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冒険少年とエルフの姫  作者: 早村友裕
01.火山研究所
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 ソラはその日から、学校が休みになる度にミホシの元へと通うようになった。

 父が起きるより早く目を覚まし、叩き起こして、青のルーフバイクの後部座席で待機。早く早く、と父親をせかして研究所へ向かう。

 学校の友達と遊ぶのもそっちのけで研究所へ行きたがるソラを母はいぶかしがったが、晃が『研究員の娘さんが来てるんだけど、その子がすごくかわいいんだ』と説明したら、納得したようだった。

 なんだかバカにされている気もしたが、それ以上にミホシに会いたかった。


 ミホシは、学校に通っていないのにとても賢かった。

 ソラが習っている程度の読み書きや計算は簡単に出来るし、この国『大和(ヤマト)』の歴史もソラよりずっと詳しく知っていた。

 机の上にはいつも分厚い本が積んである。こっそり観察していたら、積んである場所や順番が変わっていたから、おそらく頻繁にその本に目を通しているのだと思う。

 しかし、ソラが来ると決まってミホシは本を閉じて、大人用の椅子からぴょん、と飛び降りて迎えてくれた。

 勉強よりもソラと話すのを楽しみにしてくれているようで、とても嬉しかった。

 話題は、ソラの父親である晃の事が多かった。

 いつも寝坊をすることや、家ではぐうたらしっぱなしでいつも母親に怒られていること、それなのに研究の話をし始めると夕食中だろうがお風呂の中だろうが運転中だろうが、全く止まらなくなってしまうことを話すと、ミホシは楽しそうに聞いてくれた。

「晃さんって、ちょっと変わってる。でも、父さんに似てる気がするの」

「確かに、朔さんもちょっと変だよな。何でも出来るのに子供みたいだし。だから仲良しなのかもな」

 ミホシはよく、父の晃の話を聞きたがった。

 ソラにとっても自慢の父親なので、それは嬉しくもあったけれど、心のどこかにおもしろくない感情がだんだんと芽生えてくるのも感じていた。

 少しだけ、彼女の気を引きたくなった。

 だからかもしれない。

「なあ、ミホシ。外に出てみないか?」

 ある日、そんな風に提案したのは。

「えっ?」

「研究所の中なら大丈夫だって。広い食堂とか、本がいっぱいの父さんの部屋とか、昏海用の船があるドッグとか。きっとミホシも楽しいと思う!」

 でも、とミホシは少し困った顔をした。

「あたし、ここから出ちゃいけないの。晃さんにもそう言われてるから」

 また、晃の事だ。

 ソラは少しむっとした。

「いいじゃんか。ミホシだって、いろんなもの見てみたいだろ? そうだ、昏海を見渡したことある? 父さんの部屋の前の窓からすごい景色が見られるんだぜ!」

 ずっと地下の部屋にこもっているミホシ。

 その父である朔は研究所内を自由に歩いているのに、彼女だけ閉じこめられている事が不思議で仕方なかった。

 そんなの、かわいそうだ。外にはおもしろい世界がたくさん広がっているというのに。

 ソラは手を差し伸べた。

「行こう。もし見つかったらさ、オレも一緒に怒られてやるから」

 そう言うと、ミホシはくすりと笑った。

「……ソラはいつもイタズラしていろんな人に怒られてるって、晃さんが言ってたよ」

「もう! 父さん、何言ってんだよ!」

 怒られてばかりいるなんて、ミホシに知られたくなかったのに!

 ソラは、晃と同じぼさぼさの黒髪をがしがしとかいた。

「まあ、でも、父さんの言ってる事はホントだ。だからオレ、怒られ慣れてんだ。ミホシにも、叱られるコツを教えてやるよ」

「叱られるコツって……叱られないようにするんじゃなくて?」

「仕方ないだろ、みんながいつ怒ってくるか、オレにはわかんねーんだもん」

 ふてくされると、ミホシはあはは、と声を上げて笑った。

 こんな楽しそうに笑ったのは初めてだった。

 まるで初めてミホシを見たときのようにドキドキした。

「いいよ、あたし、外に行ってみたい。ソラが案内して!」


 ミホシはいつも、不思議な形をした明るい桃色の羽織を着ている。おなかのあたりに幅広い布をまいて止めているが、そんな服をソラは見たことがなかった。

 昏海の向こうにあるという、ミホシの故郷の服だろうか。

 色がとても目立つので、ソラは自分の着ていたパーカをミホシに手渡した。

 身長は一緒くらいなのに、ミホシは華奢で、ソラの着ていた黒のパーカは大きすぎた。

 でも、ミホシは長い袖に手を埋めながら、嬉しそうにその場で回転した。細くて白い足が楽しげにととん、とステップを踏む。

「ありがとう、ソラ!」

 耳が隠れるように、ソラが用意した大きめのキャスケット帽を被ると、ソラとミホシは、地下から抜け出した。



 最初に向かったのは、地下にある船のドッグだった。

 研究所が休みではない日にはたくさんの機械技師がここで働いているのだが、今日はお休みなので、あまり人がいない。

 昏海を渡るのは車やバイクでは無理だ。タイヤが灰に沈んでしまうから。

 だからここには、灰の海に浮かんで進む、昏海用の船が数隻ある。船の形をしていて、空圧を使ったスクリューで進むの。どこからでも細かい灰が入り込むので、継ぎ目がほとんどないようにぴっちりとコーティングし、圧縮した空気を使用する特別な推進機関がついている。

 ソラは一度しか乗ったことがないが、火山灰の海を割るように船が進む様子はまるで大海原を突き進むようで、とても心躍った。

「よーお、ソラ! 久しぶりだな!」

 船の横を歩いていると、顔見知りの技師が声をかけてきた。

 船の甲板から、無精ひげを生やした真っ赤なツナギの男が、口に煙草をくわえたままこちらに手を振っていた。

 技師長の寛二(かんじ)だ。彼は40手前だが、研究員をあわせても一番の古株だ。この研究所で船の整備をし続けて20年、すっかりと結婚する機会を逃してしまったらしい。

 しかし、一本気で船の整備に人生を懸ける、男らしい寛二がソラはとても好きだった。

 船が好きなソラを気に入ってくれており、ガミガミ怒る園山のお小言から助けてくれたりもする。

「寛二さん、久しぶり!」

 ソラが手を振り返すと、寛二は梯子を伝って下に降りてきた。捲りあげたツナギの袖から、鍛えた腕が見えている。

 最初にここへきたのは、ミホシに寛二を紹介したかったからだ。

「友達か? オッサンにも紹介してくれよ」

 ミホシも興味を持ったようで、ソラの背中から寛二を覗いた。

「ミホシだよ。オレの友達!」

「こんにちは」

 ミホシは寛二に頭を下げた。

 その顔を見て、寛二はぽろりと煙草を床に落とした。

 いっけね、と拾い上げて口に戻す。

「綺麗な子だな。オッサンびっくりしちまったぜ。ソラにこんな可愛い友達がいたなんてなあ……」

「寛二さんも、研究員の朔さん知ってるだろ。ミホシは朔さんの娘なんだ」

 そう言うと、寛二は微妙な表情で曖昧に笑った。

 そして、目を細めて周囲を見渡す。まるで何かから隠れるように。

「ソラ、晃は――お前さんの父さんは、ミホシちゃんを外に連れ出しちゃいけないって言わなかったか?」

 少し潜めた寛二の声に、ソラはどきりとした。

 真剣な顔をした寛二はしゃがんでソラと視線を合わせると、諭すように言った。

「いいか、ソラ。お前の父さんは意味もなく禁止したりしない。禁止するには、そこに意味があるからだ」

 ソラは寛二から目をそらした。

 その様子を見て、寛二は煙と共にため息を吐く。

「詳しいことは言えねんだが、もう少し待ってくれ。今はもう少しだけ我慢して、あの場所に匿うんだ。オッサンと朔さんと晃さんが、今がんばってミホシちゃんの居場所を作ってるからよ」

「居場所……?」

 ソラは首を傾げた。

 隣のミホシを見ると、同じように首を傾げていた。

「そうだ。だから――」

 と、寛二さんはそこで言葉を切った。

「おっと、ソラ、ミホシちゃん、隠れろ。誰か来たぞ!」

 耳を澄ますと、コツコツと足音が近づいてきていた。

 ソラが何か言う前に、寛二は逞しい腕で二人を小脇に抱えて、そのまま近くのコンテナに放り込んだ。


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