15・かつての相棒を元に戻してみる
「ハ、ハワード……聞いたことが……ある名前……」
ナイトシェードは俺を見て、頭を抱えている。
「うむ……正気を失っているだけで、記憶は完全に失っていないようだな。まだ取り返しがつく」
ここにいる他の魔物みたいに、もう手遅れなら、俺は迷わずナイトシェードを殺めていた。
目的を果たすためには、どのような手段だって取る。
そうじゃないと、俺を信じて付いてきてくれている《ディアボリック・コア》を裏切ることにもなるからだ。
しかしナイトシェードは自我を取り戻そうとしていた。
ならば、俺のすることは決まっている。
「ナイトシェードを元に戻す」
「ハワード、加勢するわ。殺すならともかく……この子相手に、あなた一人だけじゃ難儀するでしょう?」
「いや、いい」
一歩前に踏み出すクロエを、俺は手で制する。
「こいつは俺一人でなんとかする。気遣いなど無用だ。久しぶりに、こいつと二人きりで遊びたい」
「ぐああああああ!」
ナイトシェードが苦しみの声を上げながら、俺に襲いかかってきた。
それを俺は結界魔法で防ぐ。
「ははは! 取り返しがつくだと? バカめ。そいつはもう手遅れだ! その悪魔にお前も殺されてしまうがいい!」
今はもう魔物のような姿になってしまっているが、じゃっかん面影を残したグレフォード公爵が、不快な笑い声を響かせた。
悪魔……か。
昔の憧憬が頭に浮かんでくる。
『お前、村人に悪魔って呼ばれているらしいな』
ナイトシェードに初めて会った時。
ダークフェアリーであるナイトシェードは、住むところを転々としていた。
妖精からは忌み嫌われ、人間からは悪魔と恐れられていたからだ。
元来、彼女は優しい性格だった。
だから自分から人間など殺めたことはなかったが、その見た目と魔力から、人々は彼女を悪魔と決めつけた。
『仕方のない話じゃろうとて。こうして、ちゃんと向き合って喋ってくれるのはお主が初めてじゃ』
『そうか。ならば単刀直入に言う。俺と一緒に来い。面白い世界を見せてやる』
『儂はもとより、行くあてがない。儂を負かした、お主に付いていった方がいいのかもしれぬな。しかし……一つ望みがある』
『なんだ?』
『お主の言う面白い世界とは、どのようなものなのかは知らぬが……儂はただおとなしく暮らしたい。一方的に憎しみを向けられるのは嫌なのじゃ』
そんな彼女の表情は寂しげであった。
──あらためて、現在のナイトシェードを凝視する。
ナイトシェード:レベル134。
現在でも、クロエより上のレベル帯だ。俺の忠誠魔法は既に切れているはずなのに、このレベルは驚異的である。
だが。
「こいつの真の実力はこんなもんじゃない」
俺はナイトシェードの強さを知っている。
彼女の優しさを知っている。
彼女をこんなにも苦しませやがって……とグレフォード公爵に怒りを感じた。
「手も足も出ないようだな! 殺せ殺せ殺せ! かつての右腕に殺されるのは、どんな気持ちだ? やはりダークフェアリーは穢らわしい存在……」
「あなた、うるさいわよ」
クロエがグレフォード公爵に頭を床に押さえつける。
「せっかく、ハワードが頑張っているんだから、黙って見ておきなさいよ。あなたの声を聞いていると、不快で仕方がないわ」
「くそ……がっ。魔族ごときがこのような真似をして……いくらクロエちゃんでも、どうなるか分かっているよね?」
「それはこっちの台詞よ」
グレフォード公爵はクロエが抑えてくれている。
助かった……正直、このままだと怒りに囚われて、ナイトシェードのことを放ってグレフォード公爵を殺しそうになっていた。
今、俺が集中すべきものを見誤ってはいけない。
ナイトシェード:レベル207、208、209……。
ナイトシェードのレベルがどんどん上昇していく。
徐々に元の力を取り戻していっているということか。
ならば、もう少しだ。
「俺はお前を見捨てない」
奪われたのなら、取り返せばいいのだから──。
ナイトシェードのレベルが上がるにつれて、さらに攻撃が激しくなっていく。
俺からは攻撃を与えず、ナイトシェードの覚醒を待った。
そして、とうとうその時がくる。
ナイトシェード:レベル298、299、300、300、300……。
「……! 今だ!」
俺はその時を見逃さず、手をかざしてこう唱える。
「星煌めく雨」
その瞬間。
天上から光の雨が降り注いだ。
それらは俺たちを包み、ナイトシェードが動きを止める。
「ワ、ワシは……ナイトシェード。大好きなハワードの相棒。儂は誰も殺したくない。唯一の例外があるとするなら……ハワードの邪魔となる者のみ」
「バ、バカな!? ダークフェアリーが正気を取り戻し始めている!? 攻撃を躱わすことで、精一杯じゃなかったのか!!」
グレフォード公爵がクロエに押さえつけられながら、驚愕の声を上げる。
「躱わすことで精一杯? バカなことを言うな」
ナイトシェードは強い。
しかし元の力を取り戻しておらず、低レベルの彼女相手なら、俺はいつでも殺すことが出来た。
そうしなかったのは、彼女の覚醒を待つため。
レベルが安定していないまま、洗脳解除魔法である星煌めく雨を使ったとしても、彼女の精神を破壊してしまうだけだった。
だから俺はナイトシェードの力が戻り、レベルが安定した瞬間……星煌めく雨を使用した。
かつてのナイトシェードを熟知している俺にしか出来ないことだ。
「ハワード……」
ナイトシェードの瞳からは、すっかり殺意の色が消えている。
彼女は涙目で俺を見上げた。
「おかえり──ナイトシェード」
「うむ、ただいまなのじゃ。なんだか、長い夢を見ていたようなのじゃ。時間を無駄にした気がする」
「なに、誤差の範囲さ。夢を見て、時間を無駄にしてしまったなら、今から取り戻していけばいい」
「……うむ!」
そう言って、ナイトシェードは駆け寄ってきて、俺に抱きついた。
さあて。
次はさっきから五月蝿い子豚を黙らせる番だ。
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