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 そのとき、ソラの脳裏に浮かんだのは、あの船の中で見た月白種族の少女のことだった。

 冷凍庫の中で眠るあの少女は、もしかして。

「父さん。オレ、たぶんミホシの母さんを見たよ。父さんを助けに行ったときに船の中で」

「何だって?!」

 晃は、本当だったのか、と小さく呟くと、ソラの肩に手を置き、視線を合わすように腰を折った。

「父さんはここを離れられない。宗主の望さんと二人で、交渉が出来る準備の整う、その時を待たなくちゃいけないんだ」

 晃の言葉に、ソラはこくりと頷いた。

「ソラとミホシちゃんをここへ越させたのは、おそらく夙夜さんか寛二だね。彼らなら、飛び出した朔を止めようとするはずだ。あいつの体の状態を知ってるからな」

 暗にソラにも、わかるだろう、と告げた。

 朔の体はぼろぼろだ。ソラもよく知っている。肺の病にかかって、もう長くは生きられないと朔自身が言っていたのだから。

 ミホシが不安そうに眉を下げる。

 ソラは繋いだ手に力を込めた。

「本当なら、父さんだってソラに危ない目に遭ってほしくない。もちろん、ミホシちゃんもだ。大人っていうのは本来、そういう立場なんだよ」

 晃はそう言って、くるりと二人に背を向けた。

「でも、朔は父さんの大切な親友なんだ。父さんだって……」

 朔が心配で仕方がない。晃の葛藤が伝わってくる。

 子供たちを危険な場所に送るわけにはいかない、というのは、大人なら当たり前の事だろう。自分の息子なら、なおさらだ。

 でも。

 護衛部隊はみな、火炎に包まれたドローンの処理に追われていて動けない。夙夜と寛二は街を救わねばならないし、晃と望はどんなに焦燥にかられてもこの場所を動くわけにいかない。

 だが、ソラとミホシは違う。最初から作戦に組み込まれていない。

 なにより、夙夜は、寛二は、これを『ソラにしか出来ない』と言ったのだ。その言葉が、どれだけソラを勇気づけたかわからない。何しろこれは、ずっと何も出来なかったソラが初めて得た力なのだ。

 もちろん、一人では無理だ。説得するミホシと、補助してくれる凪がいる。

 それでも、ソラが掴みかけている最初の力なのだ。

「オレ、行くよ」

 ソラは晃の背にそう告げた。

「オレだってもう13歳だ。月白種族なら一人立ちの年なんだろ? お願いだ、父さん。オレだって、朔さんを助けたいんだ」

 父の背に呼びかける。

「だが、ソラ」

「父さん」

 ソラは心から、言った。

「オレを信じてくれ」

 晃は振り向いた。とても驚いた顔をしていた。

 ソラはそんな晃をまっすぐに見据える。

「……子供ってのは、親が思うより先に成長してくんだな」

 晃はそう、ぽつりと呟いた。

「すまない。何も出来ない父さんを許してくれ」

 そう懺悔した晃は、ソラをまっすぐに見つめ返した。

 そして、ソラの最も望む言葉をくれた。

「頼む、ソラ。行ってくれ。朔が暴走する前に、取り返しがつかなくなる前に止めてくれ。おまえなら……必ず、出来る」

 晃の言葉に、ソラは大きく頷いた。

 先ほど凪がそうしたように、ミホシを問答無用で背にかつぎ上げ、上に向かって菌糸をのばす。

 そのまま、白鬼の森を形作るキノコのカサに向かって飛び上がったのだった。



 胸の中心が熱かった。

 父親の言葉を待たず飛び出したせいなのか、これから先の危険を思ってなのかはわからない。それとも、父親の信頼を勝ち得ることが出来たからなのか。

 ただ、叫び出したくなるほどに熱い感情が胸の内を支配していた。

 ソラが白いキノコのカサに着地してすぐ、凪もその後を追ってきていた。

 足下から熱気があがってくるのは、ドローンの吐き出す炎のせいだ。白いキノコのあちらこちらが赤い光に照らし出されていた。白いカサを踏む足下には、わずかに灰色の火山灰が降りつもっている。おそらく、掘削船のあけた穴はこの付近の天井にあるはずだ。

 ソラは上空を見上げた。

 が、暗くて何も見えない。かろうじて、風の吹きくる方向が穴なのではないかと推測できる程度だ。

 しかし、ミホシは違った。

「天井に穴があいてる……」

「見えるのか?」

「うん」

 そうだ。ミホシは月白種族――常闇の姶良で進化した、暗闇に強い種族だ。

 ミホシは、ソラの背に負ぶさったまま上空の一点を指した。

「あれだよ。ここからは遠いからわかんないけどけど、たぶん10メートルくらいはあると思う。今もドローンが入ったり、でたりしてる」

「どうにかして入れないかな?」

 入り口近くまで飛べれば、何とか穴から外へでられるかもしれない。

 そうすれば、ずっと先行している朔にも追いつける可能性があるし、それこそ知られずに、またミホシの母親の元へたどり着けるかもしれない。

 ミホシは少しだけ首を傾げた後、上を指さした。

「もしかしたら、今から穴に戻るドローンについていけばあの穴に入れるかもしれない」

「やってみよう。凪も、見えるか?」

 凪は無言でこくりと頷いた。

 ミホシが狙い、ソラにその方向を教える。

「もう少し右……高さは、ここから10メートルくらい。そう、その方向」

 背中から肩越しに伸ばされた指が、その方向を指し示す。

 凪も同じように、隣で別のドローンを狙っていた。

 そして、ソラたちより一足早く、飛び上がる。

 どうやらドローンに飛びつくことに成功したのか、凪の気配は上空の闇に消えていった。

「後少し。もう少し……今だよ、ソラ!」

 ミホシの合図で、ソラは左手の菌糸をとばす。

 昇降機からまっすぐに飛んだ菌糸が、何かに付着したのがわかった。

 体が引っ張られる。

 次の瞬間には、背負ったミホシと共に上空へ飛び上がっていた。


 ドローンはどのくらいの重さまで耐えられるのだろう。

 凪一人なら余裕のようだったが、ソラとミホシは二人分だ。もしかすると、途中で落ちてしまう可能性もあった。

 捕まったドローンは一度バランスを崩したが、ふらふらしながら何とか飛び始めた。何とか、いけるだろうか。

「あっ、だめだ、ソラ。高度が下がってる!」

「くそっ」

「あっち! 隣のドローンに移ろう!」

 ミホシの声で、そちらの視線を向ける。

 だが、ソラの視力では全くの暗闇だ。足下はかろうじて白鬼の森から漏れる明かりが見える気がするが、それ以外は何も見えなかった。

 正直、左手で支えるこの菌糸がドローンに繋がっているかも定かではないのだ。

「お願い、ソラ!」

 ミホシの手が顔の横にのばされる。

 ドローンの方向を指しながら。

 新しい場所へ飛ぶには、今繋がっている菌糸を切らねばならない。

 足下に遠い明かりが見える。落ちたら、ただではすまないだろう。

 一瞬だけ、迷った。

 が、ソラは覚悟を決めた。

「わかった。行くぞ、捕まってろよ、ミホシ!」

 何も見えない中で、恐怖を押し殺して、ソラは叫ぶ。

 意を決して、菌糸を切断、再び闇の中へと菌糸を投じた。

「やったあ!」

 ミホシの声で、成功したことを知る。

 完全な暗闇の中で、ソラは方向感覚を失ってしまっている。

「もう少し。もう少しで、天井の穴の真下に来るよ」

 ミホシの声で、ソラは上を見上げた。

 近づいてくると、うすぼんやりと明るんでいる部分が見えてきた。外に通じる穴だ。

 その灯りで、周囲を飛び交うドローンが見えてくる。

「ミホシ、落ちないように捕まって」

 ソラは、ミホシの手がしっかりと首に回ったのを確認してから、再び菌糸を切断し、次のドローンへと菌糸を伸ばした。

 そして、いくつかのドローンを経由し、天蓋に開いた穴の真下へと移動する。

 すでに凪が縦穴を上り始めているのが見えた。

 ソラも最後に大きく反動をつけ、飛びあがる。

 最後に投じた菌糸は、縦穴の端に張り付き、ソラとミホシを天蓋まで押し上げた。


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