アホ奪還作戦②
夜は魔力が高まるらしいグィンガンに頼んで、モリアルゴンに近い場所まで魔法で転移した。黒い穴から出ると、モリアルゴンの街の明かりが見える。
「よーし、行くぞニア、変態ロリコン。」
「分かったよ。」
「なんで俺だけ!」
「うるせーぞ、わめくな!」
「ぎゃん!」
頭を殴られ、しゃがみこんでひどいひどいと泣くグィンガンを放っておいて街を観察する。
「あー、なんか感知魔法が張り巡らされてんな。」
意識を集中して観察すると、メガネのガキの魔力が感じられる。
「あんのメガネのガキめ。めんどくせーマネしやがって。」
「俺が解除しようか?」
泣きやんだグィンガンが立ち上がって声をかけてくる。
「あー、いいわ。めんどくせーし。俺が解除する。」
「あんた、そんな繊細な魔法も使えるんのかい?」
ニアが驚いて聞いてくる。敵の感知魔法を解除するためには、その感知魔法よりもさらに丁寧に魔力を操って、魔力が弱くなっているところを見つけて切断する必要がある。
「あ?そんなめんどくせーことする訳ねーだろ。」
言い終わると同時に炎魔法の詠唱を開始する。
「え?ちょ、オレグ!?」
俺がやろうとしていることに気づいたグィンガンが焦り出す。
「いいから、お前は転移魔法の準備だ。」
グィンガンに指示して詠唱に集中する。
「よーし、行くぞー。」
詠唱が完了すると、その炎魔法を体内に吸収し、街の方向に向けて吠える。俺の口から絶叫と同時に爆炎が放たれる。獣の咆哮の応用で、「龍の欠伸」って技だ。ラグがいる時にやると「俺もやりたい!」つってうるせーからほとんどやらねーけど。
空中で龍の形にあんった炎が街を囲んでいた感知魔法をすべて焼き尽くす。
「なんて強引なんだ、お前は!」
グィンガンがわめているが「さっさと転移しろ!勇者の気配たどれるだろ!」と怒鳴りつける。
「分かったよ!」
涙目になったグィンガンが転移魔法を発動した。
「…来たか。」
勇者の力をたどって転移すると、出口は大学のホールだった。月の明かりに照らされたステンドガラスが床に反射し、幻想的な雰囲気になっている。そんなホールの中央で勇者様は目をつぶって待っていた。かっこつけんな。
「おー、なんだお前だけか。感知魔法張ってたメガネはどうした?」
俺が笑いながら聞くと「…お前の魔法にやられて寝込んでる」と勇者が苦い顔をする。
「は!あんぐらいで倒れるなんてまだまだ修行が足りねーなぁ。」
「…お前と一緒にするな、狂戦士オレグ。」
勇者様がゆっくりと目を開け、俺たちを見る。
「要求通りに魔族もニアも連れてきたみたいだな。」
「お前がそう言ったんだろ?」
けっと鼻を鳴らすと勇者様がニアに話しかけてきた。
「ニア。君は勇者の偽物を騙った愚かな男と一緒にいるべきじゃない。」
「それは以前に話したはずだよ。あたしは…。」
「君は何もわかってないんだ。あの男は魔王を倒しに行くと言っている。しかし、勇者や聖女が持つ聖力を持たない人間がどんなに努力しても魔王はおろか、下級魔族も倒すことはできない。あの男が魔族領に行けばすぐに死ぬことになる。俺は君を失いたくないんだ。」
「…口ではなんとでも言えるさ。」
「ニア、君もわかってるはずだ。あの男は弱い。勇者でもなければ勇者パーティーに入れる力も持たないただの男なんだ。そんな男に着いていく価値などない!」
勇者様がニアに向かって熱弁している。
「おい、痴情のもつれならよそでやってくれよ。」
俺が安定のタバコタイムに入る。グィンガンが興味ありそうだったので、一本吸わせてやると、ごほごほと盛大に咳き込む。お前はガキか。
「うるさいよ!誰が痴情のもつれだい!」
ニアが怒鳴りつけてくる。怖いな。
「オレグ、お前もだ。あんな妄想男の言葉を真に受けて真実から目を背けるな。お前は俺の仲間だ。ともに魔王を倒すことを運命づけられた同志だ。」
勇者様がなんかごちゃごちゃ言ってやがる。吸っていたタバコを地面に落とし、足で踏みつぶす。
「あの男は自力で聖女の隔離魔法から出てくることはできない。そんな役立たずについて行ってどうする!」
「ぎゃあぎゃあうるせーぞ。」
ぎっと睨み付けてやるが、さすがに勇者様は怖気づかない。
「魔族の侵攻が進んでいる。我々には少しの猶予もないのだ!」
「前に言っただろーが。俺は幼馴染と行くって。」
「なぜあの男に固執する!なんの取り柄もない男だ!」
勇者が剣を抜いて激昂する。ほんとめんどくせーな。
「そんなもんお前に言う必要あるか?」
「…もしかして、付き合ってるのか?」
後ろにいるグィンガンが恐る恐る聞いてくる。
「…グィンガン、お前は後で二度とそんなこと言えねーようにしてやるよ。」
「ひぃ!」
グィンガンの方を向いて満面の笑みを見せてやると、悲鳴を上げて後ずさりやがった。
「オレグ!目を覚ませ!」
勇者様が切りかかってきたので、大剣を抜いて応戦する。
「魔族などと行動を共にすれば、お前もニアも同じように見られる!」
「勇者様のくせに偏見に満ちてんな。少しはラグの柔軟性を見習ったらどうだ?」
「あんな男と一緒にするな!」
勇者様の高速の剣筋をすべて受け流すが、めんどくさくなってきたな。
「離れろ!」
大剣を振るってやると、勇者様が後ろに跳躍して距離をとる。
「お前は俺の幼馴染のことを何もわかってねーな。確かにあいつは勇者じゃない。ただの人間だ。」
「ならどうして!」
「声がでけーよ、馬鹿野郎。あいつの強さはな、口では最強とか言っときながら自が何の力もない人間だってことを自覚してることだ。」
「なんだと…?」
勇者様がその動きを止める。
「だからあいつは努力する。お前や俺みたいに力を持ってないことをわかってるから、がむしゃらに、あきらめることなく努力するんだ。俺たちに追いつこうってな。その執念深さには最初から力を持っているお前や俺たちでも適わねーさ。」
「…それがなんになる。」
「あきらめの悪さをなめんなってことだよ。なぁ、聖女様?」
「もういやあああああ!」
俺が勇者様の後ろに何もない空間に視線を向けると、聖女様の悲鳴が聞こえてその姿が現れた。
聖女様の顔色は悪く、げっそりと憔悴しており、勇者様が慌てて駆け寄ってやってる。
「どうした、ウンディーネ!」
聖女様の名前ウンディーネっていうのかよ。まさしくって感じだな。
「あの男!頭がおかしい!」
「よっしゃああああ!スプーンの勝利じゃあって、あれ?オレグじゃねーか。」
聖女が現れた所から、両腕を天に突き出して喜ぶラグが出てきた。
「ウンディーネの隔離魔法を解いたのか!!」
勇者様が目を見開いている。
「は?隔離魔法って何のことだ?俺は真っ暗な所に閉じ込められたから、スプーンでずっと壁を掘ってたんよ。」
「あの男…ずっと壁を掘るのをやめないんです。ちみちみちみちみちみちみちみと!みっともない!」
「はあ!牢屋に閉じ込められたらスプーンで脱出が定番だろうが!」
ラグが聖女に怒鳴る。隔離魔法をずっと発動し続けるのはかなりの精神力が必要だ。しかも、中にいる人間が脱出しようと攻撃してくると、それもダメージになる。
「強い魔法で攻撃されてもその痛みに耐えられる自信はあります!でもあの男は肌に少し痒みが走るようなもので!でもそれがずっと続くのです!!」
そりゃー精神やられんな。
「しかも!あの男!ずっと自分が多くの女性に言い寄られる妄想をずっとぶつぶつとしゃべり続けるし!大声で自作の歌を歌い続けるし!」
もういやあああ!と錯乱する聖女を勇者が必死に慰めている。
「ははは!勇者様よぉ。お前のいうただの人間が聖女様を追い詰めたみてーだぞ?」
「黙れ!ウンディーネは疲れていただけだ!ヴィートの魔法を手伝っていたから!」
「言い訳すんなよ、勇者様。つまり俺の方が聖女より強いってことだ。つまり俺は聖女だ!」
「訳わかんねーこと言ってんな!行くぞ!グィンガン!」
「分かってる!」
グィンガンがすでに転移魔法を発動していた。
「やるじゃねーか、ロリ変態ショタ野郎!」
「うるさいぞ、ラグ!」
「ちょいと待ちな!」
ニアが勇者の所までつかつかと歩み寄る。
「ニア!やはりこちらに!」
「何いってんだい、あんた。」
「ぐふぅ!」
ニアは勇者のみぞおちに強烈な蹴りをお見舞いした。
「あたしのリーダーに失礼なこと言うんじゃないよ。ラグはあんたなんかよりずっとでかい男さ。たとえラグが弱くったてあたしが守るからいんだよ。」
「ニア…。」
「おーい、そろそろ行くぞ。腹減ったわ俺。」
「あいよ。」
「じゃあな勇者様。聖女様はせいぜい修行して精神力鍛えるんだな。」
「くそ!」
勇者様が追ってきたが、その前に俺たちは穴に飛び込んだ。