#01-14
太陽が真上を過ぎ、僅かに西に傾きかけた頃、俺の探知画面に反応があった。
赤い点。全身から汗が噴き出るような感覚に襲われる。
「止まれ、敵だ!」
静かに言ったつもりだったが声が上ずってしまった。俺は赤い点の方角を指差すとサヤを連れて近くの茂みに身を隠す。
「動いてる?」
「ゆっくりだが動いてる」
自然と息が荒くなる。また熊みたいのがいるのか。
「この臭い、なに?」
サヤの声に一度マスクを剥がす。すると、僅かにだが腐ったような臭がする。
俺はこんなに慌てているのにサヤは冷静に状況を分析しようとしている。凄いな、俺もしっかりしないと。
「一度、見てこようと思う。あっちの方角、おそらく距離は300メートル。サヤはここに居て」
サヤはだまって頷くと弓を取り出し矢を番えた。いつでも戦える姿勢だ。
俺も銃を取り出しいつでも撃てるようにすると、茂みからそっと出て、足音を立てないように忍びよる。
相手はゆっくりと移動している。俺は木の影に歩み寄ると、そっと顔を覗かせた。
そいつの姿を見た時、声を出さなかった俺を褒めてやりたい。
そいつは人だった。いや、人だったものだ。粗末な服を着たそいつは全身が血まみれで、その血もすでに乾いているのか、茶色く変色していた。
下顎は無くなって、喉の奥から伸びた舌がだらりと垂れ下がり、腹は外から食い破られたのか腸などは残っておらずぽっかりと穴が開いていた。
そう。こいつはゾンビだ!
「あわわあわわ」
あわあわする。なんて聞いたことがあるだろう。俺、リアルに声に出しちゃったよ。あわわとか本当に言うんだね。
変なところで自己分析していた自分に気づいて、冷静になることができた。
足音を立てないようにゆっくりと後退すると、サヤの待つ場所へと戻る。
探知画面を見る限りコチラに気づいてはいないらしい。
「やべぇ、ゾンビ。ゾンビいたゾンビ」
なんと明確かつ簡潔で紳士的な報告なのでしょう。
すんません。パニックから回復してません。
「1体だけ? ロメロ系? バイオ系?」
ふぁ! なんですって?
「1体だけ。探知範囲内に他のゾンビはいなかった。で、ロメオ? ってなに? あ、バイオをはなんとなく分かる」
「ふむ。ロメロ系ってのは動きがゆっくりだね。バイオ系ってのはめっちゃ元気だね」
「えっとフラフラ歩いてた」
「見つかってないんだよね。コッチに向かって来てない?」
探知画面を見る限りこちらには向かって来ておらず、俺達の前を横切るように動き、離れていってる。
「遠ざかりはじめたよ」
「ふむ。情報が足りないね。よし、倒そう」
「え? やり過ごさないの?」
「うーん。ボクの思い込みかもしれないけれどゾンビって1体だけだとは思えないんだよね。前後で挟まれたくないから可能な限り倒しておきたいかな」
「あぁ、腹を食い破られてたよ。他にもいそうだ。じゃ、1発ブチ込んでくるよ」
「待ちたまえ。今回はボクが行く。銃声で大量に集まられたら対処しようがないよ」
「むむむ。分かった。でも俺も側にいるからね、危ないと思ったら銃を使う。そして走って逃げるよ」
「了解だ。それで行こう」
俺達は足音を立てないように慎重にゾンビに迫る。その間も探知画面のチェックは怠らない。
そして、ゾンビの背後に回るように移動する。
「仕掛けるよ」
30メートルぐらいだろうか。サヤはそう言うと足元にあった拳ぐらいある石を投げつける。え? 弓は?
石は10メートル程で落ちた。何がしたいんだ? 俺はとっさに銃を抜く。
気づいたのだろうか、ゾンビがこちらを振り向いた。白濁した瞳と目があった気がした。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
ゾンビが俺達に向かって走りだした! さっきとは違って早い。俺はゾンビに向かって銃を突き出す。
「待ちたまえ。弓は当てにくいだろう? なら当たる距離まで来てもらわないとね」
そう言うと弓を引き絞る。10メートルを切った! 俺は引き金に指をかけた。
バシン!
弓鳴りの音が響く。放たれた矢はゾンビの右目に吸い込まれるように突き立った。
矢を喰らったゾンビは錐揉み状に回転しながら地面に倒れると、ピクリとも動かなくなった。
「いやぁ、頭が弱点じゃなかったら危なかったかな」
サヤはそう言うと額の汗を拭った。
「ちょ! えぇ? いや、そういう博打はやめようよ!」
俺、めっちゃ怖かったんだぞ!
「うっ、ゴメン。もう少し相談すべきだったね」
うん、他にもやりようはあるだろう。だが、それも今の実践を経たから言えることだ、この件はこれ以上言わない。
「さて、ゾンビは向こうから来てあっちに行こうとしてた。これからどうする?」
俺にもどうして良いかわからない。俺の問にサヤは顎に手を当てて考える。そして、先ほど倒したゾンビに視線を移した。
「ちょっと、思いついたが事があるんだが、考えを纏めるのに君の知恵を借りたい。このゾンビ君の服装、どう分析する?」
ボロボロです。ってのは無しか。前面は派手に破られているため、袖つきのマント状態だ。腰にベルト、ん? ズボンは紐で締めるタイプだ。ベルトは必要ない。それにこのベルト、牛や、馬の革じゃないな。柔らかそうな革を何重かにして縫っているのか。上着を帯みたいに留めていたのかな。ん? それに、この布、柔らかそうな繊維だ。ひょっとして毛織物か? それに対してズボンは革製か。靴も革製の足首までのブーツ、それを足首部分を革紐でぐるぐる巻きにしている。
「よし、わかった! この人は化学繊維アレルギーだ!」
「なにー! その考えがあったか!」
サヤは俺の結論に心底驚いた様子を見せた。
「いや、見た目というか、素材からこの人の住んでいた場所の人口とか君なら予想できるんじゃないかと思ったんだがね」
「無茶言うなよ」
ふむ、だが毛織物に革製品。
「わかった! この人はナチュラリストの集まる村から来たんだ!」
「な、ナンダッテー」
えらい棒読みな応えが返ってきた。え? 違うのか?
「いあ、文明レベルとかわかんない?」
ふむ。そうなると……、まずは男性で年齢は20から30歳、身長は160から170センチほど、彫りの深い顔立ち、コーカソイドか? 髪型は肩までの濃い茶髪に肌の色からも白人ぽく見える。
文明レベルは古代から中世、中世ならかなり田舎の方だ。
地域としては西欧から東欧。この辺りの植生から考えてそう寒い地域ではないはずだ。となるとフランスからドイツぐらいか、いや、気候が少し暖かい気がするので地中海側も含めて、ざっくりヨーロッパと考えよう。
その辺りと仮定した時、次に絡んでくるのが彼の身長だ。ポンペイの遺跡から見つかった古代ローマ人男性は平均が165センチぐらいと、現代のイタリア人よりかなり小さかったはずだ。なら彼の特徴と一致する。
そこまで考えて彼の生活を考える。山沿いで羊やヤギを放牧している、またはご近所さんが畜産業をしている。傾斜のある土地なので麦の栽培には向かない。栽培されていて蕎麦が精々だろう。
と、なると人口は限りなく少ない、場合によっては数世帯、10に満たないことも考えられる。
その考えをサヤに話す。
「マーベラス! やはり君ならそこまで考えてくれると思ったよ! あれ、でもペーターは町からヤギつれてってなかった?」
「あれ、蒸気機関車でてこなかった?」
「おう! チーズと黒パンの印象が強すぎて忘れてたのぜ!」
「でも、この理論は穴だらけなんだ。まず、彼が単に身長が低いだけだったとか。あと、古い生活にこだわったカルト宗教団体の作った村だったりとか」
次に示した補足にサヤは唸りながら考えこんだ。
「これがゴブリンとかなら迷わないんだけどなぁ」
しばらく俯いてブツブツ言っていたが、決断したように顔を上げた。
「ボクの考えを言おう。まず、村人Aっぽいゾンビが現れた。彼の村はゾンビに襲われて全滅。生き残りがいても銃器なんかで武装はしていないだろう。貧乏な村で世帯数は少ない。ならばゾンビの数も少ない。ボク達は村のゾンビ共を全滅させ、残された食料を貪り喰らう!」
むむむ。ゾンビさんたちが町から村を襲いに来たならゾンビの数は半端ないことになってないか?
でも最後の食料の話は魅力的だ。空腹が限界すぎて苦しい。飢え死にするぐらいなら戦って死ぬのもアリな気がする。
「うん。メシだな! 血路を開こう!」
方針は決まった!