16・悪い貴族には残酷な月の夢を
「バカなバカなバカな! 有り得ん! こんなことは聞いておらん。ダークフェアリーは元に戻らないはずだった。そうやって、あのお方も言ってたはず……」
「ほお? あのお方……か。やはりお前はなにかを知っているようだな」
俺がグレフォード公爵に視線を向けると、彼は「しまった!」と言わんばかりに視線を逸らした。
分かりやすいヤツだ。
「…………」
「だんまりか。じゃあ、無理やりにでも聞き出そうか」
ナイトシェードと戦っている片手間でも、俺はその気になればこいつ一人くらいは殺せた。
それなのにあえて後回しにしたのは、こいつが有意義な情報を持っている可能性が高いからだ。
ただで死ねると思ってるなら大間違いだ。
《ディアボリック・コア》のために、有意義な情報を全て吐いてもらってから、こいつには死んでもらう。
グレフォード公爵は頑として、なにも語ろうとしなかったが……。
「ぬあああああああ!」
と雄叫びを上げ、クロエを振り払って逃げ去ってしまった。
「わざと逃したな?」
「そうね。その子も目覚めたばっかりだったから、朝ごはんが必要だと思って」
クロエがナイトシェードに視線を移すと、彼女は肩を回して。
「うむ、助かる。まだ頭がぼーっとしているからな。ハワードとの再会を懐かしむ前に……まずはあの子豚を片付けるとするか」
「頼むぞ」
「任せろ」
そう言うと、ナイトシェードが目の前から消失する。
逃げたグレフォード公爵を追いかけていったのだろう。
俺は高みの見物といかせてもらうか……。
手を前にかざす。すると手元にグレフォード公爵の様子が映し出された。
俺はそれを見つつ、ニヤリと笑みを浮かべるのであった。
グレフォード公爵は地下を走り回っていた。
「はあっ、はあっ、化け物……どうしてあのダークフェアリーが元に戻るんだよお!? 六聖刃だかなんだか知らないが、あの護衛も役に立たなかったし……」
ぶつぶつと呟くグレフォード公爵。
足がもつれて、今にも転んでしまいそうだ。
しかし……魔物のエキスを取り込んだためか、逃げる様は獰猛な獣のようである。
「帝王陛下に、このことはご報告出来ない。ダークフェアリーを逃したとなっては、爵位剥奪……いや、殺されても仕方がないからな。幸い、こういう時も考えて隠れ家をいくつか用意している。しばらくはそこで姿を隠すか……」
そうして、地下の入り口に差し掛かろうとした時であった。
「ほほお? 隠れ家か。楽しそうな場所じゃな。一人で行くのは感心せんぞ」
──グレフォード公爵の前に、一人の幼女が着地する。
無論、ただの幼女ではない。
一見、幼くて可憐な美少女のようにも見えるダークフェアリー。ナイトシェードであった。
「き、貴様……っ! ダークフェアリーごときが、小生の邪魔をしやがってええええ!」
立ち止まり、地団駄を踏むグレフォード公爵。
「小生はダークフェアリーを飼うなど、反対だったのだ! しかし陛下の命令に仕方なく従っていただけ」
「ほほお? ならばお主は被害者じゃと?」
「そんなところだ! 小生は悪くない! しかも小生は公爵だぞ? 小生を殺せば、帝国中の貴族から目を付けられる。果たして貴様は、国中の貴族……いや、帝国を敵に回す度胸があるのかな?」
脂汗を流しながら、グレフォード公爵はナイトシェードに問いかける。
しかし彼女はきょとんとした表情で、こう即答した。
「なんじゃ? そんなことか。もっと大仰なことを言うと思ったが……残念じゃ。帝国ごとき、儂とハワードがいれば敵ではない」
自らの常識では縛られない化け物。
グレフォード公爵はそう判断したのか、無茶苦茶に両手をぶん回してナイトシェードに特攻する。
「帝国を舐めるなああああああ! たかがダークフェアリーや人間が、帝国を討ち倒せるものかあああああ!」
グレフォード公爵の一撃は、ナイトシェードに命中した。
彼女は吹っ飛ばされ、そのまま床に転がって動かなくなる。
「は、ははは! 小生に逆らうからいけないのだ! あの化け物みたいな人間とメイドは別だが、ダークフェアリーごときには遅れを取らん!」
勝ちを確信したのか、グレフォード公爵は高笑いを上げる。
哀れだ。
だって自分が倒したと思っているナイトシェードは……。
「月の囁き」
月光が一片。
外からの光は差し込まないはずの地下だというのに、幻想的な月の明かりがナイトシェードを包んでいた。
「そうだそうだそうだ! 小生は最強だ! このまま帝国に反旗を翻してみるか? そうだ、それも面白い。ヤツらは面白い企みを考えているらしいが、今の小生なら……」
グレフォード公爵の前には、先ほど倒れたはずのナイトシェードが立っていた。
ナイトシェードが、グレフォード公爵に敗北するはずがない。
彼女の十八番の幻惑魔法、月の囁き。
月の光は、時に人を惑わせる。
ナイトシェードの幻惑魔法によって、今頃グレフォード公爵は幸せな夢を見ているだろう。
瞳の焦点は合っておらず、月の住人となっている。
そして……彼は二度と、こっちの世界に戻ってこれない。
「情報を全て吐くまで、幸せな月を見せておいてやる」
人によっては残酷とも思える笑み。
しかし俺の目には、笑うナイトシェードは誰よりも美しかった。
人間の理解の範疇を超えた、ダークフェアリーという絶対的存在。
それを真に理解出来る人間は、俺しかいないという自信があった。
「じゃが、いつまでも幸せな夢を見てられると思うな。お主が出涸らしになった時……月は牙を剥き、お主を殺しにかかるじゃろう」
ナイトシェードの言葉、グレフォード公爵まで届かない。
何故なら、彼の頭の中は既にこっちの世界にいないからだ。
「ひゃっひゃっ! 元はといえば、帝王陛下もおかしかったのだ! 魔物を捕らえて、魔法に応用しようなどと……」
グレフォード公爵はうわ言のように、ぺらぺらと喋り続けている。
これはなかなか良い情報を持っていそうだな。奈落の洞窟に持ち帰って、ゆっくりと聞かせてもらうか。
「よくやった、ナイトシェード。さすがだ」
俺の言葉はナイトシェードまで届いたのか、彼女は親指を突き立てた。
ナイトシェード、完全復活だ。