プロローグ
中年の男は建物から出て雑踏の中へ溶け込む。男女のカップルの横を通り、男は青になった横断歩道を渡る。太陽がちょうど真上に上り、人々の影は一様にその存在感を薄めていた。日曜日ということもあって、周囲の飲食店には多くの客が入っている。男は少しだけ悩み、右手にあるハンバーガーショップへ足を踏み入れた。店員へハンバーガーとミネラルウォーターを注文すると、店の奥にある壁側の席へ座り、上着の左胸ポケットから手帳を取り出した。と、店員が水の入ったガラスコップを持ち、男の机に置く。喉が渇いていた男はグラスを手に取り、冷えた水を口の中へ。今思うと男は今日、結構な量の水分を摂取していた。例年に比べて夏の日差しが厳しく、熱中症予防を兼ねていた。しかし、まさかその後に自分が死ぬとは夢にも思っていなかっただろう。
年老いた男が二人の護衛に囲まれながらエレベーターを降りた。そして、通路を進み目の前にあるドアを開けた。地上50階というとある高層ビルの会議室。部屋の中には既に四人の男が席に着いている。大きな窓ガラスには全て遮光カーテンが掛けられ、部屋の中が外から見えないようにしてある。この高さで覗き見する人はそうそういないとは思うが。四人の男は年老いた男を見るなり、席を立ち敬意を表した。年老いた男は彼らを座るように促すとともに、自身の席へ着く。その瞬間、年老いた男のこめかみに一発の弾丸が命中した。続けざまに四人の男達にも一発ずつ、正確に。即死だった。後に警察による入念な捜査が行われたが、どこから狙撃されたのかは分からなかった。いや、そもそもこれが外からの狙撃なのかも疑問が持たれた。どうすれば見えない部屋の中の人間のこめかみを射抜けるのか。謎は深まるばかりである。
ビーチで友人と泳ぐ若い女性。眩い日差しの下、このビーチには日焼けを楽しむ者、泳ぐのを楽しむ者、友人と談笑を楽しむ者、様々な人達が各々の楽しみ方で時間を過ごしていた。女性もこの時を楽しみ、夏の海を満喫していた。それは彼女が頻繁に見せる笑顔からも分かる。だが、それは一瞬にして終わりを迎えた。全身に信じられないほどの激痛。この世の者とは思えない悲鳴を上げるとともに、あっけなく水中へその姿を消した。
深く切り込んだ渓谷を有する森林地帯。森林迷彩服を着た二人の男は小銃を構え、慎重に先へ進む。離れた所には複数の古城があり、広々とした緑の眺めが見える。だが、男達は景色に感動することなく森へと足を進める。彼らの獲物は人間だ。野生動物ではない。左手には小川があり、右手には大きな木の幹が横たわっている。男達の首筋や頬を汗が流れ、極限の緊張が彼らの体力と精神力を奪っていった。一秒たりとも油断はできない。これは命を賭けた戦いなのだ。遥か上空からこの一帯を見ると、彼らの仲間と思われる複数の部隊が展開している。一人、また一人と倒れていき、着実に恐怖の空間が醸成されていった。