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エピローグ


 その日は静かにやってきた。

 いつものように母親にいってきます、とあいさつし、眠い目をこすりながら晃とおそろいのルーフバイクで研究所へ向かおうとガレージに向かう。

 ところが、母親はその日に限って下まで追ってきた。

「どうしたの、母さん。今日に限って」

「何でもないわ」

 もしかして、ばれているんだろうか。

 ソラは疑ったが、穏やかに微笑んだ母親は、確かにいつも通りだったので気にしないことにした。

 もしかすると、もう戻らないかもしれない家を出た。


 今日は本来なら研究所が休みの日だ。

 それなのに、晃も寛二も、当たり前のように出勤していた。

 まるで何かを待つように、ソラと並んで執務室の前の大きな窓のところから昏海を見ていた。

 仕事をしに来たんじゃないのか、と聞くと、のらりくらりと交わされた。

 のんびりと3人が揃ったのは久しぶりだ。姶良での思い出を話しながら、何度も姶良に足を運んでいる寛二から近況を聞く。神楽が護衛部隊の総長に就任し、留学から帰ったリンは、外の世界との外交を受け持っているらしい。

 姶良で療養していた朔とカリンは、一年前、再び二人で旅に出た。ミホシがもうひとり立ちできるくらいに成長したから、二人で死に場所を見つけに行く、と言っていたが、まだまだ元気そうに見えた。

「……あれからちょうど、3年か」

 晃の言葉にどきりとした。

 こっそり計画して準備していたつもりだけれど、完全にばれている気がする。

 ソラはいたたまれなくなって、晃をこっそり見た。

 成長期だったソラはこの3年間でよく育ち、今では晃と変わらない身長になっていた。このままなら追い抜いてしまうのは時間の問題だ。

「なあ、父さん。もしかして……」

 オレが今日、ここから出ようとしてるって知ってる?

 そう聞こうとしたが、その前に晃が言った。

「ミホシちゃんと仲良くやるんだぞ」

 ソラは、むぐ、と息を呑んでむせ返った。

 なんだよ、全部お見通しかよ。

 晃にはまだ、勝てそうにない。

「なんで知ってんだよ、父さん……オレ、黙って準備してたつもりなんだけど」

「ミホシちゃんが準備してるって寛二に聞いてたんだ。寛二は、夙夜さんに聞いたって言ってたし、夙夜さんは朔から聞いたって言ってたな」

 ソラとミホシのプライベートはいったいどこにあるんだろう。全部筒抜けだ。

 姶良からずっと離れていたはずなのに、これだ。大人たちはずるい。

 すねた顔をしたソラの頭に、寛二がぽん、と手を置く。

「大丈夫だ。オッサンの技術は全部、この一年でソラに渡したろ。大丈夫、ソラとミホシちゃんならどこまででも行けるさ」

 寛二の大きな手は優しくソラの頭を撫でた。

 火山研究所で、寛二に弟子入りしてから1年。

 材料さえ揃えれば、自分で小さな飛行船をくみ上げられるようになったし、船や飛行船の操縦はもちろん、整備も完璧にできるようになった。

 全部、寛二のお蔭だった。

 ソラは胸がいっぱいになった。

「父さん、寛二さん、ありがとう」

 晃からは心根を、寛二からは技術を学んだ。

 また泣きそうになって、ソラは思い切り上を向いた。

 その時、視界に飛び込んでくる飛行船。

 あの船は、もともとカンジ2号だったものだ。

「行って来い、ソラ」

「元気でな、ソラ」

 晃と寛二が手を振る。

 シンプルな別れだ。

 ソラは二人に向かって深く頭を下げると、廊下を駆け出した。



 飛行船は徐々に高度を下げ、研究所に降りてくる。

 ソラは荷物を担いで外に飛び出した。

 灰の風の中、思い切り手を振ると近づいてきた飛行船は着陸せず、タラップを下ろした。

 ソラはそのタラップに飛びつき、中へと入りこんだ。


 荷物をその場に放り出し、操縦席へとかける。

 扉を開ける時間ももどかしい。

 バタンと大きな音を立てて開いた先に、桃色の衣を着た少女が立っていた。

 ソラが入ってきたのに気付くと、満面の笑みで迎えてくれる。

「ソラ、久しぶりだね」

 ソラの胸がくぅっと締め付けられる。

「ミホシ!」

 何かを言う前に、何かを問う前に、ソラは思い切りミホシを抱きしめた。

 最後に別れた時には同じくらいの背丈だったのに、今ではミホシはソラの肩くらいまでしかない。抱きしめるとすっぽりと腕の中に納まった。柔らかくて温かい。ソラはますます強くミホシを抱きしめた。

「ソラ……苦しいよ」

「あっ、ごめん!」

 ぱっと離すと、ミホシは笑った。

 15歳になったミホシは、ますます綺麗になっていた。見ているだけで顔が熱くなるくらい。肩に届くくらいだった淡い金髪が腰のあたりまで伸びていた。表情も大人びて、穏やかになった。

「ソラ、大きくなったね。もうぜんぜん届かない。それに、声も低くなったし、何だか……別の人みたい」

 別人、という言葉にソラが眉を寄せると、ミホシは誉めてるんだよ、と言って笑った。

「うん、とっても素敵になった。晃さんに似てきたね。でももっと、頼れる感じ」

 ミホシがぽんぽん、とソラの胸板を叩く。

 その仕草が破壊的にかわいい。

 ソラはミホシの手を捕らえて、そのままもう一度抱きしめた。

「……苦しいよ、ソラ」

 今度は離さなかった。

 ミホシは今も華奢で、強く抱きしめると折れてしまいそうだ。それでも、ソラは力を緩めなかった。

「3年間、ずっとミホシに会う事ばっかり考えてた。会って、一緒に旅にでることばっかり考えてた。次に会ったら、もう離さないって決めてた」

 何度、姶良に走りそうになっただろう。

 何度、灰の風の向こうをため息とともに見つめただろう。

 何度、夢の中で彼女の名前を呼んだだろう。

「やっと会えたんだから、絶対離さない」

 ソラが言うと、ミホシも両手を背に回してソラを抱き返した。



 ミホシが操縦席に座り、飛行船のエンジンを稼働させる。

「どこに行こうか。ソラは、行きたいところある?」

「うーん、まずは星空かな。その後は、ずっとずっと遠くに行こう。大和を抜けて、誰も住んでないと思われてる土地まで」

「どうして?」

 ミホシが振り向いた。

「姶良と同じようにさ、まだ知られてない土地にすんでる人がいるはずだろ? その人たちに外の世界を教えてあげたいんだ。最初に中央研究所が間違えたみたいに、うまく行かない事だってあるはずだから。オレはそんな人たちを助けたい」

 ソラがその夢を告げると、ミホシはにっこりと笑った。

「ソラはいつもそうだね。みんなを受け入れてくれるの」

 ミホシはソラの隣に腰を下ろした。

 肩がふれて、ドキドキする。

 もう何度も抱きしめているのに、それでもミホシにふれるだけで心臓が破れそうなくらいに強く打つ。

「広い世界に連れ出してくれたのは、ソラだよ。ソラはいつもそうだった。あたしにも、リンにも、同じように手をさしのべてくれた。それが本当に嬉しかった。何度でも言いたい。ソラ、ありがとう」

 少女が笑う。屈託ないその笑顔は、ソラの瞼いくっきり焼き付いた。

 こんなに幸せだったら死んでしまうんじゃないだろうか。

 ソラはそっと胸のあたりを押さえる。いつもくぅっと締め付けてきたその場所は、今も狂おしいほどの思いに満ちている。

 愛おしい。

 ミホシの笑顔が愛おしい。

「ソラ」

 ミホシがソラを見上げる。

 大きな赤い瞳が細められ、嬉しそうに笑う。

「あたしも、ソラが好きだよ。誰より一番、キミのことが好き。大好き」

 ミホシはそう言って、ソラの肩にもたれかかった。

 ソラは何度もその言葉を反芻して、ようやく理解した。

 夢心地でミホシの顔を見下ろした。

 世界で一番大切な女の子は、すぐ傍で嬉しそうに笑っていた。

「本当は3年前に言いたかったんだよ。それなのに、ソラってば逃げるみたいにーー」

 ミホシの言葉はそこで途切れた。

 ソラが、言わせなかったから。




 幼い日の約束は果たされる。

 きっと二人なら、どこまでだって行ける。


 最初に二人が並んで見るのは、朔が、カリンが目指した星空だ。

 娘の名前と同じーー満星。

 星を抱く存在と同じ名の少年とともに、少女は両親と同じ夢を見る。



 真っ直ぐに、飛んで行こう。

 星の見える大地まで。




おしまい

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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