#01-16
あー、プレイヤーが死亡すると黄色い点になるのか。そりゃ、カードを手に入れないといけないからね。この世界の住人の死体とは区別されるわな。
でヨシオはテラーナイトからゾンビにクラスチェンジしてらっしゃる。
なぜだろう? あの時、引き止めておけば、なんて後悔が全く沸かない。
村の外にもゾンビはいたのに、この人はこんな村の中までよく到達できたな。どんなチートを持っていたんだろう。駆け引きとかよく分からないので、その話題からは極力避けてたんだよな。
ゾンビになってもチートは使えるのだろうか。
あ、こっちに気がついた。走ってくる。柵に引っかかった。
あー、他のゾンビと同じっぽいわ。
思わずサヤと顔を見合わせる。彼女は黙って頷いた。ごめん、意味、読み取れてないです。俺にやれってことかな?
そう思って槍を繰り出す。するとサヤも同時に槍を繰り出していた。2人の槍がヨシオの頭部に突き刺さる。
「は、初めての共同作業!」
「うわー。嫌なケーキだな」
まだヨシオの体は腐敗ははじまっていない。柵の隙間からその死体を引っ張りだす。うわ手に血がついた。こいつの服の汚れてない部分で拭こう。
服を漁ると、上着の内ポケットにカードが入っていた。やはり死ぬとカードケースがなくなるようだ。
「お! レアじゃん。風魔法レベル1だって」
そう言ってサヤにカードを渡す。
「うおお! 魔法キターッ!」
カードには『・ウインドスラッシュ×10』と書かれていた。
「そのカードはサヤが使いなよ」
「えええ? 良いのかい? 魔法だよ?」
「使い方が想像できないよ」
「あー、確かに。どうやって使うのかな。魔法名を言えばいいのかな」
そう言いながら、カードをしまう。
さて、どうしよう。今は探知圏内にゾンビの反応はない。移動して民家を漁りたい。何か食べたい。
「どうしようか、移動する?」
「うん。そうだね、民家を見てみよう。立こもれそうならそこを拠点にゾンビと戦うのもありだよね」
決まりだ。俺達は目につく1番近くに見える建物を目指すことにした。
この村は中央に広場があって、その広場を取り囲むように数棟の家があった。
家は木の柱で組まれ、その柱と柱の間を石を積み重ね、隙間を泥で埋めたような壁にしている。屋根に瓦は見当たらず、杉の木の皮を瓦状に葺いている。その隙間からは草が生えていた。
大体の家が母屋に納屋といった構成だが、中には1階が納屋、2階が母屋といった家もあるようだ。
これ、文明レベル低すぎるんじゃないかな。家を漁れば缶詰とかあるかなとか期待していたんだが。
いや、予想はしてたんだけど外れて欲しかったんだ。
広場に近づくにつれ、赤い点が増えていく。
「どうする? いま確認出来るだけで8体はいるんだけど」
俺の言葉にサヤは深いため息をついた。
「また、トレインしよう。さっきの柵で数を減らすのが安全だろう」
そうだな、ここで焦りは禁物だな。空腹のせいか、さっきから仕事が雑になってる気がする。気を引き締めていかないと、食事にありつく前に俺達が美味しく頂かれてしまう。
「先に柵に行っていてくれ、俺が引っ張ってくるよ」
「わかった。待ってる」
サヤが移動を開始したのを見届けて、俺は村の広場に近づく。
近づいてわかったことなんだが、いくつか白い点がある。僅かに動いている。ひょっとして生存者か?
あ、ゾンビに気づかれた。俺は身を翻すと一目散に撤退する。3体ついてくるようだ。
ゾンビも走れるとはいえ、ドタドタと走る様から足は生前のようには動かせないのであろう。その速度は人が歩くよりは少し早いと言ったところだ。
素早く引き離すと、柵まで走り抜ける。柵ではサヤが待っていた。
「たたいまー」
「おかー」
あ、おかえりって事か。
柵を越えて振り返ると、ゾンビは30メートルほど先をこちらに向かって来ていた。あ、6体に増えてる。でも1列になって来ているので、到着したやつから順にやれるだろう。清水次郎長がやってた戦法だったっけ。
先頭のゾンビが10メートル程に近づいたとき、サヤが動いた。
右手を肩の高さにまで上げるとゾンビの方に指先を向けた。
「〈ウインドスラッシュ〉」
小声で呟くように言うと、そのゾンビの足元から風が巻き上がり、スピン! という音がしたかと思うと胸から額までが縦にスッパリと切れていた。
頭の半分ほどの深さまで切られていたようで、ゾンビはそこからの2、3歩あるいて崩れ落ちた。
その死体を乗り越え、次のゾンビが顔を出す。再びサヤがそのゾンビに向かって腕を伸ばす。だが、今回はいつまでも魔法を撃たない。
「無詠唱は無理か。〈ウインドスラッシュ〉!」
今度は胸から肩にかけて逆袈裟に斬り上げる。
「狙い方があるのか。これなら! 〈ウインドスラッシュ〉!」
サヤは右手を上から下ヘと振り下ろす。今度は脳天から真直ぐ顎までを真っ二つにできた。
「よし、わかってきたよ! 次は射程か?」
凄いな、こんな状況で新しい力を検証している。俺なら検証するなんて発想すら出なかっただろう。
「〈ウインドスラッシュ〉! く、届かない! 射程短いな」
射程は15メートルぐらいか、誰もいない場所に風だけが虚しく吹き抜けた。
「このあたりかな、〈ウインドスラッシュ〉!」
次は伸ばした右手を左から右へ振りぬく。それに合わせてゾンビの頭の中程からスッパリ斬られて、上半分だけがごろりと落ちた。
「検証はこのくらいにしておくよ。回数制限があるみたいだからね」
そう言って、槍を構える。
「了解だ」
俺は短く返すと槍を構え直した。
あとは作業だ、柵に阻まれた一瞬を狙って槍を繰り出す。死体が溜まってくると、乗り越える奴が出てきそうなので、柵が伸びている方に少しづつ移動して倒していく。
5分も繰り返すと引っ張ってきた連中は処理し終えたようだ。
結局、この作業をもう一度繰り返した。まだ村の中には僅かに赤い点が残っている。だが、このとき俺達は空腹が限界だった。イライラは頂点に達し、まともに考えることができなかったんだろう。
1番近くにあった民家に入ることにしたんだ。途中、3体のゾンビに襲われたが淡々と処理した。このとき、銃も使わず声も上げなかったのは幸運としか言いようがなかった。
民家の玄関は開きっぱなしだった。急いで鍵をかけようとしたが鍵が見当たらない。カンヌキか!近くに置いてあった木材がちょうど嵌りそうだ。コレをかければ良いのか。
カンヌキをかけると、次は窓を締める。ガラスのスライド戸なんかない。跳ね上げ戸だ。これを全部しめる。これには鍵なんてない、紐がついていて窓枠に釘が1本刺してあったのでそれに巻きつける。
室内が薄暗くなったので俺はマスクを外した。隙間が多いのか差し込む光で不自由なく見渡すことができる。
俺達はキッチンを探すが、竈があるところがキッチンだと気づくまで時間がかかってしまった。
室内は広いものの、ワンフロアですべてこの中に収まっていた。
「お、これ水瓶か。水入ってるけど飲めるの?」
「飲めると思うよ。広場の中央に井戸があったからその水だろう。お、これパンか!」
物干し竿のようなものに貫かれ、直径30センチほどのドーナツっぽいものがいくつか吊るされている。他にも逆さにした草が吊るされていたが、それは香辛料だろうか。同じ竿に玉ねぎもぶら下がっている。
俺は竿の片方を下げてあったフックから外すとドーナツを4つとりだす。
2人て分けるとためらいなく齧り付く。
「かったいなー!」
「フランスパンの倍は硬いね」
サヤは近くから木製のお碗のようなものを見つけてくると、先ほど発見した水瓶から水を汲み出す。
「こういうのってスープで柔らかくして食べるんだよね。今は水しかないけど」
そう言いうとパンをボトリと水に浸して食べ始めた。
「おおお! 未体験の微妙さだ! 美味くもなければ不味くもない!」
そこまで言われると気になるじゃないか。俺も試してみよう。
「あー。これかー。ほんと微妙と表現するしかないよね。でも、ちゃんとしたスープがあればこのパンも化けるよね」
今はこれで我慢だ。一人当たりにしたら中々の量だったはずだ。味気のない水浸しパンではあったが俺達の空腹は埋めてくれた。
一つの目標は達した。満腹である! 俺達はこの家の真中にある大きなテーブルに対面に座りくつろいでいた。
「クロウ、外の様子はどうだい?」
「ちょっと待って調べる」
探知画面をみると、家の外に赤い点が3つ、はなれたところに黄色い点が1つ、その近くに緑の点が1つ。
俺は全身から汗が吹き出した。この家に入ったすぐ後にマスクを外していたから気が付かなかった。
プレイヤーの死体と、生きたプレイヤー。これが意味するところは……。