第28話 オムライスは旨いよね
「……なるほど。姫川は、学校での自分のイメージを取り繕うために、俺が休んでる間、お昼はパン2個で済ましていたと…、そう言うことだったのか。」
ダイニングキッチンにある四人がけテーブルに姫川を座らせ、俺は台所で手際よく手を動かしていた。
「そうだ! 私が、パンを十数個も買っていたら、周りの生徒に、大飯喰らいだと罵られてしまうだろうが。そうしたら、私のイメージに傷がつくだろうが。」
「……確かに、学校での姫川のイメージって、清楚系の小っちゃかわいいお姫様ってのが、しっくりくるかもな。一見小柄だから、食も細そうに見えるし。」
俺も、デビル姫川に出会うまでは、由緒正しい純白のエンジェル姫川だと疑ってもいませんでしたよ。それが、こんな大飯喰らいの毒舌フードファイターとは、想像もしなかった。
「…しかも、気さくで話しかけ易い雰囲気も持っていて、高嶺の花ってよりは、身近な学園のアイドルって感じだもんな。みんなに人気が出るのもわかるよ。」
「………。」
おっ。姫川が、急に大人しくなりやがった。
姫川は下を向いて耳を赤らめている。もしかして何か勘に触ったか? 俺、何か変なこと言ったのか?
「……お、おい。お前、口を動かしてないで手を動かせ! お前の特製オムライスとやらを早く作れ! どうせ不味いんだろうがな。」
なんだか恥ずかしそうに悪態をついてくる姫川に、俺はフンと鼻息で一蹴し自信ありげに答えた。
「お言葉ですが、姫川さん。鍵っ子の俺を舐めてもらっちゃ困りますよ。
鍵っ子歴15年。腹が減ったときは、こうやって自分で作って、独学で編み出したレシピは数知れず。今作っている、特製オムライスは、その秘伝のレパートリーの中でも三本の指に入る俺の自慢の逸品ですよ!」
俺は、そう言いながらフライパンに刻んだ材料を入れていく。小さくカットしたウィンナーと微塵切りした玉ねぎ。ジュージューと小気味良い音を奏で始めた。
程よく炒めて塩で味を整えたら、そこに冷たくなったご飯を投入。ササッと全体に火を入れる。
夕陽色の決め手になるケチャップを入れて、全てが色づくように満遍なく混ぜ合わせた。
腕を勢いよく前後に振ると、深紅に染まった粒たちが流れに合わせ舞っている。
辺りには、ケチャップライスの食欲をそそるいい匂いが広がっていく。
姫川も、鼻先でしっかり匂いを捕らえているのだろう。
小さな両手で頬杖をつきながら、二つの足をパタパタと前後させ鼻歌まじりだ。
心なしか全身でリズムも刻んでいるようだ。白いシュシュで結わえた尾っぽが、右に左にリズミカルに揺れている。
俺は、冷蔵庫から卵を取りだし、オムライスの顔を左右する最終ミッションに取りかかった。
バターをぐるっとひと回ししたフライパンに、牛乳、マヨネーズと一緒にかき混ぜた黄色い液体を流し入れる。
じゅっと軽快な音を立て香ばしい香りが鼻をくすぐった。
スクランブルエッグを作る要領で、中心を混ぜながら火を通し、フライパンも前後に揺らしながら焼いていく。
固まり過ぎないよう頃合いを見計らって、火からおろし、先程作った夕陽色のご飯の上にふわっと滑り落として。
最後にケチャップを格子状にかけたら、はい出来上がりっ。
俺特製オムライスの完成だ!
完成したオムライスからは、バターが香る美味しそうな湯気が立ち上ぼり、腹ペコには耐え難い刺激を鼻から煽る。目にも鮮やかな赤と黄のコントラスト。見た目もより一層の食欲を掻き立てた。
姫川は、キラッキラの輝く眼差しで、ただ一点を見つめている。獲物を狙うハンターのように、鮮やかな黄色の物体をしっかりと捕捉したようだ。
口は溢れんばかりのよだれと格闘しながら、今か今かと、その瞬間を待ちわびている。
餌を待つ小型犬そのものだ。こうして見ると、やっぱりチワワのジョンにそっくりだ。
「姫川。よし!」
合図と同時に姫川は、手に持つスプーンをオムライスに深く深く差し入れた。引き戻したスプーンには、こぼれ落ちそうなほどのケチャップライス。その上にはプルプルとふわとろ卵が踊っている。
姫川は、これでもかと大きく開いた口へ、その至極の物体を迎え入れた。
パクっと口を閉じた瞬間、ぱぁーと顔が明るくなり、瞬時に目元がトロンととろけ、極上の恵比寿顔が現れた。
口の中では濃いめのライスとふわとろ卵が混ざり合い、究極のハーモニーを存分に味わっていることだろう。
モグモグと口を動かしながら、姫川は今までに見たことがないほどの幸せの顔へと変貌していた。
大きくゴクンっと喉をならし最初の一口を腹に収めると、遠吠えにも似た声がキッチンにこだました。
「まいう――――――――!!」
はい。姫川のお声いただきましたー。星三つですっ!
こうなっては、もう手に持つスプーンを止めることは出来まい。
飢えた小型犬は、ものすごい早さでかっ込んで行く。時々、俺が差し出すコップの水を飲み干しながら、
…ハグハグッ、ハグッ…モグモグ、ハグッ…モグ…、……ゴクン。
またたく間に姫川は俺の作ったオムライスを平らげてしまった。
「ぷはー」と幸せの余韻に浸っている姫川に俺は自信満々に声を掛けた。
「どうだ? うまかったろ? シンプルな味付けだけど、それがケチャップの旨みを引き出して、卵本来の味も引き立てて、それでいてお互い主張し過ぎることなく、最高に相性がバッチリなんだ。」
「うんっ! とぉ――っても、美味しかったよ! 初めて食べたけど、オムライスって、想像してた以上に美味しいーねっ!」
幼い子供のように無邪気に語りかける姫川に、俺は目を丸くした。
デビル姫川が、普通に可愛い姫川へと変わっている。なんて食べ物の力は偉大なんだ!
それより、素直だと、めっちゃカワじゃねーか! 元々、美少女だから、デレるとやべーな、おいっ!
ってか、オムライス食ったの初めてとか、どこのスラム街から来たんだ?
「あ。………。」
俺の下がる目尻から、自分で言った口調に気づき、口を閉じて姫川は下を向いてしまった。
スカートの裾を手で握り締め、耳は先程よりも真っ赤っかだ。恥ずかしさからかプルプルと微かに震えている。
「そんなにうまかったか?」
俺の問いかけにコクンと小さく頷いた。
うひょー。顔を赤らめながら素直に頷く美少女JKとか、どちゃクソかわいいやんけー!!
トクン……俺の心臓が躍動を始める。
何? 突然、胸がキュンとするこの感じ………?
心臓が締め付けられるような息苦しさ、でも嫌じゃない心地よさ……。
姫川の言ってた「心臓を握り潰す」って、この事だったのか?
いや、微かだがこの気持ち……、俺は確かに経験がある……、この甘酸っぱい感覚は……?!
これってもしかして……、この気持ちって、もしかして……!
“チワワのジョンの時”と、一緒やんけー!!
あの小さく儚なげな愛玩動物を見たときの、何か知らんけどキュンキュンする切ない感覚。
愛らしい仕草から繰り出される凶悪なまでの狂おしい感覚。
守ってやりたくなるような気持ちの中に、意味もなく構っちゃいたくなる矛盾する感覚。
うぉぉー。このどちゃクソきゃわわな動物を無性に触りてぇ――!
ジョンだったら「おー、よしよしよしっ」て、モフりまくってやるところだが、今、俺の目の前に居るのは、霊長目真猿亜目ヒト上科ヒト科のホモ・サピエンス・サピエンスのメスなのだ。さらに付け加えるなら、ちっちゃ可愛い美少女JKなのだ。
感情の赴くままに行動したら、今度こそポリスオフィサーのご厄介になってしまう。
俺はこの衝動を全力で押さえ込もうとした。だが、押さえ込む指の隙間から、するりと抜け出した控えめな衝動が、俺の指先を突き動かす。
姫川のあのプニプニの柔らかそうなほっぺを、この指で触ったなら……!
ダメだ。俺の指は言うことを聞かない。もう自分では止められない!
俺の意思に反し、指先が極上のプニプニ目掛けて突き進んで行く……!
プニプニまで、あともうちょっと……
指先が姫川の目の前に来たその時…
……ガブッ……!
「いだだだだだだだだだだ………っっ!!!」
「……っゔぅーうゔぅーぅゔゔぅぅ……っ!」
「いだだだ……! わかった、わかった。姫川、放してくれっ!
無断で触ろうとした俺が悪かったって!」
初動が無くいきなり噛みつく……こんな所までチワワのジョンにそっくりだ。
噛み付き攻撃から、何とか生還した自分の指へ「ふぅーふぅー」と息を吹きかけた。そして、指の生存を視認する。姫川の歯形がくっきり付いて、痛々しい姿を晒している。
あー、マジで食い千切られるかと思った……。俺、涙目ですよ。
「小汚ない手で私に触ろうとするな。クソ虫がっ!」
「…はい。すいません⤵⤵」
姫川さん、その小汚ないクソ虫の手を今さっきくわえましたよね。その事実はどうするんですか? 触れるよりも大問題なのでは?
そう考えていると、姫川が冷たい視線を放ちながら言った。
「この挙動不審ぶり。もう完全にいつものクソ虫。ド変態クソ虫の完全復活だな。いつから学校に来るんだ?」
俺が挙動不審なのは、半分はあなたのせいですよ。
「……まだ完全では無いが、明日から学校に行けそうだ。」
そう俺が答えると、姫川の顔はいつになく真剣な面もちに変わった。
「そうか。学校に来るなら、話して置かなければならないことがある…。」
「改まって何だよ? 姫川。」
俺の質問に答えるように、姫川はゆっくりと口を開いた。




