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「そうだね、出会いは最悪だった。その時は、カリンと僕が一緒にいたんだけど、朔さんってば、いきなり街中で空砲をぶっぱなすんだもんなあ。今考えても酷かった」

「『くうほう』ってなんだ?」

 ソラが聞くと、夙夜は身振り手振りで説明しだした。

「ええと、砲身に空気をためて、思い切り圧縮して……ああ、そうそう、さっき凪が大型の蟲を撃退したのもそれだよ」

「大砲みたいものだよ。弾の代わりに圧縮した空気を打ち出すの。とてもじゃないけど、街中で撃っていいものではないかな」

 ミホシが補足した。

「そうそう。でも朔さんは全然悪びれてなくてさあ。しかも、初対面のカリンに対して、『ずっと会いたかったんだ、一緒に星空を探しに天蓋の上に行こう!』って、誘ったんだ。もう、隣で聞いててびっくりしたよ」

 夙夜は、朔とカリンの出会いをまるで目の前で見てきたように話し――実際、見ていたのだろうが――楽しそうに笑った。

 初対面のはずの朔が、最初からあまりにも馴れ馴れしくてびっくりしたこと。カリン自身は、馴れ馴れしい朔の行動をてんで気にしていなかったこと。

「後で分かったんだけど、カリンのお兄さんと朔さんは、親友だったんだよ。だから、朔さんは妹であるカリンの事もよく知ってたんだ。何しろ、カリンに会うために、家出してくるくらいにね!」

 くすくすと笑いながら夙夜は続ける。

 朔のお姉さんが、家出した弟の朔を追ってきたこと。カリンはそれをあっという間に撃退したこと。

 そして、困った朔のお姉さんは、人質としてカリンのお兄さんが捕らえてしまったこと。

「……お父さんにはお姉さん、それと、お母さんにもお兄さんがいるんだね」

 ミホシが呆然と呟いた。

「本当だ。ミホシ、叔父さんと叔母さんじゃないか。この分だと、姶良には知り合いどころか親戚もいっぱいいそうだな」

 一人っ子のソラ。父親の親戚とは仲違いしていたし、母親も一人っ子で、親戚のたくさんいる友達の話を聞くたびにあこがれていたのだ。

「そうだね。もし日輪兄ちゃんたちに子供がいたら、ミホシの従兄弟もいるかもしれないや。僕も、もうあれからずっと10年以上、姶良に戻ってないから、よく知らないんだけど」

 夙夜もそう言って笑った。

 本当によく笑う人だな、と思う。

 朗らかに、嫌みなく。楽しそうなその様子に、ソラは好感を覚えた。

「ねえ、夙夜さん。その、カリンって人のお兄さんが捕まって、どうなったの?」

「朔さんとカリンと、僕と凪の4人で助けに行ったんだよ。姶良の街で一番高いところにある、『御苑』っていう建物まで」

「一番高い?」

「うん、そうだよ。朔さんは、姶良の街を治める宗主一族の末息子だったから。街で一番高いところに住んでたんだ。ソラとミホシも姶良に行ったらすぐに分かるけど、見上げると首が痛くなるような断崖の上に立ってる、一番大きな建物だよ」

「もしかして、朔さんって偉いのか?」

 ソラが聞くと、夙夜は首を傾げた。

「そう……かなあ? うん、そうだね。姶良で一番偉いのは宗主一族だから、朔さんはとっても偉いことになるね」

 王様だ。

 朔さんはあんなに子供っぽいのに、姶良に戻ると王様になるんだ。

 ソラはそう解釈した。

 そうすると、その子供であるミホシは、お姫さま?

 ちらりと隣のミホシを伺うと、その綺麗な横顔には、姫という言葉がとても似合う気がした。

「それで、『御苑』に乗り込んだ後はどうなったの? 夙夜さん」

 ミホシが話の続きをせがんだ。

「助けに行って、うまく侵入したのはよかったんだけど……実は途中から、それどころじゃなくなってしまったんだ。その時、御苑には金属を食べて、とんでもなく大きくなるっていう危険な蟲が何匹か入り込んでしまってて」

「えっ?」

「実は、家出した朔さんを探しに、宗主一族の護衛部隊が樹海に入ってたんだ。その時、危険な蟲を数匹、気づかないまま姶良の街に持ち込んでしまってた」

 夙夜は少しだけ声のトーンを落とした。

「その蟲の名前は『蝕蟲(しょくちゅう)』。鋼鉄を熱で溶かして食べて、際限なく大きくなってしまう蟲だよ。そして御苑に入り込んだ蝕蟲(しょくちゅう)は、誰にも気づかれずに大きくなった。姶良は歯車の街だからね。餌はいくらでもあって、どんどん大きくなってしまったんだ」

 夙夜は、当時を思い出すように目を閉じた。

「赤い菌糸を纏った蝕蟲(しょくちゅう)が熱を発しながら巨大に成長したのを見たら、きっと君たちも絶望するよ。地獄の熱が漏れ出したかと思った。とても近寄れないくらいに熱いんだ。止めることも出来ないのに、街の導線である歯車がどんどん食われていってしまう」

「夙夜さんたちは、どうしたの?」

 ミホシがおそるおそる聞いた。

「カリンはとても蟲に詳しいから、その生体をよく知っていた。知らなかったら、誰も何も出来ないままだったろうね。彼女は言ったんだ。『蝕蟲(しょくちゅう)は、水をかけて冷やせば活動を停止する』って」

 夙夜はにっこりと笑った。

「お母さんが……?」

「そうだよ。姶良の一大事に、朔さんとカリンはみんなに呼びかけた。そして、敵だったはずの宗主一族と、月白種族が手を取り合って、がんばった。地下の水をポンプで汲み上げて、蝕蟲(しょくちゅう)に向かって放射したんだ」

 ミホシの瞳が揺れている。

 初めて聞く母親の話に、驚いているようだ。

「そして、4匹いた蝕蟲(しょくちゅう)は活動を停止した。みんな、手を取り合って喜んだよ! 月白種族も宗主一族も、宗主一族の世話をしている下町の人たちも。だけどね――」

「だけど?」

「それで全部じゃなかったんだ。一番大きな蝕蟲(しょくちゅう)を見逃していた。そして、他と比べものにならないくらいに大きく育った最後の一匹は、存分に歯車を食い散らかした後、御苑の屋根に登りつめた」

 ソラはミホシと共にごくり、と唾を飲んだ。

「大変だった。このままでは、歯車で出来た姶良の街がすべて食べられてしまう。でも、一番上の屋根に登った蝕蟲(しょくちゅう)は街を照らし出すくらいに、鋼鉄を溶かした熱を持って赤く輝いていて、もうどうすることも出来ないくらい大きくなっていて、みんな諦めそうになっていたんだ」

 そこで夙夜は、ミホシも見てにこりと微笑んだ。

「その時に最後まで諦めなかったのは朔さんだよ。朔さんは絶対に諦めようとしなかった。皆を鼓舞して何とか退治しようとしたんだ。もちろん、それは難しかったのだけど」

 お話に感情移入したのか、ミホシがソラの包帯に包まれた手をきゅっと握った。

「もう駄目だと思った、その時だった」

 夙夜はそこで、言葉を切った。

 固唾をのんで、二人は話の結末を待つ。

 そんな二人の顔を交互に見渡して、夙夜は告げた。

「樹海から、夜光蟲が飛んできた」

「夜光蟲……? って、あの小さく光ってる虫だよな」

 ソラが問うと、ミホシはこくりとうなずいた。

「うん。でも、あの子にそんな大きな力はないはずだけど」

「そう。一匹一匹は何の力もない小さな虫だよ。でも、それが何千、何万と現れたら?」

 夙夜はにっと笑った。

「まるで光の帯みたいに、群になって現れた夜光蟲が、蝕蟲を包み込んだんだ。自らの身を犠牲にして蝕蟲の暴走を止めるように。夜光蟲は蝕蟲の熱をすって、ぴかぴか光った。いつもよりずっと明るい光だったんだ。だから、夜光蟲の群れに取り付かれた蝕蟲はまるで『太陽』みたいに、真っ白に光った」

 ソラは想像する。

 まだ見ぬ姶良の街を。高々とそびえる御苑を。そして、その上に燦然と輝く、太陽のような夜光蟲の塊を。

「熱を奪われた蝕蟲は落ちて、夜光蟲は蝕蟲の熱を吸い尽くすと、樹海へ帰っていった。そして、朔さんとカリンもその夜光蟲の群と一緒に樹海へと消えていった」

 夙夜はそこで息をついた。

「僕の知る物語はそこまでだよ。二人が本当に樹海を越えたのか、外の世界にたどり着いたのか、星空を見たのかは分からない。でもね」

 夙夜は真剣に話を聞いていたミホシの頭に、ぽん、と手をおいた。

「きっと、ミホシがその答えなんだね。二人は外の世界にたどり着いた。そして、きっと――とっても、幸せだったはずだ」

 夙夜の言葉で、ミホシはまた泣きそうな顔になった。

「姶良に帰ってきてくれて、ありがとう、ミホシ。それから、ミホシを連れてきてありがとう、ソラ。僕は君たちに会えて本当に嬉しいよ」


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