第5話 モンスター級の彼女
もうちょっとシリアスパート続きます。ご辛抱ください。
その日の俺はバッキーの椅子として存在していた。
「さっさとしろ。けつ毛野郎。今度は、俺様の椅子だ。」
四つん這いになった俺に、バッキーが腰を掛ける。
脂肪に包まれ恰幅の良いバッキーは90kgはあっただろう。その重みを支え、椅子である俺は潰れるのを必死に我慢していた。
時々、こういった身体的ないびりが行われていた。精神的なものも勿論あり、屈辱的なあだ名も付けられた。
バッキーが言った“けつ毛野郎”と言うのは、奴隷生活がスタートし、しばらくして付いた俺の二つ名だ。名字の“月削”に“け”を着けて、バッキーグループの誰かが勝手にそう呼び出した。
下の名前“王嗣”→“王嗣”と読みを変え、合わせて“けつ毛王子”なんて呼ぶ奴もいた。とんだ王子様になってしまったものだ。
この日のバッキーは、特に機嫌が悪かった。親指の爪を前歯で軽く噛みながら、時折、貧乏揺すりをしていた。
椅子の俺にも、そのイライラが伝わってくる。
取り巻きの金髪ツインテールのケバいギャル女が、腕組みをしながら、府の抜けた口調でバッキーに話しかけた。
「あいつ、本当にムカつくよねー。バッキーくんに逆らうなんてー。マジあいつシねば良いのにー。」
「いつかあのデブスを俺様の前に平伏せさせてやる。絶対に許さねぇ。」
「女の癖にグーとかあり得なくねー。あの女、空手やってるからって、調子乗ってるんだよー。」
「あーマジムカつくわぁ。」
バッキーが苛立ちと共に足で大きく地面を叩く。その振動が伝わってくる。
「柔道部とボクシング部の連中を集めてボコってやろうとしたのに、あのデブス、大暴れしやがって。
ま、俺様が本気を出せば、あんなやつはイチコロなんだがな。騒ぎを聞きつけた先コーどもが止めに来やがって、あのデブスをシメ損ねたぜ。」
「ホント、バッキーくんが実力出したらー、あんなデブス、ボコボコだよねー。キャハハハ。」
「そうだな。ガハハハハハ。」
取り巻きたちもバッキーの高笑いに合わせて笑っていた。下品な笑い声が、廊下に響く。
この中学ではバッキーに逆らう者などほとんどいなかった。大体の生徒は、自らすり寄って犬になるか、陣門に下って傘下に入るかしていた。関わりを恐れる者は、睨まれないよう息を潜め空気のように過ごしていた。
そんな中ほんの一握りの生徒ではあったが、こいつの陣門に下らない生徒が数名いた。そういった生徒には睨みを利かせ、バッキーは事あるごとにちょっかいを出していた。
話に出てきた“デブス”とは、竜宮寺 可憐 という女子生徒で、バッキーが威嚇のために体育館裏に呼び出した際にも、圧力に屈せず反抗した数少ない生徒の一人だ。
聞けば彼女の家は空手道場で、父親は年末の格闘番組にも出場するような有名な格闘家らしい。彼女自身も数々の大会で優勝経験もあるとのことだ。
バッキーが些細なことで因縁をつけ、力でねじ伏せようとした際も、逆に彼女に返り討ちにあったらしい。
俺も一度見かけたが、“可憐”と言う名前とは全く正反対のイメージだった。正直、女子中学生には思えない貫禄だった。
バッキーに勝るとも劣らぬふくよかな体格をしていて、顔は丸々として、髪は肩口までのセミロングで前髪を一直線に切り揃えていた。
いつも目が開いてるのか閉じてるのかわからない曲線形なのだが、見開くとアーモンド形で、獲物を狙うハンターのような鋭い目つきをしていた。口は分厚い唇をしていて、時々、にやっと広角を上げ不気味な表情をする。その為、見た目通り近寄りがたいオーラを放っていた。
RPGゲームに出てくるモンスターに例えると、トロールのメス。しかもボス級というのが一番しっくりくるな。姿を想像し、彼女とトロールのあまりの整合性に、ふふっと笑い声が漏れた。
下品な笑い声で溢れていた場が、一瞬にして静寂に変わった。
「何が、可笑しい?」
バッキーの声に、その場の空気も俺も凍りついた。
「おい、けつ毛野郎。俺様がムカついてることが、そんなに面白れぇか?」
「いや、そんなつもりじゃ…。」
「じゃあ、何を笑った?」
竜宮寺 可憐がモンスター級で、想像したら可笑しかったなんて言えるわけがない。だって、バッキー本人のほうがトロールにそっくりなのだから。むしろ男である分、トロールそのものだよね。しかも、どちらかと言えば雑魚のほうの。
小さな抵抗を補足して、また漏れそうになる笑い声を必死に堪えた。
「何を笑ったか言え。」
俺は静かに答えた。
「……竜宮寺 可憐。」 ―― 嘘は言っていない。
すると、凄んでいたバッキーの顔が緩んだ。
「なんだお前、あのデブスが気になるのか?」
気になると言われれば、“竜宮寺 可憐”を生物学的観点から気にならなくもない。新たな人類種の可能性もあるからな。もしかしたら本物のトロールかも。
何かに閃いた様子の金髪ツインテールの取り巻き女が、不適な笑いと共に口を開いた。
「キャハハハ。あーし、良いこと思いついたかもー。」
取り巻き女が、バッキーに耳打ちする。
「ガハハハハハ。それはナイスアイデアだな。」
バッキーは、さっきとは打って変わってご機嫌な様子で、取り巻きたちに言った。
「あのデブスに一泡吹かせる手を俺様が考えたぜ。」
いやお前、考えてないじゃん。その女の考えだろうが。このアイデア泥棒が。心の中でそっと叫ぶ。
バッキーは話を続けた。
「あのデブスに、“好きです”って嘘の告白をするんだ。
それで、その一部始終を俺様たちはモニタリングして、笑い者にしてやるんだ。
あのデブスが、どんな反応をするか見ものだな。どうだ。ナイスアイデアだろうが。ガハハハハハ。」
またも下品な笑い声が廊下に木霊する。
すると、坊主頭の取り巻きの男が手を挙げて質問した。
「バッキーくん。その告白するのって、誰がやるんすか?」
「それは決まってるじゃないか。君たち。」
バッキーが俺を指差した。
「デブスを気になっている、この けつ毛野郎 が告白するのが最適だろ。もしかしたら、あのデブスと彼氏彼女の関係になれるかもな。よかったな。この童貞野郎。ガハハハハハ。」
やっぱりね。誓約1, バッキーの命令に対して絶対服従。
俺は、モンスター級女子“竜宮寺 可憐”に、嘘とは言え告白することになった。
竜宮寺 可憐への告白どっきりは、実にベタな筋書きだった。
まずは取り巻きの女が用意した手紙を竜宮寺 可憐の机に入れる。その手紙にはただ一言、放課後に体育館裏に来るよう書かれているものだった。
差出人も目的も書かれてはいないが、バッキーのどんな呼び出しにも彼女は必ず現れていた。今回も必ず来るだろう。
竜宮寺 可憐が体育館裏に来たとき、俺がそこで告白をする。
その様子を、バッキーと愉快な仲間たちが、影から一部始終を鑑賞する手はずになっていた。