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第4話 暗い紫色の中学生日記

ここからシリアスパートに入ります。主人公のバックボーンにもなりますので、どうぞしばらくお付き合いください。

 俺の中学時代は最悪だった。


 正確に言えば、転入してからの約2年間、思い出しただけでも、憤りや後悔、不甲斐なさで心がいっぱいになる。


 俺はもともと超が着くほどのド田舎の出身で、中学1年の終わりまで、町に一つしかない学校に通っていた。生徒数は両手で数えられるほどで、通っている生徒は皆、友達というよりは兄弟に近い存在だった。


 そんな環境で育った俺は、人を疑うことや、人と競うこと、他人との距離感といった、現代人に必要なファクターを全くといって言いほど持ち合わせていなかった。自分で言うのもなんだがピュアな人間だったのだ。


 中学2年の春に、両親の仕事の関係でこの街に引っ越すこととなり、この街にある中学校に転校となったのだが、これが俺の暗黒時代の始まりだった。


 まだ身長も低くあどけなさもあり、見てくれの凶悪さは鳴りを潜めてはいたのだが、田舎育ち特有の空気の読めない天真爛漫さと、誰にでも臆することなく接する距離感の近さで、転校早々、クラスの上位グループに目をつけられてしまった。


 学校やクラス内に、ヒエラルキーが存在し暗黙の格差があるということを後になって知った。どの学校でも大小の違いはあれど、存在するのだろうが俺の転校した学校では、特に顕著だった。


 俺のクラスのヒエラルキートップに君臨していたのは、秋葉(あきば) 煌人(きらひと)。通称 バッキー。身長は平均的だが、恰幅がよく、髪をオールバックにしていて、いつもズボンのポケットに手を突っ込み皆を威嚇していた。

 こいつを中心に男女数名の取り巻きたちが、上位グループを形成していた。バッキーのグループはクラス内だけでなく、学校内でも権威を振るっていて、ほとんどの生徒は逆らえずにいた。

 バッキーの親は、地元の有力者でPTA会長もしているらしく、先生たちも扱いに困っていたようだ。


 転入して2週間ほど経った頃、俺はこいつに放課後の体育館裏に呼び出された。バッキーは目障りな転校生をシメるため、体育館裏へ呼び出したのだ。

 呼び出しを無視してバックレることも出来ただろうが、当時の俺は、そんな事とは思いもよらず、呼び出しに応じてしまった。なんと世間知らずなのだろう。


 人気(ひとけ)のない体育館裏に来ると、バッキーを中央に上位グループの取り巻きたちも一緒に俺を待っていた。

 バッキーが微かに笑いながら俺に声をかけた。


「よく来たな。転校生。」


「何か用? 秋葉くん。」


 バッキーは髪を撹上げると、瞬き一つせず俺の目を鋭く睨みながら近づいてくる。


「お前に立場ってものを分からせてやる。」


「立場って? 俺たちは同じクラスメイトだろ?」


「やっぱ、勘違いしてんな。お前。…違うだろ。お前と俺様では格が違うんだよ。…俺様を誰だと思ってるんだ?」


「え? 秋葉くんだろ?」


 腑の抜けた声で返答する俺にバッキーが一歩、近づく。


「違う。」


「えーと、ぽっちゃりオールバックの秋葉くん。…とか。」


「馬鹿にしてんのか? てめぇ。」


 すごい形相をしたバッキーがまた一歩、俺に近づく。


「えーと、じゃあ、えーと……。」


 かつて経験したことがない圧力を感じた。今まで他人から本気の敵意を向けられたことなどなかった俺は、この状況に全く理解が追いついていなかった。


 気がつくと俺の周りを、バッキーの取り巻きたちが取り囲んでいた。

 集団に囲まれ、その全てから向けられる敵意は重く暗く空気が凍てつくような空間を作り出していた。

 心に暗い紫色の(もや)が広がって行く。それが恐怖の感情だと言うことを、この頃の俺は知らなかった。


 さらにバッキーは歩み寄り、視線をそのままに俺の顔から数センチのところにまで顔を近づけてきた。

 そして、不適な笑みを浮かべ、静かだが圧のある口調で俺を恫喝した。


「俺様は、この学校のキング。秋葉 様だ。てめぇみてぇなクソ雑魚と一緒にするんじゃねぇ。俺様はキングで、お前は下僕だ。この下等人間が。調子こいてるとコロスぞ。」


 初めて他人から悪意のこもった敵意を向けられ、俺は威圧感に恐れ(おのの)いた。現実世界と切り離されたどこか別の空間に立っている感じがした。その場の空気に呑み込まれ、俺の心は暗い紫の靄に完全に覆われてしまった。

 こうなっては蛇に睨まれた蛙も同然だ。紫色の靄に心を覆い尽くされて、もう何も見えない。俺の意思に反して、身体は小刻みに震え、微動だにできなくなった。


 後はバッキーたちのなすがままだった。


 痛みを体に叩き込まれ、俺はバッキーの圧力に屈してしまった。




 俺は体育館裏に一人うずくまっていた。


 痛みよりも恐怖に屈して抵抗出来なかった自分が何よりも不甲斐なく、目から涙がこぼれ落ちた。涙を必死に止めようとするが、俺の意志とは関係なく、どんどんとこぼれ落ちてくる。


 体育館からは部活動をする生徒の足音とボールの叩きつけられる音が壁越しに響き、グラウンドからは、走り込みをしている野球部の掛け声が聞こえていた。

 その喧騒(けんそう)は、俺の(うめ)きにも似た声を()き消していた。




 あの日から、バッキーが俺に強制した誓約は3つ。


 1,命令に対して絶対服従

 2,バッキーグループ以外との会話の禁止

 3,毎月の上納金


 地獄の日々の始まりだった。

 

 バッキーたちは、俺を奴隷のように扱い、いじりと表して、様々な嫌がらせをしてきた。

 椅子に画ビョウを置いて座らせたり、授業を空気椅子で受けさせたり、教科書や私物を焼却炉に放り込まれたり、机に落書きや、トイレ中にバケツで水を掛けられるなんてことも日常茶飯事だった。

 

 他の生徒と会話を禁止されたのは、地味に辛かった。お陰で友達と呼べる人が一人も出来なかった。

 いつしか学校内ヒエラルキーの一番最下層になり、バッキーグループ以外からもいびり、いじられるようになっていた。

 集団心理とは怖いものである。誰もその様子に疑問を抱かず、さも俺が最初から奴隷のような人間であったかのように、皆が振る舞った。


 今思えば、早い段階で対抗し反旗を翻せば、また状況は変わっていたのかも知れないが、映画やマンガの主人公のようにうまくはいかない。

 反抗すると暴力を受け、身体と頭に恐怖を叩き込まれた。その恐怖に、(あらが)う気持ちは日ごとに削がれて行き、集団心理の中で自分自身も感覚が麻痺していった。ただそこにある日常を受け入れ、地獄にも似た日々を消化することが平穏の訪れだと盲信するようになっていた。


 そんなある日のことだった。

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