14・お仕置きの時間
《クロエ視点》
ハワードと一旦別れたわたしは、ナイトシェードを探して地下の奥に向かっていた。
通路のいたるところに、同じように魔物が囚われている。
こんなことをする主犯に、わたしは酷い怒りを感じた。
「手遅れになる前に、ナイトシェードを見つけないと……」
わたしは急ぐと、ほどなくして地下の一番奥に辿り着いた。
そしてそこに置かれていたものを見て、わたしはこう声を上げるのであった。
「ナイトシェード!」
やはりわたしとハワードの読み通り、ナイトシェードが巨大な試験管の中に囚われていた。
ハワードの言っていたナイトシェードの特徴と合致している。間違いないだろう。
「待っててね。すぐに救い出すから……」
と手を伸ばそうとした時。
「ダメじゃない、クロエちゅわ〜〜〜〜〜ん。小生、ずっと部屋で待ってたんだよ?」
天井の一部に穴が空き、そこから細い糸に吊らされた一人の男が降下してきた。
グレフォード公爵であった。
「……なるほど。あなたの部屋から直通で降ることも出来たってわけね」
「そうだよ〜。ここは重要拠点。我が自室からすぐに来れないと、不安で仕方ないからね」
「気付くのが早いわね。最初から、わたしをここに誘き寄せたと?」
「帝王陛下から聞いてたからね。《ディアボリック・コア》が、ここを狙っているかもしれない。それで君みたいな素性も知れない女の子が来たら、怪しむのも仕方ないでしょ」
メイドとして雇ったのは、そっちだろうが……!
そう突っ込みたくなるが、ここで言及しても仕方がない。わたしは喉元で言葉をぐっと堪えた。
「だったら、どうしてわたしが尻尾を出すまで待ったのかしら。そのせいで、あなたたちは危険な状況にいる」
「危険な状況? これが?」
とナイトシェードがキモい笑みを浮かべる。
「こんなの、小生にとったら危険でもなんでもない! おやつのティータイムのようなものだ! 君こそ、油断してるんじゃないかな?」
そう言って、グレフォード公爵が眉間に人差し指を付ける。
嫌な予感がしたわたしは、すぐさまグレフォードに炎魔法を放つ。しかし寸前でそれを躱わされ──同時──周囲の試験管が割れ、魔物たちが解き放たれた。
グオオオオオオオオ!
魔物たちは獰猛な雄叫びを上げる。
「ちっ……! 念じることが、起爆装置となってたわけね」
「小生を舐めてたんじゃないかな? こいつらは実験動物として帝王から預かってるんだけど、《ディアボリック・コア》が現れたら、迷わず使えと言われている。全てはダークフェアリー、ナイトシェードを守るため!」
周りの試験管は全て破れたが、ナイトシェードだけは囚われたままである。
彼女だけは特別というわけね。
「クロエちゃん、魔族だよね? 魔物は魔族の親戚みたいなものだと聞いている。果たして! 囚われてただけの善良な魔物と戦うことが出来るのかな? それとも優しいクロエちゃんは『殺し』を躊躇なんかりしたりして……!」
「外道が……っ!」
魔物をもののように扱うグレフォード公爵に、わたしの中の怒りが膨れ上がった。
正気を完全に失っているのか、魔物たちは一斉にわたし目掛けて襲いかかってくる。
目を見たら分かる。
もう手遅れだ。
魔物たちは元の状態に戻らない。
『コロ……して……』
わたしたち魔族は魔物の嘆きが聞こえることもある。
今がその状況だ。
魔物たちはわたしに牙を向けるが、戦いたくて戦っているわけではないことは分かった。
「ごめんなさい……」
わたしはそれらを魔法で一掃していく。
もちろん、悲しみはあった。
しかし躊躇はない。
何故なら、わたしの目的はナイトシェードの救出。
そしてハワードはわたしを信頼して送り出してくれた。
それを阻む者は、何人たりとも許さない。
ハワードに褒められるためなら、わたしは喜んで悪になろう。
やがて周りの魔物は全滅。
だが、グレフォード公爵は余裕げに拍手をしていた。
「お見事! まさか同胞を殺しちゃうなんてね〜。まあ、これくらいは予想出来てたけど」
「今度はあなたの番よ。ナイトシェードを解放しなさい。それからじっくりと、あなたを殺してあげるわ」
「いくらクロエちゃんの頼みでも、それは無理〜。帝王陛下に怒られちゃう! それに戦いはまだ終わっていない」
次の瞬間であった。
見る見るうちにグレフォード公爵の体が変質していく。
体は濃い緑色に。チビでデブな体は、わたしよりも何倍も大きく膨れ上がった。
「ハハハ! 実験は成功だ!」
まるでその様子は魔物のよう。
声も反響しあって、おかしなことになっている。
高笑いをするグレフォード公爵は、気持ちよさそうにこう続けた。
「ここまで、小生は全て理解していた! だから事前に魔物のエキスを体に注入しておいたのさ!」
「そんなことして、タダで済むと思っているの? 今はいいかもしれないけど、いずれ体が崩壊するわ」
「しないよ。ここはそのための実験施設なんだからね!」
なるほど……こんな人の道を外れたことをするために、魔物たちは……。
「さあ、始めよう! 第二戦だ! この体になった小生は、クロエちゃんもひねりつぶせる。その可愛い体に直接分からせ…」
「天雷裂破」
彼が全て言い終わらないうちに、わたしは今自分が使える最大の雷魔法を放った。
体に雷を集め、それを一気に放出する魔法である。
威力が凝縮された雷の一撃が、醜悪なグレフォード公爵の腹を貫いた。
「ぐああああああああ!」
グレフォード公爵は悲鳴を上げ、衝撃を殺しきれず後ろの壁に激突する。
「痛い痛い痛い痛い痛い! な、何故だ! 何故、この体になったのに勝てない! こうなったらもう無敵だって、ヤツらも……」
「無敵? 笑わせるわね」
こんなのなら先ほどの剣士、リーナの方が何十倍も強い。
人はそう簡単に強くなれない。
あのハワードだって、ここに至るまで血の滲むような努力をしたのだ。
それをすっ飛ばして、魔物たちを犠牲にすることによって強さなど、わたしにしたらなにも怖くなかった。
「くっ……さすがは北部国境線沿いを陥落させた《ディアボリック・コア》といったところか」
「さっさとナイトシェードを解放しなさい。あなたは直に死ぬと思うけど、それだけは最後にやってもらうわ」
「じゃあお望み通り……」
と再びグレフォード公爵は眉間に指を置いた。
「解放してあげるよ!」
パリンッ!
ナイトシェードが入ってた試験管が割れる。
そしてナイトシェードがゆっくりと歩みを進める。その目は赤色に染まっていた。体中から殺意が迸っている。
ごくりっ。
わたしは思わず唾を飲み込んでしまう。
なんということ。
こうやって相対してみて分かる。
徐々にナイトシェードに内に秘める魔力が膨れ上がっていく。
「わ、ワシは……ダークフェアリー……全てを終わらせるもの……ジャマするものは、全員殺す……」
ナイトシェードは頭を抑え、うわ言のように呟いている。
ハワードの相棒を、まさか先ほどの魔物と同じように殺してしまうわけにはいかない。
しかしなにもしなければ、わたしはナイトシェードに殺されてしまう。それが狙いで、グレフォード公爵も彼女を解き放っただろう。
「さて……どうするか」
わたしはナイトシェードを見つめ、出所を探っていると……。
「久しぶりだな、ナイトシェード」
後ろから声。
その声音からは、旧友に会った嬉しさのようなものを感じた。
「ハワード……間に合ったのね」
「ああ。アテは外れたがな。クロエ、ここまでしてくれれば十分だ」
そう言って、ハワードはわたしの肩をポンポンと叩く。
彼はナイトシェードと対峙し、こう口にした。
「さあ、久しぶりに遊ぼうか。ここから遊戯の時間だ」