26
しばらくして、大人たちが部屋から出てきた。
その中に朔の姿がなく、ミホシは首を傾げていた。皆と一緒にいると思っていたのだけれど、朔はどこに行ったのだろう。
晃は真っ先にソラの姿を見つけて手を振った。
「ソラ、起きたんだな。よかった。疲れていただろう?」
「うん。でももう大丈夫だよ」
楽しそうなリンと機嫌の悪そうなミホシに挟まれているソラを見て、何を思ったのか。
がんばれよ、と頭に手を置いた晃は口元を抑えて笑った。
どぉん、どぉんと姶良全体を揺るがす音は、どんどんと大きくなっていた。
姶良宗主の望を筆頭に、むき出しのエレベータのような籠に乗って全員で姶良の街へと降りた。
すでに街にも通知があったのだろう。町中の人たちが御苑の前へと詰めかけていた。月白種族も普通の人も、入り乱れるようにして宗主の望を出迎えた。色とりどりの姶良の民族衣装が目に鮮やかだ。
動揺を鎮めるように、先頭の望はふっと手を挙げた。
ただそれだけで集まった人々は静まり返った。
望はゆったりと皆に笑いかける。
「皆さん、すでにお聞きの事と思います。今、この姶良に、『外』からやってこようとしている人間がいます」
外、という単語に、皆がざわめいた。
1000年もの長い間、閉鎖された土地に暮らしてきた人々だ。急に、外の世界と言われても、理解できないのかもしれない。
「ただ彼らは、強硬にこの土地に入り込もうとしているのです。この姶良に人が住んでいることを考慮せず、天蓋を破って、そこから歯車機械を大量に投入し、樹海の生物たちを捕獲しようとしているのです」
ざわめきは広がっていた。
静粛に、と弓弦が告げる。再び、人々は鎮まる。宗主一族の姉妹は、街の人たちから絶大な信頼を得ているようだった。
「その事については、外からいらした晃さん、寛二さんから詳しいお話をお伺いしました。おそらく、『無人航空機』と呼ばれる無人で飛行する機械が飛び交うと思われます。それに関しては護衛部隊で対処する予定ですが、もし、街中にそれが侵入し、皆様に危害が加わるとなれば、話は変わります」
望はすぅっと目を細めた。
「皆様、迷わず破壊してください」
何も隠さないんだな、とぼんやり思う。事実をすべて、真摯に伝える。そして、助力を請う。
彼らの真摯さが、真っ直ぐさが、ソラにも響いてきた。宗主一族はこうして姶良をまとめてきたのだろう。
だからこそ、ソラは胸が痛かった。
「それより何より、彼らの最終的な目的は――『永久機関』です」
今度は、静まり返った。
ちらりと父親の晃を見ると、その表情はとても険しい。
きっと、ソラと同じ気持ちなのだろう。
「外の人々がこれほどの強硬手段をもって姶良へ侵入してくることは想定していませんでした。私も弓弦も驚いています。しかし、この姶良を荒らされる様を黙ってみているわけにはいきません。我々は精いっぱいで対処いたしますので、皆様もご協力をお願いいたします」
望は深く頭を下げた。
ソラは外の人間だ。今、姶良の天井に穴をあけて、侵略しようとしている人たちと同じ。
急に、目の前に広がる人の波が怖くなった。今すぐ父親の背に隠れてしまいたかった。
顔を上げた望は、さらに続ける。
「ですが、皆さん。外の世界を怖がらないでください」
にっこりと笑いながら。
「ここにいらっしゃる晃さんも寛二さんも、そしてソラさんも。姶良のために、自らの危険もかえりみずに駆けつけてくださったのです」
急に名前を呼ばれて、ソラはぴっと背筋を正した。
皆の視線が集中しているのが分かる。学校で、クラスの前で作文を発表するときのようだ。それよりずっと、人数は多いけれど。
望が晃たちの紹介をしている。晃が口を開き、簡単に今回の説明をする姿が見えた。
晃の声で、張りつめていた空気が少しずつ和らいでいく。
そして、最後に謝罪の言葉を述べ、演説を終えた。
「ありがとうございます、晃さん」
望はそう言ってにっこりと笑った。
「姶良が閉鎖されている時代は、近く、終わりを迎えることでしょう。私たちはその岐路に立っています。ですが、恐れないでください。外の世界と交流することを拒まないでください。晃さんがおっしゃったように、今回の事は一部の人々が起こした事です。ここに立っている晃さんたちのように、私たちと友好的な関係を結びたいとする人々の方が多いのです」
神楽とよく似た穏やかな目を細めながら、姶良の宗主は人々に告げた。
「ですから、この侵略を防ぎましょう。私たちも努力しましょう。外の世界を受け入れ、共に生きていく道を探しましょう。この街に初めて月白種族を受け入れたときのように、おそらく最初はたくさんの問題があるでしょう。しかし、大丈夫です。この街は、それを乗り越えてきました。調和する方法を知っています。大丈夫。私たちは、きっと外の世界の人たちとも仲良くなれます」
望の言葉を聞きながら、ソラは心が痛かった。
姶良の人たちは、ソラを受け入れてくれたのに、外の人たちはそうじゃないのだ。
ソラは思っていなくても、彼らは同じだと思うかもしれない。一緒だと思われるのが嫌だった。ソラは姶良が好きで、仲良くしたいのに、そうではないと思われるのは嫌だ。
嫌われたくない。姶良に住むリンや神楽、姶良の学校に通っていた子供たちにも、今こうやって集まっている人たちにも。
「姶良はとても強い街です。みなさんが守ってきた街です。ですから、大丈夫です」
望は、何度も何度も、大丈夫、と繰り返した。
胸が痛い。
自分の無力が突き刺さって、抜けないトゲになっている。単純でない感情が渦巻いて、トゲを刺激してちくちく痛むのだ。
姶良の街の人たちから沸き起こる盛大な拍手を聞きながら、ソラは唇をかみしめた。
「行こう、ソラ」
リンに背中を叩かれて我に返った。彼女は、さきほどから終始眠そうにしていたな、と思う。
天真爛漫で、明るい彼女になら聞けるだろうか。
「なあ、リン。お前はさ、オレの事を嫌いにならないのか?」
「え? 何で?」
「だってオレは外の人間なんだ。今、姶良を侵略しようとしてるヤツらと一緒だ。だから、姶良の街の人たちも、オレたちの事をいやだって思ってるはずだ」
そういうと、リンは首を傾げた。
「でもソラは、姶良を侵略しようなんて思ってないでしょ?」
「それはそうだけど……」
「なら、違うよ。きっとみんなもそうだ。もしかしたら、一部の人は逆恨みするかもしれないけど、それって、外の人がみんな侵略しようと思ってないのと一緒だよ。何より――」
リンはにっと笑った。
「私はソラの事、好きだよ!」
好き――
その単語が頭の中をぐるぐる回って、理解した瞬間にソラはかぁっと顔が熱くなるのを感じた。
リンの事だから、きっと深い意味なんてないんだろうけど、これまで女の子に好きだなんて言われたことがなかったから。
それなのに、リンはまるで挑発するようにソラを下から覗き込みにやにやと笑う。
「ふふふ、照れてる!」
「なっ……!」
答えられずにいると、リンはぽん、とソラの頬に触れて行った。
「早く来ないと置いてっちゃうよっ」
駆けていくリンの背を見送って、ソラは困惑する。いいようにからかわれているような気がした。
「行こう、ミホシ。置いてかれちゃうよ」
火照る頬を抑えるように振り向くと、憮然とした表情のミホシは、ぷい、と顔をそむけた。
「あたし、お父さんを探してくるっ」
そう言い捨てて、ミホシは駆けて行ってしまう。
残されたソラは、呆然と佇んだ。
その頭に、大きな手が乗せられる。
「……がんばれよ、ソラ」
寛二はそう言い置いて、晃と共に行ってしまった。




