#01-08
「俺の名前は戟天漆黒斎だ。いや待ってくれ、違う違うんだ。俺はそんな名前じゃないはずだ」
そう、俺はこんな名前じゃない! もっと平凡な誰でも読めるような名前のはずだ。
何がどうなっている? 自分の名前が全く思い出せない!
俺はこのとき気が付かなかったが、彼女もこのとき必死に考えていたのだろう。
「ボクも本名を思い出せないよ。これは、あれか、名前を奪われているね」
「名前って、奪えるのか?」
彼女が何かに思い当たったようだ。
「ほら、巨匠のアニメであったろう。名前を奪われて強制労働させられるやつ。あれと似たようなことをボクたちは受けてるんじゃないかな?」
あのアニメで主人公はどうなった? 働かされていたイメージしかないぞ?
「名を奪った奴はボクたちに何らかの強制権をもっていると思ってたほうが良いと思うよ。ただ……、今はそんな強制権を行使されるよりも先に死にそう、というか死んでる人もいるからね。この件は気になるけどまずは生存を優先させよう」
たしかに、あきらかにファンタジーな分野だ。俺にはさっぱりだ。彼女は頭も回るようだし、この件は任せてしまおう。
「て、君の名前は?」
「ふむ。ボクの名前なんだがねぇ。"†黒猫天使☆小夜月姫†"だよ」
「だ、だがー?」
「ふむ。書くとこうなる」
そう言うと木の枝を使って地面に書いてみせる。
「字なのか? 記号?」
「短剣符なんて言うが、だかーと打ち込んで変換してやるとこの記号がでてくるよ。しかし、重ねがけで地雷をぶっ込んできたな。この名前をつけた奴はかなりのネトゲ好き且つ捻くれ者なのだろうね」
ネトゲか。俺も某、国産大手のに手を出したことがあるが、すぐにやめてしまった。その後、イチから作りなおされたって聞いたけどあんまり評判良くなかったので結局、そこで止まったんだよな。
「そういうの詳しいのか?」
彼女はその言葉に一瞬、眉をひそめるが何か諦めたような笑顔を浮かべる。
「任せておきたまえ。伊達に人生を費やしてはおらんよ。ネトゲに異世界転移。奪えるチートに一人だけ願いを叶える。となるとデスゲーム系か」
彼女は眉間の皺を深くし、しばらく考えこんだ。
「思いつく限りでも問題点は山積みなのだけどね。考え込んでいても始まらない。動こう、次はどうする?」
なにやら腑に落ちないが今は動くべきだと俺も思う。
「まずは靴を手に入れるよ。山歩きで足回りは最重要課題だ。あとは山を下りながら川、できたら人里を見つけよう」
「決まりだね。エスコートは任せたよ。そうだ君の事はなんと呼べば良い? 糖尿?」
「それは勘弁してくれ。なんて言うかさ、病気とか身体的特徴を指して笑いを取ろうとかっての、俺本気で嫌いだ。この名前つけた奴、その病気で苦しんでる人の前でこの名前、言えんのか?……ゴメン、君に言っても仕方ないよね。そうだな、俺は黒、君は小夜で良いだろう?」
「うん。ごめん軽率だったよ。君はそんな考え方ができる人だったんだね。でも、この名前つけた奴はゲスい奴だと思うよ。苦しんでる人を目の前で馬鹿にするなんてやってのけるんじゃないかな。……あ、名前のことだけど、君のことはクロウと呼ぶよ。ボクのことはサヤと呼んでくれなさい」
「なんでまた?」
「こう言う異世界転移って中世ヨーロッパ的なお話が多いのさ。西洋文化圏に馴染みやすそうな響きと思ってね。もし和風でもイケるだろう? 中華ならごめんして。それに、君のマスク、カラスみたいだろ?」
「なるほど。オーケー、それで行こう。歩けそうか?」
「ゆっくりなら行けそうだよ」
そして俺たちは二人で歩きはじめた。