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皆の作業が始まった。
ソラは寛二と夙夜の手伝いだ。落ちているドローンを広い集め、使える部品を選別して分類していく。
設計するのは夙夜、ソラに指示を出しながらドローンを分解するのが寛二。
気がつくと、いつの間にかやってきていた日輪先生が夙夜と話し込んでいた。設計について、ああでもない、こうでもないと議論している。
楽しそうだな。
そこから少し目をやると、護衛部隊が一列になって網を編んでいるところだった。数百メートルの長さが必要だと言っていたが……まだまだ、終わりそうにない。
ソラはふと上空を見上げた。
灰はどんどんと降り積もっていく。果たして、間に合うのだろうか。
「ソラ、手を止めるな」
寛二の声ではっとし、再び作業に戻る。
「ねえ、寛二さん。間に合うかな?」
「間に合わせるさ」
タバコをくわえたまま、寛二は返答する。
その眉間には深い皺が刻まれていた。時間的に厳しいことは寛二も承知しているのだろう。
ソラは再び手元に視線を戻した。火炎放射機のせいだろう。黒こげになった部品が多い。まだ熱を持ったものもあり、ソラはたびたび手を引っ込めた。
そうして、どれだけ時間がたっただろう。
汗を拭い、ふっと顔を上げたソラは気づいた。
「あれ、人が増えてる……?」
先ほどまで、網を編むのは護衛部隊だけだった。
が、今はもっと多くの人が作業している。白鬼の森に、百人以上の人が詰めかけていた。それも、見れば今もその人たちは増え続けている。それも、皆、語彙部隊ではなく普通の人たちだ。月白種族も多く混じっている。
いったいどういうことだろう。
「街の人たちが手伝いに着てくれたんだよ」
後ろから声がしてはっとした。
立っていたのはリンだった。両手に包帯を巻いているのは、ドローンへの対処で火傷を負ったからだろうか。
怪我してるじゃないか、大丈夫か、と聞くと、平気だと笑った。
「私たちだけじゃ間に合わないから、街に行って助けを呼んだんだ。そしたら、みんな来てくれたよ」
そう言ったリンは嬉しそうだった。
「姶良の一大事だからね。みんな力を合わせて乗り越えるんだ」
当たり前のように言われて、ソラは弓弦の言葉を思い出していた。
――大丈夫だ。今の姶良は強いぞ? 皆が街を守り、誇る心を持っているからな。
本当だ、とソラは思う。姶良の人たちは協力する事も知っているし、他の種族を受け入れる事も知っている。外から来たソラたちが学ぶことの方が多いのだ。
ソラたちさえ歩み寄れば、きっと一緒に生きていける。
胸がくぅっと締め付けられる。ミホシと出会ってから、時折感じる胸の苦しさ。ソラは少しずつその感覚を受け入れていた。
この感情が襲うのは、いつだって『誰かが誰かを大切に思う気持ち』に触れた時だ。切ないほどにやさしい感情に触れると、ソラの胸は締め付けられたように苦しくなるのだ。
「リン。オレ、姶良が好きだよ。この街は、みんなで生きてる感じがするもん」
「そりゃそうだよ。私たちの、自慢の街だもん」
いつものように天真爛漫に笑うリンに、ソラも笑い返した。
その直後に、時間がねーんだからとっとと手を動かせ、と寛二に後ろ頭を叩かれた。
それからも、街のみんなと一緒に、ソラも働き続けた。
そして、皆が不眠不休で作業を続けること、約半日。ようやくすべての準備が整った。
街の人たちがそろって編み上げた筒状の網は何百メートルもの長さになった。その網を上まで吊り上げるドローンもどきも完成している。この網をうまく昏海の上まで通した後、石化蟲の菌糸で硬化させ、接着蟲の体液で穴を塞ぐ。
ミホシの案をもとに、弓弦が指揮を執り、工房の人たちが知恵を出し合い、街のみんなが準備をした結果だ。
上から降ってくる灰はすでに足首のあたりまでを埋めていたし、ここにいる人たちは皆、疲れ果てていたけれど。
弓弦が全員の前にたち、作業完了を宣言した。
「これから、作戦に移る!」
厳しい声で、その場の空気が引き締まる。ソラも思わず姿勢を正した。
選ばれた護衛部隊の面々が直径5メートルほどの円盤状のドローンに乗ると、上昇を始めた。編み上げられた円筒状の網が持ち上がり、あっという間に白い柱のように伸びあがる。
見上げていた姶良の住人達からどよめきが上がった。
硬化には3日ほど時間がかかるらしい。
つまり、3日もすれば白鬼の森と昏海とをつなぐ縦の道ができるということだ。危険な樹海を抜け、極寒の地に立つユグドラシルを登らなくとも外の世界と繋がる事が出来る。
はるか上空へと昇って行ったドローンを見送って、弓弦は告げた。
「皆のご助力、感謝する。この姶良を灰の被害から救うため、天蓋の外へと出ていった彼らは、必ずや成功とともに帰還するであろう。我々にできるのは、待つ事だけだ」
弓弦は地面から登り立つような白柱の先を指さした。
「ただ、祈ろう。彼らが無事に帰還することを!」
3日後の帰還を信じ、街の人たちは一度姶良へと戻って行った。
しかし、ソラたちはこの場に留まった。外の世界への道しるべのように、お釈迦様が垂らしたという蜘蛛の糸のように、長く伸びる白の柱を見つめていたかった。
何より、白鬼の森は昼も夜もなく明るく温かいので、長い時間を過ごすのに不便はなかった。
時間の感覚がないせいで、疲れ果てるまで動いて、耐え切れなくなったら眠る。姶良に来てからそんな生活を続けている。
すでに寛二と夙夜はガラクタの山を築き上げていたし、護衛部隊の働きによって、地面を覆うカビやキノコの生育を妨げないよう降り積もった灰が徐々に集められつつあった。
ソラは大きな白いキノコの根元を選んで、疲れた体を横たえた。
体力はとうに限界だった。
ぐったりと座り込んだソラを見つけて、リンが駆け寄ってきた。
「疲れてるね、ソラ」
「お前は元気そうだな、リン」
両手を灰で汚しながらも、彼女はまだまだ元気そうに見えた。
「そりゃね。まだまだ仕事は残ってるよ! ソラも休んだら手伝ってよ」
そういいながら、リンはすとん、とソラの隣に腰を下ろす。
「……ねえ、ソラ。この通路が出来たら、ソラとミホシは帰っちゃうの?」
不意にリンが声を潜めた。
突然すぎて、ソラは答えられなかった。
ここ数日、あまりにいろんな事がありすぎて忘れていた。が、母親には何も言っていないし、学校もずっと無断で休んだままだ。
現実を思い出したが、それはまるで遠い世界の出来事のようだった。
「帰るんじゃないかな。父さんたちがきっと中央研究所の船を姶良から撤退させるだろうから、オレは一緒に戻ると思う。でも、ミホシはわかんね。朔さんとカリンさんがあんまり動けないだろ? もしかすると、少しここに残るかもな」
「そうかあ……」
リンは膝に顔をうずめた。
「せっかく友達になったのに」
「また、来るよ」
ソラは肩をすくめた。
ソラとミホシの二人だけでも姶良に来られたのだ。また会いに来るのが難しいことだとは思わなかった。
それでも、リンは顔を埋めたまま首を横に振った。
「どうしたんだよ、リン」
明るい彼女らしからぬその様子に、ソラは困惑する。
リンはしばらくずっと俯いていた。
が、不意に顔を上げた。その眼は少しだけ赤かった。
「うん、大丈夫。ちょっと寂しかっただけ。また、来てね?」
リンはそう言い置いて、たっと駆けていった。




