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序章③





「失礼します」

校長先生の呼び出しの内容は、退学宣告かと思っていたが、自分の英語の点数を拝見して、自分担当の英語教師をつけると言うことを報告する為であった。

しかし、自分担当の英語教師をつけると言われたがそれはもう少し先の事だそうだ。

自分の心は今、雨雲に細い細い虹がはっきりと架かった空模様であった。

「変に緊張してしまったな…」

僅かな時間であったが自分に溜まった疲れが尋常でない程に気が付く。

校長室を退室し、そのまま玄関口へと真っ直ぐ向かった。その間複数人の教師に会ったが、皆挨拶を元気よく返していた。

また、玄関口付近には複数人の生徒がプリントを自分達に配っていた。

新入生達はそのプリントを軽く受け取っている。そんな様子が遠くから見えた。

「…ぁ」

「よっ!」

靴を履いていると真横に人影が目に入ると、声の主に驚きながらも靴紐を結び顔を上げた。

「藤宮…居たのか」

「そーだよ。てか、居たのかってまるで私が居ちゃ駄目って言われてる風に感じるんだけど」

藤宮の輪郭が少し鈍くなって見えている。重い身体から気力を出し藤宮を見る。

「親を待っているのか?」

つい先程の会話が不確かな記憶になっているが、藤宮は今日は親と帰ると言っていた気がする。

「えーと……親じゃなくて…」

顔を赤く照らしモゴモゴ何かを言っている。しかし、今の自分には関係のない事だ。

早く家に帰らなければ…。 

「それじゃあ…帰るから」

「…ぁ…うん……じゃあね」

玄関を一歩出ると真上から身体を貫く様に強い日差しが向けられた。

「生徒用の学校案内プリントです!どうぞ!ありがとうございまーす!!どうぞ、生徒用学校案内プリントです!ありがとうございます!!」

生徒等が配っていたのは生徒用の学校案内プリントだった。今の自分には先輩たちが大きな声でプリントを配っているその声が苦痛にさえ感じた。プリントを受け取らずに帰れないだろうか。

しかし自分が門を通らなければ、家に帰れないのでプリントを貰うのは必然的になってしまう。

ゆっくりと門へ向かっていると、一人の女子生徒が腕に大量のプリントを抱えてこちらへやって来た。

「生徒用の学校案内プリントです!どうぞ!!」

「……結構です」

予想外の返答に笑っていた顔を崩さない様にしているのが分かった。

「そーゆー事言わずに生徒用のプリントですので!」

「自分は今結構です、と言いましたよね」

流石に耐えていた表情も崩れ、猫を被った表情から敵を見る様な本能のままに生きる猫の目に変化した。

「…受け取ればいいだけだよね?要らないなら家に帰って捨てればいいんだし…てか、中身も見ないでよくいらないとか言えるよね」

「いらないとは言ってません。結構ですと言ったんですけど。それに、これは()()()なんですよね?であれば家庭用もあると思うんですけど」

女子生徒の美しく照り映えた長い髪が静電気を帯びた様に立ち、自分に対して面倒くさいと感じているのが分かる。

「家庭用と生徒用では多少内容が異なるから!だから−」

「分かりました。生徒用の学校案内プリントと言う事は家庭用には記載されておらず生徒用には記載されている内容、と言えば生徒だけに直接関わる事…学校の施設案内や生徒会についてだと予測出来ますが、施設案内であれば学校のHP等で確認でき、生徒会には()()()()()ので結構です」

どうやら反応を見る限り図星だった様で何も言い返してこなかった。あくまで施設案内についてはだが。

相手生徒が頭を下げてぶつぶつ何か言っている。何か怖い雰囲気を感じながら周りを見渡すと先程までプリント配りをしていた生徒たちもまるで敵を見るかのように鋭い目つきでこちらを睨んでいる。

「生徒会に興味がない…あなたはこの学校に入学しておきながら生徒会に?興味がない?戯言を言うのもいい加減にしなさい!!」

「戯言?それは心外ですね。自分はただ真面目に思った事を言っているだけですが」

この女子生徒が声を荒げるのも無理はない。

なぜならば、貫武大仙高校の特徴としてまず挙げられるのが生徒会活動だからだ。

他校にも生徒会が設置されており、様々な活動を行っているがこの高校では歴代の生徒会から現在まで様々な活動を行い、今では国からも称賛される程成果を出している。

なのでこの高校を受ける生徒の内半数以上がその特徴の餌食となっているだろうが、自分は違う。

単にこの高校が自分の学力に適しているから受けたのであって生徒会に興味があって受けたのではない。

更に言えば生徒会は一つの部活として配属されており、表記は生徒会執行部とされている。

つまり、部員制限が設定されている為何百人も入部する事は出来ない。なので、この高校には生徒係と生徒本会議係が設置されている。この二つの係は生徒会執行部を支えるものだと思っていいだろう。

きっとプリントを配っている生徒達も係の者だろう。

「…!!失礼です!!この高校の生徒は皆生徒会は憧れの存在であり、高嶺の花なんです!!」

「そうですか。ですけど、自分は生徒会には興味はないのでそのプリントを受け取る必要はありませんよね」

学校案内プリントと言っても、その目的の一つとして生徒会勧誘も含まれているはずだ。ならば、自分は興味がないと言っているのだから受け取る義務はさらになくなると思う。

自分はそのまま門へとゆっくり歩き始めると、その後ろを女子生徒がつけてくる。

「ちょっと!!!待ちなさい!!あなたの様な無礼者がこの学校の生徒なんて…!!ふざけないでっ!!」

女子生徒の言葉に反応せず一直線に門に向かい、通り越すと…

身体の意識が朦朧とし始め、一歩足を突き出す度にその勢いは強くなり、学校を出て数分ほど経っただろうか、身体全身に流れている血液が途端に止まった様に自分の身体は意識を失った。




瞼を閉じていると、人の気配を感じた。直ぐ様瞼を開けようとしたが思った以上に瞼を開けるのが重く感じた。

瞳に映る景色は初めてのものだった。自分の家の景色でなければ、有名な観光地での景色でもない。ただ、真っ白な天井が広がっている風にしか見えなかった。

しかし、人の気配は感じたもののその姿は見えない。ただの思い過ごしだろうか?そもそも、ここはどこで自分は今何をしているのだろうか?

後頭部に感じる具合からわざわざ辺りを確認しなくてもベットの上で寝ていた事が分かる。それも、家でもなければ友人宅でもない…学校だ。

では、 一体どこの誰がこの場所に自分を連れてきたのだろうか?

模索していると、ベットを囲むように設計されている青いカーテンの奥で物音がした。

その直後、青いカーテンが素早く開いた。

咄嗟に自分は開けた瞼を閉じた。なぜ、閉じたのかは分からないがそうしろと、身体から言われた様な気がしたからだと思う。

「……っ」

瞳を閉じていた時間は何秒間だったろうか?それとも、何分だっただろうか?時の感覚を思わず忘れる程自分は瞳を閉じ、そして瞳を開けた。

「……」

そこには誰も居なかった。だが、そこに何も無かったわけではない。

たしかに誰かが居た証拠である茶封筒が、冷たい床に置かれていた。

その茶封筒に宛先も無ければ文字も何も記名されていない、質素なものだった。

身体を前傾させ、茶封筒を手に取り天井に付けられた照明に被せると、手紙の様な紙切れが入れられていた。

この茶封筒を誰の許可もなく開けていいのかは分からないが、この中に今自分が求めている答えの手助けをしてくれるのではないかと、思った。

茶封筒の中から手紙を多少恐る恐る、出すと脳裏に僅かな衝撃が走った。衝撃と言うのは、憤慨、絶望、恐怖、嬉々、興奮…なんかではない。(おどろ)きである。

白いプリントに、ゴシック体で学校案内プリント(生徒用)と、大きく見出しが載っていた。

このプリントは紛れもなくついさっき、女子生徒から受け取る様に言われ、拒んだプリントである。

「…まさか」

頭の中に浮かんだ人物を想像すると、小さな笑いが溢れた。

自分の事を無礼者と言い放った人が、わざわざ助けるなんて事あるはずない。

しかし、ここへ連れてきてくれた人には一言礼を言うのがマナーである。それが、例え誰だろうと…

そう決心した瞬間だった。扉が開く音が部屋中に響き渡った。

「…もう起きていたんですね。身体の調子はどうですか?」

担任である蹲先生が自分の様子を見て、胸をなでおろした。

「調子は大分よくなりました」

自分は、この封筒の事を聞こうと頭の中で、どう説明するか言葉を整理していたが、上手くまとまろうとしない。

「…それはよかった。きっと生徒代表挨拶等で緊張してたんでしょうね。大事に至らなくて良かったです」

「…そうなのかも…しれません」

なぜか自分は生徒代表挨拶を理由にされるのが腑に落ちなかった。

「帰れそうなら、今から私が家まで送りますが…では、わたしについて来てください」

無言で頷くと軽く微笑んで、言葉を続けた。

蹲先生の背中を見ながら、駐車場へと行った。駐車場には、見渡す限り半分以上空車状態だった。

空を見上げても太陽はもう隠れており、薄い雲が空全体を覆っている。いつも、目にする様な景色に、心を奪われていた。

「どうぞ、荷物は後部座席に置いて下さい」

蹲先生の車は汚れ一つない水色で、よく街中等で見かける軽自動車であった。

荷物を置き蹲先生の左横の座席に座り、シートベルトを着けた。

微動が身体に伝わり、車が発進した。

学校の正門を車が通過した瞬間だった、横で運転をしている蹲先生から醸し出される雰囲気が変わったのが分かった。

「ねぇ三嶽君?一つさ気になっちゃった事があるんだけどね?」

柔らかい口調で蹲先生は尋ねた。

「三嶽君を保健室に運んだ人って誰なんだろーなって思ってね。他の先生に運んでもらったの?」

「それなんですけど、倒れてからの記憶がないというか…思い出そうとしても何も思い出せないんです」

自分は今嘘をついている。あの茶封筒が保健室にあったという事はあの女子生徒の可能性が高い。

ただ、彼女の憧れの存在である生徒会を今思えば侮辱する様な発言をしてしまったのだ。そんな自分を正義感が強い彼女が俺を助けるだろうか…むしろ自業自得とあざ笑うのではないかと思う。

「…そうですか」

何かを期待していたのか落胆した様な低い声音で一言はなった。

しばらく無言の空気がこの車内を支配した時だった。後部座席で着信音が響いた。

「三嶽君。私の代わりに出てくれない?」

蹲先生は運転中の為電話に出ることは出来ないが、俺がその代理として出るのもいいものなのだろうか。しかし、自分に断れる勇気はなく…

「…分かりました」

どんな相手かも分からない人と電話をするのは緊張する。相手の顔が見えないとなるとなおさらだ。新入生代表挨拶よりも緊張してしまう。

後部座席に置かれてあった蹲先生のバッグからスマートフォンを取り出す。全面スクリーンで片手では持てそうにない大きなスマートフォンだった。

『もしもーし?電話出るの遅すぎ!って、ひまりー?聞こえてる?』

「…ぁあの電話に出るの遅くなってすみません!!」

『…!?誰!?もしかしてひまりの彼氏−』

「違います!違いますから!!自分は蹲先生のクラスの生徒、三嶽と言います」

『ひまりの生徒!?…!!あんたひまりに何かしてないでしょーね?生徒だからってひまりに悪戯でもしたらどうなるか!!私が−』

「私よ(おと)

近くのコンビニの駐車場に車を停めスマホを蹲先生に渡した。

『ひまり大丈夫!?何かされてない?』

「あんたね初対面の人には敬語を使いなさいって言ってるでしょーが」

『だって…ひまりの携帯から男の人が出るなんて非現実的すぎて』

「…いいから、まず三嶽君に謝りなさい」

『分かったよ…』

蹲先生の電話相手は「乙」と言う人物らしい。話の口調から察するに妹であるだろう。

電話のやり取りを聴いていると蹲先生が自分に大きなスマートフォンを渡した。表情から見るに妹が迷惑をかけて申し訳ないと言っている風に思えた。

「電話代わりました三嶽です」

『あの、先程は軽率な発言をしてしまい申し訳ありませんでした』

謝罪文を聴いている限り礼儀のある子じゃないかと思った。流石、蹲先生の妹と思わせるような雰囲気を電話越しから感じる事ができた。

「自分の方こそ……」

自分の方こそ何だと言いたいのだろうか。自分は今回の件について何か非があるのだろうか?

思ってもいない謝罪文などそれっぽい言葉を並べればどうにかなるが、自分にはそれが出来なかった。

言葉に詰まる自分の様子を近くで見ている蹲先生が不思議そうに見ている。

もしかしたら、「乙がきちんと謝った事に対して何も反応を示さないなんて心無い人なの?」と思われているかもしれない。

そんな妄想をしている内に冷や汗が止まらなくなった。

「…すみませんでした」

絞って考え抜いた答えがこれだった。

だが、何も答えないよりかはマシだと自分を肯定し続けた。

スマートフォンを返すと、軽く笑ってこちらを見た。

少し車内が寒く感じた。冷房でも入れているのだろうか。少し待て。自分の両足に目を向けるとガタガタ震えていた。それに対し自分の上半身は身体がだんだんと暖かくなっていくような気がした。

隣では優しい口調で『乙』と電話越しで会話をしている蹲先生の姿を見て安堵した。

「それじゃあ、また後でね」

張りがある声で電話を終えると、すぐにこちらへと目を向けた。

「乙…はしっかりと謝ってた?」

そんな心配は杞憂に過ぎなかった。最初は驚いたが、礼儀ある言葉遣いを聴いた今ではそう思っていた。

「はい。しっかりと…」

「なら、良かった。乙は、悪い子じゃないんだけどね…私に対しての話題だと敏感になると言うか…こんな感じに喧嘩腰になって絶対に原因を突き止めようとするの」

…何だ。ただのお姉ちゃん思いな良いやつではないか。

「不安なんでしょう。蹲先生の事が」

「私の事が?」

思い掛けない事を言われ戸惑っている蹲先生はもしかすると、『乙』が蹲先生に対する思いに気づいていないのかもしれいない。

「そうです。そりゃあ、誰でも掛けた電話に見ず知らずの人が出れば驚くし、怖いし、それに、不安になると思います。乙さんも…」

「知らない俺が電話に出て、変な事に巻き込まれたんじゃないか、人質として取られているんじゃないか、って言う思考が過ぎったんじゃないんですかね?」

「だから、自分も負けようとぜず、相手に対して喧嘩腰に…?」

「はい。自分はそうではないかと思いました」

先生の前で生意気な事を言ってしまっていたかもしれない。ただ、謝る気はなかった。

「…そうかもしれないわね」

微笑みながらそう口にした。脳裏には『乙』の姿が鮮明に浮かんでいたのだろう。

車を走らせること何分か経ち、自宅に到着した。

車外はとても寒く、四月とは思えない昼との寒暖差であった。

「また、明日会いましょう」

「さようなら…」

蹲先生と別れた後も『乙』は俺の傍から離れなかった。




続く。


どうも猫屋の宿です!!

最後まで読んでいただきありがとうございました!!

誤字脱字等ありましたらご報告お願いします!!

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