第九話
変装した桜木と月見の前で止まった。入って行けばいいのだが、躊躇してしまう。
「入らないの?」
止まっていたのを心配されてしまう。今更断る事はしない。……………………いや、事情位は話した方がいいだろう。
「『月見』は親戚が経営してるし、味や雰囲気は嫌いじゃない」
「そうなんだ。失敗したかな」
桜木からしたら親戚がいるお店に連れて行くのは気が引けるし、味付けとか知ってるから余計にだろうな。
「嫌いじゃないと言ってるだろ。私が渋ってるのは…………入ったらわかる」
結局、言葉で言うより見て貰った方が早い。
店の扉を開くなり飛び付いてくる物体。どうせ、話し声を聞いてスタンバイしていたんだろう。
「知華ちゃん、やっと来てくれたんだ! ついにアルバイトに入ってくれるんだね!」
「つまりこうゆう事だ」
「サッパリわからないよ」
私に抱き着いている物体。『月見』の制服を着てシュートヘアの人。ここの店長でもあり経営者である笹木透…………前の経営者は引き継ぐつもりがなく、親戚に譲ったそうだ。
困惑している桜木を見ていると心が落ち着くし安らぐ。
「透さん、ここでアルバイトするつもりはないし、別の所でアルバイトをしている。今日はお客として来た」
「今日もダメだったか」
渋々私から離れて席まで案内してくれて今度は水を取りに行った。
「坂雪さんの親戚とは思わなかったな。しかもあんな可愛い人だなんて」
「あぁ、そう思うだろう」
確かに透さんは可愛いが………………1つ……………2つか…………問題がある。外見では可愛い女性として見られるだろうが、中身は別だ。
「ちなみに透さんは男だぞ」
「…………はぁ? えっ、それは本当に?」
「あぁ、本人は可愛いモノ好きな乙女な男だ…………つまり乙男だ」
信じられないと言う顔で透さんが去った方を見ている桜木だが、真実は変えられないのだ。
学生時代、多くの告白をされてきた透さん。だいたいは男からなんだが………その話を聞いた時、その同級生たち(男子のこと)の頭は大丈夫なのかと心配した。
「更に恋人もいるぞ」
「…………どんな人なのか興味が出て来るな」
「ザ・侍な感じだった。確か剣道をしていたと言っていたような。でも綺麗な人だった」
「だいたい分かったけど、どんな出会いをしたのか気になるな」
それは私も気になったが、深く追及するとツッコミを入れなければならなそうだったのでやめた。