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冒険少年とエルフの姫  作者: 早村友裕
01.火山研究所
5/39

 次の日の学校、生物の授業中。

 ソラはぼんやりと窓の外を見つめていた。

 鉄筋の校舎は3階建てで、1・2年生が1階、3年生のソラがいるのは2階、最上学年の5年生は3階にいる。コンクリートむき出しの壁に囲まれた教室には20名ほどが席に着いており、みな退屈そうな顔をしていた。

 生物担当の山井先生はもうおじいちゃんで、声に力がない。聞いていると眠くなってしまう話しぶりと禿げ上がった頭から、生徒たちから密かに『念仏』と呼ばれていた。

 今日は、生物相の遷移の話をしているようだった。火山噴火で植物の育たなくなった裸地が、コケ類の繁茂から低木層を経て、再び樹林を取り戻すまでの変遷を解説している。

 ソラの席は窓際の最高尾という好立地だ。

 窓ガラスを挟んですぐそこでは、カサカサと乾いた風が火山灰を含んで校庭を飛び交っていた。昏海に近いこの町は、いつも灰の風が吹いている。

 火山灰を固めた道路が縦横に走っている町の外には、所々に低木の生えただけの不毛の地が広がっている。この町の近くで育てられるのは水を必要としない芋くらいで、主食である小麦は大和の東側から運んできているのだった。

 千年前の火山噴火は、今も大きな爪痕を残している。

 空を見上げても灰が舞っているせいで太陽の輪郭はぼんやりとぼやけている。屋外を歩くときは必ず防塵の布を口元に巻かなくてはならない。

 大和の東の方では澄んだ空が見られるが、ソラの住む西の地域では星を観察するのも困難だった。

 この大和だけでなく、世界中で同時多発的に起きた地核運動は、あっと言う間に人間の文明を飲み込んでしまったらしい。当時、『人の住めない場所はない』と揶揄されるほどに全世界に広がっていた人間たちはほとんどが滅びてしまったそうだ。

 旧文明は終わりを告げた。すべては分厚い火山灰の下に埋もれてしまったのだ。

 今も残されているコンクリートや車などの機械技術、それに辛うじて残っている本などから推察されるその文明は、今よりもずっと進んでいたと思う。一説によると、人口も世界中で何十億、下手したら百億ほどだったそうだ。今の大和の人口が100万人程度だから、それは驚くべき数字だ。

 乾いた風が、音を鳴らしながら吹き飛んでいく。

 今は乾季だから仕方がない。雨季になればもう少しは灰の風も落ち着くはずだ。

「……『姶良(あいら)』、か」

 ミホシの故郷だというエルフの里、昏海の向こう。

 もしかすると、ミホシや朔は、その旧時代から細々と生きてきた人間たちの末裔なのかもしれない。

「……と言うのが火山噴火後の植物相の遷移です。このように、水気のない土地の遷移を乾性遷移、湖などの湿気のある土地で起こる遷移を湿性遷移と呼びます」

 先生の声で黒板を見ると、いっぱいに文字と図が書かれていた。

 写さなくては。

 ソラは鉛筆を走らせた。

 火山が噴火し、不毛の地と化した大地に植物が根付くまで。

 火山噴火でマグマが吹き出して出来た植物のない土地を、『裸地(らち)』と呼ぶ。その裸地に、最初に根付くのは地衣類やコケ類だ。やがてそこへ草本類が生え、低木が生える。そして最後には大きな樹木が育ち始め、最終的には樹林が出来上がる。

 ふと、再び外を見た。

 ソラの目に映るのは、低木が並ぶだけの乾いた大地だった。

 この土地は、旧文明の時代にそうだったように、再び樹林へと遷移するのだろうか。それとも、このまま何も生えない土地のままなのだろうか。

 写す手を止めてぼんやりと考えていたら、鐘が鳴り響いた。

 授業は終わりだ。

 級長の天奈(あまな)が起立礼の号令をかけ、黒板の文字はすぐに消されてしまった。



「それはね、このあたりの気候が区分でいうとサバナ気候に近いステップ気候だからだと思うよ。昔はもっと雨が降ったんだと思うけど、今は雨季と乾季があって、乾燥してる時期が長いから、大きな木は生えないと思う」

 ソラが授業での疑問をミホシに話すと、彼女はすらすらと答えた。

「そもそもの気候が昔とは違うんだね。学校の授業は、旧文明の書物を元にしているのかもしれない」

 ミホシは積んであった分厚い本から一冊を抜き出した。

 どうやら地理学の本らしい。ぺらぺら、とめくって、そのうちの一ページを指した。

「サバナ気候とかステップとかは、『ケッペンの気候区分』って言うの。気温と降水量をもとに、気候を数十の区分に分類するの。今はもう、こんなにたくさんの気候が残ってないらしいけど、旧文明の気候区分だから、もっといっぱいあったんだね」

 何度も何度も開いたのが、その本には折り目がいっぱいついていた。

「それ、旧文明の本なのか?」

「たぶんそうだと思う。晃さんが貸してくれたの。これも、こっちもそうだよ」

 父さんがミホシに。

 忘れかけていた感情がちりりと心の端を焦がす。

 それに気づいたのだろう。ミホシは首を傾げた。

「どうしたの、ソラ」

「なんでもないっ」

 誤魔化すようにミホシの持っていた本を奪い取って、ぱらぱらと捲った。

 その時、ふと思った。

「……もしかして、こうやって本を調べたら『姶良』のこと載ってるかな?」

 姶良に行くには、姶良の事を調べなくちゃいけない。

 現代の本には載っていなくても、旧時代の文明の本なら何か書いてあるかもしれない。

 ミホシは、はっと顔を上げた。

「本当だ。考えたことなかった……お父さんの出身だから、教えられることしか知らなかったけど、もしかしたら自分で調べられるかも!」

「よし、一緒に調べよう! オレが父さんの本を借りてくるよ」

 ソラは立ち上がった。

「ミホシはここにいて。また見つかったら怒られるかもしれないからさ」

「うん、わかった」

 ミホシを部屋に置いて、ソラは部屋の外へ飛び出した。


 父の執務室にたどり着いたソラは、中に入ろうとして足を止めた。

 中から声がしたからだ。

 この声は、朔と晃だ。いつものように、喧嘩をしているのか、じゃれているのかわからない言い合い。

 耳を澄ましたわけでないが、話の内容が聞こえてきた。

「どうでもいいよ、それは……じゃあ、寛二の船は完成したんだな?」

「ああ。あとは整備をしたらいつでも出られるらしいぞ」

「地図は?」

「樹海の分は出来ておる。あとは昏海の地図だが」

「そっちはあと3日もあれば出来る。雨季が来て迷図が書き変わる前に終えるよ」

 二人の話に、心臓がどきりとした。

 寛二の船。地図。昏海の迷図。

 間違いない。

 晃と朔と寛二は、ミホシを姶良に帰すつもりだ。寛二の作った船で。

 もしかして寛二の言っていた『とっておきの船』とは……

 どきん、どきんと心臓の音がする。息が止まりそうだ。


 ソラはごくりと唾を呑んだ。

 一歩、後ろに下がる。

 そして、わざと大きな声で叫んだ。

「父さん、いるー? 本貸してほしいんだけど!」

 部屋の中から聞こえていた声が止まった。

「ソラか? 何の本がいるんだ?」

 がちゃり、と扉が開き、晃が顔を出した。その後ろに朔も立っている。

 きっと二人ともソラが話を聞いていたことには気づいていない。

「ミホシと二人で勉強するんだ。ミホシの持ってた気候の本とか、学校で習った植物相の話とかがあったらいいな」

「よし、わかった。ちょっと待て」

「あ、そうそう。ミホシが持ってたみたいな、旧時代の書物だと面白いかも」

「おお、ソラも旧時代の書物に興味があるのか!」

 ソラの言葉に朔が目を輝かせた。

 晃も心なしか嬉しそうに本を選んでくれる。

 数冊の本を抱えて、ソラは再び地下へと戻ったのだった。


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