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冒険少年とエルフの姫  作者: 早村友裕
01.火山研究所
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 ドッグから外へ繋がる格納庫への隔壁はすでに開かれていた。『カンジ2号』を乗せた運搬台は、ゆっくりと格納庫へと向かっていく。

 ソラはその様子を船の中から見ていた。

 弾丸のような形をしたその船の客室は船底にあり、前面を強化ガラスに覆われていた。側面にも、円形をしたいくつかの窓が取り付けられている。

 操縦室の最前面には席が二つあり、そこには赤いツナギの寛二と、白衣を脱いで代わりに紺色の羽織を纏った朔が陣取った。その後ろに、二人掛けの椅子が横に並んで、2つ。

 寛二と朔は、話しながら出航準備を始めている。

 ミホシと二人で並んで椅子に座り、朔と寛二が慌ただしく動く様を見つめていた。

 古めかしい鈍色(にびいろ)で統一された操縦席は、他にもある昏海用の船と酷似していた。ソラも運転させてもらったことがあるため、二人の操作はなんとなく理解できた。今は、エンジンをかけて温まるのを待っているのだろう。

 もう少しすれば、出発できるはずだ。

 一通りの点検を終えた寛二は、登ってきたばかりのタラップに向かう。

「隔壁を閉めてくるからちょっと待ってくれ。あれだけは手動だから、降りにゃならん」

「ああ。わかった」

 寛二がいったん船を出てからも、朔は計器の調整に余念がない。スイッチを動かすパチパチという音が響く。手にしているのは、複雑な文様が描かれた地図のようだった。

「朔さん、それは地図なの?」

「ああ、そうだ。雨季になると、昏海の灰の上を雨が流れて模様になるのは知っておろう? その模様を記した地図だ。一年の半分しか使えんのだがな。晃が作ってくれていた。いくらか不足しているが、十分だ」

「朔さんは『姶良』の場所が分かってるの?」

「ああ。旅路の間、ずっと歩測をとっていたからな。カリンの測量はかなり正確だったからな。この船なら、2日も行けば到着するはずだ」

「カリン?」

 聞きなれぬ名前にソラが首を傾げると、朔は笑った。

「俺が誰より愛した人の名だ」

 もしかして、ミホシのお母さんの事だろうか――そう思ったが、朔はそれっきり口を閉ざした。

 ミホシを見ると、にこりと笑い返してくれた。

 気づけば、目の前には昏海への出口が大きく迫っている。一枚の隔壁を挟んだ向こう側に、砂の気配がした。

 ドッグへ続く隔壁を閉じた後、この格納庫全体が上にせり上がり、地上の灰へと乗り出すのだ。そして、天井とこの出口が外へ倒れるように開き、航海へ出ることになる。

「寛二が戻ってきたら出発だ」

 朔はそう言って、ソラとミホシの頭にぽん、と手を置いた。

 しかし、しばらく待っても寛二が帰ってこない。

「ソラ、窓から見てくれるか?」

 言われて、ソラは側面の窓から船の外をのぞき込んだ。

 すると、そこには、数人の男たちに押さえつけられ、身動きのとれなくなっていた寛二がいた。


 彼らは研究員ではない。何者だろう。黒いツナギのような服に、口元まで隠す襟を立てて。黒に身を包んだ男たちは、ソラたちの乗る船に視線を向けた。

 こっちを狙っている。

「朔さん! 寛二さんが捕まってる! 変な、黒い服の人たちがいっぱいきてるんだ!」

「何?! ……中央の人間か」

 いるも穏やかな朔が焦った声をあげた。

 再び見下ろしたソラは、地面に伏せられた寛二が渾身の力でその捕縛を振り払ったのを見た。

 そして寛二は、窓の中にいるソラに一瞬、視線をくれた。

 その口が小さく動いた。

――行け、ソラ

 ソラは弾かれたように朔を振り返った。

「寛二さんが、行けって……!」

 ちょうど、黒い服の男たちを振り払った寛二が、隔壁の操作ボタンを押したのと同時だった。



 がこん、と大きな音がして、格納庫全体が上へ向かって動き出す。

 黒服の男たちは止めようと操作したが、寛二はロックしてしまっていたのだろう。格納庫が止まる気配はなかった。

 男たちは目標をこちらに変えた。

 まだ、タラップを閉まっていない。

 気づいた朔がタラップを閉じるスイッチを押すが、一瞬間に合わず、男たちが群がった。

「ミホシ! 破裂蟲(はれつちゅう)を使うのだ!」

 朔の声で、ミホシが駆ける。

 そして、つい今、上ってきたタラップに向かって服の袖から取り出した何かを投げつけた。

 白い塊に見えたそれは、登ろうとしていた男たちにあたると、ぱぁん、と乾いた音がして、白い粉がぱっと散った。

 ソラの鼓膜もその音に叩かれ、きぃんと甲高い音が脳を貫いた。

 それは男たちも一緒だったのだろう。思わず、タラップから手を離していた。

 その間にタラップは格納され、朔も窓に駆け寄った。寛二は再び黒服の男たちに捕まっていた。

 しかし寛二は、両腕をひねりあげられながらも朔を見た。

 そして、口をぱくぱくと動かした。

「……ああ、分かっている。分かっている!」

 朔はそう吐き出すように言うと、窓から離れて操縦席に座った。

「ミホシ、ソラ。席に着け。このまま出航する!」

 寛二は? と、聞こうとしてやめた。

 朔が決意した表情でまっすぐに前を見据えていたから。

 せり上がる格納庫が止まった。地上へ出たのだ。そのまま、天井が割れるようにして開いていく。船体は急激に凶暴な風にさらされ、ちいさなガラス同士がぶつかり合うような澄んだ音がした。

「晃……寛二……すまない」

 朔はそうつぶやくと、操縦桿を握りしめた。

 天井が開ききるのを待ちきれないように操縦桿を引き倒すと、船体がゆっくりと浮上を始めた。

 本当に、飛ぶんだ。

 こんな時なのに、ソラはわくわくした。

 なにしろ『とっておきの船』で灰の海に乗り出すのだ。それも、灰の風の向こうにあるエルフの里を目指して。何より、ミホシがソラと一緒に行きたい、と言ってくれたのが嬉しかった。ミホシのためなら、父のお叱りなど、何度だって受け入れてもいい。

 ふわりと浮かび上がる感覚で、全身を歓喜が巡った。総毛立つほどの興奮がそらを包み込んだ。

 側面の壁が開ききる前に、黒服の男たちが船に乗り込んでくる前に、『カンジ2号』は灰の渦巻く空に向かって飛び立っていた。

 灰色の風に覆われ、あっと言う間に研究所は見えなくなってしまった。



 飛行船を少し飛ばしてから、朔は肩の力を抜いた。

「よかった、飛んだ。2号は大丈夫そうだな」

 とんでもなく不安な一言を吐いて。

「さすが、寛二と晃だ。これでしばらくは大丈夫だろう。彼らも簡単には追ってこられんはずだ」

 ミホシとソラも、ほっと一息ついた。

「朔さん、あれ、何だったの? 黒服の集団が急に襲ってきたんだけど……」

「あれは、中央研究所直属の部隊だな。以前から監視されておったのは知っていたが、ずっと、こちらが足を出すのを狙っておったのだろうな。研究員の中におそらく、中央に通じている者がおったのだろう」

 危なかった、と朔は笑った。

 飛行船の中は思いの外広く、操縦席のある前方部分、通路を挟んで、後方部分には3つの部屋があった。そのうち一つにはたくさんの食料が積んである。

 調理器具はないが、ドライフリーズされたそれらがあればしばらくは平気だろう。

 ソラは準備の良さに驚いた。

 朔は疲れただろう、と言って、ミホシを一番小さい部屋で寝付かせた。

 気丈にふるまっていても、ミホシは疲れていたのだろう。部屋を暗くするとすぐに寝息が聞こえてきた。

 朔はその寝顔を見てから、ソラをつれて操縦席へ戻った。

「寛二が来られなかったから、ソラ、お前が代わりをするのだ。『副操縦士』として、この船の操縦を覚えてくれ」

「えっ? オレが?」

 突然のことに、ソラは困惑した。

 でも。

 この船を運転できる。ミホシを乗せて、どこまでも行ける――約束通り、姶良にだって。

 ソラは大きく頷いていた。


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