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冒険少年とエルフの姫  作者: 早村友裕
04.中央研究所
26/39

25

 リンと一緒に、とはいえ、大人一人を抱えて飛ぶのは容易ではなかった。

 それでも、灰の風に翻弄されながら、何とかユグドラシルの(うろ)まで運びきった。


 もう、一歩も歩けない。

 リンと二人、並んで地面に転がった。

 大の字になったリンは足を広げてるから、神楽に見つかったら怒られそうだけど、今はそんな余裕なんてなかった。

 寛二を抱えて飛んだ朔も、さすがに息を乱していた。

「重いぞ、寛二……」

「悪い」

 最後に分かれたときのまま、真っ赤なツナギを着た寛二はバツが悪そうに頭をかいた。

 晃は未だに、ソラが助けに来たことを信じられずにいるようだ。仰向けに寝転んで胸を上下させるソラを呆然と見ていた。

「晃! 行くぞ。ソラを連れてきてくれるか?」

 朔の声ではっとし、白衣の裾をぱたぱたとはたく。

「ああ、すまない。ちょっと、驚いていたんだ」

 晃はそう言うと、寝転がっていたソラに背を向けて膝をおった。

「ソラ、乗って」

 この年になって背負われるのは少し恥ずかしい気もしたが、体力的には限界だ。ソラはよろよろと立ち上がり、晃の背に体を預けた。小さい頃にそうしていたように、晃はソラを背負って歩き出した。

 朔がリンを背負おうとしたが、お前は体が弱っているから、と寛二が代わりにリンを背負った。

「弓弦姉さまの娘だ。大事にあつかってくれよ。寛二は乱暴だからな」

「大丈夫に決まってんだろ。俺だってこの歳になれば姪っ子くらいいるさ」

 リンは疲れ果てて精根尽き果てたのか、ぐったりと目を閉じて寛二の肩に頭を預けた。もしかすると、すぐに眠ってしまったのかもしれない。

 それを見たら、ソラもなんだか眠くなってきた。

 そういえば、白鬼の森で仮眠をとったくらいで、ずいぶんと寝ていない。太陽がないから時間の感覚があんまりない。

 安心できる背中で心地よい揺れに身を任せていると、瞼が下りてきた。ソラはその意志に逆らわず、晃の肩に頭を預けた。

 しばらくして、静かな晃の声がした。

「驚いたよ。まさか、ソラが助けに来るなんて思ってなかった」

「ソラはすごいぞ。ミホシを連れて姶良に辿り着いた。飛行船の操縦方法も、ほとんど説明しておらんのに理解しておったぞ」

「一度、船に乗せてやっただけなんだがな。よく操縦の仕方を覚えてたな。大したもんだ」

 寛二に褒められて、夢の入り口でくすぐったい感覚を覚える。が、返事をするにも喜ぶにも、ソラは眠くなりすぎた。

「その上、昇降機も使いこなしておる。俺も、姶良に行く途中で倒れたところを、ソラとリンに助けられたのだ」

「……まだ、子供だと思ってたんだけどな」

 ぽつり、と晃がつぶやく。

「もう13歳だろう? 独り立ちしてもいい頃だ」

「寿命の短い月白種族と同じにするなよ。まだ学校も卒業してないんだぞ」

「外の人間は、のんきすぎるぞ」

「お前たちが性急なんだよ」

 お互いの種族の違いを罵っているのに、険悪な感じはしなかった。きっと同じ事を園山が話せば、もっと苛々するだろうに。

 不思議だなと思う。

 そのままいつものように言い合いを始めた晃と朔を、寛二がまあまあ、と宥めた。

「それにしても、すごい場所だな。子供の頃ならともかく、オッサンになってからこんな不思議な景色を見るとは思わなかったぜ」

「本当だよ。姶良に来るのは、操縦する寛二と朔と、ミホシちゃんだけの予定だったのに。そういや、ミホシちゃんはどうしたんだよ。まさか一人で置いてきたんじゃないだろうな?」

「だが、俺はお前も来てくれて嬉しいぞ、晃。ここは俺の故郷だ。とても美しい街なのだ」

「人の話を聞けよ」

 晃は大きなため息をついた。

 まるで子供のように楽しそうに話す大人たちの声を聴きながら、ソラは眠りへと落ちて行った。



 瞼の裏に浮かぶのは、満天の星空。

 覚えている。

 幼い頃に父の晃に連れられて見に行った、あの空だ。

 見上げていたソラは、ふっと隣に座るヒトに視線を戻す。

 しかし、そこに座っていたのは晃ではなかった。

 鮮やかな桃色の衣。淡い金髪。にっこりと笑う、その女の子は――



 はっと目が覚めた。

 今のは、夢だろうか?

「ソラ」

 でも、耳に届いたのは、たぶん、夢の中で隣に座っていたはずの女の子の声だった。

 寝台に寝かされたソラを、ミホシが覗き込んでいた。ゆっくりと起き上がったが、まだ頭がぼんやりしている。

「……ここは?」

「御苑だよ。ソラ、ずっと寝てたんだよ。お腹すいてる?」

 ミホシは笑っていた。とても穏やかに。

「お父さんたちが、ずっと話し合ってるの。掘削船をどうやって止めるか、って。もうあんまり、時間がないらしいの。穴が空いてしまったら、姶良の外の風が中に吹き込んでしまう。そうしたら、灰に覆われた樹海が死んでしまうかもって、晃さんが」

 大変だ。寝ている場合じゃない。

 ずいぶん寝ていたんだろうか。覚醒すると、体は思った以上に軽かった。

「みんなは?」

「お父さんと晃さんと寛二さんが、夙夜さんたちを連れて部屋に籠ってる。宗主の(のぞむ)さんと、弓弦さんも一緒だと思う。さっき、日輪先生も入って行った」

 おそらく、大人たちで現在の情報を共有しているのだろう。外の世界と、姶良と。全く別の場所がいま、繋がろうとしているのだ。

 中央研究所の強硬のせいで、否応なしに。

 ソラはまだ、感情でしか判断できない。理屈とか建前とか利益とか、様々に渦巻く大人たちの『事情』を察することなんてできない。

 単純に嫌だった。この美しい姶良が、ソラと同じ外の世界の人間の手で荒らされてしまう事が。

 姶良は、姶良に住む人たちのものだ。どうしてそんな簡単なことが大人には分からないのだろう。どうして無理やり手に入れようとするんだろう。ソラの胸の内を、悪い感情が渦を巻く。臓腑がぐるぐるとかき回されるようだ。

 これが、純粋な怒りだという事を、ソラはまだ知らない。

 自分の手を見下ろした。左手首にはまだ昇降機がある。鈍い痛みを残す腕は、まだ動く。

 まだ、飛べる。

 樹海を飛ぶように駆け抜けた。晃を、寛二を助けることが出来た。

 これは、ソラが最初に手に入れた『力』だった。無力だったソラが、少しだけ人のために使える力だ。

「オレだって、役に立ちたいんだ。これから、もっといろんな事が出来るようになるまでなんて待ってられない。」

 ソラの言葉に、ミホシがはっと目を見開いた。

「今、動かないと後悔する」

「あっ、あたしも!」

 ミホシがソラに詰め寄った。

 顔が、近い。

「あたしも、ソラたちが出て行って、待ってる間……とっても、つらかった。自分に何も出来ないのが寂しかったの」

 目の前に、大きな真紅の瞳。気になって、ミホシの声が全然聞こえない。聞こえるのは、自分の心臓の音だけ。

「ソラみたいに飛行船を動かしたり、菌糸で空中を駆けたり出来ないけど……あたしも役に立ちたい」

 固まってしまったソラに、ミホシは首を傾げる。

 その仕草が、どうしようもなく可愛らしい。

「……ソラ?」

 神様はいったい、ソラにどうしろと言ってるんだろう。


 と、その時、部屋の(ふすま)が乱暴に開かれて、リンが飛び込んできた。

「ソラ! よかった、起きたんだね!」

 躊躇なくかけてきたリンは、そのままソラの首に抱き着いた。

 ミホシがびっくりして距離をとる。

「そろそろ、母ちゃんと父ちゃんも出てくるはずだよ。そしたら、神楽ちゃんと合流しよう」

 にっこりと笑って、リンは言う。

 でも、近くのリンよりも、その向こうでなんだか不機嫌そうな顔をしているミホシの方が気になって仕方なかった。


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