第32話 白黒の証明は背理法で戦力計算は不等号で
「俺は確信した。パンツマスクとやら、貴様は黒だっ!!」
荒々しい語気に、身体が一瞬金縛ばられた。
押し潰されそうな迫力に、呼吸が今にも止まりそうになる。
辺りに充満する重々しい空気に圧迫されながらも、何とか深く息をついた。
「ちょっと、待ってください。」
視界の端から俺と大男の間に割って入って来た人影が。
女子にしては精悍な後ろ姿が、六波羅からのギラつく睨みを遮った。
「何のつもりだ? 緑岡よ。」
眼前で凄む大男の問いかけに、覆面の少女は顔を上げる。
「先ほどおっしゃったお言葉ですが、それはどういう意味ですか?」
「この男を……パンツマスクとやらを“黒”と言ったことか?」
「はい。彼は生徒会でも無罪とされたはずです。それを今さらどうして……?」
怪訝な声色が風の音に吸い込まれる。
「緑岡。出過ぎた発言は慎みなさい。」
目元も涼しげな先輩女子ーー麻黄が嗜めるように声を投げ入れた。
「風紀委員長。しかし、……。」
一重で切れ長の鋭い瞳に貫かれ、緑岡は言葉を切った。
まだ何かを言い重ねようとした麻黄に、六波羅が「まあ、よかろう」と手を翳し、大人びた女子生徒はその手振りの意向に従い、奥ゆかしく頭を垂れた。
六波羅は目を細め、立ちはだかる覆面少女に低く厳めしい声を返す。
「俺は、貴様の報告に疑問を持っていた。パンツマスクとやらが、本当に白なのかと。本当に、この学校に無害な者なのかとな。
それを確かめるために、俺の信頼する者たちを立ち会わせ、当事者である緑岡……貴様にも来てもらった。
そして、直に会い、質問をし、俺は結論に至った……」
六波羅は目を見開き訝しげな色の緑岡に芯のこもった言葉をぶつけた。
「この者は限りなく黒に近い暗灰色の未然犯罪者だ!
……ならば、黒となんら変わらん。校内で害を成すであろう毒虫だっ!」
緑岡は「そんな……。」と小さく吐息した。
肩を震わせながら、それでも拳を固く握り込み、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「……お言葉ですが、パンツマスクさんは、まだ何の罪も犯していません。……」
思いもしなかった言葉が俺の鼓膜を震わせた。
緑岡が……俺を弁護してくれている?
微かに肩を揺らした六波羅は、強く眉根を寄せて緑岡に問いかける。
「緑岡よ。前にも言ったが、我々は絶対的な“正義”で有らねばならない。
例え現行で罪を犯していないとしても少しでも疑い有らば、見過ごす訳にはいかないのだ。このような見るからに怪しい輩なら尚の事……悪の芽は早めに摘み取らねばならない。
それが校内の秩序を保ち、敷いては生徒たちの健全な高校生活を守ることに繋がるのだ。」
納得できずためらいを露わにする覆面少女に、艶やかな黒髪を携えた女子生徒は淑やかに口を開いた。
「緑岡。その事はあなた自身が一番よく理解しているはずでしょう? だからあなたは風紀委員に志願したのではないですか?」
「風紀委員長。……ですが、……パンツマスクさんは、そんな人ではありません。私は、……そう思います。」
麻黄のほうに顔を向け弱々しく答える緑岡に、大男は鋭く見据え質問する。
「では、黒でないと……無害な者だと言うのなら、貴様はそれを証明出来るか?」
「それは……。」
その問いに緑岡は顔を俯かせ言い淀んだ。
「……証明が出来ないのであれば同じことだ。」
六波羅にそう言い切られた覆面少女の背中は、体育祭の時とは打って変わって覇気を微塵も感じられない儚い女の子の背中だった。
どうして緑岡が俺を庇うのか? ……理由はまったくわからない。
緑岡は生徒会側の人間であり、体育祭の時には殴り合いまでした相手だ。
憎まれこそすれ、擁護されるなどあり得ないはずなのだ。
……にも関わらず、俺を庇うかのようなあの言動……。
そんなはずはないと思いながらも、今は小さく見える緑岡の背中が俺の心に波紋を落とす。
それが緑岡への憐憫なのか、事態を招いた罪悪感なのか、自分でもわからない不明瞭な気持ちが胸の内に広がって行く。
さざめく感情に胸を叩かれ、俺の身体が勝手に動いた。
大男から覆面少女を庇うように歩み出る。
「なんだ? 貴様、今度は何のまねだ?」
「!、パンツマスクさん……。」
緑岡が俺の背中に驚きの声を小さく溢した。
うわぁー。やっぱ、この至近距離だと迫力がハンパねぇ。
マジに野生の羆と対峙しているかのようだ。緊張感に浅く細く息が漏れる。額に汗も滲み出す。
勢いで出てきてしまったが、後の展開はどうすんだ?
俺自身が白である証拠を示せれば良いが、今はパンツを被った変質者姿。この見るからにヤベー姿で自分を無害な者だと、どう説得しろと言うんだ?
当然、説得力は皆無。どんな聖人君子でも出来るわけがねぇ。
説得しようも、そもそもパンツマスクは喋れない設定だろうが……。
CPUをフル回転させたが、良い考えがビックリするほど浮かばない。いわゆる“詰”ってやつなんじゃないか? 思考も停止しフリーズ状態。
固まる俺の背後から、起死回生かもしれない一手が打たれた! 姫川の威勢の良い声!
「『その証明を俺自身が示してやるっ! この堅物の唐変木がぁっ!』と、パンツマスクさんは言ってます! てへ♪」
姫川ぁ! 可愛い子ぶって悪口言うのやめてぇ!
六波羅を説得しようとしてんのに、また気を損ねたらどぉすんの?
「見るからに怪しい貴様が、どう自分を白だと証明すると言うのだ?」
ほらー、この六波羅の言いっぷり。またちょっと怒りのバロメーターが上がったじゃん。
もう! こんな状況にしやがって。説得を難しくしてどうすんだよー。
六波羅の言うように、ホント、俺も聞きたいくらいだよ。
なぁ、姫川。このパンツマスクの潔白をどう証明するんだよ?
俺の内なる声に答えるように、姫川が喋り出す。
「『お前は先ほど自らを“正義”だと言ったな?……』」
姫川は答える言葉を途中で止めると、パタパタと俺に近寄ってきた。
???
姫川がこの状況をどう打開しやがるのか大いに興味があったので、美少女JKの為すがままに様子を見る。
どうやら小さき悪魔は、俺の体勢を変えるようだぞ。
まず俺の両手をグーにして、そこから親指だけ立てて、親指が顔のほうに向くように俺の腕を動かして、“俺だ”のポーズをさせられた。
なんだこれ?
「これで良し」と小さく声を落とすと、俺の隣にちょこんと立った姫川は、慎ましやかな胸を精一杯張って高らかに宣言した。
「『何を隠そう俺も“正義”だぁっ!!』っと、パンツマスクさんは言ってますよっ!」
はぁ? いきなり何を言い出した? 姫川ぁ!
「貴様が“正義”だと? 何を血迷っている?」
本当、六波羅のおっしゃる通りだよ!
このキチガイ染みた容姿のどこに、正義あるって言うんだよ。
何を血迷った? 姫川ぁぁ!
目を丸くする俺を尻目に、悪魔の舌が滑らかに動き出す。
「『刮目せよ! 俺の装備するこのパンツは只のパンツではない! うら若き女子高生の履いていたパンツだっ! 思春期の男子高校生なら喉から手が出るほど欲しい代物。この大名物を手にし、頭に被っている姿こそがもう“正義”そのもの! 正義を体現する者だぁ! 大正義だっ! 天下布武だぁ! 天下取ったどぉぅ!』……と、パンツマスクさんは心震わせてますっ。」
“パンツを被る=正義”ねぇ……。顎に手をあて一考する。
……。
……それ変態紳士の発想じゃね――かっ!
正義どころか、欲望まみれのド変態野郎を体現してるだけじゃんよ!
俺にポーズまで決めさせて、こんな頭のおかしいこと宣言すんなよっ! 姫川ぁ!
そんなんで、潔白の証明になるかぁ!
俺は今、そんな変態理論をほざくお前に心底震えとるわっっ!!
『刮目せよ!』とか言っちゃうから、みんなメッチャこっち見てくるやぁん!
何? この羞恥プレイ! もう、嫌っ!
周りにいる人の顔が恥ずかしくて見れないっっ!!!
顔を覆って悶絶する。
もう見なくてもわかる、みんなの想像を絶する侮蔑の眼差しが俺にどっぷりと注がれているだろうことを……。
陽も傾き始め下からほんのり橙色掛かった空を舞うカラスの鳴き声が、皆の心内を代弁してるかのように聞こえて来る……。
バカァー、バカァー、この変態ガァー、変態野郎ガァー、と。
はぁぁ~っっ! 穴が有ったらずっぽり入りたいと羞恥に震え両手で顔を隠す俺に、威厳ある大男はおもむろに口を開いた。
「……なるほど。見解の相違ということだな。」
あっれぇぇ? ちょっと待って? 他の奴らと一線を画すこの反応? 一周回って、やっぱスゲーなこの人っ!
理解しようとしてくれたのは有難いけど……見解の相違も何も、あなたの正義には全くかすってもいませんからー!
こっちは真面目に考える価値もない変態紳士の間違った正義(男子高校生の不純な欲望)ですからね! そんな正義、恥ずかしいから無視してー!
こっちのこと理解しようとしてくれるなら、いっそのこと触れないで欲しいの!
変に気を使われるのが一番いたたまれないからねっ。
余計に恥ずかしくなってきたよ!! うわぁ、顔、熱っっ! なんか背中の辺りがワサワサしてきた!
「……だが、その言い分では、貴様自信の身の潔白の証明にはならんぞ。その不埒な姿を“正義”だと公言する輩なぞ、益々もって信用ならん! さらに怪しい者だと言うことを後押ししただけに過ぎんぞっ!」
普通の反応、キター!!
ああぁ、良かった~! この人、やっぱマトモな人だったぁ!
このまま小悪魔的変態思想を理解されたら、ホントどうなっちゃうかと思った。
いたたまれず、恥ずか死ぬかと思った。
この状況でやっぱ常識人が一人はいないとキツいよね。
ふぅ。と汗を拭いて一息……
いやいや、一息ついている場合じゃない。
俺の個人的な恥ずかしさは一先ず落ち着いたとして……客観的になれ、俺。
状況はまったく進展していない。寧ろ後退しているではないか。
このままでは、俺は黒と断定されてしまう。
そうなれば、変質者として警察に突き出されることは必至。
俺の望むキャッキャウフフ……もとい、キラキラ輝く高校生活は永遠に訪れないぞ。それどころか、人生終了ですよ~~!
各種メディアで俺のことが取り立たされて『有名進学校の生徒はなぜパンツを?』とかいう見出しでYAHHOOのトップを飾ってしまう! 俺は明日から一躍有名人にっ! わぁお!
SNSは大炎上し、特定されることは言わずもがな!
プライバシーなんて何のその。素顔も晒され、友達なんか誰一人居ない“ぼっち”な俺なのに、TVショーで顔にモザイクかかった誰とも知らない自称友人って奴が「学校では、色々とウワサはあったんですけど……まさか、こんなことになるなんて……ウケるー!」とか妙にハイテンションで俺のことコメントしてる様子が容易に想像出来るわっ!
おいっ! お前はどこのドイツだっ! 俺に友達はオランダ! なんてクソ寒い突っ込み(親父ギャグ)を留置場で入れなければならない羽目になるぅぅ!
うわぁぁー。お父さん、お母さん、親不孝な息子でごめんなさいねぇぇぇっ!
最悪の結果が脳裏に浮かんで完全にテンパっている俺の前で、六波羅は背後の仲間に問いかけた。
「やはり……俺はこの男をこのままにしておくことはできぬ!
皆はどうだ? パンツマスクとやらの処遇をどう考える?」
「ああ、政宗パイセンの言う通りだ。」「僕も同意だね。」「賛成ですわ。」「賛同いたします。」「捕まえたほうが……良いと……思う。」
次々と返される同意の声が俺のバッドエンドをグイグイ引き寄せてくる。
人生のカウントダウンが聞こえて来るようだ……あぁ、胃の辺りがキューっとする……。動悸も激しくなってきた……。
無情にもその瞬間は訪れる……
「有志の者たちの言質も取れた。よって、俺はパンツマスクとやら、貴様を黒と断定し、拘束及び連行する。
さぁ、神妙に縛につけ! 犯罪者よ。」
つ、遂に来たぁぁ……。六波羅の判決の言葉……。
お、オワタ……。
…………。
頭の中が真っ白になり、ガックリと肩を落とした俺の背中にポンと何かがぶつかった。……いや、叩いた?
絶望のあまり、一瞬わからなかったが、それは隣に佇む小悪魔の小さい手だった。
何の合図だ? と、ふと顔を見ると光の無い眼差しで口元を歪めた不適な微笑み。
ででで、デビル姫川だぁ……っ!!!
「私に任せろって言っただろ。大丈夫だ。心配するな。クソ虫。」
妙に自信ありげにそう呟くと、瞬時に顔を改めた姫川は、目の前の六波羅へ堂々たる面持ちで喋り出た。
「『そうか……残念だ。お前たちとは相容れないようだな。
……だが、現行で罪を犯していない俺を憶測で犯罪者と決めつけるその正義……それはお前たちの考えを一方的に押し付けているだけの独善的な正義だ。』とパンツマスクさんは言ってます。」
ちょっとお待ちあれ! 残念なのは、あなたのおつむのほうですからね!
常軌を逸した変態理論と相容れる訳ないじゃな~い?
理解しがたい趣味趣向を一方的に押し付けて個性的な変態を振りかざしているのは、あなたのほうですよ! 姫川さーん!
……と、即座に突っ込みを入れたいところではあったが、今はそれどころじゃない!
背に腹は変えられない。ものすごーく不本意だが……今回ばかりはお前のやることを容認してやるっ!
話せない俺に代わって、何を言っても良いから、この状況を切り抜けるんだ。姫川っ!
『任せろ』て言ったからには、今度こそどうにかしてみせろっ!
「なんだ? 言いたいことはそれだけか? 犯罪者よ。」
眉ひとつ動かさず、姫川の言い分を突っぱねるような物言いの六波羅。
だが……、
この聖人ぶった堅物を何としても説得するのだ!
行ったれ! 姫川ぁぁっ!
迫り来るバッドエンドを、何が何でも回避するんだっ!
この状況を覆すには、もうお前の挙動不審にかけるしかないっ!!
もうお前の好きに宣ったれぇー!
姫川のほざく言葉をヤケクソ気味に待ち受ける。
小柄な美少女は六波羅をビシッと指差し勢いよく声を張り上げた!
「『なら、俺はお前にタイマンを申し込むっっ!』と言ってま――す!!」
うわぁおぅ! 斜め上のワードが飛び出ちゃったよっ! おいっ!!
「……タイマンだと?」
六波羅はもちろん、周りの奴等も驚きを露わにしている。
「『そうだ! お前は自らを絶対的な“正義”と言ったな?
“正義”とは、それを突き通すだけの“力”が伴わなければ“正義”とは言えない!
お前が言う正義とは、俺を止めることができる上で言っているのだろう? それとも、そんなデカイ図体して自信が無いのか? お前の正義と言うのはその程度なのか? あぁん?』と言ってます。」
なんか知らんけど、煽るのやめてぇ――――!
タイマンだって???
俺が求めてたのは、そう言うことじゃねぇ――!!
姫川のタイマン発言に大男は顔をしかめたが、俺のほうを一瞥すると以外にも口許を緩ませ笑って見せた。
「ふははは。確かに、犯罪者の言葉に耳を傾けるのは癪だが……“力”が伴わなければ“正義”足り得ないとは正にその通りだ。」
そう口にすると、表情を固めた六波羅の目に力がこもる。
「なら、見せてやろう! 俺の正義をっ!!
我々……いや、俺は絶対的な“正義”で有らねばならない。この俺が犯罪者に屈するなど断じてあり得ない。いや、あってはならないのだ。
面白いっ! 貴様のその提案に乗ってやろうではないかっっ!!」
六波羅の承諾に姫川が一瞬笑った?……ように見えた。
他の者に悟られないよう獰猛な笑みを即座に噛み殺して姫川は勇ましく返答した。
「『ふん! お前を俺が倒し、お前の正義が正義足り得ないことを証明すれば、俺が黒だと言う仮定に矛盾が生じる。それが俺自身が白であることを示す証明になるだろう?』と、パンツマスクさんは言ってますっっ!」
✳✳✳
〈命題〉「パンツマスクは白」であることを証明せよ。
↓
〈証明〉
「パンツマスクは黒」と仮定する。
↓
「パンツマスクは黒=六波羅の正義は正しい」
↓
「パンツマスクが六波羅に勝つ」←※これを証明する
↓
「六波羅の正義は正義足り得ない=六波羅の正義は正しくない」となり
↓
「パンツマスクは黒」に矛盾が生じる。
↓
よって「パンツマスクは白」の題意は示される。
✳✳✳
「……背理法か……。この場合、かなり強引な理屈……いや屁理屈にも等しいが……。
俺が勝てば“黒”、貴様が勝てば“白”。薄っぺらい御託を並べる輩より、よほど分かりやすい。
……そう言う所は悪くない……。」
六波羅はフッと鼻で笑いそう呟いた直後、尋常ではないオーラをまとい、鋭い眼光を俺たち目掛けて投げてきた。
うへぇ。超怖いんですけどー。
膝が笑うのを必死にこらえ、腕を組んでの仁王立ち。俺は相手の圧に負けないよう、精一杯の空威張りを演出をした。
「貴様にそれが出来るのか?」
六波羅は低く渋味を帯びた声で挑発的に言い放った。その言葉に、負けじと小さな小悪魔姫が言葉を返す。
「『当然だっ! この三下がっ!』……と、パンツマスクさんは言ってます!」
おい! 姫川。勝手に決めるな!
何とかして見せろって(心の中で)言ったけど……この展開はないんじゃない?
バッドエンドを切り抜ける為とはいえ、このおっかねぇ人とタイマンだって? ムリムリ絶対無理っしょ。
六波羅に勝てるビジョンが1ミリも浮かばないよ。
俺は必死の形相でブンブンと顔を横に振り、両手の指でバッテンを作って「無理だ!」のサインを姫川に送った。
姫川はチラッと横目で俺を見たが、なに食わぬ顔で視線を前へと戻した。
俺のサイン、ガン無視かよっっ!
強引に顔を寄せて耳打ちを試みる。
「おい! 絶対無理だって!」
「チッ……」
なぜ、舌打ち? しかもなんか姫川にスゲー睨まれてんですけど……。
邪魔だ。クソ虫。とばかりに強めに俺の顔を押し退けたチビッコJK は、俺の言葉を無視して大男を尚も煽る。
「『正義、正義とほざいてはいるが、どうせ、三下のお前に俺は止められないだろうがな!』……とも言ってます!」
おいおい、何言ってくれちゃってんの? 姫川さん。
俺、そんなこと一言も言ってないでしょーがっ!! オリジナリティ溢れる通訳、止めてくれる?
お陰で、飛んでもない状況になっちゃってるでしょーがっ!
目の前の六波羅に、ギロリと凄まれる。
ひゃぁー。怖い怖い怖い((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル
「大した自信だな。よし、俺が、犯罪者である貴様を必ずや止めて見せよう。圧倒的な力で俺の正義の鉄槌を下し、そして貴様自信にも貴様が黒だと言うことを認めさせやろう!」
声にも殺気が迸っている。俺の奥歯がカチカチ哭き始めた。本能的に感じているのだ。この男が、かなりヤバい奴だということを。
どどど、……どうしてこうなった……。
六波羅の大迫力に腰が抜けそうになってる俺の横で姫川が呟いた。
「せっかく私がお膳立てしてやったんだ。いいか、クソ虫。バシッとあの大男をやっつけろ! そうすれば、お前の潔白は証明されるぞ。フフフ……。」
悪戯っぽく微笑む姫川に、俺は半分涙目の怨めしい目を投げつけた。
「おい。姫川。勝てるわけないじゃん。あんな大男に。体格からして不利だろう。」
「……勝機はある。」
たじろく本音を思わず漏らすと、小悪魔姫は微笑を宿したしたり顔で潜める声を落とした。
そして俺の耳にその整った顔を近づけると「いいか、クソ虫。私の話をよーく聞け。」と勝機の計算式を耳打ちしてきた。
✳✳✳
姫川の試算はこうだ。
体育祭の時の戦いで、強さの度合は以下の通り。
パンツマスク(俺)≒緑岡
緑岡を今年新設されたスポーツ特待生だと仮定すると、姫川の予想では、ふー子と同じスカウト組の可能性が高いと考えられるそうだ。つまり、かなりの実力者だと考えられる。だから、こう。
緑岡(スカウト組)> スポーツ特待生(一般入学)
以前からいる上級生は、スポーツ特待のクラスは存在しない。だから、勉強は出来ても運動はそうでもないはずと姫川は考えたらしい。したがって、こう。
スポーツ特待生(一般入学)> 六波羅(3年)
六波羅の規格外の体格と仮に喧嘩が強いという要素を加味しても、スポーツ特待生よりポテンシャルが上ということはまずないと思われるとのこと。なので、こう。
スポーツ特待生(一般入学)≧ 六波羅(3年)+体格+喧嘩強い
緑岡と六波羅を比べた場合、こうなって
緑岡(スカウト組)> 六波羅(3年)+体格+喧嘩強い
よって、パンツマスク(俺)と六波羅を比べると
パンツマスク(俺)> 六波羅(3年)+体格+喧嘩強い
こうなると、姫川は踏んだのだっ!!
✳✳✳
フムフム、なるほど。そうか。そういうことか。
少しだけ希望の光が見えてきたぞ。
話し終わった姫川は、俺の隣でエヘンと得意げに胸を張っている。
……しかし、姫川め。
この一対一の勝負に持ち込むために、敢えて傍若無人な言い方をして、相手を焚き付け、この状況に誘導したと言うのか?
しかも六波羅と俺との戦力値を分析し、勝算まで考慮していたなんて……。
全てが計算尽くだというのなら……、感心を通り越して恐ろしさが込み上げてくる。
流石はデビル姫川と言ったところか……俺を奴隷に陥れたのも伊達じゃない……。
背筋が震えた。小悪魔姫の底知れなさなのか、眼前に殺気立つ六波羅の圧力なのかはわからない。はたまたその両方か。
姫川のお陰で心ならずも光が見えて来たとはいえ、まだ小悪魔姫の描いたシナリオはピリオドを打った訳じゃない。俺がこの勝負に勝たなければ、迫り来るバッドエンドは避けられない。
気合いを入れ直した眼にその羆のような大男を映した時、コツコツと誰かが近づく足音が。
「面白そうなことをやっているな? ボクも混ぜておくれよ。」
昼の暑さが吸い込まれるも未だ青色残す空の下、少しだけ涼しく感じる風に乗って気の抜けた声が場に入ってきた。




