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望たちと園山の間に、どんな話し合いがあったかはわからない。
が、すべての船を引き揚げることは決まったようだった。そして、今後は火山研究所が主体となって姶良と交流を続けていくことが決まったようだ。ソラの住む大和の政府にも通達されるだろう。
たくさんの問題を残しているが、姶良の事を大切に思っている晃が入るのであれば大丈夫だろう。
ソラは目の前にそびえ立つ白い柱を見上げた。
中が空洞になっているこの通路は、外の世界へと続く道――『ソラの道』。
自分と同じ名前になってしまったことは何となく恥ずかしいが、天蓋に覆われた姶良の街に住む人たちは空なんて見たことがないというのなら、その憧れを込めてもいいだろうと思う。
姶良を離れる日、皆が見送りに来てくれた。
リンや神楽は、ソラがいなくなることを寂しがり、また遊びに来るよう何度も言い含めた。
晃は、弓弦に朔とカリンの容体を尋ねる。
「二人ともまだ目を覚ましていない。何、そのうち目を覚ましたら、二人ともまた外の世界を目指すだろう」
弓弦がそう言うと、晃は苦笑した。
彼ららしいね、と零しながら。
ミホシは、従妹であるリンと神楽に挟まれてにこにこと笑っていた。
笑ってくれて、よかった。泣いているミホシの姿は見たくない。
それは、最初から最後までソラの我儘かもしれないのだけれど。
目の前に伸びる白の道。完全に固定されたその道を見上げ、ソラは唇を引き結んだ。
「行くぞ、ソラ」
晃が呼ぶ。
ソラは今行く、と答えてミホシに向きなおった。
今別れたら、3年は会えない。
「大丈夫だよ、ソラ。また会えるよ」
「分かってるよ」
また、会える。
そうわかっていても、簡単にはいかないものだ。
何より、まだ伝えていないことがある。どうしても、伝えていかなければいけないことがある。
心臓がドキドキ鳴り響いている。まるで、初めてミホシに会った時のように。
「あのさ、ミホシ、オレっ……」
どうしたの、とミホシは首を傾げる。
「オレ……」
一度地面に視線を落とし、深呼吸。
ソラはぱっと顔を上げた。
「オレ、ミホシの事が好きだから! 世界で一番好きだから!」
「えっ……?」
とうとう言ってしまった。
頭に血が上って、心臓が破裂しそうなほど大きな音を立てて。
びっくりした顔のミホシにくるりと背を向け、ソラは返事を聞く前に駆けだした。
飛行船に乗り込んで、座席に体を埋める。
「どうしたんだ、ソラ」
にやにやしながら寛二が聞いてきたが、無視した。
飛行船が飛び上がるまで、ソラは座席に突っ伏して隠れていた。
出発するぞ、いいのか、という晃の声にただ必死で頷いて。
ふわりと体が浮く感覚を覚えてから、ソラはようやく顔を上げた。
窓から外を見ると、すでに地面は遠ざかっていた。
小さく見えるミホシが、何かを叫んでいたようだったが、もう聞こえなかった。
キラキラ輝く星空のような街が遠ざかっていく。ミホシの両親が――朔とカリンが夢見た星空とよく似た街が、少しずつ消えていく。
この数日がまるで夢だったかのように。
じわり、と目の端に涙がにじんだ。
泣くもんか。
鼻の奥がツンと痛くなっても、視界がうるんでも、ソラは歯を食いしばった。
晃はそれに気づかない振りをして、ただ頭にぽん、と手を置いた。
外の世界に戻って、最初に待っていたのは母親の説教だった。
ソラと晃は並んでその叱責を受け入れた。
仕方ない。何も言わずに、何日も帰らなかったのだ。心配をかけたのは当たり前だ。
何しろ存分に叱った後、母親は泣きだしたのだ。それだけで、どれだけ心配をかけたのかが分かって、ソラも困惑した。
仕方なくソラは、おずおずと母親の背を撫でた。
母は泣きながら、もう、心配かけて! と怒りながら、それでもソラを抱きしめた。
ソラはその温かさに、心から安心したのだった。
何日かぶりに学校へ行くと、友達がみんなソラを囲んだ。
いったいどこに行ってたんだよ。すげえニュースがあるんだぜ! 昏海の向こうに、新しい街が発見されたんだってよ!
知ってるよ、と言わず、ソラは誤魔化した。
あんまりたくさんしゃべってしまうと、姶良での出来事が夢のように消えてしまう気がしたからだ。
ソラたちが姶良に行っている間に中央研究所から発表されていたらしいその声明は、いつしか火山研究所が間に入り、政府との話し合いにとって代わられていた。中央研究所は、完全に姶良から手を引いたようだ。
しかし、父親も晃の仕事はとてつもなく忙しくなった。
ソラは火山研究所へ連れて行ってもらえなくなった。姶良との関係だけでなく、中央研究所から派遣されていた研究者を減らしたり、整理したりとごたごたがあったようだった。
ソラは晃がかまってくれなくなったことに文句を言わなかった。何しろ、研究所にはもうミホシがいないのだから。
それに、ソラには目標があった。
もっといろんなことを勉強して、3年後にミホシと旅に出る。
ミホシと別れた日から数えてちょうど3年目に合わせて、ソラはずいぶん早くから準備を進めていた。
自分用の工具を揃え、食料を調達し、地図を買い。
晃の執務室の前にある窓から昏海の向こうを見つめながら。
もちろん、学校を卒業するまでの2年間も大変だった。
何しろ、政府と交流を持つようになった姶良から、留学生がやってきたのだ。
姶良からもっとも近い町の学校、ということでソラの学校が選ばれた。
そして、その留学生はソラと同い年だということで、ソラのクラスにやってきた。
姶良からくる同い年の留学生。
何となく嫌な予感はしていたが、教室の扉が開かれた瞬間、ソラは机に突っ伏した。
「おーい、ソラ! 久しぶり! 全然来ないから、私から会いに来たよ!」
こちらに向かって大きく手を振ったのは、リンだった。
ほとんど足を隠さない姶良の民族衣装と、天真爛漫な笑顔は、男子生徒の目を引いた。何より明るい性格が人を集め、リンはいつも話題の中心だった。
そして、初対面とは思えぬ親しさを見せたソラも、同じように取り囲まれた。
「月白種族は太陽に弱いんだろ。なんでここに来てんだよ!」
「母ちゃんが勉強のために行って来いって言ったんだ。神楽ちゃんどっちにするかと迷ったらしいんだけど、私が行きたいって言ったから決定したの。ああ、それと、私がこっちに来るのは、ほとんど晴れ間のない雨季だけだよ。乾季の間は、姶良に戻るんだ」
「それにしたって……父さん、先に教えてくれればいいのに」
ぶつぶつとつぶやくソラの顔を覗き込み、リンはいたずらっぽく笑う。
「あれ、ソラ、照れてる? それとも……来たのがミホシじゃなくてがっかりした?」
「……っ!」
その日から平穏だったソラの学校生活は波乱に満ち、卒業するまでリンの起こす様々な事件に巻き込まれて大変な目に遭ったのだが、それはまた別の話だ。
波乱の学生生活を終え、ソラはそこそこいい成績で卒業した。
卒業する時に先生から中央への進学も進められたが、ソラは断り、火山研究所に入ることに決めた――研究者としてではなく、技師として。




