種の一角であるドラゴンです。
一息吐けば暗黒のブレスが発射され、周囲を闇に染めます。
人間どもにとっては恐怖の対象ですが……私からしたら、いつも怠そうにしている不思議な少女といった印象です。
「ガハハ! アンデッドの素材がたくさん手に入った! 死の軍団を形成し、ハワード様からお褒めの言葉を頂くのだ!」
豪快に笑っているのは死霊の王モルタスさん。
モルタスさんの種族は『リッチ』であり、アンデッドたちの長でもあります。
その能力はハワード様にも高く評価されていますが……常にアンデッドを探し回っていることから、正直あまり近寄りたくありません。前なんて、アンデッドにされかけましたし……。
「ふう……一息吐きましょうか」
と私は背もたれに体重を預ける。
曲者揃いの《ディアボリック・コア》。
中には幻影の獣姫リリスさんのように、優しい獣人もいますが……ほとんどは近寄りがたい魔物や魔族ばかりです。
私なんて、平凡そのものでしょう。
もしかして、ハワード様も私の名前なんて忘れてるんじゃ……。
「休憩中か?」
思考を巡らせていると。
気付いたら、ハワード様が目の前にいました。
「ハ、ハワード様! すみません! 一段落付いたので、手を止めていました。今すぐ再開……」
「ああー……別にいいんだ。休憩するなという意味じゃない。ただ、休憩中なのに話しかけてもいいものかと思ってな」
立ち上がった私を、ハワード様は手で制する。
「お前は努力しすぎるところがある。適度に休め。それが長続きの秘訣だ」
「お気遣い、ありがとうございます。しかし私はハワード様に忠誠を誓いました。この命尽きるまで、ハワード様のお役に立てるように、なんでもやります!」
「そう言ってくれるのは有り難いが……お前を見ていると、俺が宮廷魔導士だった頃。上司に無理やり働かされていた時代を思い出す。もっと肩の力を抜け。疲れたらすぐに言うんだぞ?」
おお……! なんとお優しい。
ハワード様は私のような雑兵にまで、こうして優しく接してくれます。
まずますハワード様のために頑張ろうという気持ちが高まりました。
「なにか気になったことはあるか?」
「いえ……今のところは」
「だったら、いいんだ。いつも書類仕事ばかりさせて、すまんな。しかし時が来れば……お前にも戦場に出てもらう。その時は北部国境線沿いの時のような、楽な戦いにはならないだろう。それまで牙を研いでいろ」
「はっ。承知いたしました」
「頼りにしてるぞ──エドヴァルト」
「……!?」
ハワード様の言葉に、私は雷が落ちたかのような感銘を受けました。
「ハ、ハワード様……? 私の名前を覚えて……?」
「ん? そりゃそうだろ。お前は《ディアボリック・コア》として始動する前、一番最後に仲間にした吸血鬼だ。名前を忘れる方が難しい気がするが……」
「で、ですが、《ディアボリック・コア》には、もっと強い魔物や魔族がいます。私の名前なんて、とうに忘れているかと……」
「なにを言う。俺にとって、《ディアボリック・コア》は同じ志を抱いた大切な仲間だ。お前だけじゃなく、固有名全員の名前は頭に入っているよ」
ハワード様は当然とばかりに言っていますが……それがどれだけ難しいことなのか。
私はハワード様のすごさに衝撃を受け、言葉を失ってしまいます。
「では、引き続き頑張ってくれ。休憩中すまなかった」
「あ、ありがとうございます!」
ハワード様の姿が見えなくなるで、私はずっと頭を下げます。
全てはハワード様のために。
あの日、誓った言葉を私は再び胸に刻みました。