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 ソラはミホシに、飛行船『カンジ2号』の操縦の仕方を教える事にした。

 朔との最後の約束だ。

 機械になれておらず、船の操舵をするどころか見たこともないミホシは苦労したようだが、少しずつ慣れていった。

 そうして集中しているうちに気持ちも落ち着いたようだ。

 ソラの教えた手順を繰り返して、ミホシはほっと息をついた。

「……ソラ、一緒に来てくれてありがとう。ソラがいなかったら、あたし、一人になってた。何も分からないまま、お父さんと一緒に捕まっちゃってたかも」

 目元にも頬にも涙の跡がまだくっきりと残っていたけれど、大声で泣いたのがよかったんだろう。ミホシは少しだけ笑った。

「お父さんなら大丈夫。一人なら何でも出来るし、どこへだっていける。だってお父さんは、あたしみたいに何にも出来ない子供じゃないもの。いつもあたしが邪魔になってるのはわかってた」

 ミホシの言葉にはっとした。

 まるで、ソラの心をそのまま映したような言葉だったから。

「オレも同じだ」

 ミホシが同じように思っていた、と知ったことで、絶望が巣った心の奥に、空虚な穴が空いていた心の奥に、温かい光が灯ったようだった。

「オレも子供で、何にも出来なくて、無力なことが嫌で、本当に不安でさ。でも、朔さんが言ったんだ――出来ないことが多いのは、これから出来るようになることが多いからだって。それってとても羨ましいことなんだって。だからオレ、頑張ろうって思ったんだよ」

「これから……」

 その言葉で、ミホシは大きく目を見開いた。

「そうだよ。オレもミホシも、これからなんだ。これから、何だって出来るようになるんだよ! 難しい本を読むことも、研究をすることも、飛行船だって操縦できるし、もしかしたら、寛二さんみたいに飛行船を作ることだってできるかも!」

 ソラは、話しながら希望が再び膨らんでくるのを感じた。

「ミホシ、一緒にがんばろう。一緒に勉強して、一緒に遊んで、一緒に挑戦しよう。一人じゃ無理でも、二人なら出来るかもしれない」

 悲しんでいるのが自分一人ではないのだとしたら。

 一人が挫けそうになったとしても、慰めたり励ましたりしてくれる仲間がいたとしたら。

 ミホシは笑った。

 その笑顔を見るだけで、ソラは舞い上がるくらい幸せになれるのだ。

「うん、そうだね。ソラと一緒なら怖くないよ」

 ミホシが笑ってくれる。

 今はそれだけでいい。

 でも、『いつか』なんていう曖昧な言葉で、ソラは誓う。いつかきっと、朔よりも晃よりも、ソラの方が頼りになるってミホシに思ってもらうんだ、と。


 それから2日ほど、追手の姿は全く見えなかった。朔が足止めをしたからだろう。

 ミホシとソラは交代で眠りながら姶良の方角を目指していた。

 灰色の風を見飽きてくる頃、ソラは、りんごろりんごろ、と大きな音を立てて鳴るアラームに叩き起こされた。

「なっ。何だ?!」

 寝ぼけ眼のまま操縦室へ向かうと、ミホシが操縦席の窓に張り付いていた。

 音を鳴らしているのは、球体の浮く方向指示器のようだ。

「ソラ! 見て! あれ!」

 興奮気味のミホシの後ろから覗き込み、息を飲んだ。

 一面に広がる灰の海。

 そのど真ん中に、墓標のようにぽつんと何かが立っている。

「きっとあれが、お父さんの言ってた『ユグドラシル』だよ!」

 世界樹の名を持つ巨大な菌床。

 火山灰の下に眠る街から地上までを貫く、エルフの里『姶良』への入り口だった。



 ソラはすぐに操縦席に座り、降下を始める。

 慣れてきたミホシは、副操縦席で計器の数値を読み上げ始めた。

 飛行船は高度を下げていく。

 灰の風は、地面から大きく突き出たユグドラシルの根のせいで方向を変えられ、左右上下、あらゆる方向から吹き荒れていた。

 舵を握るソラの手にも、その強さが伝わってきた。

「ソラ、危ない!」

 ミホシの声とともに、目の前にユグドラシルの根が現れる。

 ソラはめいっぱい舵をきった。

 が、避けきれない。

 尾翼がユグドラシルに触れ、船体は大きく傾いた。

 何とか立て直そうとするが、ソラの操縦技術では無理だった。

 乱暴に吹き荒れる灰の風にもまれるようにして、カンジ2号は灰の海へと落下した。


 着地の衝撃を何とか目を閉じてやり過ごし――少し高度が下がっていたのが幸いした――ソラはおそるおそる目を開けた。

 目の前には、灰の海。

 しかし、その海と風の荒さに負けぬ強さで、ユグドラシルは立っていた。

 思わず、感嘆の息が漏れた。

 同時にミホシもため息をついていて、二人は顔を見合わせて笑った。

「着いたよ」

「着いたね」

 間の抜けた顔で、笑いあう。

 不安だったのはミホシだけではない。『オレが姶良に連れてってやる』なんていいながら、ソラだった不安だったのだ。

 泣くのを我慢することしか出来ないくらいに。

 と、その瞬間、ミホシはソラに抱きついた。

「着いたよ! 姶良だよ! 本当に来られた。無理だと思ってた。お父さんもいなくて、子供だけになっちゃって……でも、ちゃんとあたし、姶良に来たよ」

 ソラは突然のことにびっくりして、固まってしまった。

「ありがとう、ありがとう、ソラ! 姶良に来られたのはソラのおかげだよ!」

 感極まって頬をぐりぐり押しつけてくるミホシに、ソラの心臓はもう限界だった。

 それでも、ソラは一生懸命にぎこちなく手を動かして、ミホシの背に手を回した。

 ますます強く、ミホシが抱きついてくる。

 きゅうっと締め付けられた胸の中心が、かっと熱くなる。その熱に押し出されるようにミホシを強く抱きしめた。

 思わずミホシに、大好きだ、と言ってしまいそうになる自分を戒めて、ソラは何でもないように答える。

「オレがミホシを姶良に連れてってやるっていっただろ」

「うん、そうだね。本当だね!」

 ようやくミホシは少しだけ腕の力を緩めた。

 ソラも名残惜しかったが、ミホシの背に回した手をそっろ離す。

 それでも、ミホシはソラの首に手を回したまま、にっこりと笑った。

 反則だ。

 ソラは自分の顔が真っ赤になっていることを自覚した。

 そして、この感情に名前を付けることを決めた。

 そうしたら、少しだけ気持ちが軽くなった気がした。

「行こう、姶良はもうすぐそこだ」

「うん。一緒に行こう」

 無邪気に笑いかけてくるミホシに、ソラも笑い返した。


 ミホシは朔から受け取ったという地図を広げた。

 まるで俯瞰図のようなソレには、半球状のクレーターのような形をした穴の底に街が描かれていた。

「ここが姶良の街。で、あたしたちがいるのは、ここ」

 クレーターに辺縁部、ユグドラシルと記された大きな木が灰の地面を貫くように描かれている。

「この木の中を通って、地下に入るの。そうしたら、真っ暗な樹海が広がってるんだって。それを抜けたら、きっと明るい姶良の街が見えるはず」

 地図上でその道のりを指でたどる。

「お父さんは、歩いて3日以上はかかるって言ってたよ。あと、とっても寒くて暗いって」

 ミホシはそこで顔を上げた。

「あたしは大丈夫だけど、ソラは見えないかもね」

「大丈夫だよ、電灯を持っていくから」

 確か、手持ちのランプが食糧庫につんであったはずだ。姶良の出身である朔が必要になるとは思えないから、おそらく、晃や寛二が一緒に来た時に使うつもりだったんだろう。


 食料はあまり残っていない。ドライフリーズのそれらを、ありったけリュックサックに詰め込んで、寒くないように、もこもこの上着を羽織って、履き慣れたブーツの靴ひもを結びなおして。

 灰を吸わないように口元に布を巻き、目を保護するゴーグルをつけた。

 ソラはミホシに向かって手を差し出した。

「行こう」

「うん!」

 ミホシはその手を取った。

 そして、姶良への道を一歩、踏み出した。


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