第26話 居ないところで話は進む
「体育祭のことは、王……じゃなくて、パンツマスクは何も悪く無いってことだったじゃん!
あーしたちは、何もされてないって言ったじゃんよー!」
ツインテールを揺らしながら風祭が声を荒げる。姫川も合わせるように問いかけた。
「そうですよ。パンツマスクさんは無罪のはずです。緑岡さんも、そう言ったじゃないですか?」
二人の声に答えるように緑岡が静かに首を横に振った。
「今回は、その件とは関係ないわ。体育祭のことは無罪として解決済みよ。」
「では、一体なぜ……?」
当然の疑問が姫川より向けられる。緑岡は少しうつむき、覆面の下の表情は影を落としているように見えた。
「私が風紀委員なのは知っているでしょう。風紀委員の上部組織……つまり生徒会から『パンツマスクさん探索』の指示が出されたわ。
正確には生徒会と言うより………、
…“ 生徒会長 ”からね。」
「「 ! 」」
姫川と風祭は目を見開き、先程よりも顔をこわばらせた。“生徒会長”とは、校内で畏怖されるほどの曰く付きの人物だったからである。
「生徒会長が、何の目的で…?」
姫川の問いかけに、緑岡は覇気無く答えた。
「それは、私にもわからないわ…。
私が上から聞いたのは、生徒会長から『パンツマスクさんを探し出せ』と指令が出たということだけ……。
姫川赤金、あなたが彼と知り合いなら、……彼を連れてこれないかしら?」
姫川が肩をすくめる。
「…正直、彼と生徒会長を会わせたくはありませんが…。」
影を落としたままの緑岡が小さく頷いた。
「姫川赤金。私も本音を言えば、あなたと同意見よ。できれば、彼と生徒会長を引き会わせたくはないわ。
…でも、私は風紀委員の一員。上の命令には逆らえない。…生徒会長からの直々の命令なら、なおさら…。……ごめんなさい。」
奥歯を噛んだ緑岡に、姫川はフルフルと首を横に揺らした。
「…いえ、緑岡さんが謝ることではありません。あなたの立場上、仕方のないことなのはわかっています。
入学してまだ日は浅いですが、私だって生徒会や生徒会長のことは色々と耳にしています。
私が彼の居所を教えなかったとしても、生徒会は彼を…パンツマスクさんを必ず見つけ出すはず……。それこそ、どんな手段を使ってでも……。
生徒会が本気を出せば、彼にたどり着くのは時間の問題ですよね? そうでしょう? 緑岡さん。」
「…そうね。姫川赤金。あなたの言う通りよ。
私が彼を連れて行かなかったとしても、別の風紀委員、いいや生徒会の誰かが彼を見つけ出し、生徒会長の前に引きずり出すわ。
…どうあがいても彼と生徒会長との対面が避けられないのなら、せめて私の手で…。出来るだけ穏便に事を済ませようと思ったの。パンツマスクさんのためにも…。」
平静を装いながらも悔しそうな声で言う緑岡に、姫川の表情が硬くなる。
「…そうですね。緑岡さんの判断は、正しいと思います。私もあなたの立場なら、きっとそうしたと思います。」
緑岡が詰め寄り姫川の両肩をつかんだ。
「お願い。姫川赤金。パンツマスクさんを連れて来てくれないかしら?」
芯に響く声色の緑岡。つかむ手の力強さからも、やむにやまれぬ思いが伝わってくる。への字に閉じていた姫川の口がゆっくりと開いた。
「……わかりました。私がパンツマスクさんを連れてきます。」
その言葉を耳にすると、緑岡が「ふぅ」と深く息を吐いた。肩をつかむ手もゆるむ。それと同時に姫川が言った。
「……ただし、それには条件があります。」
「条件?」
姫川は射るような眼差しを緑岡に投げる。
「生徒会長と彼が合う場に、私も同行させてください。それが、彼を連れてくる条件です。」
「………わかったわ。…姫川赤金。」
緑岡はあっさりと首を縦に振った。パンツマスクと生徒会長との対面に、緑岡自身も否定的だったからである。対面の場に第三者が立ち会うことは、彼女としても願ってもないことだった。
「最終判断は上に相談してみないと何とも言えないけど、特に問題は無いと思うわ。その条件、受け入れるわ。」
「緑岡さん。それと、彼はまだ先日の傷が癒えていないんです。だから会うのは、もう少し待っていただけますか?」
「それも問題ないわ。生徒会長もきっと納得してくださると思う。」
「では私はパンツマスクさんに、この件を伝えておきます。詳細は後ほどお伝えしますね。」
「承知したわ。姫川赤金。私はそのように上に伝えるわ。…では、よろしく頼むわ。」
互いに大きく頷くと、緑岡は静かに視聴覚室を後にしていった。
生徒会長の目的は何なのか? 姫川には、予想されるいくつかの考えが頭をよぎっていた。しかし、どの考えも根拠が乏しく絞りきれずに思案していると、動揺を隠せない風祭が声を掛けてきた。
「姫っち。だだだだ、大丈夫なん? 王子…。」
「…そうですね。少し厄介なことになりましたね。…生徒会ですか。」
姫川が顎に手を当て黙考する。片や風祭は首を傾げている。
「……でー、姫っちに聞きたいんだけどー、生徒会って何? 生徒会長って何者なん?」
「え? もしかしてふー子さん、知らないで驚いてたんですか?」
「……うん。なんかー雰囲気で、驚いたほうが良いのかなぁーって思って……。
昔のクセが抜けてねーみたいでさぁ。空気読んでみたんよ。キャハ。」
能天気に答える風祭に、やや呆れ顔の姫川が答えた。
「私も噂程度の事しか知りませんが、端的に言うとこの学校の“生徒会”は特別なんです。その理由に、学校側から様々な権限が与えられていると聞いています。」
「へぇー」と感心してみせる風祭に、姫川は説明を続けた。
「生徒会は、学業や運動の成績優秀者、しかもトップに近い上位者が集められ組織されていると言われています。
中には例外もあるようですが、いずれにせよ非凡な人たちが集っていることに変わりありません。
この学校のヒエラルキーの頂点に君臨すると言っても過言ではない存在です。」
大統領演説のように重々しく話す姫川。それに対してあまりにも拍子抜けする風祭の反応。風祭は他人事のように聞いている。
「じゃあさー、生徒会長っていう人は、スゲー人らのリーダーってことで、いいんかな?」
「まあ。……そういうことになりますね。」
「姫っち。その生徒会長って、一体どんなヤツなん?」
こわばった顔で姫川は歯切れ悪く答えた。
「…それが、生徒会長のことは具体的には……わからないんです。
噂では、熊のような大男で恐ろしい人物だとか……、
教師をも従わせるカリスマ性を持つ人物だとか……、
ある大企業の子息で、業界にも権力を有する人物だとか……、
どれも根拠がなく噂の域を出ない話ばかりで……。」
姫川のまとう緊張感に、ようやく実感したのか風祭がゴクリと息を飲んだ。
「そ、そんなヤツが、王子に何の用なん?」
「今はまだ、わかりません。理由は緑岡さんにも知らされてなかったようですし…。」
「「…………。」」
沈んだ空気の中、二人はしばらく向かい合っていた。
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その頃、王嗣は慣れ親しんだベットで横になっていた。
「ぶぇっクシュンっ! ぐはっ!!」
くしゃみと共に顔を歪める。戦いで負傷した肋骨が悲鳴を上げたのだ。胸を軽くさすりながら眉間にシワを寄せる。
「クソー、誰かが俺の噂をしてやがるな?」
そう言い放ったそばから何を思ったのか、一転して王嗣の顔はだらしなく弛んでいた。
「えへへ……もしかして、どこぞの美少女が俺に惚れちゃったとか?」
目尻が下がりニヘラと、いやらしく笑う男がひとり。
姫川と風祭、彼女たちの心配をよそに、王嗣は自室でくだらない妄想にふけっていたのだった。




