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冒険少年とエルフの姫  作者: 早村友裕
04.中央研究所
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27

 ソラは慌ててミホシを追いかけた。

 ミホシは、後から呼ぶソラの声なんて聞こえない振りをしてどんどん進んでいく。途中で日輪先生に朔の居場所を聞いた後も、ソラを無視して廊下をまっすぐ歩いていった。

「ミホシ! どうしたんだよ、何か怒ってないか?」

「怒ってない」

 あからさまに怒った口調のミホシ。

 ソラは口を噤んだ。晃と寛二にがんばれ、と言われたはいいものの、これではどうがんばっていいかわからない。

 ミホシはずんずん歩いて、一つの部屋の前で足をとめた。

 襖を開けると、中には寝台に体を起こした朔と、その傍に跪いた夙夜の姿があった。

 朔は入ってきたミホシに気づいて、軽く手を挙げた。

「おお、ミホシ。よかった、後で迎えに行こうと思っておったのだ」

 夙夜の傍には、なんだかよくわからない歯車がたくさん落ちている。バラバラなそれを、凪が一つ一つ拾い上げ、細かく仕切った箱のようなものに仕舞っていた。

 よくよく見ると、夙夜が朔の左手を分解しているようだ。ソラはようやく、朔の左手が義手であったという事実に思い至る。

 夙夜がのんびりと笑う。

「ごめんね、もうちょっとで終わるよ。朔さん、空砲はどうする? 残しておく?」

「残しておいてくれ。この先、何が起きるか分からんからな」

「じゃあ、最新のに取り替えておくね」

 かちゃかちゃと工具がぶつかり合う音がする。

 ソラは近づいて覗き込んだ。

 鈍い金色をした歯車が、朔の掌の下に見えていた。いや、これは掌ではなく、人工的な皮膜なのだろう。中に見える機械も、見た事のない造りだ。

「僕が作った武器を一番うまく使ってくれるのは、朔さんだからなあ。本当はもっと改造したいんだけどね」

 夙夜はそう言いながら、皮膚のような薄い膜を手の形にそってナイフで切り出していった。

「変わっておらんな、夙夜は。きっと寛二と話が合うはずだ。彼は外の世界の技師だからな、後で話してみるといい。寛二の方も歯車機械に興味を持っておったしな」

「本当? 寛二さんて、あの赤い服の人だよね。あの服、動きやすそうでよかったなあ」

 話しているうちに、みるみる朔の掌が皮膜で覆われていく。夙夜は何でもないようにこなしているが、おそらくすごい技術だ。

 寝台に上がり、朔の右手をぎゅっと握ったミホシも興味深げにそれをのぞき込んでいた。

「はい、終わり。これで問題なく動くはずだよ」

「すまんな、夙夜。ありがとう。うむ、ずいぶん動きがよくなったな」

 皮膜をはって、すっかり生身の人間と同じ手になった朔は、その左手を握ったり開いたりして動きを確認していた。

「なめらかさに関しては、まだ日輪兄ちゃんに勝てないんだけどね。僕は武器を作ってる方が性に合ってるんだよ」

 道具を片付けながら、夙夜は言う。

「その粋が凪なのか?」

「うん、そう。僕の最高傑作で、友達で、姉さんで、娘だよ」

 夙夜はそう言って凪の頭をなでた。

 凪は相変わらず無表情だったけれど、何故だかとても嬉しそうにも見えた。


 その時、凪はふいっと窓の方を見た。

 その瞬間、開け放たれた窓からすぅっと不穏な風が入り込んできた。地下にある姶良はほとんど風が吹かない。と、いう事は。

「……とうとう、来るか」

 朔の呟きでソラは緊張を覚えた。

 おそらく、掘削船の掘っていた穴がとうとう貫通したのだろう。

 晃の話によれば、掘られた穴から無人航空機(ドローン)が大量にあふれだしてくるはずだ――樹海にすむ蟲たちや、キノコを採集するために。

 行かなくちゃ。

 そう思って立ち上がったが、朔がそれを止めた。

「ソラ、すまないが、ここにおってくれんか。弓弦姉さまが護衛部隊を直接指揮しておるから、無人航空機(ドローン)なんぞ相手にならんよ。それよりもし、中央研究所がさらなる策を打ち出してきたとき、すぐに動ける人材がほしい。だからソラは御苑で待機してほしい」



 朔の申し入れを承諾し、ソラは御苑にとどまった。

 御苑の窓からは、街は見下ろせても樹海は見えない。いったい、何が起きているか見えない。はやる気持ちを抑え、心を落ち着けるように左手首に填めた昇降機を撫でた。

「みんな、大丈夫かな」

 ミホシの声がした。

 振り返ると、ミホシは寝台に座り込むようにして朔にくっついていた。

「ああ、大丈夫だ。望姉さまの指示で、弓弦姉さまが指揮をとっておるのだ。何も心配することはないよ。ミホシは、誰かが心配なのか?」

「……リン、が」

 ミホシはぽつりと言った。

「とっても仲良くしてくれたの。明るくて、優しくて、笑顔がかわいいの。でも、リンはきっと、誰より前へいってしまう。だから、心配なの」

「リンは、ミホシと友達になってくれたのだな」

 そう言われて、ミホシはためらいがちに頷いた。

「大丈夫だ、リンは強い。おそらく、護衛部隊の中でも精鋭に入るはずだ。それに、晃の話を聞いただろう? 無人航空機(ドローン)は人を傷つけることはない。だから、大丈夫だ」

 小さな手が、朔の着物の裾を握りしめる。

「何かあれば、俺とソラも行く。そういえば、夙夜もここに残るのか?」

「うん。今のところはね。僕は技師だから、外に出てもあんまり役に立たないんだ。寛二さんも、晃さんを見送ったあとでこっちに来るはずだよ」

「父さんは?」

 ソラが聞くと、朔が答えてくれた。

「晃は、無人航空機(ドローン)をすべて殲滅した後に撤退を交渉することになっておる。望姉さまと一緒に白鬼の森で待機することになるだろう。弓弦姉さまと神楽が護衛についておるから、安心して大丈夫だ」

 その時、街の向こうの樹海の辺りでチカチカ、と何かが瞬いた気がした。

閃光蟲(せんこうちゅう)だね。居場所を知らせるための信号弾につかってるんじゃないかな」

「と、いう事は、無人航空機(ドローン)と接触した、ということか」

 そこで朔は外に視線を向けた。

「……何事もなく、終わればよいのだが」

 不穏なセリフに、ソラもどきりとした。

 ミホシも不安そうに窓の外を眺めている。

「ねえ、お父さん。無人航空機(ドローン)って何?」

「遠隔操作できる飛行物体の事だ。今回は、プロペラ4つで飛行する簡易型だが、かなり精巧な作業アームを4本ほど取り付けてあるらしい。それが、少なくとも2000体は放たれると言っておった」

「2000体?!」

「何、大した数ではない。護衛部隊の精鋭が20名、一人あたま100体も撃ち落とせばよいのだから。だが、いくらかはこちらにも飛んでくるやもしれんな。熱探知という事であれば――」

 朔は窓の外に目をやった。

 夙夜が凪の肩をとん、と叩く。

 凪はそれだけで命令を承知し、窓の外に向かって左手を伸ばした。

「せっかくだから捕まえて、凪」

 凪の手元から網のようなものが放たれる。

 あれは、昇降機に使うものと同じ、粘着質の菌糸だ。薄暗い中、真っ直ぐに放たれたそれは、闇の中に浮かんでいた物体に付着した。

 ぎりぎりぎり、と何かが引っ掛かるような音がする。

 凪は気にせず左手を上に振り上げた。

 その反動で、外から何かが飛び込んでくる。凪が菌糸の先にとらえたその物体は、部品を散らしながら床を転がった。

「これが無人航空機(ドローン)だよ。あとで寛二さんが来たら、一緒に分解しよっと」

 夙夜が嬉しそうに部品を拾い集めている。 

 どうやら寛二とは、技師同士で仲がいいようだ。

 無人航空機(ドローン)は、朔の言った通り、プロペラが4つが円形に取り付けられ、4本のアームが前後に二本ずつ伸びる形をしていた。その本体はこぶし大くらいで、赤いLEDがチカチカと瞬いていた。プロペラまで合わせると、ソラが両手を広げたくらいある。

「これが2000体……?!」

 とんでもない数だ。中央研究所が思ったよりも本気で姶良の資源を取得にかかっている、というのは本当なのだろう。

 だとすれば、これだけで終わるはずはない。

 そんな予感がした。


 そして、その予感は的中する。

 後からやってきた寛二と共に無人航空機(ドローン)を分解し始めた夙夜。二人で話しながらどんどんと解体していく。

 ソラも横で見ていた。

「夙夜、お前不思議な工具もってんな。ちょっと貸せ」

「いいよ~」

 二人とも、恐ろしく手際がいい。ソラが手を出す隙もない。

「これ、何だろう。音を出すのかな?」

「そりゃ無線機に繋がってんな。おそらく、この無人航空機(ドローン)が全部、同じチャネルに合わせてある。一斉に同じ音を伝えるんだ、たとえば、ほら、拡声器みてえに」

「かくせいき? って何?」

「拡声器っつーのはだな……」

 夙夜が姶良の知識を、寛二が外の知識を提供して、二人は楽しそうに話しながら解体していた。

 が、彼らは、しばらくして同時に口を閉ざした。

 二人の視線が集中したのは、本体に取り付けられた一つの機械だ。

「どうしたの、寛二さん、夙夜さん。これ、何?」

「こりゃ……やばいぞ」

 寛二がその機械を取り上げ、夙夜に問う。

「隔離できるか?」

「凪! 石化蟲の糸を!」

 夙夜が叫び、凪はその声に合わせて夙夜のカバンから灰色の菌糸を取り出した。

 夙夜はあっという間にその機械を菌糸で包む。

「寛二、それは何なのだ?」

「……火炎放射器だ。中央研究所のヤツらは、こんな物騒なもん、全部の無人航空機(ドローン)に仕込んでやがんのか?」

 火炎放射器。

 その言葉で、朔はさっと顔色を変えた。

「まずい、すぐに姉さまに知らせねば!」

 それは、窓の外に見える街が、にわかに騒がしくなったのと同時だった。


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