婚約者を寄越せと言うから譲ったのに返品しようとしてくる(´・ω・`)
「リリィさん!私、あなたの婚約者のマルセル王子を好きになってしまいましたの!譲ってくださいな!」
さん付けでいきなり話しかけてきたのは、公爵令嬢のバレット様でした。因みに彼女とは、特に親しい間柄ではありません。
「バレット様、突然のことでお話がよくわからないのですが」
「ええ、つまりね。私マルセル王子に恋をしていると気づいてしまったの!だからリリィさんには王子と別れていただきたいのよ」
何を言っているんだろう、この人は。
「…バレット様にも婚約者がいますよね?」
バレット様は何故だか顔を輝かせました。
「そうよ!だからね、あなたには代わりに私の婚約者のソーンをあげるわ!宰相の跡取り息子だもの。王子と比べれば見劣りするけど悪くない話でしょ?」
本当に何を言っているんだろう、この人は。
「その事、殿下やソーン様はご承知で?」
「まだ言ってないけど問題ないでしょ?だってちょっと組み合わせが変わるだけだもの」
…問題がある人だという噂は耳にしていたけれど、ここまでアレな人だとは思っていませんでした。
「申し訳ございませんが、私には決定権はございませんので、各家の当主に話を通していただけますか?」
「まあ!じゃあ家の決定ならあなたは従うのね!」
「…はい」
こくりと頷きました。万が一家がそう決めたなら、私に逆らう術はありません。
でもまず、こんな馬鹿げた話は通らないでしょうけれど。
この時はそう思っていました。
驚いたことに、バレット様のお父様、つまり公爵閣下はバレット様に激甘というのも生温いくらいに甘かったようです。
ゴリ押しで、その話を実現してしまいました。
バレット様の家は、関係者の中で王家を除けば一番位が高かったですし、宰相様は穏健派でした。うちのお父様も公爵閣下に睨まれるのは嫌だったようで、その提案を呑みました。
王様は、古くからの友人のたっての願いということで、それを受け入れました。噂では、「お前が私に我が儘を言うとはな!」と何だかご機嫌だったとのことでした。
そうして、私とバレット様は婚約者を交換しました。
ソーン様とは、会ってみたらすぐに意気投合しました。恋愛関係というよりいい友人になれそうな感じでした。マルセル王子にそんなに情はなかったし、結果的にはこれでよかったのかも、そう思っていました。
王子の結婚式の前日、バレット様が我が家に突撃してくるまでは。
「リリィさん!私、ソーンの素敵さに気づいてしまったんですの!ですから明日の式のお相手変わってくださいな!」
………………何を言っているんだろう、この人は。
頭痛がしてきてこめかみを揉む私に、バレット様はたたみかけます。
「まあ!具合が悪いんですの!?それなら尚更、明日の式のために早くお休みになって!」
決定事項のように言わないでください…。
「バレット様、あまり無理を仰らないでくださいな」
すでに無理を通しまくった後ですが。
「無理だなんてことまったくありませんわ!だって元の組み合わせに戻るだけですもの!」
どうやら、本気で言っていそうです。
思ってたよりずっとヤバい人でした…
「そんなわけには参りません。王子妃が前日に入れ替わるなんて前代未聞です」
「あら!前例がないからダメだなんてことないわ!」
その発言自体には賛成ですけれどね。
「それに元々リリィさんが王子と結婚するはずだったんですもの、あなたは王子妃として何の不足もございませんわ!」
そこに割って入ったのはどこのどいつだこのやろー。
何だか気分がささくれ立ってきました。
「無理ですよ。だってマルセル王子はバレット様にご執心じゃないですか」
正確に言うと、バレット様のおっぱいに。
どうやら王子はおっぱい至上主義だったらしく、婚約者の交換が決まってからずっとバレット様(の特大サイズのおっぱい)に夢中なのです。
バレット様が近くにいる時、常にそのおっぱいに視線をロックオンしていらっしゃるのは、皆の知るところです。
初夜を一日千秋の思いで待ち望んでいるであろう王子が、再度の交換に首を縦に振ることはないでしょう。
「でも私、性欲の強すぎる殿方ってちょっと苦手で…」
嫌そうにご自分の肩を抱いていらっしゃいますが、苦手なものを他人に押し付けないでいただきたいです。
「でも以前はマルセル王子のことを好きだと言ってらしたじゃないですか」
「だって以前の殿下は理知的で紳士的で格好よかったんですもの…」
あー…他人のおっぱいと思って理性を総動員して紳士的に振舞ってたのが、自分のものになるおっぱいだと思ったらタガが外れちゃったんですね、きっと。
バレット様のおっぱいは、弟から聞いた騎士団ジョーク曰く「砦一つ落とせるおっぱい」ですもんね。
わからなくもありません。
「とにかく、まずは王子とお話なさってください」
そう言って、バレット様の護衛に目配せをしました。
常識のある護衛のようで、彼はバレット様の腕をとって、部屋からの退出を促しました。
「そうですよ、お嬢様。まずはご主人様達とお話されませんと。こんな大事なことを「ちょっとお喋りがしたいから」だなんて言って家を抜け出されては困ります」
護衛の彼の額には、青筋が浮かんでいました。
それもそうですよね。だって
「何よー!結婚式なんてベール被ってるんだから、入れ替わったって誰も気づきはしないわよ!式さえ済ませてしまえばこっちのもんなんだからー!」
なんて騒いでるんですもの。
そんなことに加担したなんて知れたら、物理的に首が飛びます。
「胸の大きさは誤魔化せません」
「詰め物すればいいじゃない!小は大を兼ねるのよー!!!」
ごちゃごちゃ言い合いながら、バレット様は護衛に引きずられるようにして帰って行きました。
最後の下りにも大分イラっときたので、ささやかな意趣返しをするためにペンをとりました。
翌日、王家専用の教会に王子妃としてウェディングドレス姿で現れたバレット様は、腰が砕けたように足取りが覚束きませんでした。
対して王子は、満面の笑みでバレット様を支えるついでにウエストというかお尻を触り通しでした。
それを見て、私は心の底から安堵して祝福の拍手を送りました。
昨夜から今日にかけて殿下が随分張り切られたようです。
いくらバレット様でも、既成事実ができたら観念するとは思ったのですが、念には念を入れて、式直前まで可愛がるようお薬を添えて王子におすすめしておいたのです。おかげで入れ替わろうとする隙なんてなかったのか、バレット様が私のいる来賓用の控え室に使いを寄越すことも、本人が突撃してくることもありませんでした。
一晩くらいのフライング、どうということもないですよね?バレット様は前例に囚われない方なのですから。
笑顔で手を叩き続ける私に、隣に立つソーンが顔を寄せて耳元で囁きました。
「次は僕らの番だね」
最近少しずつ愛情を感じ始めた彼に頷きます。
「ええ、楽しみにしています」
やっと憂いが晴れた私は、心から微笑みました。