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序章②




春ー

「満開の桜に小鳥の囀りが鳴り響く風光明媚(ふうこうめいび)な景色の中多くの来賓の皆様、そしてー」

入学式。校長式辞が始まった。

入学式は体育館内で行われている為、壁一面には紅白幕がさげられている。

皆新入生は、校長先生に顔を向け聞いている。

小学校、中学校の入学式ではいつも自分は席に座っているだけでよかった。

だが、今日の入学式はいつもとは違う。なぜなら、まだか、まだかとその時を待っているからだ。そのせいか、手に汗握るこの時をじっとこらえている。

ようやく校長式辞が終わろうとしていた。

少しリラックスし、目を閉じた。そして、目を開けた。

「続きまして、新入生代表挨拶。代表、三嶽司」

「はい!」

名前を呼ばれると、席を立ち体育館ステージの方へ向かった。


入学式が閉式すると、自分達新入生は直ぐにそのクラスの新しい教室へ担任が案内した。

自分は一年三組である。幸運な事に藤宮と同じクラスになった。いや、幸運なことなのかは少し疑問ではあるが…

これは、学校側の配慮で同じ出身中学校を二人同じにしたのかもしれない。と、言いつつも実際は学力や運動力などの観点で対等になる様に仕組まれているのだろう。

1年3組と、算用数字で書かれた札が教室前方の入口に付けられている。

全員が教室に入り、出席番号順で席に座ると、縦、横ともに六列、計三十六席ある中の自分は二十九番目であるので最後の方になった。

藤宮は二十八番目なので、自分の目の前であった。

本当に偶然なのか、仕組まれているのかは分からないが、顔見知りの人が一人居るだけでとても心強く思う。

全員が自分の席に着くと、肌が一度も太陽の陽を吸収していないかの様に真っ白で背の低い小さな女性が教壇に立った。付け加えるなら、胸囲はとても豊かである事が、遠くから見ても分かる。

黒を基調とした服に上下とも身を包んでいる。

表情を見ると慣れているのかにっこりと、自分達の緊張をほぐそうとしているのが伝わった。

「新入生の皆さん入学おめでとうございます。…まず私の自己紹介をしようと思うんですけど、私は3組担任の(つくば)陽真莉(ひまり)と言います。担当教科は国語の現代文です。高校からは国語の教科だけでも現代文、古典と別になっているので、中学の頃と比べ難しいなって思う機会が多くなると思うんですけど、そんな時こそ一緒に頑張りましょう」

淡々と慣れた口調で、自己紹介を終えた蹲先生は視線を出席番号一番のほうへ向けた。

「んーと、まだ皆初対面って言う人が多いいと思うので…明日に自己紹介をしようと思います」

てっきり、今からと言われると思っていたが明日と聞き、少し肩の力が抜けた。

「なので、簡単な自己PRを考えていて下さい」

「はい!」

誰も蹲先生に反応を示さない中、自分の前に座っている…藤宮が一人にも関わらず威勢の良い声で返事をした。

その態度か声に驚いたのか、蹲先生は目を少し大きく開いた。

初日のHR(ホームルーム)が終わると教室に残る人は、自分と藤宮を除けて誰もいなかった。

変な緊張を持ったせいか、頭が痛くなった。

「藤宮はこの後どうする?」

傷一つない通学バックを机上に乗せて、手に取った。

「私は親と一緒に帰るよ…それより、三嶽が生徒代表挨拶なんて聞いてないんだけど〜」

「藤宮に言うほどじゃないだろ?」

自分にとって生徒代表挨拶がそれ程な大役だとは認識していない。それに、認識しているのであれば隠す事なく藤宮には言うつもりだ。

「私ってそんなに三嶽にとって無価値な人って訳?」

「それは違う。()が生徒代表挨拶をやるのだとかいちいち言うような事じゃないだろ」

−ん?

しかし、藤宮の反応はいまいち理解しきれていないのか納得しきれていない様に見えた。

「どうかした?」

空虚感が漂う教室に沈黙がはしる。

「…いや、三嶽が自分の事を俺って言ったから…驚いちゃって」

「…そうなんだ……………ぇえ!?」

思わず軽く受け流していた言葉の重要性を知り、目をみはった。

「本当に俺って言ってた?ただ、藤宮が聞き間違えただけなんじゃ…ないんですかね?」

頭を左右に振った藤宮を見て、自分が知らぬ間に俺と言っていた事が確定した。

一般人であれば自分の事を俺と言う男子を見て、何も違和感なく会話を交わせるだろう。

それは、一般論として男子は僕か、俺と自分を表現するのが当たり前になっているからだ。

ただ、そんな中に例外もいる。例えば、自分の事を自分でニックネームで表現したり名前の語尾に君や様を付けて表現したりする人もいる。

ちなみに自分自身もその例外に当てはまるのかもしれない。たしかに、目上の人に向かってだと自分という一人称はむしろ良いイメージをもたれるだろうが、後輩や友達、つまり同級生や年下に対して自分という一人称は多少不思議に思われる。

だから、突然俺と言った事に驚いているのだろう。

「でもさぁ、三嶽は自分って言うより俺って言った方が…男らしさがでて良いと…思うよ」

合格発表日の頃よりも少し伸びた髪の毛に、触れながら小声で囁くように言った。その藤宮の眼差しは男心をくすぐる様に魅力的だった

「…三嶽君。校長先生が呼んでます」

二人きりだった空間に教室の入口の扉から、少し息を切らした蹲先生が姿を現した。

それにしても、校長先生が自分を呼ぶ理由となるものが分からない。

それとも、自分が気づかないうちに既に校則違反を犯してしまっていたのか?あったのだろうか。それとも、先程の生徒代表挨拶に何か問題が、、、もし、そうであるならば…退学!?…そーかっ!!そーゆー事か!?

……つまり、今から校長室に行って俺は退学を宣告されるんだ!

それしか、思い当たる理由が………ない。

「三嶽‥……………?」

ナニ!?そのすべて悟っちゃってごめんって申し訳なさそうにしながらも、哀れなものを鋭く見つめるその顔はナニ!?

「……ふぅ。分かりました」

蹲先生の重みのある声音と藤宮のいとかなしげな声音を目の当たりにし思わず諦観した。

「藤宮…」

彼女の名前を呟き俺は蹲先生の後を追い、思い足取りで歩きながら校長室へ向かった。



教室からどれほど歩きどれほど階段を上っただろうか。そんな、どうでもいい思考が脳裏から離れない。かき消そうとしても意識とは関係なくどこにもいこうとしない。

「…三嶽君?顔色が悪いけど大丈夫?」

「心配いりません…もう…………大丈夫ですから」

校長室の前で呆然と立ちつくす姿を見た蹲先生が、心配そうな表情を向けた。

自分は高校生だと言うのに今の声かけとその表情に思わず涙腺が緩んだ。必死に流れ出そうになる涙を堪えた。

相手が教師だろうと校長だろうと俺が不服であれば納得するまで問い詰めれば良いだけじゃないか。どうせ、退学になるのならば結果を気にする必要は…ないっ!!

深呼吸して、ドアを三回叩いた。一回一回丁寧に叩きながら気がついた。校長の玄関口である木製の扉を叩くと高い音が廊下に響き渡った。

大体、木の密度が高ければ高い音が木の密度が低ければ低い音が出る。この扉から出た音を表現するのであれば、高い音だけではなくその中に貫禄が混じっていると、そんな重みのある音たった。

「……どうぞ」

「失礼します」

扉をゆっくり開けると、目の前に現れたのは横長い大きな机に服越しでも分かる太い両腕を乗せ、深く椅子に腰掛けている……サングラスを掛けたおじさんだった。

「まぁ、安心してくれ…不審者でもなければ変質者でもない。私は貫武大仙(かんぶだいせん)高校の校長さぁぁ!!」

「……はぁ」

この感じは何だろう。身体のどこからか、今まで感じた事のない複雑で絡み合った糸の様にもやもやとしたこの感じは何だろう。

「そこの、席に座りなさい」

来客用の椅子に軽く腰掛けると、校長も横長い小さなテーブルをはさんだ先にある椅子に腰掛けた。

校長の表情を見るに眉間にシワが寄っているのが何となく分かった。自分はそんなにもこの学校に居てはいけないのだと痛感した。

「なぁ…お主の名前は」

「三嶽司です」

「…ぇぉ…めよ……なぁ!!!司ァァァア!!!早くツッコメよぉぉ!!!!」

「!?ぇ…っ。何を…言っているんですか?」

どうしたんだこの校長は?いや、このサングラスかけたおっさんは!! 急に名前を教えろって言ったかと思えば辛そうに「ツッコメ」って大声で叫びだす。何なんだよ!?これも、何かの作戦か?だったらどんな作戦なんだよ!?なぁ!?

「…ぁ…悪い。司クンが、私のサングラスについてなにも述べなかったもんだから」

「…すみません」

なぜ俺が謝らなければならない!?

というか、本当にこんな人がここの校長先生だと言うのか?

たしか、校長式辞の際は優しい声音で、自分を含め新入生達の緊張や不安を見事に和らげでいた。

ただ、その姿が幻影だったのではないかと、疑念を抱く程校長っぽさが今は微塵もない。

「…今日の生徒代表挨拶良かったよ。一言一言を大切に読んでくれて、聴いている私を含め職員等にも心に届いたであろう」

「ありがとうございます」

「早速、本題に入らせていただく。司クン…」

体全身が硬直状態に陥っている。手の震えもなければ過呼吸になる事もない。ただただ校長から告げられる言葉に真正面から受け止めようとしている。

「司クンが今年度の生徒代表挨拶を担当した理由は君も承知の上だろうが、今年度の合格者の中で総点数がトップだったからだよ。我が校では今日、明日の放課後に点数開示を行っている」

点数開示…それは、合否関係なく希望制で点数を公開するものだ。希望制と言っても推薦者以外は八割以上の生徒が点数開示を希望しているそうだ。

「それで、司クンの点数開示を私が勝手に申し込んだ。…ごめんね?…やっぱり勝手にしちゃ駄目だった?」

「いえ。自分も気になっていたので」

「それは良かった。…んまぁ、それでだ、司クンの点数を拝見し少し…いや凄く気になった事があるんだよ。三嶽司…総点数259英語以外全て60、英語19」

この学校では各教科満点が60点となっており、各5科目で形成されている。

「失礼ですが、英語の点数は正確な点数ですか?」

「…ぁ?司クンは我が校の英語採点者に文句がある、と言いたいのかな?」

「そうではなく、英語でそんな高い数字を取った事がないので…」

「「…………」」

「ハハハハハハハハハ!!!!!!…ハハハハハハ!!!!!!!」

突然の笑い声に身体が飛び跳ねってしまった。

「司クンは実に面白い御冗談を仰る方だ。久しぶりに高笑いしてしまったよ」

冗談が通じない人がいると言うが本気が通じない人もいる事が分かった。

いつも英語の点数は十点前後しかとった事がなかったので、とても嬉しかった。

ちなみに、俊と同じ高校を受けなかったのも本番で英語の点数が取れなければ確実に不合格になると分かっていたからだ。いくら259点を取れていたとしても倍率が例年三倍近くある為、部活動や内申点、課外活動等を積極的に行っていないと受かるのは難しい。

「それで、何故司クンはこの地区のトップ校を受験しなかった?君の実力であれば合格最低点は超えているんだから合格する余地もあったのではないかね?」

「それは…自分を信じきれなかったからです。本番で今までやってきた成果が出せるのか信じれなかったから…緊張して本来自分以上の実力が発揮できるか信じれなかったから」

言葉を濁している自分に、本当の理由に触れるのが嫌で逃げている自分に気持ち悪さを感じながら言った。全て虚言だ。本当の理由は自分が−

「自分が臆病者だったから…と言いたげだね」

「それは少し違うな…自分を信じる事ができなかったのは、自分に自信がないからだよ。なぁ、君は自分を過大評価する事も時には大事であると思うか?」

「…それは…思いません。過大評価をして自信をつけようとしても本番で、それが成さなければ意味がありません」

「本当にそうだと思うかな?たしかに、過大評価はデメリットもある。しかし、デメリットがあるという事はきっとどこかにメリットも、あるのさ。例えば自分は英語は五十点取れると、思ったままテスト受け三十点だったらどう思う…いや、どうする?」

「…そのテストで間違えた問題を克服しようと勉強します」

その時校長の口元が緩んだのが分かった。

「それが、メリットだよ。普通は誰でも一度は意思消失したり、諦めたりするものだ。でも、司クンの場合は下を向く時間があれば上を向こうと努力する、それが自分が変わろうとするチャンスに繋がると思考転換できるからだ」

たしかに言われてみればそうかと、納得した。

過大評価なんて、ただ自分が愚かである事を隠す為の事にしか繋がらないと思っていたが、自分にとってはそれが変わる機会(チャンス)に繋がる。

「だから、司クンにとっては過大評価する事も時には大事ってなるだろ?」

「…はい」

「…今回の英語以外の点数については難易度が例年より上がっていたにも関わらず満点を取っていたから採点者も驚いていたよ…だが英語については難易度は例年通りであるにも関わらず半分以下の点数しか取れていないのは、いい事ではない」

英語の難易度が例年通りと言うことは平均点は三十点前後である。

英語を除く四教科は難易度が上がったとの事なので平均点は二十五点前後になるだろう。

「…そんな司クンに英語を自分の物にして欲しいなと思いましてですね……君だけの英語担当の教師をつけようと思っている!!」

「…?ちょっと待って下さい。自分だけの英語担当の教師ってどういう事ですか?」

「言葉の通り、司クンの為に英語を教えてくれる教師をつけるって事さ。……英語は自分一人で勉強するよりも複数人で英語で会話しながらする方が効率的に考えて良いと思わないかい?」

校長の言っている事は間違っていない。英語や国語は数学や理科などと違ってディスカッション形式で授業を進める事が多々あった。

それは、自分の思っている事や考えた事を口にして表現する為だ。

それに、英語や国語は書いて、読んで、見てだけではなく、実際に自分が口に出して言わなければ意味がない。

「たしかにそうだと思います」

「そりゃ、唐突な出来事で困惑するのも分かる。でも、そんなのやってみないと分からんだろ。やってもないのに喚くのは存在する価値がない。そんなの教科書開く前に無理って言ってるのと同じだろ?」

その言葉を言っている校長の姿を見て自分は、目の前にいるおじさんがこの高校の校長先生であると確信した。




続く。


どうも猫屋の宿です!

最後まで読んでいただきありがとうございました!!

誤字脱字等ありましたらご報告お願いします!!

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