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 暗い穴を伝っていくと、頭上に船底が見えてきた。鈍い灰色をした船底には大きく穴が――開閉式だと思うが――あいていて、そこからドローンが出入りしているようだった。

 全容は見えないが、あの大きさは掘削船ではなく、晃たちが捕まっていた船だと思う。

「ミホシ、朔さんより先にあの船に入って、ミホシの母さんを探そう。さっきと同じ船なら案内できると思う」

 ソラの言葉に、ミホシは緊張した面もちで頷いた。

「ミホシは、母さんが生きてるって知ってたのか?」

「うーん……母さんは、眠ってる、って聞いてたの。だから、あたしは勝手に死んじゃったんだって思ってた。でも、違ったんだね。母さんは、本当に眠ってた」

 ミホシは遠い目で上空を見上げた。

「それが本当なら、あたし、お母さんに会いたい。分かれたとき、まだあたしは2歳にならないくらいだったらしいから、ぜんぜん覚えてないの。でも、姶良にきてからお母さんの話を聞いて、とっても会ってみたくなった」

 ミホシの声は落ち着いていた。

 当初は動揺していたようだけれど、姶良で過ごすうち、母親という存在を少しずつ受け入れているようだった。

「それに、もしお母さんが生きているのなら、お父さんに会わせてあげないと」

 そこでミホシは笑った。

「お父さんって、お母さんのことが大好きだから。あたしの前ではあんまり話さないようにしてたみたいだけど、晃さんに鬱陶しがられるくらいに話してるの、あたしもよく知ってる」

「そうなのか?」

 そう言えば晃は、ミホシの母であるカリンのことをよく知っているような口振りだった。

 まだ元気だった頃にも、会ったことがあるのかもしれない。

「前までは、ちょっと嫉妬してたんだ。お父さんがあんまりお母さんの事ばっかり考えてるときがあるから、あたしだってここにいるのに、ってすねたりしたの」

「今は?」

 ソラの言葉に、ミホシは微笑んだ。

「今は、平気。あたしにはもっといろんな世界が広がってるって分かったの。もちろんお父さんは大好きだけど、お母さんの事もきっと大好き。だから、もしお父さんが、残りの人生をお母さんと過ごすことを選ぶことになったって大丈夫。あたしは、たくさんの人に守られてるって気づいたの」

 ミホシの言葉は穏やかだった。

 こんなにも大変な状況なのに、幸せに満ち足りているように思えた。

「それを教えてくれたのはソラだよ。あたしに、もっと広い世界があることを教えてくれた。姶良につれてきてくれた。たくさんの人に会わせてくれた。何より――」

 ミホシはソラの首に回した腕に力を込めた。

 落ちないため、という以上に強く、でも優しくソラを抱きしめた。

「一緒に頑張ろうって言ってくれた」

 ミホシの言葉が、耳元に響いている。

 胸が苦しくなる。

「ありがとう、ソラ。あたしはもう、大丈夫だよ。研究所の地下にこもって、本ばかり読んでる女の子じゃない。普通の人間じゃないって卑屈になったりもしない」

「ミホシ」

「ねえ、ソラ。もし、お父さんとお母さんが二人で旅立っちゃったら――」

 あたしたちも一緒に、旅に出ませんか。

 ミホシのお誘いは、近づいてくる灰の風の音に消え入ってしまったけれど、ソラにはちゃんと伝わった。

 答えなくなって、ソラの答えも伝わっているはずだ。

 ずっと飛び続けているソラは、もう疲れきっていたけれど、また力がわいてくる気がする。

 ミホシと一緒なら、どこまででも行けそうな気がした。



 最後の一跳びで、凪と同時に船底の穴から船の中へ飛び込んだ。

 そして、愕然とする。

「何だ……これ」

 壁一面に並ぶドローン。作業アームとプロペラを折り畳み、コンパクトに積まれている。その数はとても2000程度とは思えなかった。

 そしてなにより驚いたのは、船の中へと続く扉だった。

 扉は、とんでもない力で吹き飛ばされていた。中心に大きな穴があき、外側へ向かってひしゃげている。周辺からは、今も薄く煙が上がっていた。

 その周辺には、気を失った人たちが何人も倒れていた。あの黒い服は、中央研究所の人たちだ。

「……お父さんが、やったのかな」

 ミホシがつぶやく。

 そうかもしれない。

 ソラたちは時間を短縮するためにドローンを伝ってきたけれど、その程度の事は朔が思いつかないとは思わないし、ましてや実行出来ないはずはない。

 すぐに追おうか、と思ったが、この数のドローンを放置する訳にもいかない。

「凪」

 ドローンの並ぶ棚を指さすと、凪は察したようだ。

 左手首のあたりを少しいじると、カチリ、と音がした。そして、次の瞬間、凪が左腕を大きく振りかざした。

 その掌から放たれたのは、先ほど飛んでいるドローンを捕まえた網だ。先ほどとは比べものにならない大きさのソレを、凪はドローンの並ぶ棚に振りまいた。

 そして、その上からさらに何か玉のようなものを投げつけた。

 ぱちんぱちん、と音がして、凪の放った玉が弾ける。その玉からは粘着質な液体が飛び出した。

 接着剤のように網を絡めとり、完全にドローンの棚を固めてしまった。

「ありがとう、凪。これでドローンは今より増えないだろ」

 ついでに倒れている中央研究所の人たちも床に貼り付けて拘束して、3人は船の中へと潜入した。


 その先の廊下にもたくさんの人たちが倒れていた。

 みな、ぐったりとしていて全く動かない。すべて朔がやったんだろうか。

 血が飛び散っているように見える箇所もあったが、それが朔のものなのか、倒れている人たちのものなのかわからなかった。

 知らず、足が急ぐ。

 ソラは前回滑り落ちた階段を、今度はしっかりと下った。

 誰もいないことを祈りつつ、ゆっくりと回転扉を押しあける。

 最初に、冷気が漏れだした。

「おかしいな。さっきはこんなに寒くなかったんだけど」

 ソラがおそるおそる扉をあける。

 部屋の中は、冷えきっていた。

 もしかして、ソラとリンが冷凍庫の扉を開きっぱなしにしてしまったせいだろうか。

 ゆっくりと足を踏み入れた部屋は、ユグドラシルの根本とまではいかないけれど、吐く息が白いくらいには寒かった。

 しかし、運良くなのか、朔がみな倒してしまったせいなのか、人の姿は見えない。

 ソラはミホシの手を引いて奥へ分け入っていった。


 やっぱり、冷凍庫の扉は開いていた。

「まずいなあ」

 こんな時でも叱られる事を考えてしまうのは、ソラの性分だ。

 半分開いた扉に手をかけ、ソラは思い切り体重をかけた。

 ぎぎぎぎ、と重い音がして冷凍庫の扉が開く。

 ソラはその中に踏み込んだ。

 今度はアラームがならなかった。

 そして、棺は前回見たときと変わらずそこにあった。

 今度はゆっくりと、その棺に横たわる少女を観察する。

 姶良の赤い民族衣装。とがった耳。白い肌。年は、朔よりか下だろう。瞼は閉じられていたが、どこかやはり、ミホシの面影があった。

「うん、たぶん間違いないよ。この人はたぶん、あたしのお母さんだと思う」

 ミホシが断言した。

 その時だった。

 ぴぃん、と甲高い音が鳴った。耳を貫くようなその音に、ソラもミホシも耳を抑える。凪だけがそのまま立っていた。

 そして、佇む3人の目の前で、ゆっくりとガラスの棺が開いた。

 声が出なかった。

 目の前で蓋が左右に分かれ、少女が外に現れるのを見ていることしかできなかった。



 最初に踏み出したのはミホシだった。

 意を決したように一歩踏み出し、棺の傍に立った。

 ゆっくりと手を伸ばした。棺の上に眠る少女に向かって。

「……お母さん」

 そう呼びかけながら、そっと少女の頬に触れた。その肌は、最初に見た時よりもずっと血色がよくなっている気がした。

 すると、少女の瞼が動いた。

 ミホシがはっと手を引っ込める。

 幾度か震えた瞼は、そのあと、ゆっくりと開いた。

 その奥から覗いたのは――ミホシと同じ、吸い込まれそうなほど澄んだ大きな柘榴石(ガーネット)色の瞳だった。


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