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福井先生の法律コラム  作者: 門庭福樹
3/3

3節 スマホを没収するのは違憲では?


 『福井先生の法律コラム ~スマホ没収は憲法違反?~


部長X:先日、学校の先生がスマホを没収するのは憲法違反じゃないの? という質問がありました。この質問に福井先生がズバッとお答えします。


福井:福井です。たしかに、憲法二九条一項には「財産権は、これを侵してはならない」とあります。学校といえども、生徒・保護者の財産スマホをむやみに没収したり、処分したりするのは、憲法違反だ!といえそうです。


部長X:では、どうして没収がまかり通っているのでしょう?生指のS先生に、ビシッと言ってくださいよ!


福井:一方で、同条二項には「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める」とあります。これは、基本的人権として保障される財産権も、法律によって制限できると理解されています。


部長X:つまり、法律に書いてあればスマホを没収できるってことですか?


福井:スマホの没収を許可する法律はないですがね。


部長X:学校の校則は法律ではないってことですね。


福井:もちろん、校則を法律に準ずるものとする考えは、いくつかあります。しかし判例は、校則が法律に準ずるから、「校則に書かれていれば憲法違反にならない」とはしていない。


部長X:裁判所は違う方法で判断しているってことですか?


福井:そうです。裁判所は、中学の「丸刈、長髪禁止」を定める校則の無効を確認する訴訟で、「校長の有する(校則を定める権利は)……教育に関連し、かつ、その内容が社会通念に照らして合理的と認められる範囲においてのみ是認されるものである」とし、さらに「必ずしも画一的に決することはできず、実際に教育を担当する者、最終的には中学校長の専門的、技術的な判断に委ねられるべきものである」。「すなわち、教育を目的として定められたものである場合には、その内容が著しく不合理でない限り、右校則は違法とはならないというべきである」としています(熊本地判昭和六十・一一・一三判時一一七四号四八頁)。


※「丸刈」に関して、最高裁は、「生徒の守るべき一般的な心得を示すにとどまり、それ以上に、個々の生徒に対する具体的な権利義務を形成するなどの法的効果を生ずるものではない」としています(最判平成八・二・二二集民一七八号四三七頁)から、安心してください。


部長X:ムム、これまたややこしい話ですね。校則の目的がちゃんとしていて、それがあまりにも、常識から外れていないならOKってことですか?


福井:そうだね。この判決に基づいて具体的に考えてみます。質問には、授業中にスマホを没収するのは、とありました。授業中にスマホを触ることは、明らかに教育上、悪影響でしょう。だったら、これを発見した教師が没収することは憲法に反しない、となります。


部長X:残念! 高校生としては、没収されるのは死活問題ですからね。では、次に気になるのは、どれぐらい没収されるのか……なんですけど?


福井:許されるのは、懲戒の範囲として、社会的に合理性のある期間です。個人的な意見ですが、生徒の下校時までが妥当でしょう。ただし、文部科学省は、「保護者等と連携を図り、一時的にこれを預かり置くことは、教育上必要な措置として差し支えない」と通知しています。


部長X:え、親が「反省するまで預かってくれ」なんて言ったら、無期限ですか!


福井:そうなります。それが嫌なら、規則にしたがって、使用することを推奨します。あと、あくまで、今回示した見解は、たくさん存在する解釈のひとつであることを断っておきます(たとえば、相談する弁護士によって言うことは違います)。

                                     安芸音高校新聞』


 何通りか原稿を用意したが、対話形式のものが採用された。一番読みやすいので妥当だろう。多数決を採ったが、ふたりしかいないので、「学生の自主性を重視して」加藤の意見にしたがった。


 視聴覚室。あいかわらず、長机の向こう側で加藤は原稿とにらめっこしている。昨日のことで、よそよそしく振舞われたらどうしようか、心配だったが杞憂だった。


 「あれだけ調べて、こんなけってもったいない気がします」


 「ま、十調べて一を書く、だよ。校則の法的性質の方面も調べたからね。たとえば、「丸刈り」の最高裁判決の第一審は、部分社会の法理を用いて、校則の自律的な法規範としての性格を認めている(★③)。ほかにも、『森林法違憲訴訟事件』とか、『なら県ため池条例事件』とかにも手を出したから……って、どうした加藤?」


 うれしそうに口許を緩める少女が目の前にいた。目じりを下げて笑うと、不覚にもかわいいなと思ってしまった。


 「やっぱり、先生は法律が好きなんですね。いつか教師やめて、そっちの仕事をしていると思います」


 「好きなことを仕事にするべきじゃないっていうからな」


 「あたしはいいと思いますけどね。生きがいは仕事だって人もいますし、それが好きなことだったら、人生パッピーじゃないですか」


 「じゃあ、加藤も好きな仕事を探さないとな。進路希望調査、まだなんだろ」


 加藤の担任に、用事があったついでに訊いた。進路調査票が未提出らしい。


 「いま決めました。あたし、専業主婦になります。好きな人のために仕事したいから」


 「そうか、頑張れよ」


 教師失格だろうか。そんな冗談を言うなんて、ふざけている。加藤を指導すべきだと考える先生もいる。担任や部活顧問ならなおさらだろう。


 しかし、なりたいものを持つっていうのはしんどいことだ。挫折したとき、人生の迷子になる。時間的制約に追いやられて、しぶしぶ進路を決める。それでもいいのではないか。たしかに、早くから決めた方が有利だ。準備時間がある。


 それでも、加藤は大丈夫だと思った。きっと、どんな夢だって実現させる。顧問のくせに、いままで生徒をよく知らなかった。それが悔やまれるところだ。


 加藤には、考える力――まさに、学習指導要領が求めている未来を切り拓く力がある。


 そう言い切る根拠はなにか。


 開けた窓から入り込む初夏の風が、カーテンと彼女の黒髪を揺らす。


 決心して訊いた。


 「ところで、『MONO3020』さん。この回答で納得いただけたでしょうか」


 大きな瞳をぱちくりさせて、

 「え、え、なんで」


 「偶然、気が付いただけなんだけどな」


 用紙をひっくり返した裏に横向きで『MONO3020』と書く。


 「最初は『モノ消しゴム』が好きなのかな程度だった。でも、違った。この英字も数字を表している」


 わたしはポケットからスマホを取り出した。メモ帳のアプリを開いて、画面を見せる。加藤の喉が動いた。幼気な少女を尋問しているようで気が引ける。断っておくが、そういう趣味はない。


 「ゼロを除く。すると、下を向いた3と2、それに正しい向きの同じ数字が続く」


 ――『3232』


 数字を正面に向けるよう、ひらがなに変換する。つまり、長押しでキーパットの3の位置「さ」を下から時計回りに九十度左へ、同じように2の位置「か」を下から左へ。つづけて「さ」「か」をタップする。


 「し、き、さ、か――四季坂だ」


 加藤の担任にあった用事とは、指導歴の確認だった。クラスの生徒が指導されると、その連絡は担任にいく。それぞれ形式は様々であるが、担任は指導歴をストックしている。荒れた学校だと、これは保護者との懇談で重要になる。


 確認すると、加藤は最近、英語の授業中のスマホ使用で指導されていた。


 これで裏が取れた。質問の主は、加藤だ。自作自演もいいところ。


 「……ごめんなさい」

 「指導されて、ムカつく気持ちは分かるけど、あまり良いことではないな」

 「ち、違うんです! 反省はしています。久賀先生には申し訳ないことをしたと。でも、そうじゃなくて……」


 少し混乱しているように思われた。たしかに、解せないことがある。普段の素行が良いこともあって、スマホは没収もされず、久賀先生からカバンにしまうように指導され、担任に連絡があったのみ。別段、加藤は不利益を被っていない。


 ならばなぜ、加藤は自作自演の質問をしたのか。


 質問のほかの文章に注目してみた。「現代社会で、基本的人権には財産権があると習いました」とある。現代社会の授業は一年時に置かれている。担当したのは、吉村先生だ。今は持ち上がりで、加藤の学年の世界史を担当している。


 これが、ピンときた。吉村先生はイケメンなのだ。歳はわたしよりふたつ上で若い。ジャニーズ系と評する生徒の嬉々とした会話を耳にしたことがある。体育祭は吉村先生を目当てに、保護者が多数押し寄せるという噂だ。


 「加藤は、吉村先生の気を惹きたかったんだろ。大丈夫、この話は胸にしまっておく」


 「なっ……」


 ほら図星だ。顔を赤くして動揺している。


 ところが、丸めた用紙が飛んでくる。


 「せっ、先生の法律バカ!」


 加藤は吐き捨てて視聴覚室を飛び出す。あっという間に華奢な背中は遠ざかって消えた。追いかけても焼け石に水だろう。


 ため息をついた。


 女心はよく分からない。


 とりあえず、自明なのは、女子高生に法律のような解釈論は通用しないということだった。




注釈★

① 東京都教育委員会「体罰の定義 体罰関連行為のガイドライン【資料1】」(http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/2014/pr140123b/shiryou1.pdf) 2017年8月6日アクセス。

② 文部科学省「学校教育法第11条に規定する児童生徒の懲戒・体罰に関する考え方」(http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/07020609.htm) 2017年8月6日アクセス。

③ 神戸地判平成六・四・二七判タ八六八号。


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