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 タラップをおろして船を出ると、ソラの足はやんわりと灰に沈んだ。昏海の灰は流動的で、町の地面のように踏み固められたものとは違う。

 膝まで沈んだ足を懸命に引き抜きながら、ユグドラシルの幹に向かった。ミホシも足を取られ、風に翻弄されながらもついてくる。

 やっと根元にたどり着いた頃には、二人ともすでに疲れ果てていた。

 息を整え、ユグドラシルと向かい合う。

 灰の風の中にあってもどっしりと構えている大樹が灰の海に沈む場所。

 そこに、大きなうろがあった。奥は暗くてなにも見えない。まるで地の底へ続いているようなーー実際、地面の下へと続いているのだが。

 ソラはゴーグルをはずし、リュックサックからランプを取り出した。蓄電式のソレは、根元のつまみをひねると、ぱっと明るくなった。

 ミホシが眩しそうに目を細める。

 ソラは少し光量を押さえると、意を決してユグドラシルの中に足を踏み入れた。


 一歩目は、柔らかい感触だった。

 照らされた周囲の壁は白っぽく、成長線のような模様が縦に入っているのが見えた。触れてみると、地面と同じように柔らかい。

 ソラはふと、思う。

「これってもしかして、植物じゃないのかな?」

「そうだよ。これは大きな大きなキノコなの」

 ミホシが答えた。

「これがキノコ? 嘘だ、こんなでっかいキノコ、あるもんか!」

「外の世界のキノコとはちょっと違うらしいの。姶良は、天を灰に覆われて隔離された土地だから、ちょっと珍しい進化をしたんだ、ってお父さんが言ってたよ」

「進化……」

 進化という言葉は知っている。生物が少しずつ環境に適応して姿形や、生きる術を変えていく事だ。

 たとえば千年以上前。

 火山の噴火で舞い上がった灰が、窪地に蓋をするように降りつもったら。その降りつもった蓋の下に、人間や、他の生き物が閉じ込められたとしたら――その真っ暗闇では、ソラのような人間とは異なる生物が進化を遂げているかもしれない。

 もしかして、ミホシも?

 白い肌。大きな耳。大きな瞳。暗闇に適応した人間は、もしかしてミホシのようになるのだろうか。

「姶良はキノコの文化が発達した街なんだってお父さんが言ってた。服や靴もキノコの菌糸で編まれてるし、あたしやお父さんがキノコしか食べられないのもそのせいだって。姶良に地上にあるような植物がないから、キノコ以外を消化する機能は退化しちゃったんだって」

 本当にミホシと朔は、ソラとは別の人間なんだ。ソラはようやく実感した。

 だからと言って、園山のようにミホシたちをバケモノと呼ぶのは間違ってる。人間じゃないなんて、本当にひどい言いぐさだ。

 ソラの、大好きな二人に向かって。

 思い出したら怒りがわいてきた。

「……なあ、ミホシ。姶良のことを外の人間がみんな知ってくれたら、ミホシも外で生きられるかな?」

「えっ?」

 ソラの言葉に、ミホシはびっくりした表情を見せた。そんな事、考えたこともなかったって顔だった。

「ミホシ一人なら怖いけどさ、姶良の人に会って、話してみようぜ。みんなと一緒に、外の世界の人間たちと友達になろうって。そうしたら、きっと怖くないだろ?」

 名案だと思った。

 そうすれば、もしかするとミホシも一緒に学校に通ったりできるかもしれない。学校の友達に、ミホシを紹介したい。

 こんなに可愛い女の子がいるんだぞって。

「一緒に学校に行こうよ。そんで、一緒に勉強しよう。一緒に遊んで、一緒に喧嘩しよう」

 ソラの言葉に、ミホシは少し困った顔をした。

「でも、あたしは普通の人間じゃないから、きっと受け入れてもらえない」

「そんなことない! 学校の奴らだって、きっとミホシの事を好きになるさ。もしいじめたりする奴がいたら、オレが助けてやるからさ!」

 勢いづいてそう言うと、ミホシはぽつり、と言った。

「……ソラはあたしの他にも、友達いっぱいいるもんね」

「え?」

 うまく聞き取れず、問い返したが、ミホシは困ったように笑うだけで二度とその言葉を繰り返してくれなかった。

 代わりに小さな声で、淡々と言った。

「あたしは、いいの。あたしは姶良に行って、お父さんと一緒に静かに暮らしたいの。もし、お父さんがもう一度外の世界に行きたいのなら、今度はあたしを置いてってもらう。邪魔にならないように、あたし、姶良でずっとお父さんの帰りを待つことにする」

 どこか諦めたようなその声に、ソラは反論しようとした。

「もう、いいの」

 が、ミホシがそう言って会話をやめたので、反論の機会を逃してしまった。


 ユグドラシルは、歩いても歩いてもずっと同じ景色を見せてきた。螺旋のような構造になっているのか、少しずつ下っているようだったが、自分たちがいったい、どこにいるのか全くわからないままだった。

 なにより、気温がどんどん下がってきている。

 吐く息はとうに白くなり、暖かいコートを羽織っていても全身が震えてしまう。

 ミホシも、少し背中を丸めて寒そうにしていた。

 悴む手で地図を取りだし、確認する。

「今日中に、ユグドラシルの中を抜けたいな。そうしないと、食べるものがもうなくなっちゃうもの」

 ミホシの言うとおりだった。

 背中に入っている食料は心許ない。

 ユグドラシルがキノコだというが、さすがに世界樹の名を冠する巨木を食料にする気にはなれなかった。

「どこまで続いてんだろうな、これ……」

 先の見えない行軍に、ソラは不安になる。

 このまま、何日も何日もこのうろの中で過ごすことになったらどうしよう。食料がつきて、寒さと飢えで動けなくなってしまったらどうしよう。

 少し遅れてついてくるミホシをちらり、と振り向いた。

 弱気になっちゃダメだ。ミホシだけは絶対に、姶良に送り届けるんだ。

 強い決意を胸に、再び前を向く。

 が、その目に映るのは暗闇だけだった。


 いったいどれだけ歩き続けただろう。

 最初は緩やかだった下り坂が、今では気を抜くと滑り落ちてしまいそうな急斜面に変わっていた。

 それでも二人は、もくもくと下り続けていた。

 が、とうとう、ミホシは疲れてしゃがみ込んでしまった。

「ごめん、ソラ……少しだけ、休んでいい?」

「ああ、いいよ。オレも疲れたし」

 斜面を転がり落ちないよう、ソラは足の間にランプを挟んだ。

「遠いね。地図だとすぐなのに」

 両手をこすりあわせながら、ミホシはため息をついた。

 ソラも同感だ。ユグドラシルを見つけたら、もっと簡単に到着できると思っていた。

 そして、寒すぎるのでリュックサックから手袋を出そうと身じろぎした時だった。

 足に挟んでいたランプがころんと転がった。

「あっ……」

 つかもうとしたソラの手をすり抜け、ランプは下へ転がり落ちていく。

 いけない。あのランプがないと、ソラは周りが見えないのに!

 ソラはぱっと立ち上がり、ランプを追おうとした。

 が――

 不意に足がもつれる。

 体が中に放り出される。

 ああ、なんだかこんな事、前にもあった気がする――そう思う間もなく、ソラの体は急坂を転がり落ちていた。


 頭を打たないよう、両手でかばうのが精一杯だった。壁や床に打ちつけて痛めないよう、足もちぢこめる。

 ミホシの声が遠ざかっていく。

 思い出した、ミホシに初めて会った時だ。

 あのときも、こんな風に転がり落ちたのだ。

 今回は、地面がキノコだから柔らかいのが幸い。ただ、滑りやすくてとても勢いが止まりそうにない。

「ぁぁぁああああ!」

 大きな声を上げながら、ソラは一番下まで転がり落ちていった。



 ようやく体が止まった時、全身を柔らかい感触に包まれた。まるで、クッションに受け止められたかのような弾力だった。

 体はほとんど痛くない。おそらく、転がってきた地面が柔らかかったせいだろう。

 起き上がると、そこには闇が広がっていた。

 近くにランプが落ちているだけが救いだ。

 よろよろと起きあがってランプを拾い、掲げてみた。が、自分が落ちてきた穴があるだけで、目の前はほとんど見えない。かなり開けた空間のようだ。

 と、そのとき、ソラは視界の端を明るい何かが横切ったような気がした。

 なんだろう。

 とっさに身構える。

 その光の粒は、いくつもいくつもソラの周りを飛び回っているようだ。まるで、大和の中央へキャンプに行った時に見た、ホタルのように。

 ランプの明かりが邪魔だった。

 ソラは意を決してランプを消した。

 すると、目の前に広がったのは――

「うわぁ……!」

 たくさん読んできた冒険小説でも見たことがないくらい、神秘的な光景が広がっていた。


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