第1話 スイーツ探訪と食いしん坊万歳
キーンコーンカーンコーン…
教室に最後の予鈴が響き、みんなが一斉に帰り支度を始める。
部活動へ行く者、帰宅する者、皆ほぼ同じタイミングで教室を後にする。
荷物をまとめていると、何処と無く視線を感じる。入学して間もなくから、時々このような視線を感じることがある。
悪目立ちをしているせいなのだろうと、特に気にも止めず俺は帰り支度を進めた。
支度も整い、さあ、帰るかとカバンを手に取った時、ふと姫川の姿が視界に入った。
姫川は、手際よく荷物をまとめ、机から立ち上がった。
何気ない仕草だが、窓から注ぐ光を纏って透明感を増した彼女の立ち姿と、一瞬フワッと浮き上がるスカートの裾に、つい見いってしまっていた。
「みんな。また明日。」
誰ともなく挨拶をする姫川に、クラスの皆が挨拶を返す。
「姫川さん。さよなら。」
「また明日ね。」
「姫川さん。バーイ。」
教室に残っているほぼ全ての生徒から挨拶を返される姿は、正に学校のアイドルたる貫禄が伺えた。
姫川はみんなに小さく手を振り軽く頭を下げると、教室を後にして行った。
“ぼっち”の俺が帰宅部なのは当たり前として、姫川も学校が終わるとすぐ帰宅しているようだ。
入学当初は、数々の部活動からオファーがあり勧誘の嵐だったようだが、その全てを断ったらしい。
優等生の姫川のことだから、きっと早めに帰って、勉強でもしていることだろう。
ま、俺には全然関係のないことだが。
+++
家に帰り、ベッドでだらだらとスマホを弄っていると……コンビニの新商品の記事に目が止まった。
最近のコンビニは侮れない。弁当にしろスイーツにしろ、有名店にも勝るとも劣らない商品が並び、しかも頻繁に新商品が発売されている。
甘党の俺は、新商品のスイーツを毎日欠かさずチェックしている。
「おお、この“生パンケーキ風チーズinチョコ”って、今日発売日じゃん。」
人間の三大欲求たる食欲の誘惑には勝てない。新商品スイーツを求め、いざ出陣。
自転車を走らせ一番近くのコンビニに突入する。
が、
…ない。
次に次にと近所のコンビニから虱潰しに当たったが、発売仕立てとのこともあり目当ての商品は見つけられずにいた。
「俺のこの欲求を鎮めることができるのは、新作スイーツのみだー。」
人は手に入らない時ほど、より欲求が膨らみ、情熱が加速するものである。
破裂寸前の風船のようにパンパンに膨らんだ俺の欲求は、“like” を通り越して、すでに “love” になっていた。もう誰も俺のスイーツ愛を止めることは出来ない。
希望を求め、いつもは足を踏み入れないエリアにまで侵入を試みた。
前方にコンビニを発見。いざ突入ー。
「いらっふぁいまっふぇー。」
「 ?! 」
店員の独特過ぎるアクセントとやや不自然な滑舌に、即座に突っ込みを入れたい所ではあったが、今回は新商品のスイーツが最大の目的であり、それをゲットする事こそが俺の使命だ。
他には目もくれずスイーツコーナーへと歩み寄った。
「つ、ついに、ついに見つけた。」
そこにはキラキラに輝く幻の“生パンケーキ風チーズinチョコ”様が。
ガバッと横から凪ぎ払うように手に取り、一目散にレジに走り突き出した。
「388円になりもふ。」
「なりもふ?」
今まで聞いたこともない活用語尾に、思わず顔を上げ店員の顔を直視した。
「 ? ?……」
両頬がパンパンに膨らんでおり、口いっぱいに何かを頬張っている。
右側を向いて、こちらとはまったく目線を合わせようとしない。
「なんべひょう? おきゃくはま?」
「…口いっぱいに、何か食べてますよね。」
「いえ、ふぉんなこほはごヴぁいまふぇ……。」
もう何を言ってるのか全然聞き取れない。
その特異な言動がかなり気になったのだが、それとは別にあることに気づいた俺は、顔を近づけ更に凝視する。
「あ? あれ?……」
見覚えある顔がそこにはあった。
前髪は顔を隠すように下ろしてあり、黒縁の大きな眼鏡をかけ、両頬がハムスターのように膨らんでいて、顔の輪郭が極めて不自然ではあるが、俺にははっきりとわかった。
昔から、人の顔を覚えることや見分けることは得意であり、髪型を変えたり、マスクをしていたとしても、その人の目鼻立ちの特徴から人を見分けることができる。ささやかな特技が俺にはあった。
俺は一つの言葉をその店員に投げかけた。
「えーと……姫川だよな。」