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冒険少年とエルフの姫  作者: 早村友裕
04.中央研究所
25/39

24

 朔は、陽動のため、一人で反対方向へ飛び去った。わざと見つかりやすいよう窓の前を通り過ぎたり、甲板を大きな音を立てて踏みつけたり。

 船の中の音は聞こえないが、にわかに騒がしくなった気がした。

 その間に、リンとソラは目当ての船へと向かう。

 掘削船と思われる2隻の船を守るように浮く、昏海用の船。他よりも一回り大きいその船は、守るべき大将のように一番後ろに鎮座している。

 リンはなるべく死角を狙って跳び、うまく甲板に着地した。足下がざらざらと火山灰を踏む。気を抜いたら滑り落ちそうだ。

 ソラは、以前乗せてもらった船の構造を思い出しながら、リンを先導する。

 そして、目当ての位置に中へと入るハッチを発見した。

 近くのバルブを回し、扉を緩めると、細い隙間から二人は中へと進入を果たした。


 入り込んだのは、やたらと薄暗い場所。リンの腰に下がったままの輝光蟲がありがたかった。

 両手を広げればいっぱいになってしまうような細い通路。天井も低く、ソラとリンの身長でさえ頭を打ちそうになる。壁についた掌は、金属質の冷たい感触を伝えていた。

 なにより、耳をつくのは大きな機械が動く音。甲板の船尾から入ったから、おそらくここはエンジンルームに近いはずだ。

 朔の話によると、晃と寛二がいるのは船の前方だから、ずいぶん離れている。

 リンには指で方向を示し、ソラは先導して歩きだした。

 突き当たりの扉を静かにあけると、そこには明るい廊下がのびていた。等間隔で丸い窓が取り付けられて、灰色の風が吹き荒ぶ様子がよく見える。

 あまりに見通しがいいので、いつ、誰かに出くわすんじゃないかとドキドキしていたが、ほとんど人はいなかった。もしかすると、稼働中の掘削船の方に人員をとられているのかもしれない。

 もしくは、朔がうまく動いて船の前方に引きつけてくれているのか。

 と、思ったとき、足音が近づいてきた。

 リンがとっさにソラの手を取って、横道にあった階段に身を潜める。腰の輝光蟲を袖で隠すようにして、ソラを背に庇うように、後ろ手を広げた。

 その二人の目の前を数名の船員たちが駆け抜けていく。

 通り過ぎて、ほっと一息。

 見通しのよい廊下は見つかる可能性が高そうなので、そのまま階段を下りることにした。


 慎重に階段を下るソラ。下向きの階段や下り坂に、最近いい思い出がないのだ。何度も足を滑らせてきたから――

 なんて不吉なことを考えたせいだろうか。

 火山灰が挟まって滑りやすくなっていたブーツが、階段を踏み外してずるりと滑った。

「うわっ!」

「ソラ!」

 お尻で階段を滑るように。

 先に下っていたリンの足下をすりぬけ、ソラはあっという間に階下へと落ちていった。

 もう何度目だろうか。痛むお尻をさすりながら、体を起こす。

 リンも滑るように追ってきた。

 同じように下っているのに、リンとのこの差は何だろう。ソラは恨めしげにリンを見上げる。

「ソラ、大丈夫?」

「何とか」

 大きな怪我をせずにすんだのは、ソラ自身の運動神経がいいからだろうか。

 代わりにお尻がとても痛くて、立ち上がろうとして、よろけた。

 倒れ行く体と、寄りかかった壁。

 しかし、寄りかかったはずの壁は、壁ではなかった。体を支えてはくれず、向こう側へ倒れ込む。まるで回転するように動いた壁は、くるりとソラの体を向こう側へ押し出した。

 このどうしようもない既視感を、どうしたらいいのか。自分はどれだけついていないのか。床に這いつくばったソラは、うめき声を上げた。

 そして、痛みを押さえながら顔を上げた。

「何だ……ここ」

 そこはとても不思議な部屋だった。

 部屋を照らし出す光は青白く、空気が肌寒い。ずらりと部屋の端から並んだ棚には、何かを集めて保管するように、ガラスの瓶がところ狭しと並んでいた。

 奥の方からぶぅん、音がするのは、いったいなんだろう。

 人の気配はない。

 ソラは起きあがってそちらに向かった。

 棚の間を縫うように奥へ、奥へ。

 そこにあったのは、大きな金属の扉だった。天井いっぱいの高さに、横幅はソラの身長よりずっと大きい。

 導かれるように、ソラはその扉を開くため、リング状の取っ手に手をかけた。

 が、回そうとして、ひどく固いのに気づいた。

「リン! 手を貸してくれ!」

 後から部屋に入ってきたリンを呼んで、二人で回した。

 二人が体重をかけると、取っ手は回転を始めた。キリキリ、と音がする。何度か体を入れ替えながら、全力で回し続けること少し。

 扉が静かに手前に動いた気がした。

「開いた……のか?」

 回していた取っ手を、今度は手前に引っ張る。二人が渾身の力を込めると、その扉は、ゆっくりと開かれた。



 最初に漏れだしたのは冷気だ。凍えるような空気が扉から吹き付けた。

「寒い……」

 冷気から離れるようにリンは少し退いた。

 少し開いた扉の隙間から中をのぞきこむと、その中は真っ暗だった。

 リンの灯りを借り、手を中に入れて照らし出した。

 すると、そこには。

「……月白種族だ」

 ユグドラシルに取り込まれて静かに眠っていた凪のように、ガラスのようなケースに横たわり、目を閉じる少女がそこには眠っていた。

「何でここに、月白種族が……」

 姶良の民族衣装に身を包んだ少女の瞼は固く閉じられている。

 リンが顔を確かめようと、一歩、扉の中に足を踏み入れた時だった。

 周囲で警報が鳴り響いた。

「なっ!」

「しまった、見つかる!」

 ソラとリンは弾かれるように駆けだした。 

 奥の扉は開け放したまま、部屋の入り口に向かう。誰かが来る前に逃げないと。

 回転する扉を蹴りとばすように抜けると、目の前に船員たちが数名、立ち塞がっていた。

 リンの判断は速かった。船員たちが手を伸ばすより早く、左手を振り上げた。

「ソラ! 飛ぶよ!」

 はっとしたソラは、リンに続いて菌糸を天井に向かってのばす。

 驚く船員たちを後目に、リンとソラはその頭上を飛び越え、廊下に着地した。

「見つかっちゃった!」

「今のは仕方ないよ」

 振り返らず、廊下を駆ける。

「リン、あっちだ。朔さんの話が本当なら、この階段の上に父さんと寛二さんがいる!」

 背後に追ってくる足音を聞きながら、リンとソラは、操舵室へと続く階段を駆けあがった。



 階段の突き当たり、重そうな扉に体当たりするようにして開いた。そして、二人は勢いよく操舵室へ転がり込んだ。

 ソラは間髪入れず部屋の中を見渡す。

 カンジ2号とよく似た鈍色の、しかし倍以上の大きさはあるだろう操縦席。操縦士が座る椅子と副操縦士が座る椅子。しかし、その後ろにはソファがなく、ただ広い空間が広がっていた。床は鈍色に埋められていて、冷たい感触だった。

 そしてそこには、父親の晃と技師長の寛二の姿があった。

「父さん!」

「ソラ?!」

 しかし二人だけではない。

 操縦席に人はいなかったが、晃と寛二に向かい合うようにして一人の男性が佇んでいた。

 きっと、あの男が姶良を狙っているという『園山』という人だ。ソラの祖父ほどの年頃のその男性に会った事はなかったけれど、すぐにわかった。

 何しろ、その人がソラを見る目は嫌悪に満ちていて、まるでガミガミの園山とそっくりだったから。

 その男は吐き捨てるように言った。

「騒々しいな」

 苦々しげな口調。不快感を隠そうともしていない。子供が嫌いなのはこの人も同じなのだろう。

 ソラの姿を見た晃は、驚いて目を見開いていた。

「ソラ、何故ここに……?!」

「父さんと寛二さんを助けにきたんだ! 逃げよう、父さん。姶良に逃げるんだ」

 その時、再び乱暴に部屋の扉が開けられて、数名の船員たちがなだれ込んできた。

 時間がない。早く、二人を連れ出さないと。


 そう思ったとき、ソラの視界を藍色の衣が翻った。

 はっとすると、操縦席の前面の窓に、朔の姿があった。

 ソラの姿を見てにっと笑うと、長い棒を手に、思い切り助走をつけた一撃をたたき込んだ。

 粉々に割れるガラス。吹き込む灰の風。

 その中に、朔が着地した。

「晃、寛二、遅くなった。お前たちも逃げるぞ!」

 朔が大柄な寛二を背負い、リンは晃の肩を支えるように潜り込んでいる。

 ソラはリンと反対側、晃の腕を取って肩に掛けた。

「行くぞ、二人とも!」

 朔の声とともに、3人は割れた窓から飛び出した。


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