表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

オーバーサイト

 2023年

〈時刻0920時。オーストラリア、タウンズビル〉


 オーストラリア、クイーンズランド州北東岸、タウンズビル。多くの観光客で栄える港湾都市であり、一年間のほとんどが晴天という温暖な気候である。アウトドアを楽しむことでもこの街の良さを味わうことができるだろう。日差しが強いため、サングラスや日焼け止めはひっといっていい。世界最大のサンゴしょう地帯であるグレート・バリア・リーフが近いことも魅力の一つだ。


「クソ暑いぃ。こんなところさっさとおさらばしたいわ。南半球は夏なんだよなー」

 タウンズビルのとある宿泊施設。半袖シャツにハーフパンツという格好ながら、エアコンの冷気を正面で浴びている女性はそうった。この部屋には彼女の他にも二人の女性がいた。皆、女性の色気を保ちながらも引き締まった上腕や太ももを持ち、か弱い女性像ではなかった。むしろ、彼女達にかかればボディビルダーのような筋肉隆々(りゅうりゅう)の巨体でもねじ伏せることができそうだった。

「エカチェリーナ隊長、本部への報告どうします?」

「……マリナ、私達がこれまで得た情報は何だ?」

GRU(グルー)エージェントである〝フィター〟がイルカンジ症候群によるできと見せかけて暗殺された可能性が()()()()()あるということです」

 三人の中で一番若い、マリナと呼ばれる女性が答えた。

「そうだ。もっと言えば()()()()分かっていない。なぜ〝フィター〟を狙ったのかも、どうやって毒素を注入したのかも分からない。水着にでも細工をしたのか……そもそも野生のイルカンジクラゲに刺された可能性すら捨て切れていない。暗殺された可能性があるといっても〝フィター〟がエージェントであるからだ。そうじゃなければ我々が派遣されることもなかったさ」

 ここでエカチェリーナは二人が座っている椅子の近くへ移動する。

「でも、私は確信している。これは間違いなく暗殺だ。アーニャ、半年前に起こったアメリカの不審死事件は知っているな?」

「男性がハンバーガー店で死亡した件ですよね?」

「ああそうだ。私の見立てだとあれも殺しだな。多分、じゅうすいを使用したんだろう。なかなか怖い方法だ」

 そう言ってエカチェリーナはグラスに入った水を飲む。

「重水……確かに飲料水として大量摂取すれば体内の生化学反応に異常をきたします。ただ、どのようにして重水を保管管理し、対象に摂取させたのでしょうか?」

「そこなんだが、分からないんだなぁ」

「分からないんですか」

 めいりょうな回答を期待していただけにマリナは内心がっかりした。

「次の日にはアメリカのマンハッタンで五人の男性が高層ビルにて射殺された。警察の話では被害者ら関係者の内部犯によるものとしているが、カーテンが覆われた窓ガラスには五つのだんこんがあったらしい。全員こめかみを一発で射抜かれている」

「まさか外からの狙撃と言いたいので?」

 マリナがけんを細めながら答えた。

「人間(わざ)とは考えたくはないが……あれは狙撃だ」

 親指を立て、人差し指を伸ばすことで、右手を銃のようにしたエカチェリーナ。そしてマリナへ向けて発砲するぐさを見せた。

「ボス、どこにカーテン越しの標的五人をミスなくヘッドショット決める人間がいるんですか。警察の報告によるとほぼ同時に射殺されているらしいですし、複数人でも無理ですよ」

 アーニャはエカチェリーナ隊長の話に半ばあきれていた。

「で、先月。ドイツ、オーバープファルツの森での話だ。ドイツの特殊部隊〝ヴァイス〟が何者かと交戦し、追跡していたヴァイスの第一コマンド全員が無力化された」

「どうせヴァイスが油断していたのでしょう。ごしゅうしょうさま

「ライバルが減ったのは少々惜しいですけど」

 アーニャ、マリナはヴァイスの不注意あるいは不運に思考を囚われていたが、それは至極当然の帰結といえよう。だがエカチェリーナからの答えは二人の予想を超える意外なものであった。

「甘いな二人とも。ヴァイスは()()()()()()()。殺された者は一人もいない。これがどういう意味か分かるよな?」

「追われていた者は意図的にヴァイスを殺さず生かした……」

「えっ、え?そんなことがある?」

 マリナとアーニャは驚きを隠せなかった。生死のが一瞬で分かれる戦場において相手を生かすのは殺すことよりも何倍も難しい。特に狙って殺意を持つ敵を生かすことは困難を極め、己の命をわざわざ危険にさらしていることになる。命を狙われている側が命を狙う側を生かす。常識では考えられないことだった。

「相手はタダものじゃない。率直に言おう。しょうしんしょうめいの化け物だ。これらの事件が全て半年内に起こっていることも恐ろしいが、同一の人物によるものと考えると面白いじゃないか」

 ここでマリナが冷静に口を挟む。

「隊長、今の話を一通り本部へ報告すれば良かったのでは?」

「あ、確かに。えっと、何から話したっけな」



 ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU(ゲーエルウー))。英語読みではグルー。ロシア連邦軍が有する情報機関であり、ちょうほういんや特殊部隊の運用などをかんかつしている。同じく情報機関であるロシア対外情報庁(SVR)とは異なり、大統領への直接報告義務は無い。

 そのGRUの中でも、総局長直属の《スミルノフ》は女性隊員のみから構成され、要人暗殺や敵地偵察、敵国への潜入工作及び破壊工作といった任務を遂行する極秘特殊部隊だ。この部隊は身内の裏切り者や二重スパイを処分することでも活躍しており、ロシア連邦におけるぼうちょうと諜報活動の両方で非常に重要な役割を担っていた。



 部屋の中ではアーニャが一人用の腰掛椅子に座り、イヤホンでクラシック音楽を聴いている。曲はビゼー作曲〈アルルの女〉より第2組曲第4番〝ファランドール〟だ。冒頭はクセになるテンポで迫力があり、全体を通し優美かつ雄大な曲である。彼女はクラシック音楽を一日一回は聴くようにしていた。

 一方、ソファでゆったりとしているマリナ。彼女は暇つぶしなのか、数学の問題をノートで解いている。問題文は次の通り。

 〝ある日、午前中に雪が降り始めた。雪はつねに一定のペースで降り続けている。除雪車が正午ちょうどに動き出し、1時間で2マイルの除雪を完了した。さらに1時間で1マイルの除雪を完了した。雪はいつ降り始めたか?〟

 二人がおの(おの)でくつろいでいる中、隊長であるエカチェリーナが外から戻って来た。

「お前達、本部から新しい命令だ。このタウンズビルにCIAのエージェントがいるそうだ。そいつを見つけ出し、あらゆる手を使って情報を集めろとね」

「……CIAねぇ」

 イヤホンを外したアーニャ。どうやらアーニャはCIAを追うことに気乗りしていないらしい。首にイヤホンをかけたまま彼女は少し姿勢を直し、視線をエカチェリーナへ向けた。

 言わずも知れたCIA(Central Intelligence Agency:中央情報局)とはアメリカの情報機関である。

「どうした?つまらなそうな顔をしているな」

「CIAよりも個人的にはブラックレインボーの方が面白そうだと思って」

 アーニャが口にしたブラックレインボーとは世界中で違法活動を行っている巨大犯罪組織である。組織の全容は不明。しかし、組織の情報網と資金力は確かなもので、このことから構成員には世界各国の政府関係者や資産家が多くいると考えられている。

「そっちはSVR(エスヴェーエル)が調査中。ざんねーん」

「ちっ。SVRの連中め。でボス、CIAのエージェントを追う理由は?」

「〝フィター〟死亡の件に関与している可能性があるのさ」

「可能性ねぇ」

 二人がやりとりする中、沈黙を破りマリナが口を開く。

「午前十一時二十三分」

「いきなりどうしたマリナ?」

「いいえ。何でもありません」

「ならば良し。いくぞ二人とも。お出かけの準備だ」



〈時刻1121時、タウンズビル〉

 タウンズビルを歩くエカチェリーナとマリナ。二人は既に標的であるCIAエージェントを見つけていた。三十代くらいの男だ。男はルート16号を一人で歩いている。どこにでもいそうな男。つまり、周囲の人間の記憶に残らないような、これといった特徴のない服装に体格だった。

「マリナ、どう思う?」

 エカチェリーナは隣のマリナに尋ねた。

「どう思うとは?」

 質問の意図を明確にするため、マリナは隊長に尋ね返す。

「奴の動きだよ」

「目的のある歩き方です。何かを探しているのかと」

「ああ同感だ」

 男は観光客のように振る舞っているが、目の配り方が一般人とは異なっていた。その目は何かを探しつつ警戒している様だ。

「問題はあの男から恐怖を感じることだな。相当やばいことに足を突っ込んでいるんじゃないか、あの男」

 CIAエージェントである男の技量はかなりのものと思われるのだが、エカチェリーナは男の表情からわずかに見せる緊張に気が付いていた。本来ならばその緊張した姿を他人に悟られてはならない。しかし、現実、彼は隠し切れない弱みを見せていた。人間の奥底に眠る感情というものが、いかにせいに忠実なのかを示していた。


 ドカーン!


 とつじょみちばたに停車していた車が爆発し、エージェントの男ともども吹き飛んだ。

 市民達はあまりにも突発的な出来事に悲鳴を上げ、あてもなく逃げ回っていた。

 黒煙が勢いよく立ち上り、地面には炎が舞い踊る。

 自動車は原型を失い、血が流れる負傷者は見るも無残な姿だった。


(やられた!)


 間違いない。自動車爆弾だ。

 エカチェリーナは男を狙った何者かによる暗殺だと理解した。

「アーニャ、現場から離れろ。危険だ」

 イヤホン型マイクでエカチェリーナはアーニャに指示を出し、マリナとともに爆発現場から離れていく。

 警察車両のサイレンが遠方から響き渡っている。騒ぎを聞きつけたマスコミも大勢来ることだろう。スミルノフであるエカチェリーナ達が現地警察と接触するのも、マスコミのカメラに映るのも避けねばならない。何もできないまま三人はこの場を立ち去ることしかできなかった。




 夕陽が沈み、あたりが暗くなりはじめた。

 三人は目立った行動を起こすことができず、特に有益な情報を手にすることもないまま宿泊部屋に戻って来た。彼女達は念入りに盗聴器や盗撮カメラが無いかを確認した後、さっそく爆発事件の話に移った。

「あれはCIAだけじゃなく、私達に対する警告でもあるはずだ。はあ参ったな」

 第一声を発したのはエカチェリーナ。

「なぜ私達への警告だと?」

 後方支援の担当だったアーニャがエカチェリーナに尋ねた。

「ハッチバックに小さく()()()()()()()()のステッカーが貼ってあった」

 マリナがエカチェリーナの代わりに答えた。さらに言葉を続けるマリナ。

「ロシア国内ならステッカーとして国章は分かる。だが、ここはオーストラリア。メジャーな国旗ではなく、マイナーな国章の方を貼っていたのは不自然。それに、水族館アクアリウムはGRUの本部庁舎を意味しているはず」

 GRUの建物はガラス張りの建物である。そのため、外見上から水族館の異名があった。つまり、自動車爆破の犯人はGRU所属のスミルノフに対してメッセージを送ったと考えるべきであった。

 そこでマリナは隊長の方へ気を配る。エカチェリーナが何か考え事をしているように見えたからだ。

「……隊長、何か心当たりでも?」

「これに似た感覚、出来事が以前にもあったような気がしてね…………待て。客人のようだ」

 三人がすぐさま銃を取り、マリナが部屋の入り口をテーブルと棚で塞いだ。さらに壁と壁をまたぐように金属製の伸縮棒を一本挟み込むことで、気休めだが通路を通りにくくした。

 張りつめた空間。何者かがこの部屋を目指して歩いて来ている。見られてはまずい機密情報は昨日のうちにエカチェリーナが全て削除あるいは焼却処分していたため、情報に関しては問題なかった。

「どうやら警察という訳ではなさそうだ。顔を隠しておけ」

 三人は顔を覆う目出し帽(バラクラバ)を着用し来訪者に備えた。


 ガシャン!

 ゴン、ゴン、ゴン……


 扉がショットガンで破壊され、その隙間からフラッシュバン(特殊閃光弾)が一つ、部屋の中へ投げ込まれた。


 バン!


 強烈なせんこうが部屋の中を照らし、それに乗じて銃を構えた者達が部屋へ突入する。

 が、通路はテーブルと棚、さらに金属棒によって来訪者の侵入をはばんでいた。

 この隙にマリナとアーニャが銃を撃ち、三人の客人を倒した。

「相手はSASRか」

 相手の装備と練度からマリナは訪問者がオーストラリア陸軍対テロ特殊部隊SASR(Special Air Service Regiment)と判断した。

「はっ。オーストラリア軍が動いているとなると、色々やばいな。さっさとこの国から出た方がいい。私達を爆弾テロ犯に仕立てた奴がいる」

 倒した敵から装備と通信機器を奪い、すぐさま次の敵に備えた。

 エカチェリーナが先頭に立ち、三人は移動を開始する。

「廊下はクリア。二人ともついて来い。連中の位置情報はこいつが教えてくれる」

 そう言ってエカチェリーナはSASR隊員から奪った携帯端末を指差した。SASR隊員達はこの端末を左腕に装着することで味方の位置情報を互いに共有しており、SASRがどのように展開しているかを知ることができる。ただし、この端末を持っていれば当然、こちらの位置情報も相手に伝わっているため上手に使わなければならない。

「止まれ。階段から四人上がって来る」

 廊下の曲がり角、その奥の階段から四人の反応が近づいていた。

「フラッシュバンを使う」

 フラッシュバンのピンを抜き、エカチェリーナはフラッシュバンを曲がり角へとうてき


 バン!


「くそっ!」

 SASR隊員らはフラッシュバンを受け、そのまぶしさと爆発音に一瞬(ひる)んだ。

 そして、エカチェリーナが正確に四人を射殺。

「クリア。行くぞ」


『容疑者が逃亡。ブラボー分隊はポイントCへ、エコー分隊はポイントDへ移動せよ。なお、民間人への誤射に留意せよ』


 通信機から流れてきたのはSASRの指揮官のようだ。

 建物周辺の道路は封鎖され、上空には偵察ドローンが飛行していた。

「ちっ、ドローンまで飛ばさなくてもいいだろ」

 三人はマガジンを交換し周囲を警戒する。

「隊長、このまま戦って逃げるのは難しいと思います」

「仕方がない。プランBを実行する。アーニャ、やれ」

「了解、ボス」

 アーニャは左腕に装着されたタッチパネルを操作した。


 タタタッ!

 ダンッ!ダンッ!


 突然、ずいしょで発砲音が響き渡る。

 場所によっては少量の煙が立ちこめ、火花のような光も見えた。


『銃撃だ!敵の位置は不明!』

『こちらデルタ3!敵の攻撃を受けている!』


 SASRは建物の陰や車両の陰に隠れ、音の発生源を探していた。

 ドローンも味方の状況をあくするため、飛行ルートを変えた。

 しかし、実際は全てまやかしに過ぎない。

 それらの正体は遠隔操作された爆竹や小型スピーカー。

 戦場という舞台。暗い夜にこのような小道具が使われるとは誰も予想していなかった。

 まんまとスミルノフの小細工にSASRは引っ掛かったのである。


「さて、今のうちに行くか」


 スミルノフは混乱する現場からすみやかに去って行った。




〈時刻1436時。ロシア、某所〉

 特殊工作員の拠点としてはおしゃな内装が特徴のスミルノフ秘密基地。

 デザイナー設計のようなモダンな造りで、観賞用植物やカラフルなソファが置かれている。だが、当然これらの内装品には様々な仕掛けが施されていた。

 食糧確保のために菜園やけいしゃもあり、加えて本格的な射撃場やラボ、屋内プール、スポーツジム、サウナ、スケートリンク、ビリヤード場が完備されている。



「隊長、よろしいでしょうか」

 マリナはパブリックスペースの情報解析室にいるエカチェリーナに声をかけた。ここには個室の情報解析室もあるのだが、隊長のエカチェリーナはよくパブリックスペースにいた。今回のように他の隊員から見つけやすくするためかもしれない。

「ああ。構わんよ」

 現スミルノフ隊長であるエカチェリーナは5枚の衛星写真をボードに並べ、じっと眺めていた。次の任務に関係する写真のようだ。

「フィターの件はどうなりましたか?」

「どうもこうも総局長以外の連中は頭が固くてな。あれだけフィター暗殺の可能性について言及してきたくせに、私の意見は『考え過ぎだ』とよ。あきれるわ。結局、フィターは事故死ということになった」

 若干のいらちを見せるエカチェリーナ。しかし、このやり取りはもはや定番であった。

「次の任務は暗殺だ」

 マリナの手元へ一枚の写真が置かれた。

「レイジー・メホラ、ヒューザ・ファーマ社の上級幹部だ」

「一般市民ですか」

 スミルノフであっても一般市民を暗殺するというのはそう多い話ではない。一般市民の暗殺は基本的に行うものではないのだ。それは人道的問題というよりも、世間の注目を浴びないようにするためだ。マスメディアやインターネット上で話題になるのはよろしくない。

「国家機密へ不正アクセスした疑い。最重要ターゲットだ」

 国家機密と聞いてすぐにマリナは感づいた。

「もしかして〈Q3計画〉ですか?」

「そうさ」


 〈Q3計画〉はロシア軍の量子コンピュータ衛星打ち上げとそれに伴う統合戦術情報共有システム並びに次世代サイバー防衛構想を指す。

 今や量子コンピュータの開発は国防に必須な要素となり、国家間の主戦場はサイバー空間へと移り変わっていった。量子コンピュータが誇る圧倒的な演算能力……従来のスーパーコンピュータは全く歯が立たず、逆にスーパーコンピュータすらハッキングされ、プログラムを改ざんされる始末であった。量子コンピュータを保有しない国はあらゆる企業の情報がつつ抜けとなり、重要な情報は手書きで紙に保存するというアナログ時代へ再突入した。

 そんな中、ロシアでは世界初の量子コンピュータとうさい人工衛星開発計画、通称〈Q3計画〉が進んでいた。人工衛星に搭載された量子コンピュータは物理的攻撃によって破壊されるリスクが限りなく減少し、演算時の放熱も宇宙空間によって冷やされるため、蓄熱を予防できるメリットがあった。事実上、無敵の存在だろう。

 核開発は()()()()()()()だった。

 核兵器も通常兵器も全てコンピュータ制御がからむこの時代、量子コンピュータは全てを手に入れる。核兵器が何千基あろうが、戦車や戦闘機、軍艦がいくらあろうが、量子コンピュータの前では何にも意味をさなかった。


「標的は単身でスウェーデンにいる。現地のエージェントによると国外へ出る予定もないらしいし、比較的楽に終わるだろう」

 しかし、この任務がスミルノフ史上最も過酷な任務に繋がることになろうとは誰も想像できなかった。




〈時刻0347時。スウェーデン、ウプサラ〉

 ヒューザ・ファーマは世界企業連盟に加盟している巨大多国籍企業〝ヒューザ社〟の子会社である。製薬・医療機器を主に扱い、同社の製品は世界でも多く販売展開しているため、ヒューザの名を一度も聞いたことがないという人はほとんどいないだろう。

 近年、ヒューザ社は競合企業であるフィセム社と厳しい市場争いを繰り広げている。両社の競合は経済大国での市場争いだけでなく新規市場を求めアフリカや中東、南米まで広がっていた。北欧でゆいいつスウェーデンに拠点を持っていなかったヒューザ・ファーマはフィセム社の攻勢に対抗するため、新しい工場と倉庫、研究所が建設し、前述のレイジー・メホラは施設のバイオ関連システム管理並びに幹部候補生の育成を本社より任されていた。


「ウプサラ大学、じっくり見学したかった」

 ヨーロッパで最も権威あり、生命科学研究の最高峰でもあるウプサラ大学。

 アーニャは大学を一目見たかったのだが、その願いがここでかなうことはなかった。

『今回は観光じゃないからな』

「分かってますよ。任務が第一」

『レイジーの家はもう間もなくだ。油断するなよ』

 小型のイヤホンマイクから聞こえるエカチェリーナの声。彼女は今回、指示と監視に徹し、現場はマリナとアーニャに任せていた。現場の二人は道を歩きながらその時を心の底で待つ。

 周りには監視カメラもなければ、警察官も他の市民もいない。

 当然だ。

 念のためにいくつか策を講じ、警察はこの場所に少なくとも今来れない。

 

『目標宅の周囲に人影はない。対象は昨晩すいぶんと飲んでいたからぐっすり眠っているはずだ。しかし油断はできない。分かっていると思うが、目撃者は作らず、こんせきも残すな』

「了解」

 マリナが先行し裏口へ回る。

 事前に用意していた合鍵で勝手口を静かに開け、屋内へ侵入した。

「中へ入った」

 マリナとアーニャは服装をできるだけ一般的なものにしつつ、目出し帽とグローブを着用していた。武器は消音器一体型PDWパーソナル・ディフェンス・ウェポンのASY‐1。装弾数は25+1発。

 ただ、ASY‐1はあくまで自衛用であり、今回の暗殺には〝ポロキックス5〟と呼ばれる調合毒薬を使う予定だった。この毒はスミルノフが愛用している暗殺用毒薬の一つ。即効性があるだけでなく、ごく少量で相手を確実に死に至らしめる恐ろしい毒である。加えて体内での代謝が非常に早いため、死体からこの毒を特定することは事実上不可能だった。

「クリア。標的は二階の寝室と思われる」

 マリナは慎重に階段を上がり、二階へ足を踏み入れた。

 人が起きている気配はない。

 アーニャが後方で警戒し、マリナはさらに寝室へと足を進めた。

「ここだ」

 二人は突入位置につき、音を立てないようゆっくりとマリナが扉を開けていく。

 寝室には標的であるレイジー・メホラが気持ちよさそうに寝ていた。

 マリナは腰にある医薬品ポーチからポロキックス5がじゅうてんされた注射器を取り出し、にゅう角度30度で正確に皮下注射を行った。

 シリンジ内のポロキックス5が標的の皮下へ流れ込む。

 そして完全にシリンジ内が空になると注射器を専用の回収ポーチへ。

「投与に問題なし。標的は1時間以内で寝たまま死ぬと思われる。任務完了。これより撤退する」

 と、ここでマリナはあるものが目に入った。

 かばんの上に置かれた資料。

 れいにまとめられており、所々にせんが貼られている。


(これは?)


 それは極秘のいんが押された社内資料だった。

 世界地図に何十もの×印が付けられ、さらにいくつかの地域には矢印を伸ばして、次のようなコメントがしてあった。


〝処理済〟

〝要対処〟

〝問題発生〟


 また地図下の余白には「シェイドに注意せよ。アメリカでの件」との走り書きがある。


(シェイドだと……)


 シェイド(Shade)という言葉に引っ掛かったマリナは携帯端末で資料ページをそれぞれ無音撮影し、最初見た時と寸分も変わらない状態で置き直した。


 マリナとアーニャの二人は誰にも見られることなく、迎えに来たエカチェリーナの車に乗り込んだ。

「隊長、気になる情報を手に入れました」

「ほう」

「シェイドです」

「それはかなり問題だな。まず一般人がその名を知っているはずがない」

 運転席のエカチェリーナは目が鋭くなった。

「シェイド、対価さえ払えば何でもけ負う伝説の賞金稼ぎ。殺し屋の殺し屋、詐欺師の詐欺師、スパイのスパイ。うわさを挙げれば切りがない。オーストラリアの自動車爆弾テロはシェイドの仕業かもしれないな。CIAの依頼でシェイドがフィターの暗殺を行い、用済みとなったシェイドをCIAが裏切ろうとして、返り討ち……なーんて。さすがにもうそうが過ぎるか」

「フィターは何を探っていたのですか?」

 マリナはエカチェリーナに質問した。

「〈ディガンマ・フォース計画〉だ。アメリカ国防省とDARPA(国防高等研究計画局)を中心とした次世代軍隊創設のための極秘計画らしい」

 今や使われなくなってしまったギリシア文字であるディガンマ。数字としては6を表す。

「また変わったことやってますね。カウボーイのバカな妄想はレーガン政権の戦略防衛構想でお腹いっぱいですよ」

 アーニャは外の様子を伺いながらそう言った。

「フィターも結局証拠を掴めなかったしねぇ。具体的な内容の無いダミー計画の可能性もある。ディガンマだけに。だが、ここ10年で軍関係者がアイビーリーグの優秀な学生と接触しているとの報告もあるし、あまの分子生物学者や遺伝子工学者、バイオインフォマティシャンをDARPAが極秘に集めていたとの噂もある。それでフィターが動いていたわけだが……」

 エカチェリーナはルームミラー越しで後ろの車をチラッと見た。

「後ろの車だ」

 それに反応して皆の表情が変わる。

「目撃者?」

 アーニャは万が一に備えASY‐1の弾数を確認していた。

「いや違う。少なくとも現場の周辺にはいなかった。覆面パトか、それとも敵か。後者だろうな」

 エカチェリーナの目に映るメタリックブルーの四駆自動車。

「くそっ!掴まれ!」

 正面からも別の車両が現れ、窓から身を乗り出した男達が銃を構えた。

 そして、無数の弾がこちらに飛来する。

「ちっ!当ててきやがった」

 エカチェリーナはとっさにハンドルを右へ大きく切り、車を歩道へ。

 銃弾を避けるため、車は不規則な動きをしている。

「アーニャ!、マリナ!いくぞ応戦しろ!」

 サイドブレーキを引き、エカチェリーナは車体を急旋回させる。

 揺れる中、アーニャは少しだけ身を窓から乗り出し、ASY‐1で追走してきた車の右前輪を射抜いた。これにより、一台目の車は大きくバランスを失い、勢いよく車道を乗り越えて止まった。

 残るもう一台が迫っていたが、身を乗り出したマリナが正確に助手席と左後部座席を二人射殺。アーニャが右後部座席の敵を始末した。

 これにより、二台目の敵は運転手だけ。

 エカチェリーナは敵車両と衝突しないようすれ違う。

 その一瞬、彼女はいつの間にか左手に握っていた高性能ハンドガンCrF-2800を構え、開いている運転席の窓から敵の運転手を見ることなく射抜いた。

 運転手を失った相手の車は少しふらつきながらも直進し、そのまま歩道で横転。

 時間帯に似合わない派手な音を立ててしまった。

「やば。当たっちったよ」

 銃を足下のガンケースにしまうエカチェリーナ。

「ナイスキル、ボス」

「そんな技術があったんですね」

 アーニャ、マリナはエカチェリーナの神業に驚きを隠せない。

「まぐれさ。狙ってできるわけないだろ?それより……」

「あの連中が何者かってことですよね」

「ああ、そうだ」

 マリナに対し、エカチェリーナは小さくうなづいた。

「少なくともスウェーデンの警察や軍ではなさそうだ。街中でえんりょなくドンパチしたんだからな。死体確認したいが、このまま去るしかあるまい」

 現場からは速やかに去る。

 これは鉄則であり、任務が完了していたためなおさらだった。

「……どこかで車を新調するか。風通しが良過ぎる」



 レイジー・メホラ宅には二台のバンが停まり、一台のバンから四人が降車した。

 彼らはバラクラバで顔を覆い、MK‐24Aカービンライフルを構えている。MK‐24Aには照準器としてスレヴィス社製レッド・ドットサイトが装着されており、アンダーレイルには射撃時の安定性を高めるアングルフォア・グリップ、銃口には発砲時の銃声を抑制するサウンド・サプレッサーが装着されていた。それだけではない。後部グリップは手でしっかり握ることができるよう、標準的なグリップから人間工学に基づいたエルゴノミクス・グリップへ変更されている。

 また、ブレンジエナ社製M3Bプレートキャリアの上にタクティカルベストを着用しており、戦闘服でも彼らは優れた装備を持っていた。

「ターゲットは二階だ。死角に注意しろ」

 なるべく足音を立てないよう彼らは慎重に階段を上る。

 そして寝室の扉を開けた。

 ここまでは良かったのだが、()()()()()()()()()()()

「あなた達、誰よ!」

 ベッドで寝ていたはずのレイジー・メホラが目を覚まし、銃を持った不法侵入者へ震えながら問いかけたのだ。

 しかし、これは想定内の問題であった。結果として何も問題はない。

「もう一度、お休み」

 そういって一人の男がMK‐24Aの引き金を引いた。

 胸にいくつもの穴を開け、レイジーは覚めることのない眠りの中へ沈んでいった。

「ターゲットは始末した。長居は無用。帰るぞ」

 その言葉を合図に武装した者達は再び来た道を引き上げていく。

 障害は何もない。

 そのまま玄関を出ようとした。

 が、ここで三台のパトカーがサイレンを鳴らして到着した。

「サツが来てます」

 部下の一人が報告した。

()()()()がいたと思えば次は警察か」

 二台目のバンからも男の部下は降車しており、銃を構えて警察とたいしている。

 そんな様子を見て警察官が声を上げた。


 ‐全員動くな!武器を捨てて両手を挙げろ!すぐにここは包囲される!お前達は逃げられないぞ!


 事実、今まさに特殊部隊を乗せたと思われる装甲バンが到着し、隊員達が展開していく。

 その光景を見ても男はおじづくことなく、こう言った。


「俺が相手をしよう。お前達、銃を下ろせ」

 彼の部下達は皆地面へ銃を捨て警察に対し、両手を挙げた。


 ‐何を言っているんだ奴は。


 意味が理解できない警察官。

 だが、その意味を理解するにはあまりに遅すぎた。

 男は常人離れした速度で警察官の側へ近寄り、右ストレートで制服警官一人を軽く吹き飛ばし、流れるような動作で左手のナイフを隣の警官のけいを切り裂いた。残った警官と特殊部隊員らが応戦しようとするが、銃弾を全て男は紙一重で回避。跳躍で相手の背後に回り込んだと思うとそのまま隊員を蹴り飛ばし、次々とナイフで警官を殺害していった。

 鮮血が地面と車両をいろどり、死体がまた一つ、また一つと増えていった。

「君で終わりだ」

 最後の特殊部隊員が倒れると彼の部下は再び銃を手にし、何事も無かったかのようにバンへ。

 血で染まったナイフを男は自分の服でぬぐい、さやへ収納した。

 そしてバンへ乗り込む。

「ふむ。改良の余地はあるが、今回の義体は上出来だな」

 男は自身の身体に満足した様子で部下に語った。

「よし車を出せ」

 二台のバンはスミルノフが移動したルートとは違うルートを走行する。

 男は暗号化機能付きの携帯電話を取り出し、誰かを呼び出す。

「俺だ。〝ジョーカー〟だ。すぐにあの三人組を見つけ出せ。そう遠くには行っていないはずだ。ああそうだ。警察は気にしなくていい。できれば国外に出る前にどうにかしろ。俺はスイスに向かうんでな」



 レイジー・メホラの家を襲撃した謎の武装集団は後に警察で大々的に捜査されるのかと思いきや、そうはならなかった。じつ大手マスメディアに取り上げられる事もなく、この事件を取り上げた新聞社もいなかった。

 これはスミルノフにとっても好都合であったが、このことは同時に謎の武装集団はかなり強大な力を持っていることを表していた。

「プランBで行く。ストックホルム・アーランダ空港に向かうのは危険だ」

 エカチェリーナは非常に嫌な予感がしていた。

 レイジー・メホラを狙っていたのは素人ではない。少なくとも二台の車を用意していたところから、襲撃犯は前衛担当の第一班と後衛担当の第二班で構成されていた可能性がある。

「ノルテリエの港から脱出する」

「了解ボス」

 アーニャは周囲への注意を払いつつコンパクトミラーでしょう直し。

 一方、マリナは淡々とASY‐1の手入れを行っていた。

「所属不明のヘリが接近中。10時の方向」

 コンパクトミラーをパチンと閉め、皆にヘリの存在を伝えた。

「警察か?」

「にしては高度が低い気が」

 マリナの言う通り警察ならば高度を保ち、上空からこちらの動きを地上のパトカーに伝えるだろう。問題のヘリは単機だ。高度を少しずつ下げてこちらに近づいてきている。

「はっ。お客さんだ」

 ヘリは大きく右へ動いたかと思えば左後部座席のドアが開き、銃を構えた狙撃手が現れた。

 敵の装備はH22アサルトライフルをマークスマン用に調整したH22M。中距離での精密射撃を得意とするマークスマンライフルはアサルトライフルよりも直進性に優れ、精度が保証されている。アリュエット・ディフェンス・システムズ社製の倍率可変スコープMS8とあわせ、空からスミルノフ三人の命を狙う。


 ダンッ!ダンッ!


「撃ってきた。せっかく車を新調したっていうのにまた風穴を開けられるぞ!二人とも!」

「今やってる!」

「これがなかなか当たらないもんで!」

 スピードを出して揺れている車から、飛んで動くヘリの狙撃手を狙うのはかなり難しい。加えて風の影響も少なからず出ていた。

「おいおい、しっかりしておくれよ。タイヤがバーストするかもしれないんだから」

 だが、いつ車がおしゃかになるのか分からない状況で、エカチェリーナはゆうちょうなことを言っていられなかった。

 ヘリは上昇し旋回。回避行動を取り再び射撃位置につく。

 車は車で速度を調整してフェイントをかけたり、ジグザグっぽく軌道を揺らしたりする。

「奴のリロードタイムで決めろ!そこしかない!」

 アーニャは感覚をましヘリの男を捉えた。

 新しいマガジンへ交換しようとしているところだった。

 時の流れが遅くなり、空間の全てが自分の内へと引き込まれるような感覚。

 極限の集中力を一瞬で発揮し、そこから放たれた弾丸は見事射撃手を射抜いた。

 即死した狙撃手は銃を手にしたままヘリからあっけなく落下していった。

 それに続いてマリナの弾丸がヘリのローター部に命中。機体を不規則に回転させながら黒い煙を上げるヘリ。結果はもちろん地上へ墜落した。

「よくやった二人とも、と言いたいが……次のお客様だ」

 マリナ、アーニャの二人はエカチェリーナが言おうとしていることをすぐに理解した。

「隊長、私達モテモテですね」

「ま、絶世の美人だし」

 二人はマガジンを換えながら耳で飛来音をはっきり捉えていた。

 空に響く独特な回転翼の音。

 その音は遠く小さくも非常に速い。

「そうだなモテモテだ。違いない」

 正体は無人航空機NQ‐3G〝フェンリル〟であった。NQ‐3G〝フェンリル〟は装備を換装することで偵察、対地、対空、輸送といった多種多様な任務を遂行できる多用途無人航空機。


『こちら空中管制指揮官グリーンアイ。ジョーカー、フェンリル〈コヨーテ3〉が攻撃位置についた。指示をう』


 上空に展開中のフェンリル両翼下部には対地攻撃用〝AGM‐523W ブレイズ〟ミサイルを二発ずつ装備していた。


『〈コヨーテ3〉、こちらジョーカー。攻撃を許可する。オーバー』

『こちら〈コヨーテ3〉、了解。フォックス2』


 フェンリルから一発のブレイズ・ミサイルが放たれた。

 その瞬間、まさにその瞬間だった。

 ミサイルは車に目がけて飛んだ。

 そのはずだった。

 しかし、実際は車は無傷で走行を続けており、その様子を離れていくフェンリルの半球カメラがしっかりと捉えていた。


『目標に命中せず。どうやらミサイルを撃ち落したようです』

『相当の腕前のようだ』

『フェンリルは燃料不足のためとう

『しょうがない。地上班に任せるとしよう。死体はきちんと確認したい。追跡チームを送れ。ボスへは俺から報告しておく』

『イエッサー。ブルズアイへ引き継ぎを行います。アウト』



〈時刻0523時。スウェーデン、ノルテリエ〉

 美しいみなとまちノルテリエに不釣り合いな白い大型トレーラーが一台入って来た。

 そのトレーラーは外見から判断しにくいが防弾仕様となっており、車内には両側に座席が並べられている。そこには顔を隠し武装した兵士が出番を待っていた。

『こちら地上戦略指揮官ブルズアイ。地上のスピカ4‐4へ。標的は三名だ。発見次第、始末せよ』

「こちらスピカ4‐4指揮官。死角に注意しろ」

 トレーラーが停車すると最後部の兵士がバックドアを開け、銃を携えて速やかに降車する。

「民間人に構うな」

 彼らは先進的戦術共有システム(Advanced Tactics Link System:ATLS)を内蔵しているスマートゴーグルを着用している。この戦闘用ゴーグルは自動(へん)こう機能、赤外線モード、暗視モード、望遠モードだけでなく、衛星情報から付近のミニマップを自動的に生成、味方の位置まで共有する優れものだった。

 スピカ4‐4と呼ばれる部隊は目標となっている家の正面と裏口の両方から回り込み、逃げ道を塞ぎつつ、慎重にかつじんそくに迫っていく。


 パンッ!


 一発の弾丸が一人のスピカ兵の胸を貫いた。

「エコーがやられた!標的は3ブロック先、一時の方向!二階の左窓だ!」

 道路のはしに隠れ、正面の部隊は狙撃をやり過ごそうとする。

 だが、それはスミルノフの罠だった。

「ん?」

 身を隠したスピカ兵の足下に何かが転がって来た。それはソフトボールほどの大きさをした球状の物体。

「っ!グレネード!」

 スピカ兵が正体に気が付いたたん、それは非情にも爆発したのだった。


 一方、裏口の部隊も問題に直面することになった。


 ギチッ!


 いきなり足が地面に吸い付いたのだ。

「なんだ!これは!」

 足を上げようとすると接着剤のようなものがねばり付き、まともに動くことができなくなっていた。()()()()()()()()()()()()()


 パスッ!パスッ!パスッ!


 消音器によって静かな発砲を実現しているASY‐1。

 スピカ兵はスミルノフの待ち伏せにより、半分の兵を失ってしまったのだった。




〈時刻0517時。スウェーデン、ノルテリエ〉

 ノルテリエのセーフハウスに辿たどり着いたエカチェリーナ、マリナ、アーニャの三人はすぐに追手へ反撃するため、準備に取り掛かった。

 ここにはASY‐1の弾薬だけでなく、VJ‐120スナイパーライフル、BNC‐30アサルトライフルといった銃器、目標追尾型グレネード〝オッドボール〟、ピアノ線、トラバサミ、携帯式モーション・スクランブラー(足音集音機や反響位置解析装置等の妨害)といった各種便利グッズもそろっていた。

「よし全員、モーション・スクランブラーは持っておけ。使えるものは全部使う。ピアノ線もトラバサミもあるぞ。マリナ、こいつを使え。二階から南を見張るんだ。間違いなく奴らは来る」

 エカチェリーナから渡されたのは消音器付きVJ‐120スナイパーライフル。ボルトアクション式のスナイパーライフルで持ち運びを考慮した折り畳み式ストック、ショートバレルを採用している。使用する弾薬は貫通力に定評のある.338ラプア・マグナム弾薬(フルメタルジャケット弾)。

「了解」

「アーニャは一階から裏口を。トラップは敵を引き寄せてから使うように」

「ラジャー、ボス」

「私は外で東と西を見る」

 三人は各々の役割を確認した後、それぞれの持ち場で敵の襲撃に備えた。

 早朝にも関わらずジョギングしている人や出勤を始めている人もいた。つまり、民間人は普通に日常を送っており、彼らはここで非日常的な出来事が起こるなど想像もしていなかった。


「南で動きあり」


 マリナはスコープを通して数人の民間人があわてている姿を見た。驚き方が普通ではなく、逃げるようにして去った者もいた。

『了解した。移動する』

 エカチェリーナはせっこうも兼ねて南へ移動を開始。

「南、接近する敵を視認」

 スコープの倍率を徐々に上げ、こちらに向かってくる敵を捉えた。

 呼吸を止め、手ブレを抑制するマリナ。

 そしてそのままVJ‐120の引き金を引いた。

 放たれた弾丸は重力と湿度、気温の影響を受けて完全な直線軌道とはいかないものの、理想的な弾道を描き、スピカ兵の心臓を貫いた。

「一人やった」

『そのまま敵を動かすな。私が横から突く』


 右手にASY‐1を構えたまま、エカチェリーナは左手の目標追尾型グレネード〝オッドボール〟の起動スイッチを押し、地面へゆっくりと置いた。オッドボールには赤外線センサーと小型目標識別カメラが内蔵されている。オッドボールはカメラが水平面を維持した状態で勢いよく転がっていき、多少のおうとつは難なく乗り越えていく。

 マリナの狙撃を避け、隠れているスピカ兵三名をオッドボールのカメラは捉えていた。

 狙撃に気を取られている彼らの足下へ。

「っ!グレネード!」


『三人始末した』

「北からも来ている。四名」

 一階にいるアーニャは窓の横から少しだけ顔を出し、こちらに向かってくる敵の姿を見つけた。


「トラップまでおよそ3メートル」


 裏口を攻められる事は想定済み。特に戦術的要所にはトラップが用意されていた。北の要所はエポキシ樹脂系の強力な接着剤によるトラップである。

「アンロック」

 地面に敷き詰められているのは簡易的真空容器に保管されたエポキシ樹脂系接着剤。それはアーニャが押したスイッチにより地上にあふれ出し、その直後、スピカ兵はその強力な接着剤へ足を踏み入れた。

「なんだ!これは!」

 身動きが取れない相手を狙うアーニャ。

「ネズミが引っかかった。処分する」

 冷静にASY‐1の引き金を引き、アーニャは四人のスピカ兵を射殺した。


『これであいつらが大人しくあきらめてくれればいいんだけど』


 エカチェリーナは相手が元軍人なのではないかと疑っていた。こういう連中を相手にするのは少々めんどくさい。セオリーが大事なのは違いないのだが、型通りの戦いをしては敵に見透かされる。戦いに勝つには型破りな方法も必要だ。

 じょうせきしゅのバランス、それこそが勝利の方程式を形作っていた。

『上空に敵のUAVを確認した』

 燃料補給を終えたのか、それとも新しい機体なのかは分からない。だが、それは大した問題ではない。無人航空機のフェンリル一機が偵察飛行を行っていた。

『ばっちり私の姿が映っているだろう。これはまずいな』

 エカチェリーナの言う通り、フェンリル〈パンサー3〉の搭載カメラにばっちり捉えられている。


 ‐こちらパンサー3。地上部隊へ敵影を捕捉した。位置情報を確認せよ。

 ‐敵の位置を確認した。


 接近してくる敵をエカチェリーナは感じていた。

 これは死だ。

 歩み寄る死の影。


(正面から二人、左から一人か?)


 とある住宅の庭。道路に沿って草木が植えられているが、別にエカチェリーナはこれらを完全なそうに使うつもりはなく、あくまでおのれりんかくをぼかすための手段として用い、敵兵を各個撃破しようとしていた。

「いたぞ。奴だ」

 スピカ兵二人がツーマンセルでエカチェリーナを銃撃。

 エカチェリーナも低くしゃがみ、即応戦する。

「くそっ。接敵した」

 しゃがみながら移動し、敵の銃弾を避けつつ、左側を警戒する。

「フラッシュバン投擲」

 そう言ってスピカ兵は細い筒状の特殊閃光弾を投げた。


(っ!)


 すぐに投げられたフラッシュバンにエカチェリーナは気付き、すぐにローリングでその場を離れた。そして体勢を直しつつ、銃を構えて来たスピカ兵一人を射抜いた。

 スピカ兵二人はわずかな隙を狙い、素早くエカチェリーナへ近寄る。

「奴は残弾がほとんどないはずだ」

 だが、二人は一瞬顔を出したエカチェリーナによる正確無比な射撃でほぼ同時に頭を貫かれた。それぞれ一発ずつ。


(危なかった……)


 ASY‐1は携行性と隠密性に優れた分、標準マガジンは25発とPDWの中でも少ない。そのため長期戦や連戦には向かず、使いこなすには高い戦況把握能力が求められる。制圧射撃やけん制で無駄弾を使う訳にはいかない。

「マリナ、アーニャ、UAVをどうにかしてくれ」

 空になったマガジンを換え、新しいマガジンをASY‐1に入れた。

 そしてコッキングレバーを引き次弾を装填。

「移動する」

 付近に敵の気配はない。

 にも関わらず、彼女の直感は告げていた。

 まだ敵は来ると。

 それは不幸にも正しかった。

 敵の増援部隊がちょうどこちらに到着したのだ。


「ブルズアイへ。こちらプロキオン2‐2、これよりスピカ4‐4と合流する」

『こちらブルズアイ。了解した』


 プロキオン2‐2は二台の中型トラックに分乗していた。

 一台目はエカチェリーナのほぼ目の前に。

 そして二台目はマリナとアーニャがいるセーフハウスへ突っ込んだ。


「冗談(かん)べんっ!」

 すぐ真ん前で敵車両が停車し、そこから次々と新手が降車してくる。

「敵を視認した」

 れっのごとく放たれる銃弾。

 エカチェリーナは間一髪致命傷は避けることができたが、ひだりほほみぎすねに弾丸がかすめ、くっきりと一筋の血がにじみ出ていた。

「か弱いレディに傷を付けやがって」

 単発射撃で相手をけん制しつつ、よりよい交戦場所を探す。

 しかし上空にいるフェンリルは隠れたり、動いたり、待ち伏せしたりするエカチェリーナを捉えて逃がさない。

「っ!」

 プロキオン兵はさいるいガスグレネードを複数個投げ、エカチェリーナの機動力を奪いにきた。

 こちらの位置情報を常に把握されているのは不利極まりなかった。

 催涙剤の白煙がまだ立ち込めている中、プロキオン兵がしっかりとした足取りで進む。

「油断するな」

 彼らはガスマスクを装着しているため、催涙ガスの影響は受けずにいる。ただ視界がマスクのせいで狭まっていた。

「おかしい。いないぞ。奴はどこだ?」

『そんなはずはない。そこにいるはずだ』

 その時、街路樹の上から銃声。

 サウンド・サプレッサーを介した物静かな発砲音だったが、間違いなく銃声だった。

 パスッ、パスッ、パスッと次々に銃弾が放たれ、前衛を担うプロキオン兵二名を射殺。

「どうした!応答しろ!」

 続いて仲間の異常に気が付いた後衛二名。

 彼らにも瞬く間に複数の銃弾が、命中し、そのまま白煙の中で息を引き取った。

「簡易マスクを持っていて助かった。マリナ、アーニャ、UAVをどうにかしてくれ。このままだと、ゴホッ……目が染みる……私が持たん」

 フルフェイス型のマスクではないため、エカチェリーナは少し目が染みて涙があふれ始めていた。



 ドカッ、ガララッ!


 重く鈍い音が聞こえたと思うと、続けざまに何かが崩れる音が鳴り響いた。

「マリナ、一階リビングに敵!」

 セーフハウスに突っ込んできた一台の中型トラック。

 ガラスは全て防弾強化ガラスであり、車体には耐衝撃コーティングが施され、車体下部は対爆仕様。さらにドアは7.62x51mm NATO弾を防げるだけの防弾性能を有していた。

「分が悪い」

 廊下から射撃しているアーニャはドアに隠れながら撃ってくるプロキオン兵に苦戦していた。

「マリナ、敵は6名。いや嘘。残り5名」

 助手席側の一人を撃ち抜いた。

『位置は?』

「中央から西北西に約1メートルと23センチ」

『了解。援護する。マイクロマインに注意!』

 二階のマリナはアーニャからの情報を元に移動を開始。

 位置を決めると床へ向かってASY‐1をフルオートで撃ちまくる。

 床を貫通したASY‐1の4.6x30mm弾は下の階にいるプロキオン兵へ降り注いだ。

「ぐはっ……」

「うっ……」

 突然、天井から降り注ぐ銃弾の雨にプロキオン兵は為すすべがなかった。

 さらに開いた床へ向けてマリナは小さい円盤状の機雷〝マイクロマイン〟を二つ投げ込んだ。

「っ!」

 気付いた時には既に手遅れ。

 マイクロマインは空中で爆発し、0.1秒もかからず無数の破片を部屋へ放った。

 その結果、銃弾の雨から生き延びていたプロキオン兵も一掃され、アーニャは難なくASY‐1のマガジンを交換することができた。

「ナイスキル、マリナ。助かったわ」

「オールクリア。オールクリア。アーニャ、無事で何より」

 銃を構えながら二階から下りてきたマリナ。彼女は狙撃で使用していたVJ‐120を肩紐(スリング)で保持していた。

 と、ここでエカチェリーナから二人に無線が入る。

『マリナ、アーニャ、UAVをどうにかしてくれ。このままだと、ゴホッ……目が染みる……私が持たん』

 無線の様子から察するに隊長はかなりピンチだ。

「隊長、待っていてください。ヴォジャノーイを準備します」

『なるべく早くしてちょうだい。まだ敵が残っている』

 ヴォジャノーイは対ドローン用携行型自動攻撃レーザーユニットLvR‐02の愛称である。ロシア軍制式レーザー兵器の一つであり、激化するドローン開発競争への対抗策として開発された。

 小型で空を自在に飛び回るUAV(Unmanned Aerial Vehicle, 別称Drone(ドローン))は戦場において非常に厄介な存在だ。何もUAVはフェンリルだけではない。攻撃ヘリや航空機、巡航ミサイルとは異なり、安価で大量に展開できるUAVを効果的に撃墜するため地対空ミサイルや空対空ミサイル、地上防空網システムを用いるのは費用対効果の面でいちじるしく非合理的である。

 そこで各国が目を付けたのが高出力レーザーを照射する対空レーザー兵器であった。これは非現実的な選択ではなく、実に現実的で優れた選択肢である。事実、2014年の時点でアメリカ海軍がレーザー・ウェポン・システム(LaWS)を試作しており、従来の対空システムよりもコスト面で優れた結果を残していた。

「ヴォジャノーイの展開準備よし。アーニャ、援護を」

「分かった」


 ‐こちらパンサー3、地上部隊へ。家の中の二人に動きあり。待て……まずいぞ。ヴォジャノーイだ。


 一人で組み立てを行うことができるヴォジャノーイは地面に設置するタイプの自動迎撃ユニットだ。速やかに上空の状況を読み取り、分析し、標的を割り出す。そして上空に展開中のフェンリルを光の速さで撃墜した。

「隊長、UAVを撃墜」

『よくやった。よし、このまま残敵の掃討を行い、脱出経路を確保するぞ』

「ラジャー、ボス」

「これより残敵を掃討します」

 フェンリルによる位置情報を失い、さらに多くの仲間を失ったスピカ、プロキオン両部隊の勢いは最初の頃に比べて明らかに低下していた。

「こちらマリナ。敵を二人無力化。リロードする」

「いいわよマリナ。私がカバーする」

 マリナとアーニャの二人は敵兵がまとい始めていた恐怖を味方に付け、数的劣勢をものともせずに前進していく。

「隊長、まもなく合流できます」

『おう。待ってるぞ。急げ』


 ‐こちらブルズアイ。スピカ、プロキオンの各員へ。ボスから撤退命令が出た。撤退せよ。任務はソール殿が引き継ぐ。


「……静かになったな。罠か?」

 エカチェリーナは周囲から敵の気配がしなくなったことに気が付いた。

「隊長、遅くなりました」

「ボス、周囲はクリアです」

「二人ともすぐにここから離れるぞ。何だか嫌な予感がする」


「お姉さんたちどこに行くつもり?」


 三人は声の主へ振り向き、素早く銃を構えた。

 こんな状況下で気兼ねなく声をかけてくる民間人がいるはずないのだ。

「何者だ?」

 目の前にいたのは()()()()()()()

 問題なのは三人から銃を向けられても平然としていることだった。

 この子は普通じゃない。

「お姉さんたち、どこのエージェント?レイジー・メホラの家で何をしていたのか詳しく教えてくれない?」

 女の子は両手にSK32Cプロミネンスを持っている。

「おいおい、じょうちゃん。そんなぶっそうなもんをどこで手に入れた?」

 SK32CプロミネンスはSK32をコンパクト化したオートマチック式マグナムで、.357アリュエット・マグナム弾6発をマガジンに収めている。.357アリュエット・マグナム弾は発砲時の発煙が少ないだけでなく、貫通力に優れ、クラスⅢ‐Aボディアーマーも貫通することが可能。

「今質問しているのは私。答える気がないのなら……」

 数秒の沈黙の後、再び女の事が口を開く。

「死ぬしかないね!」

 三人はとっさに回避行動を取り、左右のSK32Cから放たれた弾丸を避けた。

「散開!」

 エカチェリーナは道路沿いの街路樹の裏に、マリナは家の裏へ、アーニャは車の背後へそれぞれ隠れた。次々と放たれる弾丸。それを避けることができたのはまぐれとしかいいようがない。何せ女の子の射撃技量は恐ろしいほど高かった。

「ちっ。素早いね」


(何なんだっ!あの小さな身体でほぼ無反動で安定した射撃……)


 相手がただ者でないことは火を見るよりも明らか。


(おまけに二丁使いだ!イカレてる!)


 だがここで三人はさらに信じられない光景を見た。

 彼女は地面から少しだけ浮いており、地面を滑るように移動する。

「何っ!」

 そのまま謎の幼女は車の後ろへ隠れていたアーニャを狙い、車を飛び越え、そのまま頭上からアーニャに向かって左右同時に引き金を引いた。

「少しは楽しめるみたい」

「なんて奴だ」

 アーニャは右側へ飛び込み、銃弾を避け、すぐさま体勢を立て直し、けん制で軽く弾幕を張った。

「マリナ!アーニャを援護だ!」

 エカチェリーナとマリナは謎の幼女に銃撃を開始。

「フロートシステムの実戦データ収集にもちょうどいい」

 謎の幼女は左右に大きく幅を取りながら、回避機動を描きつつ、さらに大きく宙返りして銃のリロードを行った。

 人間離れした圧倒的な機動力。

「何者だ。あのガキっ!ターミネーターかなにかか」

 過酷な戦場を生き延びてきたエカチェリーナもこんな敵を見たのは生まれて初めてだった。スミルノフはGRU内で歩く殺意だの、絶対零度の心臓だのと言われることもあるが、自分達は至って普通の人間であることを皮肉にも痛感し、同時にこのままこの化物を放っておくわけにはいかないとも感じた。

「フラッシュバン!」

 マリナは倒したスピカ兵から頂いていたフラッシュバンを投げ、敵の目をくらまそうとした。

 だが、相手は銃で爆発前のフラッシュバンを破壊し、逆にマリナへ急襲をかける。

「その命、私にちょうだい」

 謎の幼女の瞳は正確にマリナを捉えていた。

「それはどうかな」

 その瞬間、謎の幼女の表情が驚きへと変わった。

 そして身体のバランスを崩し、そのまま派手にこけていった。

「上手くいったようね」

 ヴォジャノーイだ。マリナはヴォジャノーイを左腕の携帯端末で遠隔操作。民間人や小動物への誤射を防ぐためのセーフティ・レベルを手動で変更し、さらに射角を下げて水平状態へと戻していた。

 ヴォジャノーイは敵味方識別システムによりマリナを標的対象外とし、謎の幼女を標的としてレーザーを照射。光の速さで撃ち抜いた。

「……予想外な方法を思いつくわね人間は」

 だが、謎の幼女は完全にやられたわけではなく、ゆっくりと身体を起こし始めていた。

「あれで起き上がれるなんて……やはりロボットか何かみたいだ」

 さすがにマリナもここまでやって生きている人間がいるはずないと思った。ヴォジャノーイの出力は最大設定にし、加えて標的を無力化するまで連続照射するようにしてあったのだ。


 ファンファンファン……


 遠くから鳴り響いてきたのはパトカーのサイレン。

 ここ一帯の騒ぎにようやく警察が動き出したということだろう。

 普通に考えて遅すぎるのだが、スミルノフの三人にとっては絶好のタイミングだった。

「警察に見つかるのはまずい。プランBに戻って脱出だ。行くぞ」

 エカチェリーナ、マリナ、アーニャの三人は謎の幼女と警察を警戒しつつ、周囲に催涙ガスグレネードを投げてこの場を離れていく。なお、ヴォジャノーイは証拠隠滅も兼ねて遠隔爆破された。

「マリナ、クルーザーを出せ。アーニャはげん警戒。私がげんと後方を見る」

「了解」

「ラジャー、ボス」

 スミルノフの三人は港に用意してあった脱出用の高速クルーザーに乗り込む。

 マリナが操縦席に着き、クルーザーを始動させ、残る二人は周囲の警戒にあたった。

 見たところ追手の姿はない。

 三人は暗殺任務を成功させ、謎の武装集団から生き延びることにも成功したのだった。



 一方、不意を突かれ倒れていた謎の幼女。

 彼女は起き上がるとすぐに銃のリロードを行った。

「じゃま」

 そして引き金を引き、向かいの窓でのぞいていた住人を射殺した。

「こちらソール。ボス、正体不明の三人に逃げられた。多分、あれはCIAでもMI6でもない。モサドか505の可能性が濃厚。増援?いや大丈夫。既に部下は到着しているよ。このまま一通り掃除してから帰る」

 特殊部隊も含めた警察車両が大量に現地に到着。上空には警察のヘリコプターが一機見えた。

 そんな状況でもソールの表情は楽しそうである。

「いいわよ。()()()

 彼女の一声でどこからともなく銃弾が警察官を撃ち抜いていく。

 何もない空間から放たれる弾丸はまるで魔法のようだ。

 警察官らの苦痛と悲鳴のハーモニーを聞きながら、ソールは上空のヘリコプターへ向けて一発の銃弾を放つ。その弾丸は正確にヘリ下部を貫通し、パイロットを仕留めた。

 死の劇場。

 まさにその一言に尽きた。

 目に見えない相手から攻撃をされた警察官はまたたく間に壊滅し、目撃した民間人数名も犠牲になっていた。

「スペード1‐3の皆、ご苦労さま。私達も退却する」

 ソールがそういうと透明マントのようなモノで姿を消していた兵士達が次々と現れた。

 後に第二世代光学迷彩と呼ばれる〈光学迷彩〉によって姿を消していた兵士達はソールとともに回収のヘリ部隊の到着を待ち、ヘリ搭乗後、速やかにノルテリエを去って行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ