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 意識が戻った時、暖かい布団のようなものに包まれていた。

 目を開けるより先に、手足の先が痛いような、痒いような感覚に襲われる。動かそうとしたが、どうやら包帯のようなもので固定されているらしく、動かす事はかなわなかった。

 仕方なく目を開けると、薄暗がりの中、誰かが覗き込んでいるのが分かった。

 淡い茶色の髪はミホシではない。

 が、同じように耳が尖っていた。月白種族だ。ソラと同じ年頃の女の子の顔に見覚えがあるような気がして、記憶の底をさらった。

 そして、思い出した。

 彼女は――

「オマエ、もしかしてユグドラシルの氷の結晶の中にいたヤツか?」

 喉から出た声はガラガラだった。かすれてほとんど音になっていない。

 ユグドラシルの氷の中で眠っていたはずのその女の子は、答えない。そして、瞬きさえしない無表情でソラを見下ろしていて、ドキリとした。

 女の子はそのままくるりとソラに背を向ける。

「あっ、おいっ!」

 声を投げかけたが、その子はそのまま遠ざかっていった。

 見渡すと、どうやらここは洞窟の中のようだ。

 洞窟と言っても、壁際には鈍い黄金色をした歯車機械が雑然と積まれており、ソラが今横たわっているような調度品や炊事用と思われる器具もいくらか見えた。ここは人の暮らす場所だ。

 それも、かなり広い。教室よりも広いかもしれない。

 その広い空間の中央付近には作りかけと思われる大きな機械が鎮座している。どことなく飛行船に似た形をしたあれは、いったい何を作っているのだろうか。

 その機械の側に食事用と思われるテーブルがあり、ミホシと一人の男性が座っていた。

 無表情な少女は、そちらに近づいていき、男性の服の袖をちょいちょい、と引っ張った。

 その男性は気づいてこちらを見た。そして、体を起こしたソラに気づいたようだ。

「あっ、起きたんだね。よかった」

 笑いかけてきたのは、気絶する前にソラたちを助けてくれた青年だった。おそらく20代、淡い茶色の髪を揺らしながら、優しげに笑った。

「ソラ!」

 ミホシががたりと立ち上がって駆けてくる。

 まるで泣きそうな顔をしていた。

 ミホシは駆ける勢いそのまま、寝台の上のソラの首に飛びついた。

 息が止まりそうになる。

 衝撃で全身が痛んだ。何より、喉の奥、気管がものすごく痛い。耐えきれず、ソラは咳き込んだ。

 はっとしてミホシが手を離す。

「よかった……ソラが冷たくなって、動かなくなって、このまま……死んじゃうかと思ったんだから」

 確かに、ソラも死ぬかと思った。

 事実、あのまま助けが来なかったら、ムカデにやられるか、寒さで凍えるか、いずれにせよ死んでしまっていただろう。

「うん、元気そうだね。両手と両足の先が凍傷になりかけてたんだ。しばらくはあんまり動かさない方がいいよ。掻くなんてもっての外だからね」

「……誰なんだ? 朔さんの友達?」

 ミホシに向かって聞くと、彼女はうれしそうに教えてくれた。

「うん、そうだよ。お父さんのお友達の夙夜(しゅくや)さん。歯車機械の技師さんなんだって」

 そこでミホシは、ソラに顔を近づけて内緒話をするように言った。

「実はねっ、この女の子も機械なんだって! (なぎ)ちゃんって言うの」

「えっ?!」

 ソラは驚いた。

 確かに、無表情だしまばたきもしないし、しゃべらないけど。

 それでも、ぱっと見ただけならふつうの女の子に見える。

 ミホシはさらにひそひそ話を続ける。

「何だかよく分かんないけど、(なぎ)ちゃんは機械だからいっぱい武器が仕込まれてるんだって。さっき、あの大きな蟲を倒したのも(なぎ)ちゃんらしいの」

「……マジか。すごいな」

 ソラもつられて小さな声になる。

「姶良の話をいっぱい聞いたの。ここからなら、丸一日も歩けば到着するって」

「本当に?!」

 姶良の街。

 夢にまで見た、エルフの里。暗闇の中に、まるで星空みたいにキラキラ輝いているのだとミホシは言った。

 ソラは期待に胸を膨らませた。

 ひそひそ話をする二人に向かって、夙夜(しゅくや)という青年は笑いかけた。

「話はミホシちゃんに聞いたよ。逃げてきたんだって事も。ここで朔さんを待ってもいいよ。樹海の中だから他の人に見つかる事はまずないし、朔さんが姶良に行くなら必ずここへ寄っていくだろうし。でも、君たちが街へ行きたいなら、案内するけど……」

 夙夜と名乗った青年がどうする、と問いかける。

 ソラはミホシと顔を見合わせた。そして、どちらからともなくにっと笑う。

 答えは決まっていた。



 すぐに姶良の街につれていってくれるのかと思いきや、ソラが回復するまではこの洞窟で立ち往生になるらしかった。

「ソラ、君は足を治さないとうまく歩けないよ。3日もすれば皮が新しくなってむけてくると思うけど、それまでは痒くて仕方ないと思うよ。でも絶対に掻いちゃダメだからね」

 そう言った夙夜は最後に、もし君の人体構造が僕らと同じだったらね、と付け加えた。

 そうか。ミホシが外の世界では珍しかったように、ここではソラが異分子なのだ。


 夙夜は歯車で出来た機械をいじりながら、寝台に横たわるソラから外の世界の話を聞きたがった。

「ソラは星空を見たことがあるんだね」

「ああ。一回だけだけどな。父さんが、中央まで連れていってくれたんだ」

 まだソラが幼かった頃、晃は今ほど研究所にこもっておらず、青色のルーフバイクにソラを乗せてあちらこちらへ連れていってくれた。

 大きな湖、美しい山並み、木々の生い茂る森。

 中でも一番よく覚えているのは、星空だった。

 ソラの住む町は昏海に近く、いつも空を火山灰に覆われている。晴れた日も、見えるのは薄ぼんやりとした月がせいぜいで、星なんてとても見える場所ではない。

 だからある日、父はソラを連れて今までで一番遠くへ行った。朝出発して、昼に途中でご飯を食べて、日が沈んでも走り続けた。遠くへ行くにつれ、灰色がかっていた空はいつしか青くなり、青くなった後、夕日で赤く染まった。そして、紺色の夜がきた。

 それだけでもソラにとっては不思議な光景だった。

 でも、夜中近くまで走り続けた晃が最後に見せてくれたのはそれらをすべて忘れてしまうような光景だった。

 澄んだ空気が広がる中で上を見上げると、そこには落ちてこんばかりの満天の星空が広がっていたのだ。

 ソラは息を飲んだ。

 隣の父はずっと星座の話をしていたが、全く耳に入らなかった。目の前に広がる星空が、どうしようもなく美しすぎて。

 その話をすると、夙夜は嬉しそうにほころんだ。

「やっぱり、星空は本当にあったんだね。朔さんの言ったとおりだ」

「えっ?」

 ソラは思わず首を傾げた。

 星空が存在する事なんて、みんな知っている。ソラの住む町からは見えなくても、遠くへ行けば見られることを知っている。

「姶良はね、天蓋に覆われた常闇の街なんだ。それこそ、『空』も『星』も『太陽』も『月』も、みんな知らない」

「嘘だ!」

 ソラは思わず大きな声を上げた。

「本当だよ。だから、朔さんとカリンは天蓋の上へ、星空を探しに行ったんだ」

 不意に機械をいじる手を止めて、夙夜は遠くを見つめた。まるで、遠い昔の出来事を思い出すかのように。

「そうだね、じゃあ、一つだけお話をしよう」

 持っていた作りかけの機械を地面において、夙夜は両手を組んだ。

「月白種族の女の子が、星空を信じる男の子と出会って、星の見える大地を探して旅にでるお話だよ。彼らは最後に姶良を救って、僕らにたくさんのものを置いていったんだ。……聞く?」

 その言葉で、ミホシは大きく目を見開いた。

 何しろそれは、ミホシの父である朔と、母であるカリンの物語だったから。


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