#01-03
そこは真っ暗な空間だった。不思議なのは真っ暗なのに自分の体だけは薄く発光しているのか、その姿を確認することができた。
体に外傷はない。どこにも痛みは感じない。服装も学校を出た時と何も変わらず、雨に打たれた濡れ鼠のままだ。近くに水気もないので、そんなに時間も経っていないと考えた。
しかし、車から放り出されたにしてもここはどこなのか。息苦しい訳でもなければ身動きが取れないわけでもない。そればかりか歩き回れるほどその空間は広く、足元は引っかかる物もなく平らだ。
「はーい。みんな揃ったねー」
唐突に声が響いた。ここは広い空間なのか僅かにエコーがかかっている。
声の主の姿は見えないが男の声だ。だが年齢が測れない。子どものようであり大人のようでもある。
みんなと言うからには、この空間に他にも誰か居るらしい。どれだけ広いのか、全く人の気配は感じられない。
「はーい。ここが何処か、今がいつかとか疑問もあると思いますが質問は受け付けませーん。はい、そこ五月蝿いよー」
誰か声を上げているのだろうか、俺には全く聞こえない。聞こえるのは年齢不詳の男の声だけだ。
「みなさんには今から異世界に行ってもらいまーす。はーい、みなさん大好きな異世界転移でーす。もちろんチートあげますよ! はい! 拍手!」
思わず拍手してしまったのは学校勤めのサガか。
「あれー? ヒドイなー。一人しか拍手してくれませんでしたよー?」
あ、俺だけ? この空間に何人いるか知らないが、ちょっと恥ずかしい。
「まー、良ーいけどねー。えーと。みなさんには異世界でその世界のキーストーンを手に入れてきてくださーい。ストーンと言っても石じゃありませーん。蒼く煌めく光の塊でーす。それを手にとってくださーい。それがゴールでーす。手に入れた人にはある程度の願いを叶えてあげまーす。できないこともあるので気をつけてくださーい」
うわぁ。嫌な予感しかしねぇ。
「はーい、そこ五月蝿いですよー。キーストーンはその場から動かすだけで構いませーん。もちろんポッケナイナイしてもその世界に大した変化はありませんので思いっきりやってオメェさっきからウルセェんだよゴルァア!」
うわぁうわぁうわぁ。何が起きてるのか詳しくはわからないけど大体想像つくわぁ。気持ちはわかるけどあまり犯人を刺激しないでいただきたい。
「はい。泣いてもダメですよー。あ、みなさん自分の事だから気付いてると思うけど、地球上でみなさんの扱いは行方不明または死体が見つからないって感じになってますのでご心配なくー」
地球上?
「それと、チートはボクがランダムで配布しましたー。みんなの性格や特性とか考えるのメンドイので適当ですー。はーい、じゃ、早速送るとしますー。みなさん、頑張ってねー」
そのセリフを最後に俺の足元から床が消えた。キ○タマが縮み上がるのが分かった。俺、絶叫系苦手なんだけどおおおおお!
時間にして1秒も無かっただろう。今度は俺の視界に満天の星空が飛び込んできた。その景色も一瞬のこと、星々は光の尾を引き遥か頭上に流れていく。
俺は落ちるというより吸い込まれる感覚に襲われながら下へ、下へと落ちていった。
どれぐらいの時間が過ぎたのだろうか、1分はたってないと思う。計ってないから体感だ。そう、気が付いたら絶叫系アトラクションは終わっていた。
俺は立っていた。森、いや山の中と言ったほうが正しい気がする。嗅ぎ慣れた鼻を突くシダの臭いにイライラが頂点に達する。俺、この臭い大ッ嫌いなんだよおおお!
その時、脳の中枢、いや、中心部からも針で刺されたようなチクリとした痛みが走る。が、次の瞬間、頸が背骨が、頭からまっすぐ走る神経が、その全てに刃物でも突き刺されたかのような激痛が走る。
痛みのあまり声が出せない。頭が内部から膨張して破裂するんじゃないかってぐらいの激痛が走る。
もう立っていられない。気がつけば地面を這いずりまわっていた。何でも良い! 痛みを和らげることができるなら何でも良い! 俺はもうろうとする意識の中で地を掻き岩を噛んだ。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいかいたい寒いたい痛い痛い痛い痛いいいいいいいいいいいいギィイイイイイイイイ……。
気を失っていたのだろうか。目を覚ますと視界の半分が土に埋もれていた。体についた土や葉っぱを払い落としながら、よろよろと立ち上がった。