第三部
この作品は、戯曲形式で書かれていて、しかも途中途中に詩を挟み、ミュージカル(26曲の曲つき)になっています。その為、小説として読むと、読みにくい箇所があるかもしれません。その辺はどうかご了承下さい。
■■■第 3 部■■■
<再び、闇の中で、悪魔達が語る>
**悪魔グレイルメイル嬢**
かくして2つの魂は、
女の霊のモノになったのね?
三流の皿を用意した後は、
そこに傷んだイタヤ貝を乗せた。
焼いてしまえばモンシャウで香る様な
鮮度の無いカム・ムッシェルの
聖ヤコブの丸焼きの出来上がりというわけ?
**悪魔アムドゥスキアス将軍**
そう、全ては悪霊にとって上手くいったのです。
誰の目から見てもね。
だが、悪霊達は見逃していたのですよ。
一つ、計算外な事があったわけです。
**悪魔グレイルメイル嬢**
計算外?
**悪魔アムドゥスキアス将軍**
所謂、劇場における「演出家の屁」というやつで。
神は、いつでも我々の上前をはねる。
そういう事ですよ。
<グローデンフェルト、自分の部屋で神に祈る>
**グローデンフェルト**(独白)
おお!!
毒を盛ろうというのだ!!
愛するティオフィリスに!!
愛するがゆえに!?
共に、楽園に行く為に!?
おお!! なんという罪深さよ!!
私の魂は、もはやすでに地獄のものになったのだ!!
堕ちろ!!この惨めな自尊心よ!
砕け散れ!!臆病な野良犬!
ウルバン! お前には墓すら似つかわしくない。
湿地の死骸に住む肥えた蛆虫達に喰われるがいい!
いっそ、そうしてくれ!
この魂を殺してくれ!
悪霊達は約束してくれた?
おお!! なんという浅ましさだ!!
そうだ!
お前はそれをずっと望んでいたのだ!
望んでいた・・・
ティオよ!!
ああ、どうか、私を
救ってくれ!!
救ってくれ!!
**悪魔ビビコット子爵**
それじゃあ、お祈りというよりは懇願だから
神には届きませんよ。
**グローデンフェルト**
なんだと?
救いを求め、自分の魂の牢獄からの解放を望む。
願わくば、自分の愚かな目が覚める事を。
それが主への祈りではないと言うのか!?
**悪魔ビビコット子爵**
ただ、望んでいる事を叫んでるだけじゃ、
乳飲み子と変わらないじゃない。
そもそも、祈りなんていうのは、
自らの心に本当はその答えがあるものよね?
それが重要な所で、
神はそういうやり方を好むのです。
それを神に感謝するとか、
神の仕業と考えるとかは
私にはどうでもいいけれどね。
だけど、懇願というのは・・・
まぁ、ただの我が儘よね。
自分では全くその気がないのに、
ああ、何とかして欲しいなんて、
他力本願もいい所じゃない?
そういうのは、
たちまち悪霊の叶える願いの範疇になってしまうのです。
キリストとシモンの違いをご存知?
そんな事よりも、早く実行に移さないとね。
もう充分、悩んだじゃない。
一晩悩んで解決しない事はね、
神父様の場合、二晩悩んでも解決しないでしょうよ。
**グローデンフェルト**
自らの心に本当はその答えがあるなんて、
おまえもあの
花売りのような事を言うじゃないか。
**悪魔ビビコット子爵**
誰が言ったって、その程度の事なら同じですよ。
花売りだって、道化だって、その位は知っているのです。
知らないのは聖職者と学者共くらいなものよね。
幸せなんてものが、辞書や聖書に載ってると
信じ込んじゃってるんだから。
<悪霊ビビコット、
グローデンフェルトの持っている
白百合に気がついて指差す>
ああ、それそれ、
その白百合を使わせてもらいましょう。
これに海ウサギの毒を染み込ませれば重畳じゃない。
**グローデンフェルト**
白百合・・・あの花売りの言った事がどうしても気になるのだ。
どうしても、あの言葉の意味がわからないのだ。
あの花売りは言った。
誰の目の前にも、本当は幸せが存在しているのだと。
それに気づく人間と、気づかない人間がいるのだと。
その言葉の意味がわからないうちは、
決意がつかないのだ。
**悪魔ビビコット子爵**
結構な事ね。
その存在している目の前の幸せに気づけないから、
アナタはこんな事になってるって、
そりゃまぁ、気づくべきでしょうね。
さぁ、早く始めましょう。グズグズしないでね。
いい?
幸せが何なのかなんて、
愚かしい問題を考えるのは御免だわ。
だけども、こういう事は言えるってものよ。
壊す事が幸せな者もいれば、
治す事が幸せな者もいるじゃない。
だから隣人を羨ましがるなんて、
そんなのは本当に時間の無駄なのよ。
なぜなら、羨ましいなんて思うその感情こそ、
自分の中にこそあるものであって、
他の誰のものでもないんだから。
どこまで行っても自分しかないんだったら、
結局、自分の中を
もうちょっと真剣に覗いてみた方が
ちょっとはマシなもんが出来上がるってものでしょうよ。
**グローデンフェルト**
だが、我々は外部の世界にこそ、
幸せを求めるのではないだろうか?
神に奇跡を求めるように。
自分一人の限界を感じるからこそ、
人は主に、世界に、祈るのではないか?
**悪魔ビビコット子爵**
何も自分一人で完結させろって言ってるんじゃない。
聖書だとか、友人だとか、恋人だとかに
のぼせあがってさ、
影響を受けるのはどうぞ勝手にしてくださいな。
でも、最後にそれを処理するのは
自分だという事を忘れちゃ駄目なの。
自分の中にあるものを
自分でちゃんと管理するべきよね。
人のせいにするなんて論外ってものじゃない?
**グローデンフェルト**
ああ、だが、
天使に祝福のキスをされなければ、
幸せになれないのが人間だと言うのなら、
結局、人間は自分の周りのものに
振り回されて生きていく生き物なのだ。
だから私は・・・
**悪魔ビビコット子爵**
天使のキス?
そんなものが欲しいのかしら?
あははっ、だったらまず、
天使に愛される人間になる事でしょうね。
そんなものに振り回されているうちは、
絶対に人生で何も成す事はできないでしょうし、
第一、そんな人間に
天使がキスなんかするものですか!!
でも、ダンナにはそれができないから、
そういう殿方はね、
飛んでる天使を捕まえて、
無理矢理キスをすればいいのです。
その手伝いをあたしがしてあげますよ。
さぁ、もう十分でしょう?
その白百合をティオフィリスに渡すだけでいいのよ。
小説の前書きだけが長いんじゃ
読者は満足しないというもの。
ちゃんと中身を見せなくっちゃね。
行動しなくっちゃね。
そして成功した暁には、長い長い道が待っているのよ。
根深い深淵の罪、浅薄なタンゴ、盲目な闇。
だけれど、若くて罪深いお二人には、
愛のドレスさえあれば充分満足なはず。
そう、贅沢なドレスよ。
真っ赤で、嘘八百で、
死んでも放さない執念で編まれている。
<ティオフィリスが、一人、礼拝堂でお祈りをしている。
神父が、海ウサギの毒の入った白百合を持って入ってくる>
**ティオフィリス**
ああ!! マリア様!!
私は世界の調和、永遠の平穏を愛します!!
山の頂の草原で一面に咲く
ライラックの花の美しさ、
春の優しい風の香り、
秋の朝の新鮮な空気を愛します!!
愛する者と共にいる時の温かな時間を愛します!!
お日様の香り、
いつもゆく道での良き出会いを愛します!!
そして、友と別れる時の、あの悲しみをも愛します!!
死が全てと決別させるその運命すらも愛します!!
嬉しい事も、素晴らしい事も、
悲しい事も、切ない事も、苦しい事も、
全てを包容する
愛おしいあなたのこの世界を愛します!!
ああ!! この世界の匂いを愛します!!
私は喜んであなたのその贈り物を受け取ります!!
それが、あなたの望みならば。
ああ、だから・・・
<ティオフィリス、祈りを止め、神父に振り返る>
**ティオフィリス**
ああ!! 私の愛おしい神父様・・・
その花を私が受けとり、
私達が永遠に共にいられるというのなら、
私は喜んでその花を受け取りましょう・・・
それが、神父様の望みならば。
**グローデンフェルト**
!!おお!!ティオ!!
なぜ、それを!?
なぜそれをお前が知っているのだ?
**ティオフィリス**
愛しい神父様!!
私の夢にマリア様が現れ、
こうなる事を伝えたのです。
でも、それは・・・
**グローデンフェルト**
マリア様が!!?
では、主は全てお見通しだったというのか!?
私の悪しき心を!! 悪霊達の企みを!!
**ティオフィリス**
神父様、でも、それは
神様の御意志なのかもしれません。
だけれど、神父様は死んではいけません。
私の分も生きる事ができるのですから。
私よりも・・・
多くの時間を与えられているのですから。
**グローデンフェルト**
ティオ!!
一体、何を言っているのだ!?
**ティオフィリス**
ああ、愛おしい神父様!!
私は死の病にとりつかれているのです!!
ずっと前から。
もう、長くはないのです。
死は、悪霊よりも先に
私の魂を連れて行ってしまうでしょう!!
ああ、そうなる前に、
私はアナタと共に地獄に堕ちる事ができたら、
どんなにか幸せでしょう!!
例え、それが光の届かない夜の世界でも!!
**悪魔ビビコット子爵**
そいつは初耳だ!
**グローデンフェルト**
馬鹿な!?
**ティオフィリス**
本当なのです、神父様。
ああ、とっても残念だけれども。
私は幼い頃より、
死の病にかかっているのです。
誰にも打ち明けていませんでしたが。
アナタにお別れを言わなくてはならない。
それだけが、辛い。
**グローデンフェルト**
そんな・・・
まさか!?
<グローデンフェルト、
よろめいて白百合を落とす>
なぜ、お前が死の病に!?
誰よりも祝福され、主の愛を受けているお前が!?
この世の全ての祝福を受けているお前が!?
ああ!! 信じる事ができない!!
**ティオフィリス**
祝福など受けておりません。
親に捨てられ、
愛も知らずに育った呪われた身です。
魔女の暖炉にも関わり、
好き放題に生き、
ある日、裏切られ、教会に拾われた。
神父様、それでもこの世で、
天使を見る人がいるというのなら、
その天使は背負わなければならないのです。
その自分の悲しみも醜さも全て。
それは見事な事ですが、同時に孤独な事です。
聖者を十字架にかけ、祀り上げても、
その者の孤独は癒されない。
**グローデンフェルト**
では、一人、
お前はその闇を抱えていたというのか?
私はそんな事にも
気づいていなかったというのか?
ああ、こんな、馬鹿な事があっていいのか!?
おお、魔女カニディアよ!!
おお、地獄の娘よ!! 屍の女よ!!
お前達はそんな事にも
気づいていなかったのだ!!
**ティオフィリス**
これは貴方のせいではありません。
**悪魔ビビコット子爵**
勿論、私のせいでもありません!
**グローデンフェルト**
おお、主よ!!
地獄に堕ちるのは私だけの筈だったのだ・・!!
こんな筈ではないのだ!!
罪のない魂を地獄に連れて行こうとした
これが、私の罪なのか?
**ティオフィリス**
神父様・・・。
これが道なのです。
私達の道。
**グローデンフェルト**
いいや!!いつだって道など見えぬ!
何にも見えない、闇の、その先で、
悪魔達が、いつだって笑っている!
<グローデンフェルト、
膝から崩れ落ちる・・>
<ティオフィリス、歌う。
それに合わせて、
グローデンフェルトも歌っていく>
**ティオフィリス**
なぜ、私だけが?
**グローデンフェルト**
なぜ、自分だけがこんな目に?
**ティオフィリス**
なぜ、私は捨てられたのか?
**グローデンフェルト**
なぜ、自分だけが背負うのか?
**ティオフィリス**
なぜ、いつまでも
街灯がないのか?
**ティオフィリスとグローデンフェルト**
ずっと暗闇だ。
魂が痛い。
喉が痛い。
もう休みたい・・・
**ティオフィリス**
もう死を迎えたい・・・
でも、
**ティオフィリスとグローデンフェルト**
アナタの行く末は見たい・・
**グローデンフェルト**
そうだ。
例え己の魂が底の無い
闇に沈んでいくものだとしても。
お前だけは・・
**ティオフィリス**
アナタだけは・・
**ティオフィリスとグローデンフェルト**
救われてほしい。
**ティオフィリス**
だから、くだらない事に
時間を費やしてはいられないんだ。
**グローデンフェルト**
ああ、だが、
それすらも、気づかずに・・・
<グローデンフェルト、一人、礼拝堂の外へ出ていく>
<場面は変わって、
広場で一人たたずむグローデンフェルト。
グローデンフェルト、歌いだす>
**グローデンフェルト**
誰よりも祝福され、
主の愛を受けたお前を羨んでいたのだ!
その裏のお前の悲しみも気づかずに。
ずっと自分の闇にとり憑かれ。
悪霊は何もわかっていないのだろう。
自分の闇にとり憑かれ、
与えられた主の恩恵も、
自分の輝きも。
誰よりも祝福され、主の愛を受けたお前が
今、死の病にとり憑かれ、
重い影を背負っている。
悪霊は何もわかっていなかったのだ!
何も見えていないのだ。
愚かな楽園に目がくらみ、
自分のいる場所が何処なのかも。
おお、許してくれ!!ティオフィリス!!
人は誰しも救いを求め、
主に縋って祈るだけなのだ!
愛を求めて祈るだけなのだ!
<グローデンフェルトを追ってきたティオフィリスが登場。
嘆いているグローデンフェルトの手をとる>
**ティオフィリス**
ああ、愛おしい神父様!!
私の友人!!
私の恋人!!
ああ!! 死が近づく者にはわかるのです。
冬になると枯れてしまう花のように、
死が私達を引き離しても、
私達は同じ場所にいて、
きっとまた同じ場所で出会うという事を!!
だから、それは悲しい事ではないのです。
聞こえるでしょう?
天使達の歌声が!!
栄光の賛美の歌が!!
神父様は、私に色々な事を教えて下さいました。
でも、今は私の方が一つだけ
知っている事があるのです。
**グローデンフェルト**
おお、ティオ!!
これが、悲しまずにいられようか!?
なんという悲劇なのだ!!
私は今日、唯一信じていた
この世界に裏切られたのかもしれぬ。
善なる者が死に、
醜悪な悪党が生き残るというのなら、
この世に救いは無いというの事なのか!?
**ティオフィリス**
ああ、愛しい神父様!!
残念ながら時間がないのです。
だから聞いてほしい。
悪霊達の囁きすら、
時として神様のお導きなのかもしれません。
その全てが。
世界はあるがままに、
ただ私達を受け入れるだけなのかもしれないと。
孤独も、罪も、闇すらも!!
主は、御心のままに。
世界はあるがままに。
私達を包み込んでくれるのだと。
だから、誓って下さいますか?神父様。
私の為に!!
**グローデンフェルト**
ああ、ティオ!!
私はもう何も信じる事ができない。
聖書の言葉すら!
だが、誓うとも!!
お前が望むのなら、どんな事でも!!
神は信じれずともお前の言葉なら!
**ティオフィリス**
時として、ただ信じ、迷い、
生きる事そのものが信仰なのだと!!
神に仕える事なのです。
そうですね。
例え、悪魔の誘惑に負けたとしても、
例え、惨めな泥棒の生き方をしたとしても、
もっと大きな悪徳に身を染めてしまったとしても、
それでも良いのです。
それでも、信仰とはそこにあります。
我々は神に仕えている。
それを信じて下さい。
**グローデンフェルト**
馬鹿な!?
悪徳に身を染めても、
それでも我々は神に仕えられると言うのか!?
そんな事は・・・
**ティオフィリス**
そもそも悪を定義するのは人です。
**グローデンフェルト**
それでは悪霊の言っている事と同じだ!
**ティオフィリス**
そうです。
でも、悪霊も大きな意味では嘘はつきません。
嘘をつける位なら、
彼らはもっと上手くやれているでしょう。
それに、嘘をつく必要すらなかった。
アナタは自分で自分を苦しめていた。
**グローデンフェルト**
私には・・・
**ティオフィリス**
アナタの罪を許してないのは、
アナタ自身なのです。
**グローデンフェルト**
しかし、トマス神学では・・・
**ティオフィリス**
それです。
その神学が私達の邪魔をしているのです。
我々、神の子の魂全ての。
どんなに広大で尤もらしい
理論体系を作り上げたしても、
それを書いた者が人間である以上、
それは人間のものなのです。
神の言葉ではない。
いつだって世界によって、
それらは変容するではないですか!
**グローデンフェルト**
では、お前は教会の教えは
間違っていると言うのか?
神学は必要ないと?
**ティオフィリス**
いいえ、私達には教会が必要です。
特に神学は神の言葉なのですから。
**グローデンフェルト**
なんと!
私は悲しみの余り、
白痴になってしまったのか?
私にはわからない。
お前は矛盾しているではないか、それは・・・
**ティオフィリス**
その教会の教えや、神学を見て、
私達はそこに人間を見つけなければいけません。
そして考える。
**グローデンフェルト**
考える?
神学を見て、神学以外の事を?
**ティオフィリス**
考えるのです。その矛盾を。その美しさを。
そして真実を見失う。
**グローデンフェルト**
何と、真実を見失う事が信仰だと?
そんな馬鹿な事があるか?
見失わない為に、我々は教会を作ったのだ!
それは闇に灯された神の導きの光だ。
**ティオフィリス**
でも、教会には人間がいるのです。
困った事に、その中でも偉大な大司教様達は
迷う事を、とうの昔に忘れてしまった。
それが一番の問題です。
そもそも、もしも、答えがわかっているのなら、
神学にその全てが記されているのなら、
信仰などいらないのです。
でも、信仰は必要です。私達には。
考える事。
それが正しい事なのか迷い、悩む事。
すなわち、それが信仰だからです。
神学には正しい事など
書かれていないかもしれない。
でも、それこそが神様からの言葉です。
だから神学は神様の言葉なのです。
神学だけではない。
この世界全てが神様の言葉なのです。
迷え・・・という言葉です。
そして迷わなくなる事、
それが悪霊の望みであり、願いです。
迷いがない事は悪徳なのです。
**グローデンフェルト**
おお!!
だとしたら、それは・・・あまりに・・・あまりに・・・
残酷ではないか!?
**ティオフィリス**
残酷だからこそ信仰が試されるのです。
十字架にかけられるのは何もイエス様だけではない。
私達は何度も何度も十字架にかけられ、
騙され、道を隠される。
魂を八つ裂きにされる。
愛する人を失い、自分が愛されない事を知る。
神にすら。
目の前に見えている道を進むのは、
悪霊や信仰の無い者です。
私達は見えている道を疑い、
見えない道を見つけなければいけない。
なぜなら、
見えている道を進むのは簡単だからです。
道に沿ってただ歩けばいい。
痛みや苦しみも置き去りにして。
それら犠牲を全て道のせいにして進めばいい。
自分が罪人ではない、と自覚できる。
それが楽な道です。
でも、自分が罪人ではないと自覚する者は、
最も大きい罪を背負った罪人です。
笑いながらイエスを十字架にかけるからです。
笑いながら自分より賢い者に唾を吐くからです。
皆、勘違いをしている。
結果が信仰なのではない。
苦しみが信仰なのです。
人を殺す事が罪なのではない。
人を殺した事に気づかない事が罪なのです。
だから、私達は
何も答えが与えられない世界に生まれた。
そして試される・・・
**グローデンフェルト**
信仰を・・・
**ティオフィリス**
そうです。信仰を。
**グローデンフェルト**
では、信仰とは・・
生きる事なのか?
**ティオフィリス**
生きて、迷って、
そして、いつまでも自分でいる事です。
自分でなければ、迷えませんからね。
つまりそれは自分を認める事でもある。
神父様は私が好きですか?
**グローデンフェルト**
おお!! ティオ!!
私はお前を愛している・・・
だが、それもわからなくなった。
私は自分の為に、お前を殺そうとした!
**ティオフィリス**
では、それを考え続けて下さい。
憶えて下さっているうちは。
私を愛す自分が罪人なのか?
私はむしろそれこそが・・・
**グローデンフェルト**
お前は、私を許すというのか?
**ティオフィリス**
許すも何も、望んだ事だったのです。
こうして話ができる事が。
アナタが私の言葉に耳を傾ける事。
それにはアナタが一度、
信仰から離れる必要があったのでしょう。
こればかりは、神様の力を借りなければ
できない事でした。
神父様。
私達の世界は、悪霊よりも手強く、
頑固なのです。
**グローデンフェルト**
お前は、本当に・・・
ティオなのか?
**ティオフィリス**
ふふ・・・。
確かに、今の私はティオではないかもしれませんね?
少なくとも、神父様の知ってる
ティオフィリスではないですね。
あなたの中のティオフィリスは、
もっと純粋で無垢な存在だったでしょう?
マリア様が私の口を使い、
神父様に伝えたのかもしれません。
**グローデンフェルト**
いや・・・
違う・・・
お前はティオだ。
私は・・・
本当に何も見えていなかったのだ。
信仰の事も、お前の事も・・。
<ティオフィリス、芝居がかった動きで
客席に向かって、大げさに>
**ティオフィリス**
色恋の事に関しましては・・・
そこに誰も罪人などいないのではないでしょうか?
あるいは誰もが罪人なのか?
アナタも企み、私も企んだ。
悪霊も、そして神様も。
だけど上前を撥ねれた奴は、
誰もいなかったのでございます。
<ティオフィリスが礼拝堂を去った後、
グローデンフェルトが
礼拝堂で、一人祈る>
**グローデンフェルト**
主よ、私は罪人です。
決して、楽園へは行けぬ者。
もがき苦しむ、この醜い心を持って、
地獄に落ちる運命なのだ!
だが、決して
魂を悪魔共に売り渡すつもりはないのです。
おお、主よ!! 私に正し裁きを!!
そして、ティオ。
愛しきお前はきっと一人楽園へ行くのだ。
誰も、辿り着けなかった楽園に。
<グローデンフェルト、
歌い出す>
**グローデンフェルト**
おお 美しい我が恋人よ、
楽園の夢を見よう。
そこでは誰もが魂の平穏を得、
麦畑の中で夢を見るのだ。
ずっと夢見ていたのだ。
主の王国に辿り着く事を。
暖をとる火がともされ、
孤独な闇夜が照らされることを。
天使はやがていつか皆の剣を落とし、
自分を傷つけた敵にさえ手を差し出すだろう。
悪霊の誘惑も払いのけ、
真の自由を勝ち得るだろう。
美しい誇りだけをたずさえて、
誰もが、本当はわかっていたのだろうか?
魂の自由な場所への道を、
楽園への道を。
おお 美しいティオフィリス!!
私は楽園へは辿り着けないだろう!
いつかお前がそこにいたら笑っていてほしい。
愛されるべき魂の
神の子よ・・・
おお、主よ!!
私は信仰を捨て、ただ一人地獄へ!
おお、罪なき青年を誰も辿り着けぬ美しい場所へ!!
おお、主よ!! お聞き下さい!!
私は罪を受けれ入れ、あるがままの道へ!
全てを受け入れ地獄へ!!
<再び、闇の中、悪魔達があらわれる>
**悪魔グレイルメイル嬢**
なるほど。
あの男は、地獄に落ちる決心をした。
それでは私達には手が出せない、喰らえない。
そんな魂は具合が悪いもの。
**悪魔アムドゥスキアス将軍**
そう、悪霊達は失敗したのです。
地獄を恐れない者を、
どうやって
恐ろしい地獄に連れて行けばいいというのでしょう?
そう、まんまと神にしてやられたのですよ。
いやいや全く、
忌々しいほどに素晴らしい手際でね!!
<グローデンフェルトは神に祈り、
その後ろに悪霊達があらわれる>
**悪霊**
ありえない!!
**墓場犬**
計算外!!
**罪人の魂**
こんなバカな!?
**ウジ虫達**
口惜しい!!
**悪霊達**
神父 我の王国を拒むのか?
偽りなきその真実の魂で、
一人孤独の闇に立ち向かう。
**グローデンフェルト**
もう迷いはない!!
悪霊よ、己の小屋に戻るがいい!
**グローデンフェルトと(悪魔ビビコット子爵)**
共に地獄の褥に帰るのだ(これも神の仕業か!?なんて口惜しい!!)
去れ闇よ!!孤独よ!!悲しき罪よ!!(奇跡など信じない我らが父よ)
あるべき場所に消えてゆけ(今夜はご馳走にありつけぬ)
**グローデンフェルト**
楽園では誰もが皆、手を取り合い唄いあう。
私は天におわします父を愛し、
誇り高きこの魂を捧げよう!
拭いされぬこの罪を受けとめて!
暗闇には悪霊が! 子の心には暗闇が!
だが、何を恐れる事があろうか?
美しい幼子の歌声に、
あらゆる暗闇は贖えぬ!!
**魔王**
おお、娘よ!!
その男の魂は諦めよう。
主に恋する男など、奴にくれてやるさ。
俺達は地獄の永遠の子供。
時間はいくらでも余ってるぜ!!
**悪魔ビビコット子爵と悪霊達**
げに恐ろしきは我が主人!!
げに恐ろしきは人の心!!
地獄に返ればまた折檻だ。
闇に闇が、また向こうにまた闇が!
おお!!いつまでも、いつまでも、救われぬ!!
**グローデンフェルトと(悪魔ビビコット子爵)**
おお、私は告白しよう (罪は宝石のよう)
主に告白しよう (仕立て屋がちょろまかす)
私のパンか、私の罪か? (せいぜい 父とやらにすがる事だな)
いつか貴方のお側にまいる時 (お互い明日の見えぬ身さ!)
いつしか罪は許され愛されよう (いつしか罪は許され愛されよう)
**悪魔ビビコット子爵と悪霊達**
この世で俺達が、最も恐れるのは、
教会すら捨て去る恐いもの知らず。
楽園を信じない者達は、
地獄の底にも落ちはせぬ!!
**悪魔ビビコット子爵**
あははは。
それならば、勝手にすればいいんだわ!!
自分の中にこそ、救いを見つけたというのなら、
それはそれで結構な事じゃないか!!
せいぜい迷わないようにする事だね、神父様。
<悪魔が、暗闇の中で神に語りかける>
**悪魔アムドゥスキアス将軍**
全く・・・人間というのは難儀な生き物だ。
魂の罪悪感に縛られて、
いつだって自ら地獄に落ちるのです。
本当は我々など、
その魂に触れる事もできないというのに。
<場面変わって、
ティオフィリスの部屋>
<ティオフィリスが一人、ベッドに腰かけていると、
そこに悪霊の影だけが映って並ぶ。
(姿は見えない)>
**ティオフィリス**
来たね。
蠅の娘。地獄の霊。成り上がろうとする者。
お前達は死体だ。
だから生者を笑っていられる。
死の秘密を知っているから、
この世のルールに縛られる事もない。
だが、その薄暗い棺からは決して出れないし、
誰の秘密も知っちゃいない。
**悪魔ビビコット子爵**
言いたい放題言ってくれますね。
あのですね・・・
ああ、こんな事を聞くのも
野暮ってものかもしれませんがね?
しかし、こうなっちゃあ、
聞くしかないのでしょうよ。
私は所詮、道化者ですからねぇ・・
どうも、よくわからない。
アナタは聖母マリア様ですか?
**ティオフィリス**
えへへ・・
いいえ、とんでもない。
私はただの病人。
そして罪人。
**悪魔ビビコット子爵**
だけどアンタは
こうなる事がわかってた。
**ティオフィリス**
そうかもね。
**悪魔ビビコット子爵**
全く、一番の曲者じゃないか?
まさか、アンタなんかに
してやられるとは思わなかった。
病人とはね!!
これも神の計略というやつか?
**ティオフィリス**
ふふ、お前までそんな
聖職者の様な事を言うのでないよ。
そんな大それたものじゃない。
私は病人だった。ただそれだけ。
だけど、それがお前達を退ける・・・
**悪魔ビビコット子爵**
イカれた奴に悪霊は寄って来ないものよ。
だって、そいつは悪霊そのものだものな。
まさか、アンタはわざと死を選んだ?
あの男を守る為に?
**ティオフィリス**
いいえ・・・
願わくば私だって、
あの人といつまでも一緒にいたかった。
ねぇ、女の姿をした悪霊。
あの人もいつかわかる時が来るだろうか?
**悪魔ビビコット子爵**
お前が何を言ってるか、
あたいには見当もつかない・・・
**ティオフィリス**
ふふ、とぼけるんじゃないよ。
お前はなぜ女の姿をしている?
悪霊に性別はないというのに。
それでもお前は、女の姿で人の前に現れるんだ。
男にはわからないから。
男達は世界の全てを支配したけれど、
その代わり、世界の半分の事がわからなくなった。
だからお前らは女の姿で現れる。
真理を語る者として。
あるいはキリストの裏をかく者として。
聖職者の男達にはわからない
世界の半分の事を語る為に。
**悪魔ビビコット子爵**
だけど、お前も男さ。
随分、御託を並べて、キーキー踊るのが好きみたいだが、
それで、衆道の罪から逃れられると?
どんなに言い逃れようと、お前は男なんだ。
**ティオフィリス**
そう、だけど私は病人だった。
だからお前達に勝てた。
世界を捨てた者だから。
だからキリストも、テレジアも死んでいく。
堕ちた者しか語れない言葉があるから、
その必要があった。
お前達も、だから地獄にいるのだろう?
地獄という最底辺でお前達は人間を笑うのだ。
世界を捨てられないその欲望を笑い、
生きようとする背徳を利用する。
**悪魔ビビコット子爵**
なら、そう言うお前は神の使いか?
お前ならそれが許されると?
天使きどりな事だ。
**ティオフィリス**
あははは。まさか!!
私はただの人間。
あの人と同じ、ただの人間だよ。
あの人はいつかわかるだろうか?
目の前にいる他人は、自分なのだと。
女は男なのだと。男は女なのだと。
私は彼なのだと。
他人とは鏡に映った自分。
だけど鏡は逆に映るから、歪んでいるから、
自分だとは気づかない。
そして、誤解する。嫉妬する。夢を見る。
恋をする。
自分を見つめながら、
そこに自分が永遠になれない天使の姿を見るんだ。
素敵だろう?
だけど、それは自分なんだ。
どんなに幻想を見ても、
憎しみを持ち、罪を持ち、汚さを持つ自分なんだ。
私達はそれがわからないから、この世を生きれる。
他人という自分を見て、この世を彷徨う。
本当は悪霊なんて存在しないんだ。
だけど人間の魂はそれを見る。
それもまた鏡だ。
ただし割れて歪んだ鏡だね。
お前達は、存在する者であり、存在しない者。
人が悪霊と対話をする時、
それは仄暗い自分自身と
対話しているだけなんだものな。
普段の自分が、知っていながら否定して、
見ない様にしている真実とね。
<悪霊の影は消えている>
さようなら。地獄の霊よ。
あの人は、まだお前を見るだろう。
そして会話を続けるのだろう。
自分との。
だけど、いつか・・・・
いつかわかる時が来る。
そしてまた神の国で
私達は会えるんじゃないだろうか?
そればかりは、私にもわからない事だけどね。
そうだ・・だって、
幼い頃に、神父様、
アナタに聞いた言葉なんだ。
私はその言葉はずっと
マリア様に教えていただいた言葉だと思っていた。
いや、実際そうなのかもしれない。
だけど、そういうものでしょう?
この世界が語る言葉は、
神様、貴方の語る言葉なのだから。
その中の一つ一つを、
私達は迷いながら好き勝手に選んで繋げていく。
形の無い世界から、
私達の心は意味のあるものを作り出す。
長い悪夢の後には、ゆるやかで、
優しい午後の時間が流れるのですから・・
そうか、神父様。
つまりそれが私達の望む天国の事だね。
■■■ 幕 間 劇 ■■■
<場面変わって、町の中。>
<盗人、黒檀業者、ジプシー女の
三人の小悪党が登場する。
一人ずつ歌い出す。>
**盗賊**
盗人のおいらには裁けない。
何が罪で、誰を責めればいいのか?
ただ生きて、ただ毎日、飯食うだけでは
楽園への道は見えない。
心の底から神様にお祈りできる様に、
地の底でも、地獄の底でもいい。
最も下等な者達のいる土地でおいらは祈る!!
愛されたくて、
愛されたくて、おいらは祈る。
**キリスト教徒達**
私は罪人です。
**盗賊**
その傷を誰もが癒えない。
救われない者こそが
本当は救いを求めてる。
懺悔なんてしないさ。
生きるだけで必死だから。
でも、
盗人でも、主の国へ続く道を探してる。
おいらでも読める聖書を探してる。
*************************
本当は愛される者になりたかった!!
神様においらだって愛されたかった!!
主よ、あなたの主催する祝宴に、
招かれる者になりたかった。
おいらも神様と仕事をしたかった。
もっと綺麗な自分になれるはずだった。
だけれど生きていれば
身体は傷だらけ!!
いつの間にかこの手は泥だらけ!!
誰もが願ってる、幸せを!
救われたいと夢を見て!
楽園のベットを夢見ながら、
今日も地上で目を覚ます。
*************************
2
**黒檀業者**
人買いの俺には、わからねぇ。
主の国へ続く道なんて、
ずっと見えない。
選ぶなんて事、できやしない。
それが人生っていうもんだ。
良い奴になんてなれるわけねぇ!
人間はほとんどが落ちこぼれだ。
だから、最も下等な者達のいる土地で
俺は暮らすのさ。
愛を知らなくて、
知りたくもなくて、でも何か探しながら。
神よ、見てるのならば、
教えてもらいたいもんだ。
子供の頃、泣いていた俺は、
何を欲しがっていたのか?
俺は地獄行だけど、
きっと地獄でも探すのだろう。
でも、
救われない者でも、救われる道を探してる。
子供の頃、探していた天国を今も探してる。
3
**魔女ポリリャ・デ・クルパ**
イカサマ師のあたいにはわからない。
何が綺麗で、何が美徳なのか。
祈って、ラテン語できどっていても、
ジプシーは幸せにゃなれない。
誠実も本当の事も大嫌い!!
あたいにはこいつらだけが相棒だ。
弱い者が集まって、それでも
こっそりあたいは祈る。
幸せが欲しくて、
満たされたくて、あたいは祈る。
**うち捨てられたキリスト像**
私は追放者です。
**魔女ポリリャ・デ・クルパ**
その傷は誰だって癒えない。
あたいは悪い奴だけれど、
本当は涙、流してる。
後悔なんてしないさ。
生きる事はそういう事だから。
でも、
それでも主の国へ続く道を探してる。
あたいでもいい子だねと
言ってくれる王国を夢見てる。
*************************
**黒檀業者** **魔女ポリリャ・デ・クルパ**
罪人も楽園に行きたかった!!
誰よりも本当は行きたかった!!
主よ、あなたの主催する祝宴に、
招かれる者になりたかった。
ソプラノで天使のように歌を歌い、
愛とメダイだけで生きるわけにはいかないさ。
だって、生きていれば
心は傷だらけ!!
この痛みは? この苦しみは? 悲しみは?
それでも願う、幸せを!
救われたいと夢を見る!
楽園のベットを夢見ながら、
今日も地上で目を覚ます。
*************************
*************************
**全員**
愚かな者に憐れみを!!
悲しみに、病に、花束を!!
救われたいと願いながら、
罪を犯す子羊に、主よ、愛を!!
永遠に彷徨う事が罰なのか?
孤独に涙流す運命なのか?
いいえ、どんな悪党でも、本当は
幸せになれるはずなんだ!!
人を憎み、愛し、求める毎日を、
繰り返し私達は主の元へ!
いつか私達は出会うのか?
主の楽園で。
*************************
*************************
本当は愛される者になりたかった!!
神様に誰だって愛されたかった!!
主よ、あなたの主催する祝宴に、
招かれる者になりたかった!!
失う事すら愛ならば!
得ない事すら喜劇ならば!
そう、生きていれば
身体は傷だらけ!!
それでも、それが
素晴らしき人生と!!
傷つき、泣きわめき、
凍え、彷徨い、
ふと立ち止まって振り返る。
その歩いた道を想う、その場所を
楽園と言うのだから。
*************************
■「第23番 神学論における、
ならず者および愚者達の信仰と魂の救いについて」より
(ユーチューブで「墓の魚 悪霊グレイルメイル嬢と愉快な友人達・第23番」
と検索すると聴けます)■
■■■ 終 幕 ■■■
<60年後、
ドイツの片田舎の村の小さな民家の中に
十字架のかかった小さな木のオルガンが置いてある。
歳をとったグローデンフェルトが、
オルガンを演奏しようと、腰かける。
悪魔が、神父に話し掛ける>
**グローデンフェルト**
あれ以来、私にとり憑き、
片時も離れずに、
私の魂を狙っている悪魔よ。
**悪魔ビビコット子爵**
あはっ、
あんたが寂しさと孤独のあまり、
その魂を差し出すのを待っていたんだけどねぇ。
どうやら、時間切れのようだ。
<グローデンフェルト、苦笑して>
**グローデンフェルト**
私の時間がね。
**悪魔ビビコット子爵**
全く、忌々しい魂だった。
アンタの魂は。
孤独は誰にでも訪れる日の下の影のようなもの。
だけどアンタの人生は実に孤独だった!
**グローデンフェルト**
そうでもないさ。
いや、あるいはそうなのかもしれん。
だけど、常に信仰と歩いてきた。
それは神が傍にいるという事だよ。
**悪魔ビビコット子爵**
・・・・
では聞こうか?神父。
**グローデンフェルト**
ふふ・・・。
まるで、結婚式の宣誓文を言う牧師だな。お前。
まぁ、ある意味、そうなのか?
人生の最後に人は
そうした誓いをするのではないか?
人知れず、己の魂に問われ、
己の魂に問いかけるのではないか?
どれだけの死があっただろう?
どれだけの時間が死んだ?
若い頃の過ち、青春・・
どれだけ望もうと帰る事ができなかった時間。
ティオ!!
**悪魔ビビコット子爵**
その名を呼ぶな。
ああいう奴は、何処かで
それなりの車輪を動かしているんでしょうよ。
アンタは死が恐くないの?
**グローデンフェルト**
恐いさ!!恐ろしいさ!!
だが・・・ティオはね、
幸せだったのだよ。
若くして、その白き棺に入る者も、
永遠に生きる者も同じだ。
見たまえ!!
この世界はここにあり、
皆、ここで自分ができる事をするだけなのだ!!
誰もが!!
与えられた時間が限りあるモノで、
例え、孤独が病のように付き纏い、
その体が、心が、
永遠に呪われていたとしても!!
そして、自分の中の小さな祈りの中に、
主の祝福の光を見出せる者は幸いだ。
どんなに暗い地下牢に生きる者でも、
聖歌隊の姿すら、
そこには見えるだろう!!
**悪魔ビビコット子爵**
さぁ、神父様。
そろそろお別れだ。
残念ながら、あんたの御迎えは、
私の愉快な友人達じゃないけど。
<天上より天使達が舞い降りる。
ティオフィリスも、
その他の者達も全員そこにいる>
**天使達**
讃えましょう、主の国を
歌いましょう、栄光の讃歌
罪は永遠に許され、ゆりかごでの静かな目覚めを
神の子イエスは諸人の罪を背負い給う
親のない子羊に愛を
暗闇で泣く者に手を
羊飼いは羊の子らを愛し
牛飼いは牛の子らを愛す
主は世界を愛し
世界は調和を奏でる
悲しみに慈愛を
罪にこそ許しを
地上よ、永遠に歌え
善き霊と、主の歌を
**司教**
主の栄光を讃えよ!!
**花売り**
祝福を!!
**子供達**
愛を知る孤独を讃えて!
**悪魔ビビコット子爵**
世界なんて死んだ魚の目に映る
哲学のようなものよ!
**ティオフィリス**
だとしても、そこにあるのは
やはり調和なのだから。
**グローデンフェルト**
おお、愛しい者達!!
何を悲しむ事があるのでしょう?
世界はあるがままに。
主は、御心のままに。
私達はその先に進む。
おお、何処かで誰かに聞いた言葉だ。
そうだ・・・
**全員**
長い悪夢の後には、ゆるやかで、
優しい午後の時間が流れるのです。
<悪魔達も語る>
**悪魔アムドゥスキアス将軍**
どうです?
大昔のたわいもない、昔話です。
光に帰りたがった霊が
孤独に沼地に話しかけていた。
勘違いしたあらゆる霊や天使達が、
それに巻き込まれ、観客となった。
自分の願いを各々が台詞として叫び、
地上で共鳴し合ったのです。
**悪魔グレイルメイル嬢**
それは演劇の話かしら?
**悪魔アムドゥスキアス将軍**
いいえ。
人生についての話ですよ。
<グローデンフェルトが
全てを祈りながらオルガンを演奏する。
若き日のティオフィリスもそれに加わり、
天上の天使達と共に合唱する>
**グローデンフェルト**
いつのまにか、こんな所に
来てしまったの? 迷子になって。
道もわからず、日が暮れだして
孤独を恐れ、恐くなって、
道に迷った魔女の子供は、
闇の中で不安になるけど、
家につけば夕食の香りが
小さな家で待っているから。
**全員と天使達**
人はとかく寂しがり屋で、
一人を恐れ、愛を求め、
狂おしい程に、泣き出しそうな程に
家の光を探して歩く。
ああ、魔女の子よ、大丈夫よ。
月がお前の道を照らしてくれる。
温かい食卓のもとへ。
お前は、お前の家の扉へ。
2.
**グローデンフェルト**
小さな魔女よ、お前がこれから
道に迷って、不安な時は、
月を見つめ、想って祈れ、
まだ会わぬ人たちの事を。
永遠に会えない運命の者も
夜空の下でお前を想う。
それは闇を照らす光。
何よりも強い人の光。
**全員と天使達**
ああ、悪霊よ、お前達もまた、
一人を恐れ、愛を求め、
狂おしい程に、泣き出しそうな程に
家の光を探す者達。
救われろ! 救われるべき者達よ!
どうか救われろ! 願わくば!
罪人にも、魔女の子にも、主と同じ
食卓のパンを。
人はとかく寂しがりやで、
一人を恐れ、愛を求め、
狂おしい程に、泣き出しそうな程に
家の光を探して歩く。
ああ、魔女の子よ、大丈夫だよ。
月がお前の道を照らしてくれる。
温かい食卓のもとへ。
お前はお前の家の扉へ。
**グローデンフェルト**
若い時は道に迷う。
森の中でいつも迷子。
ならばいっそ唄おうと思う。
あの子が家に辿り着けるように。
■「第26番 田舎の小さな教会で
晩年グローテンフェルト神父は平和を祈る」より
(ユーチューブで「墓の魚 悪霊グレイルメイル嬢と愉快な友人達・第26番」
と検索すると聴けます)■
<終劇>
読んでいただき、ありがとうございました。
この劇の登場人物達は、私の他の作品にも登場しますので、
また、他作品も読んでいただけますと嬉しいです。