世間知らずのお嬢さん
「――で、どうしてお前の家で女の子が洗濯してるんだ?」
ウルを体よく追い払ったあと、招いた覚えのない客を応接間に通して一応の事情を説明すると、フロレンツは馬鹿にするように鼻で笑った。
あくまで紳士的ながらも有無を言わさない様子のフロレンツに、テオは「話した通りだ」とアームチェアでふんぞり返る。彼女を預かっている経緯は親戚の娘を預かっているという以上の理由はない。
しかし当然のようにフロレンツに納得した様子はなく、不満気に口を尖らせただけだった。
そんなフロレンツをテオは迷惑ながらも意外な思いで見遣った。
王都に居た頃からの悪友であるフロレンツは、常日頃から突飛な行動をする男だったがまさか王都を離れてわざわざこの片田舎までやってくるとは思わなかったのだ。
仕事はどうしたんだ、という質問は自分に跳ね返ってくる質問であったので口にはしなかったが。
「お前さぁ、自分の状態分かってる?」
紳士的とは言い難い口調で今度はフロレンツもカウチでふんぞり返る。
「お前が強引におばあさまの家に引きこもってから一年近く経つけど、親戚の子を預かってる場合じゃないぜ?」
フロレンツの、いい加減なようでテオを心配しているような雰囲気を感じて、テオは少し視線を逸らせた。フロレンツの言うように、自分が意地を張っているだけだということは重々承知だからだ。
視線の先の窓の外では、数日前からの同居人が洗濯かごを手に暢気に歩いている。きっと来客を察してこれから畑の雑草でも抜くのだろう。そういう娘だというぐらいには、ウルという少女のことが分かってきたつもりだ。
「つーか、社交界に入るか入らないかぐらいの娘を家に囲って家事やらせてるって結構なスキャンダルなんだけど」
半笑いのフロレンツにテオは極めて硬い顔で答えた。
「……本人はメイドのつもりのようだが」
「貴族だろ? 立ち振舞いに隙がないし普通の娘は淑女の挨拶なんて完璧にしないし」
フロレンツの指摘は正しかった。テオは渋い顔で辛うじて頭を抱えるのを我慢する。
ウルという娘は本人が思っているほど垢抜けていないわけでもないし、礼儀を知らないわけでもないのだ。それが田舎暮らしには目立ちつつあって、テオの静かな生活を少しずつ脅かしつつあった。実際近所の村ではテオが愛人を囲ったと噂になっていた。人の口に戸を立てるのは不可能に近い。
「え、何。お前、結婚する気もない娘を家に置いてるの?」
「馬鹿じゃねぇの」と言われてテオは苦虫を潰す。これで借金のカタに働いているのだと万が一でも口を滑らせたあかつきにはどんなことを言われるのか想像を絶する。
テオの苦り切った顔を眺めてフロレンツは「まぁいいや」と肩を竦めた。
「今日はお前の様子を見に来ただけだから。あと復職の意思は…」
「戻るつもりはない」
今度ははっきりとしたテオの否定にフロレンツは「そう伝えておく」と苦笑して席を立った。
「帰るのか?」
「茶の一杯も出してくれるのか?」
王都からの距離をなまじ知っているだけにこのまま追い返すのは幾らなんでも非礼だ。テオはフロレンツに応接間に居るよう言い置いて台所へ向かった。
このあと、フロレンツの悪知恵でウルと少し話をしたようだったが、ウルの方はテオが焼いておいたぶどうパンでこの突然の来客をすっかり忘れてくれたようだ。
ただしフロレンツの方はそうはいかない。
「また来るよ」
不穏な捨て台詞を残して帰っていった。
今日は本当に様子見だったのだろう。次回の言い訳を考えておく必要がある。
テオは胃の痛くなるような予感を腹にその日を終えた。
フロレンツは帰ったが、無遠慮な目が無くなるわけではない。
「やぁ旦那。可愛い愛人の娘は元気かい」
「違うと何度言えばいい」
行商のおやじの不躾過ぎる挨拶をしかめっ面で返す日々である。