#01-07
「あー、大丈夫?」
俺は大爆笑する膝に力を入れると、産まれたての子鹿のように立ち上がり彼女に声をかける。
彼女はグッタリと地面に寝そべって荒い呼吸を繰り返している。
俺は彼女の足を見て眉をひそめる。上着は長袖のジャージ、下は膝丈のスパッツ。だが、足はグラディエーターサンダルだ。そんなモノで道を選ばず山の中を走れば傷だらけになるのも仕方がない。
そう、彼女の足は血塗れだったのだ。
俺は考えを巡らせながら銃の弾を込めなおす。
セイフティをかけたことを確認すると、銃をホルスターにしまう。
「移動するよ。熊の血の匂いに惹かれて他の獣が来るかもしれない」
そっと彼女の上半身を抱き起こすと、背中から肩に腕をまわさせて、彼女を背負う。
「あ、り、がとぅ」
息も絶え絶えに声を絞り出してきた。
早く怪我の治療をしないといけない。そのためにいくつかの道筋を考える。その後は彼女に靴を与えたいので最初に発見した遺体を目指すことにする。
しばらく進むと軽業の人の反応を探知マスクが拾う。彼の遺体を目当てに獣が集まっているかもしれない。他の反応が探知範囲内に飛び込んでこないか確認しながら慎重に進む。
幸い動くものの気配はない。それでも慎重に歩を進めると軽業の人の遺体が見えた。
見えてからは素早く近づき、一度彼女を下ろすと軽業の人のポロシャツを剥ぎ取る。死後硬直が始まっており、力ずくで奪いとると素早く彼女を背負い直しその場を後にした。
軽業の人と弓の人の中間地点、周りに赤い点が見当たらないことを確認すると彼女を降ろした。
「ここで傷の治療をするよ」
彼女は俺の背で眠っていたようだ。降ろした時に起こしてしまったらしい。
座りやすそうな場所を改めて探し、今度は抱きかかえて移動する。少し開けた場所で杉の木に背中を預ける形で座らせる。
「寝てて良いからね」
「いあ、大丈夫。ひと眠りさせてもらったらスッキリしたよ」
その応えに頷くだけで返すと、作業を始める。まずはポロシャツを2分割にしたい。刃物がないのでもっとも刃物に近い矢を取り出す。その鏃を使ってなんとか2枚の布を作り出した。
辺りを見渡す。草は大量に生えているものの俺が知ってる傷薬に使えそうな植物はない。そもそも、植生が日本とは違う。ここが日本でないことだけはわかる。
俺は先程ここを通るとき、苔が群生しているのを見つけていた。苔が生えている場所は水が染み出している事がある。勿論そうそう美味い話はないのだろうが何もしないのは躊躇われる。
俺は苔を追いながら視線を上へと向ける。
よし! 岩がある!
すぐ3メートルほど登ったところに岩があった。都合よく苔が生えている。俺は駆け寄るとその苔を岩から剥がす。しばらく剥がしまくっているとじっとりと湿った場所を見つけた。
その周りの苔を重点的に剥がす。するとわずかだが水が染み出しているのを見つけた。
その僅かな水を頼りに周囲の苔やら土を手で洗い落とす。しばらくすれば綺麗な水が岩肌を伝ってくるはずだ。
その間に一旦彼女のところに戻る。
「水を見つけた。移動するよ」
彼女をお姫様だっこで水が染み出す場所まで運ぶ。
彼女を座れそうな場所に降ろすと、先程作った布を一枚、岩にあてる。すると布がみるみる湿っていく。
ビチャビチャになったところで一度絞る。
「あっ!」
それを見ていた彼女が小さく声を上げた。
「この布、死体から剥ぎとったやつだから、洗ったほうがよくない?」
3度ほど繰り返して、湿らせたまま彼女のもとに運ぶ。
「絞って飲むといいよ、その間に足のサンダルぬがすね」
そう言って濡れた布を渡す。熊から逃げ延びるほど走ったんだ、相当喉が乾いていたんだろう。受け取るやいなや口を上に向けて一気に絞る。
最後の一滴まで絞りだそうと必死になっているのを尻目に俺は彼女のサンダルに手をかける。
痛かったのか彼女はビクンとはねた。
「ごめん、痛かった? そうだ、サンダルは自分で脱いでもらおうかな。その間にまた水を湿らせてくるよ」
「ありがとう。そうしてくれると助かるよ」
彼女から布を受け取ると、また岩にあてて湿らせる。
何度か飲む用に渡している間にもう一枚の布も洗う。これは遺体の背中側で地面についていた側だから僅かに土がついていた。なので念入りに洗う。
そうこうしている内に、やっとサンダルを脱ぐことに成功したようだ。
「よし、傷口を洗おう」
「や、優しくしてにょぉおおう! 染みる! 染みる!」
傷口に水を垂らしただけなのだが痛かったらしい。俺の肩をバシバシと叩いてくる。
叩かれながらも何度も岩場と彼女の間を往復してなんとか血を洗い流す。幸い深い傷はないようで、沢山の切り傷と擦り傷ばかりだ。傷の多さで派手に出血して見えたようだ。
「まず、この布で片足巻くよ。布はもう一枚作ったから、それで俺も水分補給をさせてもらってから、もう片方の足に巻くよ」
丁寧に何をどうするかを説明する。医者に診てもらうときも丁寧に説明を受けたことがあるのを思い出し、それを真似してみたんだ。自分の体をイジられるのだ、不安は大きかろう。
「ちょっと待った! その水は安全なのかい?」
「君も飲んだだろう今更だな。苔が生えてて岩から染み出す水は安全な場合が多いらしいよ。俺も知識だけだしやるのは初めてだけどね」
「私は大丈夫なんだ。これを見て欲しい」
そう言うと彼女は懐からカードケースを取り出して中のカードを見せる。
レアリティはUC、ムキムキのおっさんの絵に『バッドステータス耐性Lv1:経験値15%』の文字、その下の四角い枠には『・毒無効』と書かれている。
「おお! これ凄いな。育てたら大化けしそうだ。」
「まぁ、攻撃力は皆無なんだがね」
「でも、水で怖いのは感染症と寄生虫だろ。まぁ、それらが毒扱いであることを祈ろう。あぁ、そうだ、このカードをあげよう」
少しもったいぶって、俺にとってのジョーカーをわたす。
「え? Lv3もあるじゃないか!」
そう、弓のカードを彼女に押し付けるのだ!
「案外レベル上げは簡単だったよ。近くの地面に射ち続けるだけで木の弓からカーボン弓まで育ったからね。あと、俺にはこれがあるから正直いって宝の持ち腐れだったんだ。」
腰のケルベロスをポンポンと叩く。
「こ、攻略組がおる! ……そういう事ならありがたく頂いておくよ」
「よし、雑談は終わり。チャッチャとやってしまおう。今日中に靴を手に入れて、食料探して寝る場所も確保しなきゃいけないからね」
「ちょっと待った! じゃ、君もこのカードを装備してから水を飲むんだ」
「ありがとう。じゃ、ちょっと借りるよ」
彼女からカードを借りると、俺も水を飲む。あ、鉄の味がする。もう一枚の方の布を使ったんだが岩の方に血が残っていたんだろう。血はあまり飲み過ぎると吐き気を催す成分があるらしいけど、このくらいなら大丈夫かな? 大丈夫ということにしておこう。
何度か繰り返して水を飲むと、彼女にカードを返し治療に戻る。
「すまんのぅ。ワシがこんな体じゃなかったら」
ハハッ、この子面白いね。でも答えてあげない。作業を済ませたいからね。
傷ついた足回りを布で巻くだけだ、出血は止まっているようだし。巻き終わったらそれをグラディエーターサンダルを使って緩く固定していく。
「おお、凄い。治療したみたいだ」
みたいは余計だ。俺の精一杯なんだぞ?
「本当にありがとう。君に会えていなかったらボクは今頃あの熊さんのお腹の中さ。……そう言えばボクたちまだ名前も知らなかったね。君の名前を教えて?」
「それもそうだったね。俺の名前は"戟天 漆黒斎"だ」
「え?」
「え?」