表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険少年とエルフの姫  作者: 早村友裕
01.火山研究所
7/39

 どたん、と大きな音を立ててソラは地面に転がった。

 それでもすぐに起き上り、ミホシを背に庇うように立つ。

 扉を押しあけて入ってきたのは、顔見知りの研究員たちだった。皆、一様に驚いた顔をしながら、ソラを呆然と見る。

「ソラ、ここは立ち入り禁止だ。その子と一緒にこっちへ来るんだ。晃さんに、ここへ入ってはいけないと言われなかったか?」

 園山と違って優しそうな言葉をかけてはいるが、ミホシを見る目は好機に満ちている。

 ミホシは冷たい光を目に灯したまま、表情を押し殺していた。

「その子です! そこにいるのが人の形をしたバケモノっ……!」

 園山がヒステリックに叫んだ。ソラは精いっぱいで園山を睨みつけた。

 ソラは頑として動かなかった。

 しかし、少しずつ、少しずつ奥へ追い詰められていく。

 駄目だ。

 ソラの小さな手では、短い腕では、ミホシを庇えない。

 たくさんの手がソラたちに向かって伸ばされた。


 その時、大きな声が廊下に響き渡った。

「みんな、何をしているんだ!」

 一番聞きたかった声だった。

 人波の向こうに晃のぼさぼさの黒髪が見えた。

 そして、目の前に白衣が翻った。

 ソラたちを庇うように、朔が立ちはだかっていた。

 その瞬間泣きそうになった。

 晃と朔なら、ミホシを助けてくれる。ソラには出来ないことも、二人にはできる。

 朔は冷たい目をして俯いてしまっていたミホシを抱き上げた。彼女と視線を合わせ、慰めるように頬に額を摺り寄せる。

「大丈夫だ、ミホシ。もう大丈夫だ」

 静かに、落ち着いた声で囁きながら。

 その瞬間、表情を固めていたミホシの眉がみるみる下がり、まるで泣きそうな顔になった。そして、ミホシは朔の首に抱き着いた。

 確かな信頼関係を感じて、ソラの胸は小さく痛んだ。

 朔はソラに目線で、一緒に来い、と促すと、すたすたと歩きだした。

 ソラは慌ててその背を追う。

 大きな背中。ミホシを軽々持ち上げてしまう力。ミホシを姶良へ連れて行ってしまうのもきっと、朔と晃なのだろう。

 安心感と共に、どうしようもない悔しさに襲われる。

「朔さん! そのバケモノをどうしようというの?! まさか、地下の立ち入り禁止区域で、そのバケモノを飼っていたんじゃないでしょうね?!」

「黙ってくれないか」

 ヒステリックに叫ぶ園山に、朔は視線を遣りもしなかった。

 ただ冷たい声で返答した。

「こうなると思ったから隠しておったのだ。この子は俺の大事な娘だ。お前にそのように口汚い言葉で呼ばれる存在ではない」

 娘、という言葉で、園山は絶句した。

 集まっていた研究員たちも言葉を失っている。

 その横を、朔とソラは並んで通り抜けた。1階への階段を上ると、そこには険しい顔をした晃が立っていた。

「朔、行け。後の事は何とでもする」

「すまないな、晃」

「いや、いいんだ。相川所長も俺も、ハナからこうなることは予測済みだ。むしろ、遅かったくらいだ」

 すれ違いざま、そんな一言をかわして。

 二人は背を向けた。

「ソラ、朔についていくんだ。後で迎えに行くから」

「……わかったよ、父さん」

 晃を置いて行くことに抵抗がなかったわけではない。

 でも、子供であるソラに選択肢はなかった。

 早足で遠ざかってしまう朔の背を必死で追いかけた。

 朔は肩のあたりに顔をうずめたミホシの頭を、ゆっくりと撫で続けていた。とても愛おしいものに触れるように。

 そして、不意にソラを見下ろした。こんな状況なのに、その顔には笑みが湛えられていた。

 青空のような色の瞳に吸い込まれそうになって、ソラはどきりとした。

「すまなかったな、ソラ。巻き込んでしまった」

「いいんだ。ミホシが見つかったの、オレのせいだし」

「……ソラのせいじゃないよ。待ちきれなくて、あたしが勝手に扉の外に出ちゃったの」

 ミホシが顔を上げた。

 その眼は少し赤かったけれど、朔が来たことで落ち着いたんだろう、先ほどのような冷たい表情ではなくなっていた。

 朔は抱き上げていたミホシを下ろすとその頭にぽん、と手を置いた。

「ミホシも、もう泣いておらんな。さあ、行くぞ」

「どこ行くの、お父さん」

「寛二のところだ」


 人気のない船のドッグ。

 寛二にはすでに連絡してあったのか、いつもの真っ赤なツナギを着て、煙草を咥えて、仁王立ちで待ち構えていた。

「……よう、朔」

「やあ、寛二。すまない、手間をかけるな」

「何をいまさら。お前がここへ来た12年前からずっとそうじゃねえか」

 そして寛二は、ちらりとソラに視線を向けた。

「ソラ。ちっと驚いたと思うが、大丈夫か?」

「オレは平気だよ」

 この間は、ミホシを連れ出したソラを叱ったのに。

 寛二の優しい言葉にソラはまた泣きそうになった――自分が、ミホシが、彼らに守られていたことを知って。

 そしてますます、自分の無力を実感して。

「準備は出来ているか?」

「ああ、ばっちりだ。いつでも出られるように整備してある」

 寛二は、朔とソラを連れてドッグの奥へ入った。

 ソラも入ったことがない、倉庫の奥だ。他の技師たちもほとんど足を踏み入れない、技師長である寛二の城だった。

 そこに鎮座していたのは、胴体の丸い、まるで弾丸のような形をした船だった。それも、本来なら灰に沈む船底にガラス窓がついている。人間が、船底に乗り込むのだろうか。

 寛二が煙草を咥えたまま、その鈍色をした船体をぱん、と叩いた。

 思った以上に軽い音がした。装甲が薄いのか、材質自体が普通の船と違うのか。

「ソラ、ミホシ。これが『とっておきの船』だ。灰の風を受けて飛ぶ『硬式飛行船』――」

 煙草のヤニで黄色っぽくなった歯を見せながら、寛二は子供のように笑った。

「『カンジ2号』だ!」

 飛行船とは何なのか、カンジ2号ってことは1号もあったのか。いろいろと聞きたいことはあったが、寛二があまりに自信満々なので、ソラは口を閉じてしまった。

 朔が目を輝かせてその船体を見ていたせいもある。

 晃といい朔といい寛二といい、いい大人なのに、時折、少年のように楽しそうに笑う。

 ソラには、彼らの興味のポイントがよくわからず、首を傾げることが多い。

 おそるおそる、寛二に問う。

「『カンジ2号』って、何? 寛二さん。2号ってことは、1号もあったの?」

「ああ。1号は試運転で灰の海に沈んだからな。今度は晃に完璧に計算してもらって、慎重に形を整えたからな。絶対に大丈夫だ!」

 やはり1号もあったらしい。

 そのうえ、ものすごく不安になる事を言っているが、大丈夫なのだろうか。

「さあ行くぞ、ミホシ」

 寛二が先に乗り込んでいき、朔もミホシに手を差し出した。

 しかし、ミホシも不安そうな顔をしていた。今から何が起きるのか、何となく分かっているが、分かりたくないのだろう。

 助けを求めるようにソラの方を見た。

「ソラは? ソラも一緒に行きたい」

 ミホシがそう言うと、朔は困ったように笑った。

「そんなことをすれば、俺が晃に怒られてしまう。残念だが、勝手にソラを連れて行くわけにはいかんのだ」

「でも、あたし……」

 眉を下げたミホシが、ソラに向かって手を伸ばした。

 ソラは反射的に、ミホシの手を取った。彼女の手は小さくて、柔らかくて……とても、温かかった。

「朔さん、オレも連れてってよ。父さんには、後で、自分で謝るからさ」

 そして、ソラはミホシに笑いかける。

「オレはミホシの友達だからな! 一緒に姶良に行くって約束しただろ」

「ソラ……」

 小さな手がソラの手をぎゅっと強く握りしめた。

 そして二人で一緒に、朔を見上げた。

 朔は困ったように笑いながら、それでも小さく頷いてくれた。

 ソラは、ミホシと手を繋いだまま、飛行船『カンジ2号』に乗り込んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ