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19

 日輪先生の言葉で、ミホシはみるみる顔を崩した。

 今にも泣きそうな顔をして、ミホシはポツリポツリと呟いた。

「あたし……あたし、いつも自分は隠れてなくちゃいけないって、こんなところにいちゃダメなんだって、ずっと怖かったし、悲しかったの。お父さんはずぅっと一緒にいてくれたけど……寂しかったの。ごめんなさい、お父さん。お父さんはずっと優しいのに、あたしはずっと寂しかった」

 ソラは、思わずミホシの手をぎゅっと握りしめた。

 そうしたら、ミホシはその強さに絞られるようにすぅっと涙を一滴、流した。

「でも、姶良に来てから、あたし、歓迎されてばっかりで、こんなの、どうしたらいいか分かんない」

 日輪先生は、優しく笑った。

「大丈夫。きっと、キミのお父さんは分かってる。あいつは、腹立たしいことに、恐ろしく人の心の機微に(さと)いからね。キミが何を不安に思っていて、何を望んでいるか、きっと全部分かってたよ」

「……ほんとに、そう?」

 ミホシは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら首を傾げた。

 先生はにっこりと笑いながらミホシの頭を何度も撫でた。泣きじゃくるミホシに、泣かないで、とは言わなかった。泣いてもいいよ、ってその瞳が語りかけていた。

 何故だかソラも、つられて泣きそうになってしまった。

 研究所の地下に隠れるように育てられたミホシ。お父さんと、所長の晃だけが世界のすべてで、本を読みながら静かに暮らしていた。

 きっと、ミホシはとても頭がよかったんだ。とても頭がよかったから、自分の立場を理解していた。聞き分けのいい子だった。静かに感情を押し殺す子になった。

 朔は知っていたのかもしれない。ミホシがそうやっていい子になろうとして、我儘を絶対に言わない事。

「……っ」

 ミホシの唇から洩れた声は、言葉になっていなかった。

 大粒の涙があふれ、頬を伝っていく。

 そんなミホシを、日輪先生はずぅっと撫で続けていた。


 姶良には朔の友人たちがたくさんいる。そして朔は、その友人たちがどんな人物か知っていた。

 だから、もしかして、ミホシをこの場所へ連れてきたがったのは、ミホシをこの姶良で暮らさせるためじゃないのかもしれない。世界の全部がミホシの敵じゃないんだよって教えるため。ただそれだけのために、多大な労力と時間をかけて姶良へやってこようとしていたのかもしれない。

 それなのに。

 朔自身も友人たちに会いたかっただろうに、その役目をソラに譲ってくれたのだ――ただ、ミホシのために。

 その心の大きさに、ソラはくぅっと胸が締め付けられた。ミホシがとても愛されている事が分かったから。

 だから。

 ソラ自身も守ることを、静かに誓う。

 これまでも、ミホシの事が大切だった。美しく聡明で、笑うととてもかわいい女の子。どうしても、守ってあげたくなるような。ずっと笑顔でいてくれたら嬉しい、と、ぼんやりと思っていた。

 でも、その誓いがもっと確固たるものとして自分の中に刻まれた。

 ミホシ自身と、ミホシを守ろうとした人たち。晃や寛二も含めた大人たちが守ろうとしたものを、ソラも守りたいと思ったのだ。



 日輪先生が一人で管理するこの学校に通うのは、ソラやミホシより幼い子供たちばかりだった。

 これまでの話を総合すると、やはり、月白種族だけでなく、姶良に住む人たち全員が、ソラたち外の人間よりも短い寿命を持つようだった。10歳を過ぎる頃には独り立ちして働き始め、20歳ごろに子供を産んで、50歳にならない頃には亡くなってしまうようだ。

 ソラたちの、だいたい倍の速度で生きている。

 日輪先生は学校の事を夙夜に説明していた。

「月白種族には子供を育てる習慣がなかっただろう? だから、共に暮らし始めた街の人間との間に軋轢を生んだんだ。そこで、学校を作ったんだよ。そうすればついでに、樹海の危険さや歯車機械の扱いを教えられるしね。事故を減らせるだけでも十分だ」

「うん、たまに、実習だっていう生徒が樹海に入ってきてるよ。白鬼の森の辺りまではよく来るみたいだね。先生は、日輪兄ちゃん一人なの?」

「いや、弓弦(ゆづる)さんが手伝ってくれたり、卒業した神楽やリンもよく来てくれるから。教える人間が不足してる事はないよ。でも、夙夜が来てくれたら面白いかもしれない。どうせ今も、物騒なものばっかり作ってるんでしょ」

 夙夜は答えなかった。

 が、歯車機械で出来た(なぎ)の戦闘力に粋を極めているように、おそらく昔から兵器の開発ばかりをしていたんだろう。

「ソラ! ミホシ! 一緒に、昇降機の使い方の練習しないか? 使えると、便利だぞ」

「昇降機?」

「ああ。昇降機から菌糸を伸ばして、天井とかにくっつけて、跳んで移動できるようになるんだ」

 もしかして、朔が飛行船で見せたあの移動方法の事だろうか。

 ソラは腰を上げた。

「ミホシはどうする?」

「あたしは、夙夜さんと日輪先生の話が聞きたいからここにいる」

「じゃあ、ちょっと行ってくるよ!」

 リンに誘われ、ソラは子供たちの輪に混じった。

 校庭は野球ができるくらいの広さ。足元は黒い火山灰が踏み固められ、運動しやすくなっている。そして何故か、石積みの柱の上に板を乗せただけの、見張り塔のようなものが何本も並んで立てられていた。しかし、梯子(はしご)などはついておらず、どうやって上るのかわからない。

 10人ちょっといる子供たちの前で、神楽が話している。手に持っているのは、鋼鉄で出来た腕輪のようなものだった。

 太さはソラの親指くらい。その腕輪を、神楽は全員に配った。

 その中から、キリキリ、キシキシと歯車の音がするから、これも歯車機械の一種なのだろう。

 前に立った神楽が、装着の仕方を説明しながら――要約すると、腕輪のように左手か右手、使いやすい方にはめるだけだ――思い切り腕を振り上げた。

 その瞬間、鋼鉄の腕輪から白色の糸が飛び出して、上に向かって伸びた。

 粘着質なのか、その糸は校庭に設置された見張り台の上の方にくっつき、神楽の体を上空へと引っ張り上げた。

 子供たちから歓声が上がる。

 神楽はその勢いで、見張り塔の上に軽く着地した。

 盛大な拍手が送られた。

「うまいでしょ? 神楽ちゃんは護衛部隊の中でも、昇降機の使い方がいっとう上手いんだ」

 ソラの隣で、リンが自慢げに笑う。

「ソラもやってみなよ。使えると、空中を飛んでるみたいで楽しくなるよ!」


 ソラは子供たちから距離を置いて、校庭の隅に移動した。

 まだ手足は包帯を巻いたままだけれど、大丈夫だろう。

 朔と同じように、左手首に鋼鉄の輪を装着し、思い切り腕を上に振り上げた。カラカラ、という歯車の回る小さな音とともに、上に向かって吐き出された菌糸が見張り台にくっついた。

 ソラは、腹の奥に力を入れて構えた。

 が、上へ引っ張り上げられる衝撃は想像以上だった。

 ぐぅん、と全身が引っ張られ、上から押さえつけられるような感覚が襲う。あっという間に足が地面を離れ、視界は反転し、ソラは空中に放り出された。

 リンが下からソラを呼んでいる声がする。

 ソラは安定しない視界で、何とか周囲を観察した。頭が下になってしまっている。このままでは、頭から見張り塔に叩きつけられてしまう。

 ソラは全身に力を込めた。

 左手から伸びた糸を引っ張り、体勢を整える。

 見張り塔にぶつかる直前で体を入れ替え、両足で灰色の石壁を蹴った。

 その反動で、ソラの体は再び放り出される。

 が、バランスを取るコツはわかった。

 ソラはうまく方向を修正し、二回目の飛びあがりで見張り塔の上に着地した。

 ゆらゆらと揺れる体を戻して、何とか上に立つ。

 その時、下からたくさんの拍手が響いた。

 見下ろすと、子供たちがみんな、ソラの方を見ている。どうやら子供たちの中で、見張り塔の上まで登れた者はいなかったらしい。年長者とはいえ、ソラが一回で登れたのはとてもすごいことのようだった。

 そちらに手を振ってやると、歓声が上がった。

 悪い気は、しなかった。


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