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冒険少年とエルフの姫  作者: 早村友裕
04.中央研究所
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 朔は簡単に現状を説明した。

 自分たちが外の世界ではとても珍しい生態をしているという事。そのせいで、研究者たちが姶良に興味を持っていること。

 そして、その研究所が物騒な掘削船を携えてすでに姶良の真上に到着していること。

 弓弦は、眉をつり上げたまま、黙って朔の話を聞いていた。時折、ぴくりと眉が跳ね上がるのがソラはとても怖かった。弓弦には、園山とは全く違う怖さがある。

 最後に、彼らが『永久機関』を狙っているのだと行った瞬間、弓弦の額に青筋が浮かんだ気さえした。

 淡々と、朔は謝る。

「こんな風に悪意を持った者たちがいると思わなかった。すまない、弓弦姉さま。あれを呼び込んでしまったのは、俺のせいだ。本当に申し訳ない」

 最後まで話を聞いた弓弦は、深いため息をついた。

「……お前は本当に、問題しか起こさんヤツだな」

 そして、つれていた護衛部隊にすぐ指示を出した。

 隊の半分を神楽の指揮の元、この場所にとどまって待機とする。もう半分は樹海のほかの場所を回り、掘削船が本当にこの一カ所なのかを調べるように。

「リンとソラは俺が連れていく。友人を助けねばならんのだ」

 弓弦が自分の娘を見る。

 リンはその視線を受け止め、大丈夫、と言うようににっこり笑う。

「……朔の空中散歩はえげつないぞ。私より、今の護衛部隊の誰より巧みに、速く駆ける。置いて行かれるなよ、リン」

 母親の言葉に、リンは大きく頷いた。

「弓弦姉さまは?」

「私は一度、御苑へ戻る。今後の対応を望姉さまや輝夜と相談せねばならんだろう」

「すまない、弓弦姉さま。こうなっては、もはや姶良を閉鎖しておくことは不可能だ。外の世界との交流を何らかの形で持たねばならん」

「分かっている」

 ぴりりとした声音で、弓弦は告げる。

「望姉さまはずっと、月白種族と街の人間のわだかまりを消すよう動いていた。こうなることを見越していたかは分からんが、少なくとも今の姶良は、月白種族も合わせて、皆で作り上げたものだ。それは、お前と月白種族の少女……カリンが、最後に我々に残していったものだった」

 弓弦はまっすぐに朔を見つめた。

 朔もまっすぐに、弓弦を見つめ返した。

「大丈夫だ。今の姶良は強いぞ? 皆が街を守り、誇る心を持っているからな」

「ああ、素晴らしい事だ。さすがは望姉さまと弓弦姉さまだ」

 弓弦は、ふん、と鼻を鳴らし、きびすを返した。

 その背中越しに、朔へと問いを投げかける。

「肝心な事を聞いておらんかったな」

 肩越しに、少しだけ振り返りながら。

「お前は……星空を見つけることが出来たのか?」

 問われて、朔は笑った。

 子供のような笑顔だった。

「ああ、もちろんだ、姉さま。俺とカリンが夢見た星空は、確かにあったぞ」

 朔の言葉に満足したのか、弓弦はふっと一つ笑みをこぼすと、すぐに菌糸をのばして樹海へと消えていった。

 その後ろ姿が消えるまで見送り、朔はリンとソラに笑いかける。

「さあ、俺たちも行こう」

 朔に先導され、リンとソラは菌糸をのばした。



 弓弦がえげつない、と言ったのを、ソラは3分とたたないうちに実感していた。

 リンについていった時とは大違いだ。

 朔の選ぶルートは確かに速いのだが、とんでもなく遠くへ菌糸をのばしたり、かと思えばほんの小さな隙間を通ったり、体を反転させたり、物理法則を無視してるんじゃないかと思うほどは無理な方向に体を振ったりと、とにかく巧みなのだ。

 少し前を行くリンが、少し遅れて通りやすい道を選んでくれていなかったら、とうに置いて行かれていただろう。

 朔は途中で気づいたらしく、速度を緩めた。

 そう言えば、朔はカンジ2号の船体の上をこの昇降機で自由に闊歩していたのだ。

 飛んでいる飛行船の上で、それもあの視界で、あの弾丸のような胴体の上を飛び回るなど、もはや人間業ではない。

 ユグドラシルの根本に到着する頃には、リンもソラもへとへとだった。


 何日かぶりに見るユグドラシルは、やはり堂々と佇んでいた。朔とリンがそれぞれ腰に下げている籠灯りのおかげで、ソラの視力でも十分、周囲を見渡せる。

 というより、姶良に着てからずっと闇に目を慣らしているせいでよく見えるのだろう。

「少し休もうか」 

 リンとソラの様子を見て、朔がいう。

 二人は返答できないほど息を切らしていた。

 一人、元気な朔は、氷の結晶がいくつもはめ込まれたユグドラシルの幹に歩み寄り、その中でもっとも大きな氷の塊をのぞき込んだ。

 まるで会話をするように、じっと見つめる。

 あの氷の結晶の中にいたのは、月白種族の女の子のはずだ。

 ソラは疲労した左腕をもみながら、朔の元へ近づく。

 もう一度対面したその少女はやはり、機械歯車で作られた凪とうり二つだった。

「朔さん、その子は誰なの?」

「凪だ」

「凪って、機械歯車の?」

「いいや。カリンの幼なじみで、夙夜の姉だった月白種族の凪だ。幼い頃、事故でユグドラシルに取り込まれてしまってな。夙夜はおそらく、その姉の姿を借りて機械歯車の人形を作ったのだろう」

 夙夜のお姉さん。

 この女の子が、凪とそっくりだけれど、夙夜ともどこか似ている理由を納得した。

 凪が夙夜の姉だというなら、夙夜はいったい、どんな気持ちで機械歯車の凪を作ったのだろうか。

 その感情を考えようとすると、何故か胸がまたくぅっと締め付けられた。嬉しいような、切ないような、とても複雑な感情がソラの中で渦を巻く。

「帰ってきたら、凪に外の世界の話をすると約束しておったのでな」

 朔は氷の結晶に軽く振れた。その指先が寒さで赤くなっていた。

「さあ、行こう。あとはユグドラシルを上るだけだ」



 先ほどの行軍で察したのか、今度は朔に置いて行かれることはなかった。

 何より、単純な上昇はキノコの隙間を縫うように駆けるのと違って、昇降機が簡単に使えた。

 ミホシと二人、たどった道を思い出す。

 あれはほんの何日か前の出来事なのに、外の世界のことがまるで遠い昔の出来事のようだった。

 上から光が漏れだしてくる。地上が近いのだ。

 後少し、というところで、朔は足を止めた。

「担当を決めよう。リン、ソラはまだ昇降機になれておるわけではない。一緒に行動してあげてくれ」

「分かった」

 リンがうなずく。

「ソラ、代わりにソラは、船の構造が少しは分かっておるだろう。その分、リンを助けるのだ」

 ソラはこくりと頷いた。

「もし何かあれば、何を置いても逃げるのだ。この場所に逃げ込んで、昇降機で下ってしまえばおいつけんだろうからな。無理だけは、絶対にしてはいかんぞ」

 朔の再三の注意に、ソラとリンは頷いた。

「よし。では、行くぞ」

 ユグドラシルのうろを抜け、灰色の世界へ飛び出した。


 昏海を始めて見たリンが、ゴーグルの向こうで目を丸くしている。灰色の風、灰色の海。

 すぐそこにカンジ2号が半分埋まったまま転がっていた。あれも、後で回収しないと寛二が怒るだろう。いや、もう目にして怒っているかもしれない。

 見渡すと、船は10隻ほど見えた。

 朔の話と配置はほとんど変わっていない。

 もし、晃と寛二が別の船に移動したりしていないのならば、二人がいるのはここから最も遠い場所にある船だろう。

 朔の合図で、ソラとリンはその船を目指して飛んだ。


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