13・なんだ、こんなもんか
「ちっ……邪魔が入ったか」
女──リーナが舌打ちをして、唾を吐き捨てる。
「べらべらとよく喋ってくれたな。六聖刃の六刃は、随分と口が軽いようだ」
「それが分かってるってことは、その魔族との会話は全部筒抜けだったわけか」
「その通りだ」
クロエもこいつには勝てないとすぐに悟っただろう。
実力の差を測れないほど、クロエは愚かじゃない。
しかしクロエはすぐに俺を呼ばず、リーナから情報を聞き出そうとした。
おかげで通信用の魔石はもう使い物にならないと誤解したリーナから、面白い情報を聞けた。
「まあいい。お前も強そうだからな。何者かは知らないが……そっちの魔族と戦うよりは楽しそうだ」
「それは光栄だな」
そう言って、俺はクロエに視線を移す。
「この先にナイトシェードの魔力を感じる。奥にナイトシェードが囚われていることは間違いない。こいつは俺が相手をしておく。クロエは先に行って、ナイトシェードを救い出してくれ」
「分かったわ。でも……本当にいいの?」
「なにがだ? 俺がこいつに負けるとでも?」
「そうじゃない。この先、どんな危険が待ち受けているか分からないわ。わたしでは手に追えない危険があるかもしれない。それなのに……わたしに任せてもよかったのかって」
表面上はほとんど変わらないが、クロエの声音から不安を読み取れる。
クロエはいつだって冷静だ。
そして自分の弱さに劣等感を抱いている。
しかし俺はふっと笑いかけ。
「当たり前だ。俺は《ディアボリック・コア》の中で、お前を一番信頼している。お前なら出来ると俺は信じたんだ。任せたぞ、クロエ」
「──っ!」
クロエは目を瞑り、俺の言葉を噛み締めているようだった。
「ありがとう。あなたにそう言ってもらえて、本当に嬉しい。やっぱり、わたしの主はあなたしかいない。その信頼、決して裏切らないわ」
「頼りにしてるぞ。だが、無理はするなよ? 少し時間を稼いでくれたら、俺がそっちに向かうから」
「ええ」
そう言葉を返して、クロエはリーナの横を通り過ぎて、地下室の奥へと駆けていった。
「止めないんだな?」
「止める? なんで、そんなことしねえといけないんだ。お前らがなにを企んでいるかは知らないし、興味もない。オレはただ戦いたいだけだ!」
リーナは叫び、地面を蹴る。
一瞬で俺との距離を詰め、剣を振るった。
「おっと」
寸前のところで躱わす。
俺でなかったら、今頃体が両断されていただろう。
「話は聞いていた。帝国が憎いか?」
「ああ、憎いね」
喋りながら、リーナは剣を振い続ける。
「オレが最強なのに、六聖刃の中で序列が一番下。他の連中は帝王陛下に気に入られているだけだ。特に魔法都市でのお嬢様の隣にいる一刃には、吐き気がするな」
「ほほお」
「しかも最近は戦争も少ないからなのか、なかなか戦わせてくれねえ。これだったら他国に亡命してもいいんじゃないかって思えてくる」
目にも止まらぬ連撃。
少し気を抜けば、やられてしまいそうだ。
リーナの剣は俺に当たらず、床や壁に当たる。そのせいで周囲は爆裂魔法が炸裂したかのように、悲惨な状況になっている。
しばらく、リーナの動きを見切りながら、俺は彼女の実力を測っていた。
「そんなに自分のことを強いと思っているなら、帝国を滅ぼそうと思わないのか? 自分を軽んじる帝国への復讐だ」
「はあ? 本気で言ってんのかよ」
避け続ける俺に対して、このままでは埒があかないと思ったのか、剣の動きを止めリーナが距離を取る。
「帝国は確かに憎い。しかし強国だ。いくら強いヤツと戦いたいって言っても、絶対に負ける相手と殺し合おうとは思わねえよ」
「そうか……」
まあそれが普通の考えなのだろう。
帝国は強い。それは事実。
クロエでも勝てないリーナという六聖刃を抱えているうえに、まだまだ強い連中が山ほどいる。
そう簡単に帝国をやれると思っているほど、俺も頭がお花畑じゃない。
「さっきから、ちょこまか動きやがって……強いと思ったのは、オレの勘違いだったか」
とリーナは剣を大上段に構える。
「オレの攻撃を前に、反撃する手立てがないんだろ? だから、避け続けることしか出来ない」
「まあ逃げるのは得意だからな」
「ならオレのありたっけ、全部ぶつけてやるよ。今度は避けられるかな?」
リーナが目の前から消失する。
……かと思ったら、一瞬で俺の懐に入った。
その一閃が炸裂すれば、俺もただでは済まないだろう。
だが──それは俺に当たったらという話だ。
「なんだ、こんなもんか」
俺は結界魔法を張り、リーナの攻撃を防ぐ。
初めて回避行動以外の手段を取ったからなのか……リーナは結界魔法の衝撃に負け、剣を手放してしまった。
「こ、こんなもんだと……っ!?」
「ああ、正直もっと強いかと思った。六聖刃の噂だけは聞いていたから、もうちょっとやるものだと思っていたからな」
正直、決着を着けるだけならすぐに出来た。
だが、俺はそれをあえてやらず、しばらくリーナを泳がせていた。
何故なら。
「強く──そして志が俺たちと同じなら、仲間に加えてやろうかって考えていたのに……」
帝国憎しの考えは伝わってきた。
しかし俺とこいつの考え方は相容れない。
俺も確かに、帝国に尻尾を振るふりをして、第五皇子ギデオンのパーティーに加わっていた。
それもいつかは帝国を討ち倒すために──だ。
だが、リーナは帝国への憎悪の感情を抱きつつも、反撃の一手を考えていない。
亡命? 絶対に負ける?
あまりに情けなさすぎる考えで、さっきから笑いを堪えるのが大変だった。
「俺の目利きも鈍ってきたな。まさかお前が帝国が憎いと思っておきながら、戦うことすらしない負け犬だったとは。こんなことなら、最初から戦いを長引かせようとしなかったのに……」
そもそもこいつ、仲間に加えてやってもすぐに裏切りそうだ。
バーサーカーすぎる。
こんな猪突猛進なヤツ、仲間にしたら足を引っ張られるだけだろう。
無能な味方がなんとやら……ってヤツだな。
俺が自分に呆れていると、リーナは怒りで顔を赤くして。
「て、てめえ……好き勝手に言いやがって。ならば、お前なら帝国を討てるとでも思ってんのか!?」
「そうだ」
そして、そういう問題でもない。
負けるつもりはないが……仮に絶対負けると分かっても、俺は復讐を果たそうとするだろう。
「俺とお前じゃ、思いの強さが違う。そして実力にも大きな開きがある」
「てめええええええええ! 良い気になりやがってええええええ! 剣がなくても、お前を殴り殺すことは出来んだよおおおおお!」
リーナは顔を怒り一色にして、拳を構えて駆け寄ってくる。
まるで犬だな。しかもただの犬ではない。負け犬だ。
「まあせっかく、戦いに付き合ってもらったんだ。最後にいいもんを見せてやるよ」
俺は両手に血色の剣を作り出す。
それを十字に構え、リーナを迎え撃った。
「紅蓮十字閃」
血の薔薇が咲き誇る。
「ぐっは……オレはここまでだっていうのか……」
リーナの体がゆっくりと倒れる。
「お前、最後に名前を聞かせろ。オレを殺した男の名を……な」
「ハワードだ。俺──《ディアボリック・コア》は帝国へ復讐を果たす。お前が絶対に出来ないと思っていた所業、あの世で見ておけ」
「ハワード……《ディアボリック・コア》……出来ることなら、もっと戦いた……かった」
最後にそう言い残し、リーナは絶命したのであった。