いつものデート②
山の紅葉は思った以上に進んでいて
地面はすっかり落ち葉に覆われていた。
木々も葉っぱがほとんど落ちてしまい
見るからに寒そうな装いと
なってしまった木もあった。
聡美「うー、山ってやっぱり寒いね。紅葉ももう終わりかけだし」
俊也「何かごめんね。もうちょっと早く来れば良かったね」
聡美「そ、そんな、俊也が謝らないでよ。私が紅葉を見たいって言ったんだから」
俊也「さと、ここに来るの初めてって言ってたから、どうせなら1番綺麗な山の紅葉を見せたかったなぁ」
残念そうに木々を見上げる俊也の横顔を見て
聡美は握っていた手に少し力を入れた。
大丈夫だよって気持ちを込めて。
聡美「せっかくだから、もう少し散策しようよ。みんなあっちの方に歩いて行ってるよ」
俊也「そうだね。あっちには滝があるんだ」
聡美「へー、俊也が前に来たの中学の時って言ってたよね?良く覚えてるね」
俊也「んー、記憶力は昔から良いから…とは言えなくて、観光情報誌、買って事前に調べてたんだ。聡美といい思い出を作りたくてさ。まぁ、簡単に言えば、突貫工事で格好つけたかっただけな」
言って俊也は笑った。
聡美「ありがとう、嬉しいよ、とっても」
喜びを表すように
聡美は繋いだままの手をぶんぶんと振った。
俊也「おっ、おいおい、恥ずかしいだろ」
聡美「誰も私達のことなんか見てないよ。主役はこの美しい山の紅葉なんだから」
今度は手を繋いだまま万歳をした。
俊也「いやいや、さーと!」
聡美「楽しいね、行こう、滝!」
子どものようにはしゃぐ聡美と繋いだ手を
俊也はきゅっと引いた。
俊也「さと、落ち着きなさい」
俊也は更に聡美を引き寄せて
おでこに優しくキスをした。
聡美「ち、ちょ、ちょっと、俊也、こ、こんなとこで」
俊也「恥ずかしい?」
聡美「恥ずかしいよ」
驚いた聡美は手を離し
両手でおでこを押さえていた。
心臓がドキドキしているのがわかった。
俊也「誰も俺らの事なんて見てないよ。みんな紅葉に夢中なんだからさ」
俊也は聡美の両手首を掴み下に下ろし
空いたおでこにもう1度キスをした。
聡美「ごめんなさいです」
俊也は、すっかりおとなしくなった
聡美の手を再び握り、滝の方へ歩き出した。
聡美は心臓のドキドキが治まらないまま
引っ張られるようにして歩いた。
顔が熱くて仕方がなかった。
山の空気がひんやりしているせいか
余計に熱を帯びているように感じた。
真っ直ぐの小道を歩いた先に滝は現れた。
たくさんの人がカメラを構え
滝なのか周りの紅葉なのか
それとも欲張りにも両方なのかを
夢中で写真という名の思い出に
おさめようとしていた。
聡美「滝と紅葉の組み合わせって凄いね。感動する。凄いよ、本当、ね、俊也…」
俊也の方に顔を向けたら
すでに俊也は聡美の事を見ていた。
聡美「ど、どした?」
俊也「紅葉とさとの組み合わせって最高かも」
聡美「な、なに、急に」
俊也「ほっぺ、紅葉してる」
聡美の頬に俊也の手の平が添えられた。
聡美「これは、さ、寒さ、そう、寒くて赤くなってるだけだから」
慌てて顔を正面に向けた。
俊也「それは大変だ。風邪ひかないようにしないと」
俊也は繋いだ手をそっと離し
聡美を後ろからそっと抱き締めた。
背中に体温を感じた。
更に聡美の顔に俊也が頬を寄せてきて
お互いの頬っぺがくっついた。
近い!と聡美は思った。
俊也「これなら寒くない?」
声がとても近くで聞こえた。
聡美「うん、寒くない」
美しい紅葉、賑わう人々の声、
重力に逆らうことなく落ちていく滝、
初めての彼氏と初めて見たこの景色は
とても感動的なものだった。
いつになく素晴らしいデートだと
聡美は心から思った。